発表場所 : 放射線と産業, 121号, pp. 38-41
著者名 : 伊藤 均
著者所属機関名 :元日本原子力研究所・現(独)農研機構・食品総合研究所
発行年月日 : 2009 年 1月

1.輸入食品と放射線処理

2.米国での照射食品の許可状況

3.わが国での食品照射を巡る状況

参考文献

 


食品照射を巡る最近の状況

1.輸入食品と放射線処理

 2008年9月に起きた事故米の飲食物への転用事件は消費者を不安に落とし入れた。事故米は中国やベトナムなどから輸入されたもので、強い発癌性カビ毒であるアフラトキシンや農作物の殺虫に使用される農薬のメタミドホスやアセタミプリドで汚染されていたというものである。外米にカビ(糸状菌)が発生したとすればアフラトキシンばかりでなくオクラトキシンやステリグマトシスチン等のカビ毒も産生されている可能性がある。なぜなら、カビ毒を出す多くのカビ類が水分含量15%以上で生育するのに対して、アフラトキシンを産生するカビは水分含量が20%以上高くにならないと生育しないからである(通常の貯蔵米の水分含量は11〜13%)。しかも、アフラトキシンなどのカビ毒を産生するカビ類の多くは日本に分布しないものである。また、カビの発生は肉眼では見えない場合もあり、カビが産生する毒素はアフラトキシンのように強力でなくとも発癌性や肝臓障害を引き起こすものが多い。このようなカビ発生は輸入米ばかりでなく輸入飼料原料や香辛料等でも起きており、カビ毒で汚染している可能性がある。これらの乾燥食品原料は貯蔵・流通中に害虫防止のためホスフィン(燐化水素)で燻蒸されているが(以前は殺虫効果の強い臭化メチルで燻蒸されていたが、オゾン層破壊物質のため2005年で使用が禁止となった)、害虫の卵や蛹などへの殺虫効果は不十分であり、水が米などに直接浸透しなくても貯蔵・流通中に害虫が発生すれば害虫増殖による食害と温度上昇で水分含量が増加しカビも発生する可能性がある。このため、確実で安全な殺虫法は放射線処理(殺虫線量0.2〜0.5kGy)しかないであろう1)
 米国では熱帯果実の他に大豆などの殺虫処理に放射線処理が一部で導入されているようである。2007年にキッコーマン醤油が米国から輸入した大豆を原料とした健康食品「ソイアクト」が放射線殺菌されていた可能性があるとして自主回収されたが、実際には殺虫の目的で大豆が放射線処理されていたのであろう。表-1に示すように、2000年から2008年に厚生労働省によって摘発された違法照射された食品類は約14件に及び、照射されたアガリクス(キノコの一種)やハーブ、パプリカ、マカ(アブラナ科の根菜)、赤トウガラシ、乾燥シイタケ等が中国、米国、ブラジル、ペルー、ドイツなどから輸入されており、摘発を逃れた輸入照射食品も多くあると思われる。また、2009年1月にもインドから輸入された香辛料が放射線殺菌されている可能性があるとして自主回収されている。これらの輸入食品の多くは香辛料や健康食品類であり、殺菌を目的として放射線処理されたものが多く、食品衛生法違反ではあるが健康への悪影響は考えられない2,3)。以前、筆者がメキシコでの食品照射の国際会議に出席したおり、メキシコの業者が「照射香辛料を日本に輸出しようとしたら拒否された」と会議の場で発言していたが、日本のような先進国が照射食品の輸入を認めないのはおかしいという思いが海外の食品取り扱い業者等の間にあるようである。このように、照射食品の国内への流入は今後も増加していくものと思われる。

表-1 放射線処理の食品衛生法違反事件
放射線処理の食品衛生法違反事件


2.米国での照射食品の許可状況

 2007年の国際原子力機関の報告によると62カ国でなんらかの照射食品が許可されているという。この中で最も許可品目が多い国は米国であろう。米国では1963年に小麦の放射線による殺虫、1965年に馬鈴薯の発芽防止を許可している。一方、1963年に軍用食のベーコンやハムの放射線による完全殺菌処理も許可になっていたが、1968年に安全性を証明するデータが不十分という理由で許可が取り消された。その後、1980年代初期に照射食品類の安全性を証明するデータが出そろってきたため、食品医薬品局(FDA)は表-2に示すように米国内に流通している多くの食品類についても照射の許可を出すようになった。すなわち、1985年に豚肉の寄生虫の殺虫処理を許可し、1986年には上限30kGyでの香辛料や乾燥薬味料、乾燥野菜調味料の殺菌、上限1kGyでの生鮮果実や野菜、穀類等の殺虫処理が許可となった。そして、1990年には食鳥肉、1997年には肉類のサルモネラや腸管出血性大腸菌O157等の食中毒菌の殺菌処理が許可となった。また、1995年には飼料の殺菌が許可となり、2005年には貝類やエビなどの殺菌も許可になった。昨年、2008年には生鮮野菜の玉レタスやホウレンソウの殺菌も許可となった。その他、宇宙食や軍用食としての肉類等の完全殺菌処理も許可となっている。ただし、米国ではFDAが許可しても直ちに商業照射が可能というわけでなく、農務省の規格基準が作成されてから実用化が可能となるのが通例である。米国などでは生鮮野菜の玉レタスやホウレンソウなどにサルモネラや腸管出血性大腸菌O157等の病原菌が汚染している可能性があり、生鮮野菜が原因したとなった食中毒も多発している。通常、生鮮野菜は次亜塩素酸ナトリウムで処理されているが、野菜内部までは十分に殺菌されない。これらの病原菌は放射線で0.5〜4kGyの照射で検出限界以下にまで殺菌され、野菜の品質や栄養価はほとんど低下しないと報告されている4,5)。すなわち、FDAの報告では照射後の玉レタスやホウレンソウのビタミンAやビタミンKなどは4kGyでも減少せず、多くの照射済み野菜や果実による動物飼育による毒性試験では安全性に問題がなく、2-アルキルシクロブタノン類には毒性がないと述べている。また、放射線分解生成物として極微量に生成する可能性のあるフランはビタミンC(アスコルビン酸)や糖の分解生成物であり弱い変異原性があるが、加熱や冷蔵保存でも生成するため問題にする必要がないと述べている。なお、2005年に許可された貝類等の魚介類の放射線処理は腸炎ビブリオ菌などの殺菌を目的とするものである。
 米国では香辛料や肉類、生鮮果実類などの商業照射が行われているが3)、馬鈴薯等の発芽防止は実用化されていない。しかし、ポテトチップ等での発芽防止剤の残留基準が欧州連合なみに厳しくなってきたため、放射線処理しようとする動きも出ているようである。また、FDAは放射線処理した一般消費者向けの滅菌済み調理食品の許可も検討しているようである。

