諸外国においては発芽抑制の目的で玉ねぎにCo−60γ線を照射し、貯蔵期間を延長させることが行われている。この場合、食品の安全性は勿論、栄養的価値も照射によって低下しない事が前提であると考える。そこで栄養学的見地から照射玉ねぎの主たる栄養成分がCo−60γ線照射によってどのように変化するか、また貯蔵中の変化が非照射玉ねぎに比べ異なるか否かを、化学的あるいは組織学的に観察し、その相互関係から玉ねぎ貯蔵のためのCo−60γ線の適正線量を見出すことを目的として実験を行った。
品 種 産地 収穫日 照射日
札幌黄 札幌 43・10・中旬 42・11・13
泉州黄 大阪 43・6・8 43・7・8
札幌黄 岩見沢 44・9・30 44・10・28
品 種 貯蔵条件
札幌黄 22℃前後
泉州黄 室温
札幌黄 室温
線量はいずれも0、3、7、15kradである。
非照射区を対照として上記条件にて5ヶ月間貯蔵し、その間におけるビタミンB1,ビタミンC,全糖量、遊離還元糖量を測定し、組織の顕微鏡的観察も経時的に行い、成分変化との関連をみた。
ビタミンB1:システインを用いてB1を抽出し、常法に従いチオクロム法で測定した。
ビタミンC:バレイショの場合と同様、ヒドラジン法に従った。
糖量:バレイショの場合と同様、ソモギー法に従った。
測定には、それぞれ8〜10ケ(約1kg)の1ケを4等分し、対角に2ケをとり細切し、まぜ合せて、5ヶ所を測定にあてた。
組織の変化について、要約して図1に示した。(写真省略)
貯蔵中における変化は非照射においても品種による差は大きい。札幌黄では12月中旬に芽の成長点は花茎としての伸長を開始し、収穫2ヶ月後に約5mm,5ヶ月後には約5cmに達するものもあるが、泉州黄では、収穫後5ヶ月を経た12月中旬でも花茎の発達は認められない。
照射の影響については、品種、および照射線量の差違に関係なく照射による変化の部位はほぼ同じで、変化の初期は生長点とそれをおおう周辺の幼葉基部が附着する部分の内部に細胞膜質、細胞質の萎縮をみとめ、札幌黄では12月上旬、泉州黄では9月上旬の1〜2週に急激に変化し、変質した細胞の範囲は拡大する。これらの組織変化は、両品種とも照射線量との間に関連性を認める事が出来なかった。また札幌黄の照射品のうち、42、43年ともタマネギ球から葉の伸長するものもあるが、生長点付近は葉の伸長を示さない照射品と同様の変化を起こし、空隙を生じている。このことから、照射品にみられる葉身の伸長は、生長点の新しい発達ではなく、照射時すでに分化していた葉の伸長であり、花茎の伸長も認められない。
ビタミンB1の変化は、札幌黄について第(2)−1表、泉州黄について第(2)−2表に示した。
腐敗したもの、および玉ねぎ球から葉の伸長したものはのぞいてある。表の如く、照射による影響はみとめられず、また各線量間にも差違はみとめられない。
(1962 札幌黄) μg |
照射線量 |
照 射 後 日 数 |
||||
25日 |
55日 |
85日 |
110日 |
140日 |
|
0 |
25±4 |
50±2 |
55±3 |
40±2 |
腐 敗 |
3 |
49±5 |
52±4 |
45±4 |
40±4 |
45±6 |
7 |
50±8 |
45±3 |
48±7 |
45±5 |
48±7 |
15 |
55±3 |
50±7 |
52±2 |
48±6 |
45±3 |
(1963 泉州黄) μg |
照射線量 |
照 射 後 日 数 |
|||
20日 |
60日 |
90日 |
150日 |
|
0 |
48±2 |
45±3 |
32±4 |
腐 敗 |
3 |
42±3 |
45±6 |
40±8 |
36±2 |
7 |
38±5 |
40±7 |
35±5 |
40±3 |
15 |
40±2 |
38±2 |
40±3 |
42±4 |
札幌産の札幌黄についての結果を第(2)−1図に示した。
図の如く、非照射品も照射品もほぼ同様の経時的変化を示し、照射による影響はほとんど認められない。しかし、照射後2ヶ月、収穫後3ヶ月に、還元糖量がいずれも高い値を示している。
第(2)−2図に泉州黄について示した。
