食品照射に関する文献検索

健全性(WHOLESOMENESS):毒性・微生物学的安全性、栄養学的適格性を総合した考え方

健全性に関するレビュー、まとめ


発表場所 : 食品照射、Vol.16(1,2),60−88.
発行機関名 : FAO/IAEA/WHO合同専門家委員会
発行年月日 : 1981年
FAO/IAEA/WHO 合同専門家委員会(1976)報告
照射食品の健全性 1.
1. はじめに
2. 概  論
2−1. 原  則
2−2. 食品処理プロセスとしての照射
2−3. ある食品から他の食品へのデータの類推
3. 技  術
3−1. 線量測定
3−2. 照射処理条件
3−3. 照射食品の検出方法
3−4. 照射食品の包装
3−5. くり返し照射
3−6. 照射食品の品質
3−7. 照射食品の技術
4. 放射線化学
5. 栄  養
6. 微 生 物
6−1. 貯 蔵 温 度
6−2. ヴィールス
6−3. 包   装
6−4. 病 原 問 題
6−5. 放射線抵抗性の増大
7. 毒  性
7−1. 毒性試験用の飼料
7−1−2. 管理された飼料
7−2. 毒性研究
7−3. 試験される食品の、人の食品としての妥当性
7−3−1. 照射食品の抽出
7−3−2. 照射食品の水分減少
7−3−3. 照射後の時間
7−3−4. 照射線量および照射条件
7−4. 人間を対象とした実験、および動物試験から人間に対する影響の推定
8. 評 価 方 法
8−1. 承認の種類
8−2. 今後必要な研究
8−3. 承認されていない照射食品
9. 照射した小麦、馬鈴薯、およびタマネギの再評価
9−1. 照射小麦および小麦粉製品
(1) 照射の目的
(2) 照射方法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
9−2. 照射馬鈴薯
(1) 照射の目的
(2) 照射方法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
9−3. 照射タマネギ
(1) 照射の目的
(2) 照射方法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
(7) 1979年12月31日までの課題
10. 新しく評価の加えられた食品
10−1. 照射鶏肉
(1) 照射の目的
(2) 照 射 方 法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
10−2. 照射したタラ(Gadus morhua)とサケ(Scbastes marinus)
(1) 照射の目的
(2) 照 射 方 法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
(7) 1979年12月31日までの課題
(8) 照射乾燥魚の微生物に関する追加コメント
10−3. 照射マッシュルーム
(1) 照射の目的
(2) 照 射 方 法
(3) 包  装
(4) 微 生 物
(5) 栄  養
(6) 毒  性
(7) 総 合 評 価
10−4. 照射パパイア
(1) 照射の目的
(2) 照 射 方 法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
10−5. 照 射 米
(1) 照射の目的
(2) 照 射 方 法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
(7) 1979年12月31日までの課題
10−6. 照射イチゴ
(1) 照射の目的
(2) 照 射 方 法
(3) 微 生 物
(4) 栄  養
(5) 毒  性
(6) 総 合 評 価
11. 今後の研究
12. 勧  告
13. 参考文献
附録1. 放射線微生物学で用いられる用語
1. Radappertization
2. Radicidation
3. Radurization
附録2. 照射によりヴィールスが突然変異を起こす可能性のないことについて*1)
(1) 血 清 型
(2) 神経組織親和性
(3) 高温や酸性条件下での増殖力
(4) 宿主特異性



FAO/IAEA/WHO 合同専門家委員会(1976)報告 照射食品の健全性 1.


FAO/IAEA/WHO 合同専門家委員会(1976)報告
照射食品の健全性 1.

 FAO/IAEA/WHO 合同照射食品健全性専門家委員会は、1976年8月31日より9月7日までジュネーブにおいて委員会を開催した。

1. はじめに

 世界の需要を満たすために、多くの努力がなされているが、その1つとして食糧の損耗防止技術がある。この目的に化学薬品(抗生物質、殺虫剤、芽止め剤)を使用することも可能であるが、化学物質そのものばかりでなく、その代謝産物や中間産物(ニトロソアミンのような)には人の健康阻害が危惧される。

