小麦は米と同様にその貯蔵中に虫害やカビの発生をうけやすいので、放射線の照射による方法がその予防のために考えられ、そのため食品としての保健上の安全性が問題となってきた。そのため照射後、長期間(1カ年)にわたる保存を行い、その間の栄養成分の変化について検討を行った。
試料として群馬県産、農林61号、2等級、昭和45年度産の玄麦を用い、昭和45年12月に日本原子力研究所高崎研究所で照射を行った。線源はCo−60のγ線で、0(非照射)、20、50kradの三群に分けて照射を行った。照射後直ちに送付を受け、20℃のキャビネットに貯蔵した。試料は罐製容器に入れ密封した上、キャビネットに収納した。貯蔵温度を15℃以下に保持する時は、カビの発生及び虫害は避けられるが、実験の目的に対して不適当と思われるため、20℃で貯蔵した。
分析用の試料調整は貯蔵期間中に5回行った。すなわち0、3、6、9、12カ月目の3カ月毎に分析した。小麦を製粉、精白するには特殊の製粉機と技術を必要とし、麦皮(小麦の外皮)の付着したままの製粉は、日常の食生活には使用されない。そのため日清製粉(株)中央研究所に依頼し、その都度試料を運び精白小麦粉を調製し、歩留り60%の普通製品を入手した。第3表に参考のため同所で記録された製粉資料を示し、精白米の調製より甚だ手数を要することを明かにする。
測定項目は第1表、第2表に示すように、水分、蛋白質、脂質、糖質、ミネラル等の一般成分と、ビタミンについてはB1,B2について夫々常法に従ってその含量をしらべたが、照射線量の相違による影響はみられなかった。6カ月以降はビタミン類は次第に減少を示したが、蛋白質、脂質、ミネラル等と同様に線量による差異はほとんどみられなかった。非照射区は10カ月以降にカビの発生が全体的に生じ、また各粒に胚芽の脱落が多かった。しかし50krad群ではカビの発生はなく、胚芽の脱落もみられなかった。
貯蔵期間 (月) |
照射線量 (krad) |
水 分 (g) |
蛋白質 (g) |
脂 肪 (g) |
糖 質 (g) |
灰 分 (g) |
V.B1 (mg) |
V.B2 (mg) |
0 |
0 |
13.6 |
10.1 |
1.70 |
73.3 |
1.80 |
0.199 |
0.034 |
20 |
13.1 |
10.1 |
1.80 |
73.2 |
1.60 |
0.198 |
0.025 |
|
50 |
12.7 |
10.9 |
1.80 |
73.2 |
1.60 |
0.212 |
0.023 |
|
3 |
0 |
13.3 |
8.60 |
1.17 |
74.6 |
0.42 |
0.195 |
0.027 |
20 |
13.1 |
8.58 |
1.17 |
74.5 |
0.41 |
0.182 |
0.026 |
|
50 |
12.9 |
8.26 |
1.09 |
74.3 |
0.41 |
0.186 |
0.024 |
|
6 |
0 |
13.2 |
8.31 |
1.05 |
71.9 |
0.45 |
0.140 |
0.021 |
20 |
12.9 |
8.63 |
1.02 |
71.3 |
0.44 |
0.146 |
0.022 |
|
50 |
12.8 |
8.19 |
0.96 |
71.1 |
0.42 |
0.136 |
0.021 |
|
9 |
0 |
12.2 |
8.53 |
1.07 |
70.3 |
0.46 |
0.120 |
0.020 |
20 |
12.2 |
8.33 |
1.04 |
70.1 |
0.42 |
0.115 |
0.020 |
|
50 |
12.2 |
7.70 |
1.02 |
70.6 |
0.42 |
0.112 |
0.019 |
|
12 |
0 |
12.0 |
8.50 |
1.05 |
70.1 |
0.46 |
− |
− |
20 |
12.1 |
8.26 |
1.03 |
70.1 |
0.43 |
− |
− |
|
50 |
12.2 |
7.63 |
1.02 |
70.3 |
0.40 |
− |
− |
照射線量 脂肪酸 |
0 (krad) |
20 (krad) |
50 (krad) |
C16:0パルミチン酸 |
15.9 |
16.5 |
15.8 |
18:0ステアリン酸 |
1.1 |
1.1 |
1.0 |
18:1オレイン酸 |
15.5 |
14.8 |
14.9 |
18:2リノール酸 |
62.2 |
61.9 |
63.2 |
18:3リノレン酸 |
5.3 |
5.7 |
5.1 |
照射線量 製粉区分 |
0 (krad) |