図の如く、泉州黄も札幌黄と同様照射による影響は認められない。なお岩見沢産の札幌黄の値は、札幌産のそれとほとんど同様の値を示している。したがって、収穫日15日間のずれの影響はほとんど認められない。
第(2)−3図に札幌黄(札幌産)について示した。
図に示す如く、非照射のV.C含量は照射後60日で増加の傾向にありその後減少を示しているが、照射品については、各線量とも経時的に減少している。
第(2)−4図に泉州黄(岩見沢産)について示した。
泉州黄の場合は、非照射のV.C含量は照射後約3ヶ月まで増加の傾向を示す。照射品は、いずれも減少の傾向にあり照射線量の相違による差違は明らかでない。全体的に札幌黄に比べV.C含量は高い値を示している。
第(2)−5図に岩見沢産の札幌黄のV.C変化を示した。図の如く、同一品種でも産地によりV.C含量は異なり、札幌産の値が7mg前後であるのに比べ、泉州黄より多く、9mg前後である。しかし経時的な変化の傾向は札幌産と同様で、非照射区は照射2ヶ月まで増加し、その後減少している。照射品は一時的に増加することなく減少し、照射線量間に差違は認められない。この非照射品におけるV.Cの一時的増加は、花茎の発達とほぼ同様の傾向にあり、また照射品のV.C減少は、照射による細胞膜質の木化およびコルク化の傾向と同様である。しかし保存期間が長くなると、照射品と非照射品との間にV.C含量の差違はみとめられなくなる。
札幌黄、泉州黄を、収穫後約1ヶ月で照射し、その後約5ヶ月間保存して、組織、ビタミンB1,ビタミンC、還元糖、直接還元糖におよぼす、照射線量の影響を経時的に観察した。その結果、
i)収穫後約1ヶ月経過すると、札幌黄ではすでに花茎への発達を開始している細胞があり、照射効果が少いものと思われる。
ii)照射品にみる葉身の伸長は照射時における細胞の増大であり、生長点の分裂による新しい細胞の増加ではない。
iii)ビタミンB1含量は、札幌黄、泉州黄とも照射により変化しないと考えられる。
iv)ビタミンC含量は、照射により僅かながら減少の傾向にあるが、保存期間が長くなると非照射と同様の値となる。
v)還元糖量、および直接還元糖量も照射によって変化しない。このことは、札幌黄、泉州黄とも同様である。
vi)組織変化、ビタミンB1,C,還元糖量、直接還元糖量とも照射線量の相違による差違は認められない。
組織の観察については東京薬科大学女子部下村教授の協力を得た。
(岩尾裕之、高居百合子、青木鈴子、八渡 慧、下村裕子、栗山悦子)
1において還元糖、ビタミンB1、およびCの含量に対し、照射の影響が認められず、また照射線量間の組織学的差違も明らかには認められなかったと報告した。
本報告はCo−60γ線照射玉ねぎを各線量別に幼ラットの飼料に混合して投与し、その成長、体成分におよぼす影響、摂取蛋白質、摂取糖質のみかけの消化吸収率におよぼす影響を非照射区と比較した。その結果を総合的に判定して、日本人の通常摂取量において照射玉ねぎが動物の栄養にどのような影響を与えるかを知ることを目的とした。
試料:43年度札幌黄を用いた。線量は第1報と同様である。照射後3ヶ月を経たものを蒸煮し凍結乾燥して粉末とした。
実験動物:生後3週間のウィスター系雄ラット50匹を対照飼料(玉ねぎ無添加)で1週間飼育し、その間の体重増加量と、終体重が各群とも等しくなるように5群に分けて実験に供した。
動物飼料条件:22±2℃に調整してある飼育室で4週間飼育した。飼料および水は自由に摂取せしめ、体重は週2回記録した。その間の体重増加量、飼料の効率を算出し、4週目の糞を集めて分析しその間の摂取栄養量から見かけの吸収率を測定した。断頭して殺し、体成分、臓器重量、肝臓成分の測定にあてた。
飼料組成、第(2)−3表に飼料材料割合を示した。この飼料の栄養価は、飼料100g当たり、蛋白12g、脂肪5.3g、カロリー375Calであり、ビタミン類、ミネラル類は充分添加している。
飼料中の玉ねぎ量は、昭和42年度国民栄養調査の結果から1人1日当りの玉ねぎの摂取量が最も多い北海道地区を参考にして、1人1日当りの総カロリー摂取量に対する玉ねぎから摂取するカロリーの割合を算出し、その5倍量になるように飼料の配合をととのえてある。したがって、日本人1人1日当りの玉ねぎの平均摂取量はこの割合で考えるとこの1/5量より少い値となる。