 このため保存の目的で食品に放射線照射する研究や照射した食品の健全性を検討する試験が数多くなされている。

 照射食品の健全性を世界的レベルから検討する必要性が、1961年ブラッセルにおけるFAO、IAEAおよびWHO合同委員会において強調され、照射食品の健全性を試験するための研究内容がこれら3つの国連合同機関により1964年ローマにおいて、検討された(7.28)。又更に1969年ジュネーブにおいても同様に合同委員会が催され(30)照射された小麦、ジャガイモおよびタマネギの健全性が検討された。その結果試験データに基づいて、小麦および小麦製品(75krad以下)およびジャガイモ(15krad以下)については健全性合同委員会により、条件付で承認された(temporary accepted)ものの、これら食品については更に試験が続行されることになった。照射タマネギについては健全性を評価するにはデータが不充分であると見なされた。その後、食品照射は国際プロジェクト(IFIP)のスポンサーした試験データが多数収集されるに至った。健全性試験は、1969年の会議でとり上げられた食品ばかりでなく、その他の食品についても行われており、これらのデータはWHOから加盟諸国に送付され、照射食品の微生物的側面に関するFAO/IAEA会議(1974年)でのデータを補うものである(34)。現在、専門家委員会はこれらのデータをまとめている最中である。

2. 概  論
2−1. 原  則

 本委員会は1964年および1969年のFAO/IAEA/WHO専門家委員会が報告したレポート中の健全性試験の考え方およびガイドラインを検討した結果、ほとんどのものが妥当なものであることを認め、それらに従うことにした。しかしながら、現委員会は人が食するための照射食品の健全性試験は、次の概念に基づいて行われなければならないことを改めて強調している。

 (1) 人に有害な微生物および微生物による毒性物質の含まれないこと。

 (2) 照射食品の占める全摂取食品量に対する栄養的寄与量

 (3) 照射処理の結果、食品中に有意な量(significant amount)の毒性物質が形成されないこと。

2−2. 食品処理プロセスとしての照射

 照射は物理的な食品処理法であり、保存のために食品を加熱したり、凍結したりするのと同じことである。ただ特異な点は、用いられるエネルギーが特殊なことで、このために特別な注意が必要となるのである。

 ガンマ線で照射した食品に関しては、その健全性がとり上げられているが、加熱やマイクロウエーブのようなより長波長の放射線で処理した場合は、これほどには問題となっていない。

 委員会は、照射食品の微生物学的、栄養学的、および毒性的試験法は、照射処理が物理的処理であることに基づいてなされるべきことを強調している。過去において照射は食品に何かを加えるものとの概念から、処理プロセスとしてよりも食品添加物として考えられた。この考え方は、いくつかの国で採用されたが、他の国では物理的技術として食品照射を規制している。

 食品添加物として、照射処理を評価する場合は、その毒性試験は食品添加物や残留農薬試験で行われる1日当り摂取許容量とか安全係数の概念をあてはめて検討されることになる。しかしながら委員会は、照射食品の健全性に係る毒性試験は、化学物質の安全性試験とは異なるべきと見なしている。

 動物試験において、照射食品を、通常の食飼レベルの何倍も多く食べさせるのは無理であり、照射線量を実際量の何倍も高めて試験するのも適正ではない。このような試験結果からは、照射食品の毒性を正しく判断することはできない。このように照射食品の健全性評価には、食品添加物や食品混合物の場合とは異なる問題があり、したがってその評価法も異なるものが要求される。放射線に対する一般的な危険概念から、照射食品に対する不信感がもたらされるのであろう。照射食品の安全性は、照射処理が物理的処理であるとの概念に基づいて一般大衆を教育し、確認させる必要がある。何故なら、世界の多くの場所で、多数の食品について、この手法を役立たせる必要があるからである。

2−3. ある食品から他の食品へのデータの類推

 FAO/IAEA/WHO合同専門家委員会(1964年)は、照射食品一般についてその健全性を保証するにはまだ情報量が少なすぎるが、間もなくそれも可能になるとしている(28)。

 同委員会は、1969年再開された時(30)、ある照射食品に関する健全性データは他の食品にも関連深いと結論づけている。ある照射食品の健全性を評価する場合、照射食品に共通な反応がわかっていれば各食品の健全性の評価をより確実なものとすることができよう。

 WHOは1974年の会議である農産物の1品種に関するデータは他の品種についてもあてはめて考えることができるとした。又、品種間相異以上の差異を示す食品グループ間では線量が10kGy(1Mrad)以下ならば、健全性試験をより簡略化することができる。(小麦でのデータをトーモロコシへ、大麦でのデータをえん麦へ)としている。