20 (krad) |
50 (krad) |
|||
製粉量g |
歩留% |
製粉量g |
歩留% |
製粉量g |
歩留% |
|
1 B |
97 |
9.1 |
101 |
9.1 |
94 |
8.7 |
2 B |
98 |
9.2 |
101 |
9.1 |
98 |
9.1 |
3 B |
33 |
3.1 |
32 |
2.9 |
30 |
2.8 |
B 計 |
228 |
21.4 |
234 |
21.1 |
222 |
20.6 |
1 M |
382 |
35.8 |
420 |
38.0 |
371 |
34.4 |
2 M |
93 |
8.7 |
98 |
8.9 |
114 |
10.6 |
3 M |
22 |
2.1 |
20 |
1.8 |
23 |
2.0 |
M 計 |
497 |
46.6 |
537 |
48.7 |
508 |
47.0 |
粉 計 |
729 |
68.0 |
771 |
69.8 |
730 |
67.6 |
小 麪 |
57 |
5.3 |
54 |
4.9 |
59 |
5.5 |
大 麪 |
285 |
26.7 |
280 |
25.3 |
291 |
26.9 |
麪 計 |
342 |
32.0 |
334 |
30.2 |
350 |
32.4 |
総 計 |
1,067 |
|
1,105 |
|
1,080 |
|
60%粉 |
640 |
|
670 |
|
648 |
|
注 試料の製粉は日清製粉(株)中央研究所で行い、そのデータを示す。 Buhler社製のTest Millを使用。60%の小麦粉は(1B+1M) +(2B+2M)+(3B+3M)を、丁度、60%抽出になるよう加え作成を する。 Bはブレーキ粉、Mはミドリング粉を示す。 |
γ線照射を行った小麦より小麦粉をつくり、それを飼料としてラットを飼育し、成長発育の状態、各栄養素の消化吸収率、主要な臓器に及ぼす影響をしらべた。実験条件は米と同様な方法で行ったので、詳細な実験条件は省略する。
小麦は昭和47年度産の群馬県で収穫された農林61号2等品を使用した。照射は高崎研究所(日本原子力研究所)で行った。照射線量は0(非照射)、10、20kradの3群で貯蔵3カ月以後のものを使用した。製粉、精白は日清製粉(株)中央研究所に依頼して行ってもらった。
飼料組成は第1表に示す通りである。小麦でん粉を主要糖質源として用いた。小麦粉を分析して蛋白質量を測定し、不足分は牛乳カゼインを追加して、蛋白質を15%になるように調整した。飼料の配合率は各群ともすべて同一であり、約1週間分を一時に調整して10℃の冷蔵庫に保管、毎日自由摂取させた。
試 料 |
% |
備 考 |
小麦澱粉 |
75 |
照射小麦は製粉、麪 を除く。カゼインを 7%添加。 |
蛋白質 |
15 |
|
大豆油 |
7 |
|
塩混合 |
2 |
|
ビタミン混合 |
1 |
ウィスター系体重100g前後のラットを使用した。雌雄同数とし、3群に分け各群は夫々10匹とし、飼育期間は4カ月(130日)とした。
第2表にはラットの生育状態を示してある。体重増加は非照射群が最もよく、10、20krad群では多少の低下がみられたが、有意差はなかった。飼料効率も多少の差はみられたが、有意差はなかった。
4カ月後に解剖し主要の各臓器の異常の有無をしらべたが、いずれも正常であった。
項 目 群 別 |
実験開始時の 体重 g |
終了時の増加 体重量 g |
飼料効率 |
ラットの状態 |
|
0krad |
♂ |
96 |
257 |
0.138 |
正常 |
♀ |
93 |
166 |
0.105 |
正常 |
|
10krad |
♂ |
108 |
219 |
0.124 |
正常 |
♀ |
95 |
133 |
0.082 |
正常 |
|
20krad |
♂ |
101 |
215 |
0.123 |
正常 |
♀ |
93 |
139 |
0.091 |
終末に3匹死亡 |
γ線照射小麦の栄養成分の変化についてはすでに1.および2.でのべた通りである。今回は、γ線照射小麦の健全性を調べる目的で、ラットによる実験を実施した。とくに、被検動物の生殖腺の発育および生殖線の発育を支配するホルモン(テストステロン)量の血清中における昼夜の変動に留意しつつ実験を行った。
昭和55年国内産普通小麦を購入(昭和55年9月2日)し、理化学研究所コバルト60照射装置にて75kradのγ線照射を行った(同年9月5日)。対照試料にはγ線を照射しない小麦を用い、いずれの試料も実験に供するまで4℃の低温室に保存した。
