放射線殺菌された肉類または魚介類は 10℃ 以下の低温貯蔵と組み合わせて流通することが多い。これまでの研究では照射された鶏肉を低温貯蔵した場合、貯蔵中の大腸菌群等の増殖抑制が予想以上に低線量で認められた1)。この原因としては、大腸菌等の殺菌効果を 30℃ または 37℃ の培養温度で測定したためと思われる。そこで本研究では、大腸菌等の各種菌株を用いて照射後の殺菌効果に及ぼす培養温度の影響について検討した。
供試菌株は、牛肉から分離された Escherichia coli A4-1 株2)、豚肉から分離された E. coli S2 株、生薬から分離された Enterobacter agglomerans K3-1 株3) を用いた。また、比較のため Salmonella enteritidis YK-2 株を用いた。これらの菌株は Nutrient broth で 30℃・16 時間振とう培養し、遠心分離後に、0.067M 燐酸緩衝液 (pH7.0) で 2 回洗浄し、同緩衝液に菌数約 1 x 109 cfu/ml となるように懸濁した。
菌懸濁液 1.5ml をパイレックスガラス試験管に入れ、溶存空気平衝下・20 〜 30℃ でガンマ線を 0 〜 1.2kGy 照射した。ガンマ線源は 10 万キュリーのコバルト−60 を用い、1.2kGy/h の位置で照射し、吸収線量は Fricke 鉄線量計であらかじめ測定しておいた。
照射後の菌液は室温下でただちに平板培地にプラッテンした。菌液の希釈は滅菌生理食塩水 (0.01% Tween 20 含有) で行い、Nutrient agar 平板培地にプラッテンし、10 〜 40℃ の温度条件で 20 時間培養後のコロニー測定により生残率を測定した。なお、菌株によっては 15℃ 以下でコロニーが発生しにくいものもあり、3 日培養でもコロニーが出現しない場合には 30℃ で再培養してコロニー数を測定した。
Table 1 に示すように、平板培地にプラッテンした各菌株のコロニー形成能は 20℃ 以下の低温培養では菌株により著しい差が認められた。低温下で最も生育が活発な株は E. coli A4-1 であり、S. enteritidis YK-2 株も比較的低温下で生育が認められた。また、E. coli S2 や B4 株も 15℃ でコロニーの発生が認められた。一方、Ent. agglomerans K3-1 は 20℃ でもコロニーの生育が著しく低下した。
Fig. 1 は 30℃ 培養における各菌株の生存曲線であり、E. coli A4-1 株が最も放射線感受性が高く D10 値は 0.06kGy であり、S. enteritidis YK-2 株で 0.14kGy、E. coli S2 株で 0.21kGy、E. coli B4 株で 0.24kGy、Ent. agglomerans K3-1 株で 0.32kGy と菌株により放射線感受性が著しく異なっていた。
また、大腸菌等の各菌株の 10 〜 40℃ での放射線感受性を比較すると、どの菌株でも低温において感受性が高くなる傾向が認められた。そこで、各菌株の生存曲線の傾きから D10 値を求め、培養温度との関係を求めると、Fig. 2 に示すように各菌株とも低温になるほど D10 値が低くなり、Table 2 に示すように 10℃ では 30 〜 40℃ で得られる D10 値の 17 〜 45% に低減した。しかし、最大の D10 値になる培養温度は菌株によって異なり、E. coli A4-1 株及び S. enteritidis YK-2 株は 40℃ であり、E. coli S2、B4 株及び Ent. agglomerans K3-1 は 30 〜 35℃ で最大値を示した。なお、低温培養でコロニーが発生しにくい E. coli B4 株について 10℃ での培養時間を変えて、その後のコロニー発生との関係を調べたところ、10℃ で 72 時間以上培養する場合に D10 値への影響はほとんど認められなくなった。
これらの結果は、放射線抵抗性が最大になる温度は菌株によって異なるが、照射後に 10℃ 以下で貯蔵することにより、放射線による殺菌効果が促進されることを示している。従って、肉類や魚貝類及びその製品を低温貯蔵と組み合わせることにより、30℃ で推定される殺菌線量より 17 〜 45% 少ない線量で殺菌効果が期待できることを示している。一方、先に報告したように 10℃ 以下でも増殖能がある Listeria monocytogenes では低温貯蔵下・低線量で著しい増殖抑制効果が認められている4)。このことは、肉類等の生鮮食品は低温貯蔵と 0.5 〜 1kGy 程度の低線量照射との組み合わせにより予想以上の殺菌効果が期待できることを示している。
1) Y. Prachasitthisak, D. Banati and H. Ito : Food Sci. Technol. Int., 2(4), 242-245 (1996).
2) 伊藤 均, Harsojo : 食品照射, 33(1,2), 29-32 (1998).
3) 伊藤 均, 鎌倉浩之*, 関田節子* : 食品照射, 34(1,2), 16-22 (1999).
4) Harsojo, D. Banati and H. Ito : Food Sci. Technol. Int. Tokyo, 4(3), 184-187 (1998).
(2000 年 5 月 26 日受理)
|