 このように、その食品の代表的一例の研究結果を、同じ食品の他の品種についてもあてはめて考えてかまわない。同様に互に関連する食品間では毒性データや化学的データがあれば、新たに同様な食品の毒性テストを行う時、試験内容を狭めることができる。

 委員会は、関連する食品間では、線量が1Mrad以下なら照射生成物に強い関連性のあること、食品中の蛋白、脂質、炭水化物の放射線に対する反応性に共通性のあることを示した。従って、食品の放射線化学に関してかなりの程度まで一般化して考えることができると思われる。

 照射食品中に見出されるほとんどの成分は、非照射食品中にも、又他の加工法で処理された食品中にも見出すことができる。これら照射生成物についてみると、線量が60kGy(6Mrad)まで高めても、その生成量は食品kg当り数mgの範囲にすぎない。10kGy(1Mrad)以下の線量では、(現委員会ではこの線量で必要な照射を行うことができると考えている)照射生成物はこの値よりも低いものとなる。

 食品中で生成する照射分解産物の化学的構造から、又、その生成量の少いことから、照射食品に由来する危険性は無視できるものと考えてさしつかえない。

 委員会はある形態における照射食品の安全性データは他の形態における同一食品の安全性にもあてはめて考えることができるとしている。10kGy(1Mrad)以下なら、ある食品のデータを関連する食品へあてはめて考えても良いと委員会は考えている。例えば、澱粉の多いジャガイモ、小麦および米の健全性を評価するとき、トーモロコシ澱粉に関する情報を含めて評価しても良い。

 照射した生魚の健全性を評価する場合、いろんな種類の照射魚や照射魚加工品でのデータを用いてかまわない。将来は、照射魚に関するデータを集めた上で、全ての魚に対して照射許可を与えることになろう。

 このような考えに基づいて、委員会は5kGy(500krad)までの線量なら、放射線化学的データ(動物試験の結果と共に)に基いて、一般に、照射食品は人間が食しても安全であるとみなしている。放射線化学的又は毒性学的試験を続けることにより、照射食品の健全性は、純化学的な見地から評価することができると云ってさしつかえない。

 照射プロセスに関するこれらの結論は5kGy以上の照射についてもあてはめることができよう。このような考え方を認めても新しい食品処理法について常に、なげかけられる疑問に対して不利になることはない。かくして、照射処理は、食品の処理手段として受け入れ得るものであること、食品の健全性は損なわれないこと、新しい照射食品の健全性を評価するのに、たとえ互いに良く似た食品同志であろうとも、全く別の食品について得られたデータだけを基に判断するにはまだいたっていないことなどが明らかになった。

3. 技  術
3−1. 線量測定

 動物を用いた飼育試験用に食品を照射する場合も、人の食用に食品を照射する場合にも、線量測定は注意深く行わなければならない。医療器具類の放射線滅菌、実験動物飼料の殺菌、およびその他物品の処理に際し、満足すべき線量測定法が長い間使用されてきた。

 IAEAの編集になる「工業的照射のための線量測定マニュアル」というハンドブックに、線量測定法が詳細に記述されている。各種の食品を照射するに当たって、このハンドブックでは個々の食品毎に、線量範囲が与えられている。それによれば、いかなる照射食品も、そこに示された最低線量より低く、又は最高線量より高く照射されてはならないとされている。照射線量はある巾を持って与えられる。これは完全に均一に照射することは不可能なることを、最適平均線量を固定化することは出来ないことによる。例えば、同じジャガイモでも品種が異なれば、芽止めをしたり、貯蔵性を良くしたりするための最適線量は必ずしも同じではない。ある品種では、平均線量として0.07kGy(0.05〜0.09kGy)が良いが別の品種では0.12kGy(0.09〜0.15kGy)が良いだろう。同様に、ある国では気候条件や害虫の分布濃度から0.5kGy(0.4〜0.6kGy)の照射を必要とするが、一方別の国ではその半分の線量で良いなどが考えられる。このような変動を全て含めて考えられるように、照射線量には、ある巾を持たせる必要がある。いづれにせよ、目的とする効果をあげられる以上の不必要な線量を照射すべきではない。従って最大照射線量を設定する必要がある。又、病原菌の駆除とか検疫に係わる植物害虫の駆除を目的に照射するときは、最低照射線量を明白にしておく必要がある。他の例としては、工業技術目的で照射する場合も、最低線量を守る必要がある。

