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健全性(WHOLESOMENESS):毒性・微生物学的安全性、栄養学的適格性を総合した考え方

微生物学的安全性


発表場所 : 食品照射, 36巻, pp. 23-25
著者名 : 菊池 裕、伊藤 均*、高鳥浩介、小沼博隆
著者所属機関名 : 国立医薬品食品衛生研究所 (〒 158-8501 東京都世田谷区上用賀 1-18-1)
  *日本原子力研究所高崎研究所 (〒 370-1292 群馬県高崎市綿貫町 1233)
発行年月日 : 2001年
緒言

実験方法

実験結果および考察
 1. 標準菌株の放射線感受性とベロ毒素産生能
 2. 臨床分離菌株の放射線感受性とベロ毒素産生能

謝辞

文献



低線量放射線による微生物毒素産生能の変化に関する研究 1
ベロ毒素を産生する腸管出血性大腸菌 Escherichia coli O157:H7 に及ぼす影響


緒言

 微生物への放射線照射効果の研究は主に殺菌を目的とするものが多く、ガンマ線照射による殺菌に関する数多くの研究がなされてきた。現在ではその高い殺菌効率から医療用具等の滅菌法として広く用いられている。一方で致死を伴わない低線量の放射線が微生物に及ぼす研究は、主に DNA 損傷に基づく変化や、照射によって特異的に誘導されるタンパク質の研究が行われている。しかし、微生物が産生する微生物毒素の代謝や産生量に及ぼす影響に関する研究は少ない。そこで医療用具及び照射食品等の微生物学的安全性を評価することを目的とし、微生物の毒素産生機構に及ぼす低線量の放射線の影響について研究することとした。本研究では病原性微生物の一つである腸管出血性大腸菌 Escherichia coli O157:H7 に着目し、ガンマ線照射による放射線殺菌効果及びベロ毒素産生能の変化を調べた。

実験方法

 ベロ毒素産生能が明らかな 9 株の E. coli O157:H7 を ATCC から購入し、標準菌株として用いた。また、国内の感染症患者から分離した 13 株の E. coli O157:H7 を国立感染症研究所より入手し、臨床分離菌株として用いた。

 ガンマ線照射実験は、既報1-2) に従って行った。トリプティックソイブロス (TSB)(Difco) で増菌した定常期の E. coli O157:H7 を、0.067 M リン酸緩衝液 (pH 7.0) に 1×109 個/ml になるように懸濁し、2.0 ml の懸濁液を滅菌プラスチック製試験管 (12φ× 75mm) に入れ、室温で溶存空気平衡下、60Co (100 kCi) ガンマ線を線量率 1.2 kGy/h となる位置で、0-2.0 kGy 照射した。

 各線量で照射した菌株の懸濁液を希釈し、トリプティックソイアガー (TSA)(Difco) 及びセフィキシムおよび亜テルル酸カリウム添加 Sorbitol MacConky agar (CT-SMAC) 寒天平板培地に塗抹して培養後、生存率を求めた。

 照射した E. coli O157:H7 のベロ毒素産生能の変化は、既報3) に従って逆受身ラテックス凝集反応で調べた。菌株を TSB で培養後、培養液の各希釈液を調製し、大腸菌ベロ毒素検出用キット VTEC-RPLA (デンカ生研) を用いて測定した。

実験結果および考察
1. 標準菌株の放射線感受性とベロ毒素産生能

 E. coli O157:H7 標準菌株に各線量のガンマ線を照射後、TSA 及び CT-SMAC 寒天平板培地で培養し、生存菌数を求めた。TSA で培養した際の生存曲線から求めた D10 値を表 1 に示した。用いた 9 株の E. coli O157:H7 標準菌株に対して 0.1-2.0 kGy のガンマ線を照射すると、本実験の条件下では 1.0 kGy の照射によって、全ての E. coli O157:H7 が死滅し、D10 値は 0.05-0.12 kGy となった。本実験には TSA 及び CT-SMAC 寒天平板培地を用いたが、TSA での D10 値が CT-SMAC 寒天平板培地より若干高かったが、菌株間における D10 値の傾向に変わりはなかった。

