1.照射食品を食べると染色体異常を引き起こすことがインドの研究により明らかになったとの報道がありますが、照射食品を食べると染色体異常が起こるというのは本当ですか?


いいえ、本当ではありません。 照射食品を食べた結果として染色体異常が起こるという話は、食品照射に関する話題の中でもセンセーショナルなものでした。

マスコミが取り上げているのは「倍数化した細胞」の発生であり、それは照射直後の小麦から作られた製品を食べた結果だとしています。 倍数化とは細胞中の染色体セットを複数組持つようになることを意味しています人間の細胞は通常46の染色体をもっています。 もしそれらが倍数化されるならば、細胞は92あるいは138の染色体を持つことになります。 倍数化した細胞の発生は自然の起こっており、個人差があります。 すなわち、倍数化された細胞の毒性学上の意義は明らかではありません。

マスコミはしばしば、インドの国立栄養研究所(NIN)の研究者グループによって1970年代中ごろに発表された試験結果を引用します。 0.75kGy照射した直後の小麦から作られた製品の摂取が原因で、ラット、マウス、サルそして栄養失調の子供において倍数化した細胞の発生頻度の増加が認められたと、NINの研究者は報告しました。 照射した小麦を12週間貯蔵してから動物に与えた場合には、倍数化した細胞は全く認められませんでした。 インドをはじめ各国の多くの研究所において、入手可能な情報に基づいて、NINが行った研究の追跡試験を試みました。 しかし、これらの研究所はいずれもNINで得られたのと同様の結果を得ることができませんでした。

この追跡試験には、インド政府によって任命された独自の調査委員会によってなされたものも含まれています。 1976年にその委員会は、入手可能なデータに基づけば、照射小麦が突然変異を起こす可能性はないと判断せざるを得ないという結論を出しました。 オーストラリア、カナダ、デンマーク、フランス、イギリス、アメリカの多くの科学的な国内検討委員会やここの研究者が、その問題となっている倍数化した細胞の発生率について評価しています。 その結果、彼らは全員、NINから報告されたデータは倍数化された細胞の発生率の増加を裏付けるものではないという結論を出しました。 1988年に電離放射線の使用に関するオーストラリア議会調査委員会(Australia Parliamentary Committee)の顧問であるD.マックフィとW.ホールは、NINの結果を検討して以下の結論を出しました。 「他の研究者たちがNINの結果を再現することができないということは、INIの結論の信憑性に疑いを投げかけるものである。 倍数化された細胞は遺伝的なダメージを調べるための適切な方法ではない。 照射食品の摂取と遺伝的な影響の発生とを結び付けている一連の観察結果は、生物学的に信じがたい。」

(訳注)
日本での食品照射の研究開発は、昭和42年の「食品照射研究開発基本計画」(原子力委員会)に基づき、じゃがいもなどの7品目について栄養試験、慢性毒性試験、世代試験、変異原性試験などが実施されました。 この結果、照射による影響はないとの総合的な評価が得られています。 また、チャイニーズハムスターを用いた照射小麦(30kGy照射し8時間以内のものと、0.75kGy照射し貯蔵期間が2週間以内のもの)による倍数性細胞の発生や末梢赤血球の小核誘発の研究が実施されましたが、有意な増加は見られませんでした。




2.動物に対する摂取試験とは別に、照射食品を人間に食べさせた研究もありますか?


はい、あります。

1980年代の初めに、中国で、照射小麦を含むいくつかの照射食品を使った8つの摂取試験が、人間のボランティアを使って実施されました。 400以上が7〜15週間管理された状況下で照射食品を食べました。

(訳注)
その研究の焦点の一つは染色体の変化の可能性でした。 8つの試験のうち、7つまでが染色体異常について検討しており、382人のボランティアが被験者となりました。 これらの試験において、照射した食品を与えたグループと与えなかったグループとの間には染色体異常の数の有意な差は見いだせませんでした。 非照射食品を食べたグループと照射食品を食べたグループにおける倍数化した細胞の発生率はいずれも正常な値の範囲内にありました。

photo 照射食品の食事取試験は中国を含む多くの国で行われています。 中国では上海を初めいくつかの都市で、果実などを照射するために照射施設が稼働しています。

(訳注)
日本では人間による食事試験が実施されたことはありません。





3.この分野に関連して他にどのような研究が実施されましたか?


NINの研究を確かめるためのものとして時々引用される研究がいくつかあります。

その1つに1981年に報告されたD.T.アンダーソンらのグループの研究があります。

この研究は、照射した飼料を与えたマウスにおける優性致死変異(訳注)を観察したものであり、NINの結果を再現することができなかったとオーストラリア議会調査委員会の顧問であるD.マックフィとW.ホールによって報告された研究の1つであります。他に、照射直後の実験動物用の飼料を与えたチャイニーズハムスターの骨髄細胞における倍数化された細胞の数を調べた研究があり、この研究はNINの研究を裏付けるものとしてしばしば引用されています。

この研究では、飼料が100kGy照射されており、これはNINの研究で使われた線量よりも少なくとも125倍高く、食品照射に対して国際的に勧告されている上限の線量の10倍に相当します。 「照射した飼料を摂取した結果として突然変異を起こしたという証拠は何もない。」という著者自身の結論は、しばしば無視されます。

多くの動物試験により、このような結論が正しいことが証明されております。 20年以上もの間、何百万ものマウス、ラットなどの実験用動物が照射した飼料のみで繁殖・飼育されてきました。 25〜50kGy照射した飼料が、オーストリア、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、スイス、イギリス、アメリカの食品、医薬品、製薬などの研究を実施している多くの研究所で、実験用動物に与えられてきました。 照射した飼料の摂取が原因となる催奇形成や催腫瘍性のような遺伝的な欠陥は認められていません。

(訳注)
優性致死とは、医薬品などの化学物質が精子または卵子に影響を及ぼし染色体の異常を起こさせ、この結果、受精卵の発生を止めたり異常を生じて死に至らせることです。



(科学技術文献)
「食品照射の安全性の解析:遺伝的影響」
"An Analysis of the Safety of Food Irradiation;Genetick Effects,by D.MacPhee and W.Hall,Use of Ionising Radiation,Report of the House of Representatives Standing Committee on Environment,Recreation and the Arts AGPS,Canberra(1988).

「放射線照射した実験動物飼料、マウスを用いた優性致死試験」
"Irradiated Loboratoary Animal Diets, Dominant Lethal Studies In the Mouse,by D.T.Anderson et al;Mutation Research,80(1987).

「照射食品の安全性」
Safety of Irradiated Foods by J.F.Diehl,Marcel Dekker Inc.New York(1990).