3−2. 照射処理条件

 各種照射処理工程の重要な技術的側面に関して詳細に記述することは出来ない。

 例えば、ジャガイモの照射を行う場合、イモの照射は収穫直後に行うべきか、数週間貯蔵後に行うべきか、照射はバラで行うのか、包装して行うのか、もし包装して行うなら、どのような包装材やコンテナーを用いるべきか、照射後の貯蔵温度は室温か10℃か。これに対する答は場所毎要求性や条件により異るであろう。8ヶ月も貯蔵され、ポテトチップなどに加工されるイモは、4ヶ月間貯蔵後、家庭消費用に出荷されるイモとは別の取扱い条件が必要だろう。

 健全性試験に用いる食品を照射する場合、その照射条件は実用照射のそれに出来るだけ近づけたものとすべきである。一方、放射線化学的データから、水分量や線量率のような照射条件に関しては一つの結果を他にあてはめて考えてもかまわない。従って、ある条件下での、健全性の評価は、別の条件下における健全性の評価にもあてはめて考えることができる。

3−3. 照射食品の検出方法

 照射食品を検出する手法の研究は、科学的に興味は深いが、そのような手法の開発を照射食品の実用化や貿易取引の条件にしてはならない。食品の照射は秘密主義に基づいて行ってはならないし、実際には政府の許可を受けた場所においてのみ行われるだろう。照射線量を確実に守るためには、食品そのものを分析するよりもすでにある線量測定法を採用する方がはるかに信頼性が高い。わずかな例についてのみ、照射食品は化学的手法により検出することができる。

3−4. 照射食品の包装

 照射処理により包装の機能が損われてはならない。又、包装から有害物質が生じて食品中に移行するようなことがあってはならない。包装の機能をテストする手法や、包材からの生成物を検出する手法は確立されており、照射及び非照射包材にあてはめることができる。

3−5. くり返し照射

 多くの理由から、食品のくり返し照射はさけるべきであるとされる。例えば、照射食品の毒性的、微生物学的、栄養学的評価は、ある限られた線量範囲で処理された食品について行われたものである。更に食品は、それがどのような処理を受けたものであるか、消費者に正しく認知される必要がある。照射生成物が、くり返し照射によって蓄積されるとしてもその濃度があまりに低いので、くり返し照射によってもたらされる危険性は非常に少い。しかし食品は、その食味や栄養価が損われやすいものである。くり返し照射を検出する試験法がないので、これを防止する主な手段は適正な標示、記録保持および監督体制である。記録保持は十分総括的なものとし、照射穀類から得た粉を更に照射するというようなくり返し照射を防止できるものでなければならない。

3−6. 照射食品の品質

 一般に照射処理は、一定品質以上の食品についてのみ行われるべきである。このようなことを強調するのは糞便に汚染された食品を照射したときに生じる問題に健全性委員会が注目しているためである。照射により糞便由来の細菌は、腸内細菌と同様に、放射線により殺滅されるが共存するだろう病原性ヴィールスは殺滅することができない。従って、照射する前の食品について、それが糞便由来の微生物に汚染されているかどうかを確認する必要がある。

3−7. 照射食品の技術

 照射食品の技術的評価の一部として、照射された食品を2次的に使用した時、照射処理がどのように影響して行くかを認識する必要がある。例えば小麦を照射するとグルテンが変化するが、これによりその小麦から作ったパン、パスタ、めんなどの品質は影響を受けるであろう。しかしこの場合、専門委員会はグルテンを著しく損なわない程度の照射線量しか認めないだろう。

4. 放射線化学

 照射食品を評価するために、化学的研究が必要であるとする、1974年WHO諮問グループの考え方に、専門委員会は同意している。しかし、毒性試験に係るデータが十分ならば、照射食品の判定基準として放射線化学的データが求められることはないだろう。従来までに行われた、照射生成物の分析結果から、一連の照射食品を評価するのに際し、1つの食品でのデータを、他の食品にも及ぼして考えることの妥当性が明確になってきた。先の、専門委員会では、実際に用いられる線量よりも高い線量で照射した食品により得られた毒性データの妥当性について疑問を投げかけている(30)。その理由は、高線量照射により一担低線量照射で生じた生成物が分解されてしまうのではないかと考えたからである。しかし、それ以後の実験結果から、生成物は線量と共に増大し、10kGy(1Mrad)で平衡に達することが明らかになった(25)。従って、高線量照射によって毒性がないものならば、その食品はより低い照射線量ではやはり毒性に問題がないと考えてさしつかえない。高線量照射で毒性を呈することが明らかになった場合、その結果を他にあてはめるのは単純にはいかない。というのは、毒性を有する可能性のある成分全てが同定されているわけではないし、既知の生成物についてもその量と生物に与える影響との関係が正確にはわかっていないからである。従って今のところ、照射食品の安全性をはっきりさせるための毒性試験法の開発が必要である。しかし分析研究からはっきりしたように、放射線化学反応の一般原理から毒性試験の程度をかなり縮めることや試験方法をより単純化することが可能になっている。

