本研究の目的は、照射によって玉ねぎ内に異常な成分が新たに生成することはないか、という点の検討にある。
ビタミン、栄養素などの正常成分の変動については(2)において検討されているので、本研究では、検体の前処理は、主として不揮発性有機性有害物の分画に用いられる方法を準用した。
未知の異常成分の生成を検知するのが目的であるので、分析手段としては、薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー及びポーラログラフィーを用いた。
薄層クロマトグラフィーにおいては数種の溶媒系でクロマトグラムをとり、対照検体と照射検体との間に差を認めるかどうか検討した。ガスクロマトグラフィーにおいては、現在使用しうる特異的検出器として、フレームフォトメトリー型検出器(FPD)のSモード、電子捕獲型検出器(ECD)及び水素炎イオン化検出器(FID)の3種を用いて、照射による差異の出現を観察した。
1969年9月に収穫した北海道産の札幌黄を同年12月日本原子力研究所高崎研究所においてCo−60によりγ線照射した。線量は、7、15及び30kradの3段階であり、非照射のものを対照として使用した。
検体はすべて室温保存とした。保存期間6か月を過ぎたものについて観察すると、すべての線量において照射による発芽防止効果が認められた。しかし、照射検体はそのほとんどが表皮の色に変色を来たし、黒ずんだ赤色になり、非照射対照とは異なった外観を示した。これは、再試験を行っていないので再現性があるか否かは不明である。
(a)不揮発性有害有機物の分画
薄層クロマトグラフィー、ECD及びFIDガスクロマトグラフィー、並びにポーラログラフィーのための試験溶液とした。
不揮発性有害有機物の分画は、スタスオット法と呼ばれる裁判化学的手法に準じた。
まず表皮を除き、実際に食用に供する部分のみを細切し、ミキサーを用いて粉砕、均一化した試料4kgを5lのナス型フラスコにとり、エタノール2l及び10%酒石酸試液100mlを加え酸性とする。続いてフラスコに1mの冷却用ガラス管を付し、水溶中約60℃でときどき振りまぜながら1時間加温する。エタノール温度液は水冷したのちろ過する。残留物はエタノール1lを用いて上記同様2回温浸を行い全抽出エタノールろ過を合わせる。
エタノール溶液を減圧下濃縮し、約100mlとしたのちろ過する。得られた酒石酸々性水溶液を500mlの分液ロートにとり、200mlのエーテルを加えてよく振りまぜたのち静置し、分離したエーテル層を分取する。水層はさらにエーテル200mlで2回抽出を繰り返す。全エーテル抽出液を無水硫酸ナトリウムで乾燥し乾燥ろ紙でろ過する。ろ液からエーテルを大部分留去したのち、エタノールを5ml加え、さらに加温して残留エーテルを除き、エタノール溶液を作る。これを第1画分とする。
上記エーテル抽出処理後分離した酸性水溶液に、水酸化ナトリウム溶液を加えてpH約14とした後、再びエーテル抽出を行い、エーテルを留去した後5mlのエタノールに溶かしてこれを第2画分とする。
上記で残留したアルカリ性水溶液に、希塩酸を加えて中和した後、アンモニア水を加えてアルカリ性とし、これにエーテル1lを加えて振とう抽出しエーテル層を濃縮しアルコール5mlの溶液とし第3画分とする。
ついで水層にアミルアルコール100mlを加え振とう抽出し、アミルアルコール層を濃縮し5mlとして第4画分とする。
(b)水蒸気蒸留
SモードFPDガスクロマトグラフィーの試験溶液は、玉ねぎ500gを細切し、水蒸気蒸留して得た留液500mlを分液ロートにとり、エーテルを加えて抽出し、エーテル層を脱水乾燥後クデルナデニッシュ濃縮器を用いて一定量に濃縮して調製する。
(c)クロロホルム抽出
薄層クロマトグラフィー並びにECD及びFIDガスクロマトグラフィーは、玉ねぎのクロロホルム・メタノール(2:1)抽出物を濃縮して一定量としたものについても検討した。
メルクシリカゲルを用いて作った250μmの薄層を、110℃、1時間活性化した後に使用した。スポット量は20μlである。
各画分ごとに含有物質の液性、極性が異なるので、展開溶媒は画分ごとに同一ではない。
検出は、2537A,3650Aの紫外線照射による蛍光物質の検知のほか、塩化第二鉄試液、ベンチジン試液、エタノール性水酸化ナトリウム試液、50%硫酸、ニンヒドリン、1%硫酸セリウムなどを用いた。
有機物分画の各画分について、諸種の展開溶媒を用いて展開した際に検出されたスポットのRf値を、第(3)−1、2、3、4表に示す。
一部の検体のみに、見られたスポットはその旨付記した。特に記載のないスポットは、照射及び非照射の全検体から検出されたものである。
大部分のスポットは照射及び非照射の両検体に認められた。照射玉ねぎに特有のスポットにもわずかに認められたが、照射線量との間に関連性が認められなかったので、照射によって玉ねぎ体内に親物質が生成していると明らかに断定するに足る結果は得られなかった。
展開溶媒 |
Rf値 |
|||||||
a*1 |
0.35#1 |
0.7#6 |
0.85 |
1.0 |
|
|
|
|
b*2 |
0.1 |
0.2 |