フィッシャー系雄ラット(日本チャールスリバー、3週令)48匹を4日間、ミルクカゼイン20%を含む精製飼料で予備飼育後、24匹ずつの2群にわけ、1群を対照小麦給与群[以下、対照群(C)と略]、他をγ線照射小麦給与群[以下、照射群(R)と略]とした。これらの群をさらに各群6匹の8群とし、1カ月飼育午前8時30分屠殺群(1C8群および1R8群)、1カ月飼育午前0時30分屠殺群(1C0群および1R0群)、3カ月飼育午前8時30分屠殺群(3C8群および3R8群)、3カ月飼育午前0時30分屠殺群(3C0群および3R0群)に群別した。各動物はステンレススチール製の飼育かごに単飼し、飼料ならびに水道水を自由摂取させた。γ線照射小麦は、γ線照射4日後より動物に給与した。飼育期間中ほぼ2日に1回、動物の体重ならびに飼料摂取量を測定した。飼育温度は23±1℃、湿度は55±5%であった。
γ線照射小麦は玄麦のまま粉末とし、飼料に混入して動物に与えた。対照動物には、γ線を照射しない小麦を同様に処理して与えた。すなわち、玄麦をオスターブレンダーにて粉砕したものを小麦粉末として飼料に混入した。
飼料組成は表1の通りである。小麦粉末は重量で75%添加した。この添加量は、国民1人1日当りの小麦の摂取量(昭和54年度の23倍強を添加した計算となる。飼料中の蛋白質量はミルクカゼインに換算して20%であり、ラットの正常な発育に必要な、十分量の全必須アミノ酸が含まれていることは確認してある。飼料はほぼ2週間に1回調製し、使用するまで−20℃に保存した。
試 料 |
% |
備 考 |
小麦澱粉 |
75 |
照射小麦は製粉、麪 を除く。カゼインを 7%添加。 |
蛋白質 |
15 |
|
大豆油 |
7 |
|
塩混合 |
2 |
|
ビタミン混合 |
1 |
エーテル麻酔下、心臓穿刺によって採血し、遠心分離、測定時まで−20℃に保存した血清のテストステロンは、ラジオイムノアッセー用キット(ラジオケミカルセンター社、アムステルダム)により測定した。
(a)血液性状は、自動血球計数器(東亜医用電子社)により、睾丸の組織像はヘマトキシリン、エオシン染色後に観察した。
(b)結果の比較はウエルチのt検定により行った。有意水準は5%とした。
飼育1カ月後および3カ月後の体重増加量は照射群、対照群間に差を認めなかった。総採食量は1C群と1R群で差を認めた。(表2)
項 目 群 別 |
実験開始時の 体重 g |
終了時の増加 体重量 g |
飼料効率 |
ラットの状態 |
|
0krad |
♂ |
96 |
257 |
0.138 |
正常 |
♀ |
93 |
166 |
0.105 |
正常 |
|
10krad |
♂ |
108 |
219 |
0.124 |
正常 |
♀ |
95 |
133 |
0.082 |
正常 |
|
20krad |
♂ |
101 |
215 |
0.123 |
正常 |
♀ |
93 |
139 |
0.091 |
終末に3匹死亡 |
体重100g当りの副睾丸重量において1C群と1R群に差を認めた。それ以外の臓器重量には差を認めなかった。(表3)
臓 器 群 別 |
肝臓mg |
腎臓mg |
脾臓mg |
|
0krad |
♂ |
275.2 |
63.8 |
18.0 |
♀ |
235.3 |
55.4 |
21.3 |
|
10krad |
♂ |
231.1 |
64.0 |
17.7 |
♀ |
241.5 |
58.9 |
19.0 |
|
20krad |
♂ |
273.4 |
70.6 |
19.3 |
♀ |
283.2 |
66.1 |
20.6 |
注 平均値(体重10g当り) |
以下の各群間に差を認めた。赤血球数では、1C0群と1C8群、3R0群と3R8群、ヘマトクリット値で1C0群と1C8群、1C0群と1R0群、3R0群と3R8群、ヘモグロビン量で1C0群と1C8群、1R0群と1R8群。以上以外は各群間に差を認めなかった。
1C0群と1R0群、1C0群と1C8群間に有意差を認めた。以上以外は各群間に差を認めなかった。
対照群、照射群間に差を認めなかった。
(1)血清がテストステロン量の1C0群と1R0群間に有意差が認められたが、照射食品摂取によるテストステロン量の減少は認められなかった。
(2)生殖器官重量においても照射食品摂取による器官重量の減少、組織の萎縮などは全く認められなかった。
(3)血液性状においては各群間で有意差のある場合と、差のない場合がみられた。しかし、これらはいずれも正常範囲内での変動であり、ことに照射による悪影響は全くみられなかった。
以上の結果により、照射によるとみなされる悪影響は認められないと判断した。