表-2 米国食品医薬品局が許可した食品
米国食品医薬品局が許可した食品


3.わが国での食品照射を巡る状況

 2006年10月に原子力委員会は「食品照射は食品衛生を確保する手段として有用である」として、関係政府機関に食品照射技術の推進を勧告した6)。また、(独)農林水産消費安全技術センターはISO/TC34の食品照射国際規格作成に参加し、専門家に意見を求めた。一方、2000年に全日本スパイス協会が旧厚生省に許可要請した香辛料類の放射線処理については今もって許可となっていない。食品安全委員会は食品照射について独自に外国文献などの収集・翻訳などを行っているが、厚生労働省からの要請がないため具体的な行動には至っていない。一方、厚生労働省は原子力委員会からの勧告を受け省内で食品照射の検討を行った。しかし、厚生労働省内には原子力委員会の勧告は総説を中心に結論したものであり、実際の学術論文からの結論ではないとの意見もあるようである。そして、厚生労働省は2008年に三菱総合研究所に「食品への放射線照射についての科学的知見等についての取りまとめに関する調査業務」を依託した。この依託では国内外の学術文献の収集、食品照射のニーズについての関係団体からの意見聴取、世界各国の規制および実用化状況等の調査が行われた。日本食品照射研究協議会や士幌農協などは調査に協力したが、照射食品反対連絡会は形式的な調査であるとして協力を拒否したようである。三菱総合研究所の調査結果は厚生労働省に報告され薬事審議会にかけられた。そして、新たに日本独自でのシクロブタノン類の動物実験による安全性試験が実施されることになったようである。
 食品照射反対運動は最近になって照射食品の検知技術があることは認めたようであるが(以前は検知技術がないということを反対の理由の一つにしていた)、検知技術では線量が定量できないこととか、シクロブタノン(2−アルキルシクロブタノン類)の安全性を主に問題にしている。しかし、シクロブタノ類には変異原性がないことが明らかになっている7)
 厚生労働省は2007年7月に香辛料の熱ルミネッセンス測定による検知法を公定法として認めた。これは香辛料の放射線処理を認可するための前提条件として必要とされていたものと思われるが、認可の方は遅々として進んでいない。
 士幌農協での馬鈴薯の照射事業は35年にわたって継続しているが、2006年に小売での表示が義務づけられた時点で(以前は10kg詰めダンボールにのみ表示されていた)、8千トンから3千トンにまで減少した。これは、店頭での販売は法令に従い表示することを確約した販売先に限定して生産者から供給することとした結果で、この方式が現在も続けられている。照射馬鈴薯の出荷先は北関東、東北、中国地方などであり、群馬県などでも4〜5月にかけて一部のスーパーの店頭で売られている。消費者の一部には照射馬鈴薯は味が良く長期に保存できると評判が良く、2008年には4千トン以上に回復したようであるが、消費者の理解の広がりが課題であろう。欧州連合でも表示を厳格にしたため、照射食品の流通量が減少し、カエル脚などを除いては外食産業など直接消費者の目にふれない用途での利用が中心となっているのが現状である。一方、米国や中国、東南アジア、中南米などでは食品照射の実用化は着実に進展している3)。  このように、食品照射を巡る安全性評価や実用化の動きは世界的に見ると進展しているが、一般消費者の受け入れは思うように進展していないのが実状であろう。

参考文献

  1. 伊藤 均、“なぜ食品照射か−その歴史と有用性、[3]食品の照射効果と衛生化”、放射線と産業、112、36(2006).
  2. 伊藤 均、“なぜ食品照射か−その歴史と有用性、[4]照射食品の健全性評価と放射線分解生成物”、放射線と産業、113、26(2007).
  3. 林 徹(編著)、“食品・農業の放射線利用”(幸書房、2008).
  4. 林 徹、“青果物/カット青果物の衛生管理法と微生物制御技術[10]、物理的微生物制御技術、(1)放射線照射”、防菌防黴、35(7)、447(2007).
  5. FDA, “Irradiation in the production, processing and handling of food, Federal Register”, vol. 73, No. 164, (August 22, 2008).
  6. 原子力委員会:食品への放射線照射について(平成18年9月26日).
  7. 伊藤 均、“食品照射の疑問に答える−放射線分解生成物の安全性(シクロブタノンは大丈夫か?)”、放射線と産業、115、25(2007).

関連する文献一覧を見る