 Patterson は wild-type E. coli を接種した鶏挽き肉にガンマ線を照射し、0.26-0.27 kGy の D10 値を報告している4)。また、Thayer らは ATCC 43895 を接種した牛挽き肉や鶏挽き肉に様々な条件下でガンマ線を照射し、その D10 値 (0.16-0.44 kGy) から E. coli O157:H7 は一般の大腸菌に比べ放射線感受性が著しく高いと報告している5)。本研究でも標準菌株の D10 値は低い値を示し、低線量のガンマ線で殺菌可能なことを示している。

 次に照射した標準菌株のベロ毒素産生能を調べた。ガンマ線照射後に生存した 0.1 kGy 照射菌株のベロ毒素産生能を表 1 に示した。ベロ毒素を産生する菌株は、ガンマ線照射後もベロ毒素を産生し、その種類にも変化はなかった。

2. 臨床分離菌株の放射線感受性とベロ毒素産生能

 同様の実験を臨床分離菌株を用いて行った。表 2 に、感染症の発症地域及び染色体 DNA を XbaI 消化してパルスフィールドゲル電気泳動を行って分類した DNA 型別6) を示した。

 次に、各線量のガンマ線照射した 13 株の E. coli O157:H7 臨床分離菌株を、TSA 及び CT-SMAC 寒天平板培地で培養し、生存菌数を求めた。TSA で培養した際の生存曲線から求めた D10 値を表 2 に示した。臨床分離菌株に対して 0.1-2.0 kGy のガンマ線を照射すると、本実験の条件下では 0.8 kGy で全ての E. coli O157:H7 が死滅し、その D10 値は 0.05-0.1 kGy となり、伊藤らの報告7) と同様の感受性を示した。CT-SMAC 寒天平板培地を用いてガンマ線照射した菌株の培養でも、TSA と同様な D10 値を示した。表 2 に示したように、本実験では国内各地で発症した個別の感染症事例に由来し、DNA 型別が全て異なる臨床分離菌株にガンマ線照射を行った。しかし、発症地及び DNA 型別の違いによる顕著な D10 値の差は見られず、ATCC 標準菌株の D10 値 (0.05-0.12 kGy) とほぼ同じ値を示した。

 次に、臨床分離菌株のベロ毒素産生能を調べた。ガンマ線照射後に生存した 0.1 kGy 照射菌株のベロ毒素産生能を表 2 に示した。本実験に用いた臨床分離菌株は、標準菌株の 10 倍以上のベロ毒素産生能を示した。ベロ毒素産生能を有する菌株は、ガンマ線照射後もベロ毒素を産生し、その種類にも変化はなっかった。また、ガンマ線 0.1 kGy 照射後のベロ毒素の産生量は、非照射群に比較して、顕著な産生量の増加はなかった。

 以上の結果より、国内の感染症事例で分離した腸管出血性大腸菌 E. coli O157:H7 は、低線量のガンマ線で殺菌可能なことが示された。また、0.1 kGy 照射後のベロ毒素産生能に顕著な変動が認められなかった。

謝辞

 本研究の遂行に当たり、腸管出血性大腸菌を御供与して頂いた国立感染症研究所細菌部長渡邉治雄博士に、深く謝意を称します。

文献

1) 伊藤 均, K.-J. Chun, 石垣 功 : 食品照射, 24, 12 (1989).
2) 瀧上真知子, 伊藤 均 : 食品照射, 30, 11 (1996).
3) 小沼博隆 : 食品衛生研究, 47 (10), 67 (1997).
4) M. Patterson : Lett. Appl. Microbiol., 7, 55 (1988).
5) D. W. Thayer and G. Boyd : Appl. Environ. Microbiol., 59, 1030 (1993).
6) 伊豫田淳, 寺嶋 淳, 和田昭仁, 泉谷秀昌, 田村和満, 渡邉治雄 : 日本細菌学雑誌, 55, 29 (2000).
7) 伊藤 均, Harsojo : 食品照射, 33, 29 (1998).
(2001 年 7 月 9 日受理)


表 1 E. coli O157:H7 標準菌株の D10 値とベロ毒素産生能の変化
E. coli O157:H7 標準菌株の D10 値とベロ毒素産生能の変化


表 2 E. coli O157:H7 臨床分離菌株の D10 値とベロ毒素産生能の変化
E. coli O157:H7 臨床分離菌株の D10 値とベロ毒素産生能の変化




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