材 料 |
対照 |
タマネギ区 |
カゼイン |
15 |
14.1 |
大豆油 |
5 |
5 |
α.スターチ |
75 |
70.9 |
タマネギ粉末 |
− |
8 |
ビタミン混合 |
1 |
1 |
塩類混合 |
4 |
1 |
上記飼料で1群10匹の幼ラットを4週間飼育した経過を平均して第(2)−6図に示した。
図の如く成長曲線の示す角度は各群とも同程度であり、すべて順調な発育を主としている。
第(2)−4表に体重の増加率と、飼料の効率を示した。4週間における体重の増加量が実験開始時の体重の何倍であるかを算出すると増加率にみられるごとく、約2倍となり、α−スターチ群、すなわち玉ねぎ無添加群と同様の値を示し、非照射玉ねぎ、3、7、15krad照射玉ねぎともほとんど同様の値である。この中7krad照射玉ねぎ群がやや高い値であるが、これは飼料の摂取量が他群より多かったためであり、飼料摂取量を考慮した飼料量をみると、各群とも差違がなく3gである。したがって、摂取蛋白質1gで増加し得る体重(蛋白質効率)も2.6g〜2.7で、照射による差違は、玉ねぎ無添加群、非照射群、各照射線量群の間に認め得ない。
ついで各臓器の重量を測定し、第(2)−5表に示した。
各臓器重量も表の如く、無添加群と非照射玉ねぎ群との間に差がみとめられず、照射線量間にも差がないものと考えられる。馬鈴薯の場合に増大の傾向がみとめられた内容物を含めた盲腸重量にも影響がなく、したがって、摂取栄養のみかけ吸収率も第(2)−6表の如く、蛋白質93%前後、糖質99.7%と全群を通じて差が認められない。種々な外的因子による障害が比較的あらわれ易い肝臓成分においても第(2)−7表のように、全群を通じて差が認められず、照射の影響は認めがたい。
ついで、脂肪および糖質の代謝に対する影響を知る1つの指標として後腹壁脂肪の脂肪酸組成をガスクロマトグラフィーにより測定した。その結果を第(2)−8表に示す。
必須脂肪酸であるリノール酸(C18:2)の割合をみると玉ねぎ無添加群と、非照射玉ねぎ添加群は約15%、照射線量の増加に従ってやや減少のようにみられるが、15krad群でも有意差は認められない。従って、照射による影響はみとめられないと考える。
群 |
初体重 (g) |
終体重 (g) |
増加率 |
摂取量 (g) |
飼料効率 |
蛋白効率 |
1群.たまねぎ 0krad |
76 ±9.0 |
233 ±12.5 |
2.07 |
464.7 ±22.9 |
2.87 |
2.67 |
2群.たまねぎ 3krad |
76 ±8.7 |
230 ±10.6 |
2.02 |
468.2 ±20.0 |
3.06 |
2.56 |
3群.たまねぎ 7krad |
75 ±8.5 |
244 ±13.1 |
2.27 |
519.6 ±24.0 |
3.09 |
2.56 |
4群.たまねぎ15krad |
76 ±6.0 |
232 ±11.5 |
2.06 |
479.8 ±26.2 |
3.10 |
2.57 |
5群.α.スターチ |
77 ±7.0 |
226 ±10.6 |
1.93 |
440.7 |
2.99 |
2.66 |
群 |
胸腺 |
心臓 |
肺臓 |
肝臓 |
胃 |
膵臓 |
脾臓 |
副腎 |
腎臓 |
後腹壁脂肪 |
小腸 |
盲腸 |
大腸 |
睾丸 |
睾丸周辺 脂 肪 |
carcass |
タマネギ 0krad |
0.84 ±0.30 |
0.84 ±0.21 |
1.34 ±0.33 |
9.33 ±1.11 |
1.16 ±0.22 |
0.43 ±0.05 |
0.58 ±0.07 |
0.04 ±0.05 |
1.98 ±0.33 |
3.54 ±0.40 |
3.04 ±0.55 |
2.51 ±0.75 |
0.46 ±0.10 |
2.89 ±0.47 |
2.67 ±0.33 |
175 ±6.5 |
タマネギ 3krad |
0.65 ±0.27 |
0.86 ±0.11 |
1.55 ±0.31 |
9.30 ±0.97 |
1.07 ±0.31 |
0.51 ±0.06 |