 最近、多くの照射食品について詳細に、その成分が分析されている。照射生成物のほとんどのものは、非照射食品中にも見出せることがわかっている(6、17、18)。60kGy(6Mrad)までの照射では、照射生成物量は一般に1mg/kg以下である(17、19、25)。その主成分はCO2、メタン及びH2で、これらはかなりの濃度下でも問題はない。10kGy(1Mrad)以下の時に生じる生成物は、非常に極微量なため、デンプン、結晶糖、および純粋脂質のような単純な物質の照射についてのみ、生成物の同定が出来る。放射線化学的研究から、照射食品には、いかなる急性毒作用もないことが知られている。しかし、より長期的な害作用(発癌性、変異原性)の可能性があるかも知れない。そのような作用のある物質は、ほとんどのものが電子との反応性が高いか又は、代謝作用により、そのような反応性を物質に転換したものだろう。又、自動酸化しやすい物質は、過酸化物を生じ、これが害作用をおよぼすことも考えられる。このような視点から照射生成物の化学構造や、その存在量の少いことを考え合わせてみると、これらの物質が照射食品を有害にしているとは考えられない。蛋白、炭水化物および脂質の放射線化学的研究から、これら食品の主成分は同じ反応様式に従うことがわかっている。このことから組成の複雑な食品においても、主要な照射生成物を予想することが可能となった(33)。多くの食品について、又個々の食品成分について従来からの研究の結果、照射生成物は、その存在濃度では、いかなる害毒作用も及ぼし得ないと思われる。照射食品の放射線化学的研究の結果、毒性学的、栄養学的および微生物学的データと併せることによりその健全性を評価するのに十分なデータがすでに得られている(5)。

5. 栄  養

 他の食品加工技術と同じく照射処理により、食品の物理化学的特性が変化し、又栄養組成やその官能的特性が変わるため、消費者の受容性も異る。このような変化の程度や内容は、照射される食品の種類や、その線量により異り、次の点を調査しておく必要がある。

 (1)照射食品の栄養価の変動

 (2)生物により利用可能な栄養成分の、あらゆる意味での変動

 (3)もし変動があるなら、それが栄養上、害作用をおよぼすかどうか

 食品の栄養組成や、利用性がほんのわずかに変わるとしても、その食品の摂取量が多い時は、栄養上なんらかの影響を与えることになるだろう。一方、その食品の摂取量が少ない時は栄養バランスに与える影響は少ない。かくして、肉や魚のような日常重要な食品にみられる栄養価の変化はパパイヤ、キノコ、およびイチゴのような食品での栄養価の変化よりも、我々に与える影響は大きいことになる。

 いくつかの発展途上国においては、小麦、米、あわのような限られた食品にそのほとんどの栄養をあおいでいる。一般に、食品は生の状態で照射され調理されるまで様々な期間貯蔵される。食品は貯蔵および調理によって栄養価を損うことがある。照射により、どの程度、栄養価が失われるのかは検討する必要があり、現実に消費される過程に従って検討されるべきである。委員会の入手し得るデータによれば、照射食品の栄養価が有意に減少した例はない。しかし、食品の貯蔵法として放射線処理は、より重要になるだろうから、将来は我々の食に占める照射食品の割合は大きくなるだろう。照射食品の健全性を保障するためにも、照射によりある食品成分の低下がつみ重なることのないことを確認しておく必要がある。

