1.食品の照射はボツリヌス菌中毒の危険性を増加させる可能性はありませんか?


国際的に勧告されている線量の10kGy以下の照射は、低温加熱殺菌法をはじめとする他の食品の殺菌法と比較してボツリヌス菌中毒の危険性を増加させることはまったくありません。 これらの方法によって殺菌処理された食品は適正製造基準(GMP)に従って、取り扱い、包装し、貯蔵しなければなりません。 そうすることによってボツリヌス菌(訳注1)の増殖や毒素生産を防ぐことができます。あるいは、高い線量(30〜60kGy)の放射線を照射することにより、食品の中に存在するすべてのボツリヌス菌を殺すことができます。

ボツリヌス菌の危険性は種類によって異なります。 例えば、ある地域で水揚げされる魚介類の中に低いレベルで発見されるボツリヌスE型菌は、食品が4℃という低い温度で冷凍されている時でさえ増殖し、毒素を生産することができます。 したがって、放射線照射をはじめとする完全殺菌でない殺菌処理が施された魚介類やその製品は、市場で流通している間中3℃以下に保たれなければなりません。他の型のボツリヌス菌のほとんどは10℃以下の温度では増殖したり、毒素を生産することはできません(訳注2)。魚、畜肉、食鳥肉のような生鮮食品は、照射の有無にかかわらず、ボツリヌス菌の増殖を防ぐために定められた温度で貯蔵するようGMPは要求しています(訳注)。

(訳注1)
ボツリヌス菌は、安定した芽胞の状態で世界中の土壌中に普遍的に分布しています。 殺菌処理を経ても食品中に生残した芽胞は、その食品が真空条件におかれている間に出芽して、神経麻痺生のボツリヌス毒素を生産します。 芽胞の死滅条件120℃4分に比べ、毒素は、一般の加熱調理条件で毒性を失います。 ちなみに、ボツリヌスA型毒素の人間に対する致死量は60ナノグラム(6×10−9g)と推定され、既知物質中最強の急性毒素生物質の一つです。

(訳注2)
日本で実施した食品照射に関する原子力特定総合研究によると、ボツリヌスE型およびC型菌芽胞を1〜8kGy照射しても、その増殖や毒素生産性の増加などの影響は見られませんでした。
日本では法制度上、GMPと同一の仕組みはありませんが、衛生面を含む食品の安全かつ適正な加工、取り扱いなどについては、食品衛生法や農林水産物の規格および品質表示の適正化に関する法律などに基づく指導が行われています。

photo 放射線照射は食品、特に動物性食品の微生物学的な安全性を確保するのに有効な手段です。 タイでは、ナム(発酵豚肉ソーセージ)が日常的に照射されて販売されています。





2.食品照射が微生物学上の危険性を増す可能性はありませんか?


いいえ、その可能性はありません。

照射食品の微生物学上の安全性は国際的な研究組織によって検討されています。 科学者が特に着目していたことは、腐敗を引き起こす微生物の減少についてです。 このよな微生物は、異臭や変色を引き起こして、その食品を食べると危険かもしれないという警告を消費者に発します。

放射線照射は、たとえ腐敗した食品中の微生物を抑制するとしても、腐敗しているという外見を抑制することはできず、したがって、腐敗した食品を隠ぺいするために使うことはできません。 さらに、適切な照射を行えば、照射食品において病原性微生物の毒性や増殖力を増加させることはありえないということが、科学的に証明されています。

1982年にFAOとWHOの養成により、国際食品微生物学・衛生委員会の理事会は、食品照射の微生物学上の安全性に関する証拠について検討しました。 その結果、現代の食品取り扱いは腐敗性微生物の抑制によって引き起こされる可能性のある問題を十分に防ぐことができ、食品照射は健康に対して微生物学上の危険性を増加させることはない、という結論に達しました。 その後、デンマーク、スエーデン、イギリス、アメリカ、カナダ、ではそれぞれ独自に専門委員会を設けて検討し、国際食品微生物学・衛生委員会の結論を再確認しています。 それは1980年のJECFIの結論を本質的に指示したことになります。

ここで重要なことは、放射線照射は腐敗を知らせる微生物を抑制する唯一の食品処理技術ではないということです。 加熱殺菌、化学薬剤による処理、ある種の包装技術は同じような効果を持っています。 このような技術で処理された食品は安全性を確保するために適切に包装し、取り扱い、貯蔵品しなければなりません。

(訳注)
日本でのじゃがいもなど7品目についての特定総合研究結果、どこでも存在する腐敗性微生物の中には放射線を照射しても性残し、また、保存中に増殖するものも見られました。 他の保存方法でも同様のことがおこります。大腸菌は完全に殺菌されました。 また、有害微生物の生残により危険性が増すことは認められませんでした。




3.すでに微生物毒素が生産されていたり、ウィルスが存在している食品は照射するのにふさわしいですか?


いいえ、衛生状態のよい食品だけが照射されるべきです。

この点においては、食品照射は加熱殺菌、冷凍などの他の食品処理法と違いはありません。 これらの処理により、バクテリアを殺菌することができるとしても、それらは食品中にすでに生産された毒素やウィルスを完全に破壊することはできません。 たとえどんな方法であったとしても、これから処理しようとする食品は、品質のよいものであり、国家当局あるいは国際機関により策定されたGMPに従って取り扱い、製造することが非常に重要です。 厳しい規制によりある種の食品の流通を禁止している場合もあります。 例えば、多くの国において、肝炎ウィルスの危険性のために、汚水によって汚染されていると分かっている地域でカキを漁獲することを禁止しています。 どのような食品処理技術も、食品の製造や取り扱いにおいて、GMPの代わりに使用されるべきではありません。

photo 生あるいは冷凍の食鳥肉はほとんどサルモネラ菌のような病原性微生物によって汚染されています。 放射線照射はこのような食品の衛生的な品質を保証するのに非常に効果的な方法です。



(科学技術文献)
「照射食品の微生物学的安全性」
The Microbiological Safety Irradiated Food,Code Alimentarius Commission,CX/FH/83/9,Rome(1983).

「食品の製造、処理、取り扱いにおける放射線照射最終規則」
"Irradiation inthe Production,Processing,and Handing of Food",Us Food and Drug Administration,final rule,Federal Register,55(85)18533-18544(2 May 1989).

「食品照射技術の受容に影響を及ぼす安全性に関わる要因」
Safety Factors Influencing the Acceptance of Food Irradiation Technology, IAEA TECDOC-490,Vienna(1988).

「照射食品の安全性」
Safety of Irradiated Foods,by J.F.Diehl,Marcel Dekker Inc.,New York(1990).