0.57 ±0.09 |
0.06 ±0.009 |
1.87 ±0.39 |
3.59 ±0.37 |
2.70 ±0.66 |
2.75 ±0.88 |
0.40 ±0.09 |
2.70 ±0.39 |
2.97 ±0.67 |
174 ±4.4 |
タマネギ 7krad |
0.96 ±0.33 |
0.98 ±0.15 |
1.44 ±0.29 |
10.59 ±0.88 |
1.13 ±0.17 |
0.50 ±0.07 |
0.62 ±0.11 |
0.06 ±0.01 |
2.06 ±0.28 |
3.60 ±0.51 |
2.86 ±0.71 |
3.17 ±0.91 |
0.47 ±0.11 |
2.90 ±0.57 |
3.10 ±0.32 |
182 ±8.2 |
タマネギ 15krad |
0.91 ±0.31 |
0.87 ±0.13 |
1.39 ±0.19 |
9.46 ±1.06 |
1.12 ±0.19 |
0.58 ±0.09 |
0.59 ±0.06 |
0.05 ±0.007 |
1.95 ±0.35 |
3.33 ±0.26 |
2.77 ±0.53 |
2.72 ±0.73 |
0.45 ±0.03 |
2.65 ±0.81 |
2.84 ±0.44 |
174 ±3.5 |
α.スターチ |
0.74 ±0.12 |
0.82 ±0.11 |
1.27 ±0.21 |
9.14 ±1.13 |
1.10 ±0.20 |
0.46 ±0.03 |
0.54 ±0.08 |
0.03 ±0.005 |
1.77 ±0.36 |
3.28 ±0.42 |
3.33 ±0.61 |
2.83 ±0.84 |
0.43 ±0.09 |
2.74 ±0.53 |
2.39 ±0.54 |
168 ±7.2 |
群 |
蛋白質(%) |
糖質(%) |
1群.たまねぎ 0krad |
92.9 |
99.7 |
2群.たまねぎ 3krad |
93.2 |
99.7 |
3群.たまねぎ 7krad |
93.9 |
99.7 |
4群.たまねぎ15krad |
92.4 |
99.7 |
5群.α−スターチ |
93.0 |
99.7 |
群 |
重量g |
水分% |
脂質%* |
蛋白% |
1群.たまねぎ 0krad |
9.33 |
68.9 |
6.4 |
17.4 |
2群.たまねぎ 3krad |
9.30 |
69.9 |
6.1 |
17.1 |
3群.たまねぎ 7krad |
10.59 |
68.9 |
6.5 |
17.2 |
4群.たまねぎ15krad |
9.42 |
69.7 |
6.5 |
18.2 |
5群.α−スターチ |
9.14 |
69.0 |
7.0 |
16.8 |
* クロロホルム:メタノール 1:1 混液抽出 |
群 |
C−数 |
||||||
14 |
16 |
16−1 |
18 |
18−1 |
18−2 |
18−3 |
|
1群 たまねぎ 0krad |
1.67 |
30.71 |
8.82 |
4.15 |
36.66 |
14.70 |
2.09 |
2群 たまねぎ 3krad |
1.83 |
29.78 |
9.37 |
4.16 |
37.51 |
15.30 |
2.03 |
3群 たまねぎ 7krad |
1.68 |
30.71 |
8.94 |
4.04 |
37.95 |
14.68 |
2.02 |
4群 たまねぎ15krad |
1.79 |
31.62 |
9.11 |
3.94 |
38.06 |
13.81 |
1.67 |
5群 α−スターチ |
1.76 |
30.95 |
8.80 |
4.26 |
37.30 |
14.98 |
1.96 |
Co−60γ線照射玉ねぎを日本人の日常食における約25倍量を毎日投与してラットを飼育した結果
i)動物の成長に何等影響をみとめなかった。
ii)肝臓成分に対し照射の影響を認めなかった。
iii)各臓器重量に各群間の差違がなかった。
iv)糖質と脂肪の消化吸収に対し影響を与えていない。
以上の事から照射玉ねぎの栄養価値は非照射玉ねぎと差違のないものと考える。
岩尾裕之、高居百合子、岡田澄子