6. 微 生 物

 食品を照射した場合の微生物学的な影響について、専門用語を用いて専門委員会は多くの記述をしている(8)。これらの用語をここで用いることはしないが、附録1に、そのリストを示してある。照射食品の微生物学は、照射を物理的処理として見る立場から考えることが出来る。熱処理などと同様に処理後の微生物学的変動は、食品の種類、存在する微生物の種類、処理線量、処理後の貯蔵条件などにより異る(11、13、26)。食品の殺菌を目的とした高線量照射では、いかなる健全性に関する問題も考えられない(12、13、16)が、低線量照射の時は照射後も生き残る微生物については、公衆衛生上の問題が考えられる。委員会はFAO/IAEAのグループによってまとめられた、次のような考え方を支持している(34)。即ち「低線量および中線量照射した時の微生物学的問題は、放射線処理の場合だけの問題ではなく、完全殺菌が行われなかった場合に、どのような食品処理法にでも共通して考えられる問題である。」

 委員会は、多数の出版物を刊行しており(7、28、30、34)それらに対して関係国からのコメントもよせられている。

 多くの研究結果に基づいて総説が出されており、それらの内から関連する次の5つの分野について、以下まとめることにした。

6−1. 貯 蔵 温 度

 腐敗しやすい照射食品は、通常0℃に貯蔵するのが良いが、何度で貯蔵すべきか、唯一決まった温度があるわけではない。腐敗を遅らせるためには、照射、非照射に関係なく、腐敗しやすい食品は低温で貯蔵する必要がある。

 国民の健康に重大な関連のある微生物については腐敗を起さぬよう十分気をつける必要がある。その時の貯蔵温度は、少なくとも微生物の成育温度以下でなければならない。このように適正貯蔵温度は、1つ1つの食品により一定するものではない。照射魚についてみると、Clostridium botulinum type E に気をつけねばならないが、菌の生育は3℃貯蔵によりおさえることができる(23)。

 穀類では、アフラトキシンを生産する Aspergillus 類に注意せねばならないが、通常10℃以下では毒素は生産されないし、穀類の水分量が低い時は20℃以下でも生産されることはない(20)。一方、食品によっては照射の有無にかかわらず、貯蔵中の温度管理を全く必要としない場合もある。

6−2. ヴィールス

 食品に由来するヴィールスに関しては次の記載が最も妥当なものであろう。

 「照射により、食品中に存在するいかなるヴィールスの毒性も、増大すると考える証拠は見出されていない。中程度の放射線照射では、少くともある種のヴィールスは殺滅されるので放射線は食品を通じて人に伝染するヴィールス由来の害作用の程度はそれほど高いものではないが、弱める作用をする。」

 その後の研究から、照射により、ヴィールスはかなり死滅する(9、14、24)こと、照射で変異株が生成したとしても、それにより特に問題の生じることはないことが確認された。

6−3. 包   装

 包装材に問題がある時は照射により、その物理、化学的特性の変化すること、又、微生物学的に影響を受けることが考えられるが(15)、10kGy(1Mrad)以下の照射なら、ほとんど包装材に変化のないこと(1)がわかっている。

6−4. 病 原 問 題

 毒 性 :伝染性微生物の病原性は照射によって軽減することが知られており(10、12)、逆に増大するとの報告はない。非殺菌線量を照射されて生き残った微生物が変異を起し、人の消化器管に住ついたというような問題は知られていない。もしそうした問題が存在するとすれば、照射飼料で飼われている動物で証明されていいはずである。何故なら、これら動物は、特に組織学的な又病理学的な検査に重点がおかれて調査が行われているからである。

 毒素生産:多くの研究結果から照射により毒素生産の減少することが知られている(12)。二、三の研究では1〜5kGy(100〜500krad)の照射後、毒素生産の増加することを報じているものの、その生育条件は通常の操作で見かけるようなものではなかった。照射後の食品の取扱い方は、非照射食品の場合と全く同様に毒素生成菌の発育をおさえるようなものでなければならない。

6−5. 放射線抵抗性の増大

 実験室条件下では、放射線抵抗性変異菌を作り出すことに成功しているが、その条件は、食品工業で現実に見られるものとは異なるものである。変異菌は、非照射の元の菌株にくらべて、その生育可能条件がより一層、限定されたものとなっている(12、21)。抵抗性菌株が生じるかも知れないことから、良好な生産環境や重点的管理ポイントの認識が強調されている(2)。似たような問題が、照射だけでなく加熱処理のような場合にも考えられる。

7. 毒  性

 委員会は照射食品の安全性を確立するために、どのような試験を行うべきか、試験の内容は研究者にまかせるべきとの立場をとっている。従って試験実容を厳しく限定しておくのは不適当と考えている。但し、十分な毒性試験を行うための一般的な試験法が必要なことを委員会は認めている。