0.35 |
0.48#2#6 |
|
|
|
|
c*3 |
0 |
0.25 |
1.0#6 |
|
|
|
|
|
d*4 |
0.25#3 |
0.32 |
0.45#4#6 |
0.55 |
0.70 |
0.80 |
0.95 |
1.0#5 |
溶媒 a.酢酸エチル・メチルエチルケトン・ギ酸・水(5:3:1:1) b.トルエン・ギ酸エチル・ギ酸(5:4:1) c.ベンゼン・ギ酸エチル・ギ酸(75:24:1) d.ブタノール・酢酸・水(6:1:2) #1 非照射及び15kradは濃く、7及び30kradは淡い #2 非照射、7krad及び30kradに検出 #3 非照射、7krad及び15kradに検出 #4 7kradは濃く、他は淡い #5 7kradにのみ検出 #6 蛍光物質 *1 FeCl3叉はベンチジン発色 *2 ベンチジン発色 *3 NaOH/Eto+発色 *4 H2SO4発色 |
展開溶媒 |
画分 |
Rf値 |
||||
a*1 |
第2 |
0 |
0.35#1 |
0.55 |
0.85 |
1.0 |
b |
第3 |
0.55#2 |
|
|
|
|
a*2 |
第3 |
0.6 |
0.75 |
0.9 |
|
|
溶媒 a.ブタノール・酢酸・水(6:1:2) b.酢酸エチル・メチルエチルケトン・ギ酸・水(5:3:1:1) #1 非照射及び30kradのみに検出 #2 30kradのみに検出、蛍光物質 *1 H2SO4発色 *2 蛍光 |
展開溶媒 |
Rf値 |
||||
a*1 |
0#1 |
0〜0.27 |
0.65#1 |
0.83 |
|
b*2 |
0#1 |
0.15#1 |
0.25#1 |
0.4 |
0.45#1 |
溶媒a.酢酸エチル・メチルエチルケトン・ギ酸・水(5:3:1:1) b.ブタノール・酢酸・水(6:1:2) |
展開溶媒 |
Rf値 |
|||||||||
a |
0 |
0.05 |
0.25 |
0.70 |
0.80 |
0.95 |
|
|
|
|
b |
0 |
0.10 |
0.15 |
0.30 |
0.59 |
0.70 |
0.75 |
0.78 |
0.86 |
1.0 |
溶媒a.ブタノール・酢酸・水(8:1:1) b.ベンゼン・酢酸エチル・ギ酸(75:24:1) |
FPDは、Sフィルターを用いて試験し、含硫化合物に関するパターン変化を検知することを目的とした。
(i)試験方法
水蒸気蒸留によって得た試験溶液につき、マイクロテックMT220型、FPD(394nm,S化合物用)を用いた。
カラムは内径4mm,長さ1.5mのガラスカラムに、2%ポリジエチレングリコールサクシネート(0.5%、リン酸含有)/クロモソルブGを充てんしたもの及び2%OV−17/クロモソルブGを充てんしたもの。前者は65℃、後者は100℃とした。
(ii)試験結果
対照及び各照射検体について得られたガスクロマトグラムを第(3)−1、2図に示す。二硫化n−プロピル及び硫化アリルを中心とする含硫化合物の一連のピークパターンにはほとんど変化がみられなかった。
前出各画分について親電子性物質のパターンを観察した。
(i)試験方法
MT220 マイクロテック社ガスクロマトグラフ Ni63−ECD。
カラムは2%ポリジエチレングリコールサクシネート(0.5%、リン酸)/クロモソルブG,4mm×1.5m ガラスカラム、165℃。
(ii)試験結果
第(3)−3図に第1画分、第(3)−4図に第3画分、第(3)−5図にクロロホルム抽出分のパターンを示した。
照射によって新しく親電子物質が生成している事実は認められない。
FIDは特異的検出器とはいえず、しかも前2者(FPD,ECD)に比して感度も低いので、詳細な検討には向かないが、全体像を概観する意味で検討した。
(i)試験方法
島津3AF ガスクロマトグラフを用いた。カラムは4%ポリジエチレングリコールサクシネート/ガスフロムQ,4mm×1mガラス。
(ii)試験結果
第(3)−6図に第1画分、第(3)−7図にクロロホルム抽出分のクロマトパターンを示す。他の画分からは明瞭はピークは得られなかった。
いずれも照射による変化を認めず、新しい生成物を検知し得なかった。
前記調製法で得た各画分につき、ポーラログラフ的活性物質(酸化還元性物質)の比較を行った。
(i)試験方法
各画分を濃縮乾固し0.1Nメタノール塩酸に溶解したものをポーラログラフィー用検液とした。
柳本製PA101型ポーラログラフを用いた。
(ii)試験結果
第(4)−8図に得られたポーラログラムを示す。第1画分で半波電位が7kradのみやや異なり、第2画分では半波電位は変わらないが還元電流が対照で多い。しかし、その他のものの順は線量と逆になっている。
第3画分ではやはり半波電位に差がなく、還元電流もほぼ等しい。第4画分においても照射と関連づけられる変化は見られない。
玉ねぎの照射に起因して、玉ねぎ組織内に新たに何らかの化合物生成することは、今回の試験の範囲内では認められなかった。
2、3のパターン変化を認めるものもあったが、それらについて線量との相関がみられずpositiveの結果とすることはできない。