7−1. 毒性試験用の飼料

 照射食品について安全試験を開始する前に、まず予備試験を行い、試験に用いる飼料が、その後の本試験に適当かどうかを確認しておく必要がある。そのような予備試験からテストしようとしている食品についての動物の発育、寿命、妊娠などを阻害することのない適正な飼料への混入率を決めておかねばならない。最大混入率はテストする食品の物性、栄養価、などによって決まる。又、タマネギやキノコの場合に見られたように、それを多量に摂取したならば、その食品が元来持っているなんらかの有害成分量も又、飼料への混合率を、決める一つの要因となる。

7−1−2. 管理された飼料

 実験動物用の飼料は、照射されたものが多くなっている。関係者は、毒性試験を行う際に、この照射飼料を用いることで、対象区がどのように影響されるかについて考慮している。

 飼料を照射した場合とそうでない場合について、同一動物を長時間飼育した時、例えば寿命、病理状態、発育率、血液像、腫瘍、子の数などに、どのような差異が現われるか委員会は資料を持合わせていない。そのようなデータが、明らかになった後は、食品の貯蔵方法の1つとして照射食品は一般的に広く承認されることになろう。

7−2. 毒性研究

 毒性試験方法は常に改良されており、長期試験などでは、伝統的手法にも変化が見られる。しかし委員会は、従来からの試験方法に基いた結果でも評価の対象として有効であると考えている。例えば同一動物種について3世代以上にわたる伝統的な多世代飼育試験の結果は十分評価に値するものである。もしその結果がはっきりしないものであれば、他の動物について同じ試験をくり返す必要がある。同様に、催奇形成性についても結果がはっきりしないものであれば、更に別の動物で追試する必要がある。

 WHO専門家グループは、1つの試験からでは、変異原性物質を検出したり、性格づけたりすることはできないとの立場をとっている(31、32)が、委員会も、これを支持している。従って、同時に数種の試験を行う必要がある。

7−3. 試験される食品の、人の食品としての妥当性

 ある食品の毒性(および栄養価のような、他の生物試験)を試験する時、テストされる食品は、実際に食べられる形に一致させておく必要がある。

7−3−1. 照射食品の抽出

 照射した生のジャガイモを水とアルコールで抽出して、ネズミに強制飼養すると、変異原性が認められた、という報告に対して委員会は、放射線毒性学上、この報告は興味深いし、その本質が何であるのかをつきとめるため別の研究が必要になるとしながらも、この報告は照射ジャガイモの安全性と直接、関係はないとしている。何故ならば、その変異原性は照射直後、2〜3時間以内に抽出操作を行った時にのみ得られるからである。

 照射後40日間保存したジャガイモについて、ゆでたものからは変異原性が検出されていない。

7−3−2. 照射食品の水分減少

 多くの、照射食品の毒性試験は、照射後、乾燥させた食品について行われている。例えばイチゴは凍結乾燥して、又タマネギは加熱乾燥されている。イチゴでは、長期試験用には、イチゴを凍結乾燥しておかねばならない。このため委員会は2つの疑問を持出している。まず第1に、通常イチゴは照射後1週間で消費されてしまうのに照射後、そんなに長時間保存して安全性試験に用いることの妥当性である。これに関して委員会は、人が食べようとする時イチゴの中に存在するだろう照射分解物は凍結乾燥により安定化されているものと考えている。第2に高真空により揮発性成分がぬけるため、照射したイチゴの、毒性的性格が変わってしまう恐れがある。しかしこの危懼は、重大なものとは言えない。何となれば、イチゴ全果を用いた短期間試験では、揮発性成分をも含めて、試験が行われているにもかかわらず、何らの毒性結果も認められていないからである。

 同様に、加熱乾燥したタマネギを用いる場合も、毒性を有するかも知れない揮発性成分の損失が問題となる。しかし、タマネギを調理すれば加熱乾燥と同様に揮発性成分は損失するし、通常、生のタマネギを大量に食べることはない。したがって、揮発性成分に対する放射線照射の影響は安全性を評価する上であまり重要な要素ではないと考えられている。それにもかかわらず、本委員会は、加熱乾燥中に失われる照射タマネギ中の揮発性成分の性質や生物的特性についてさらに研究することが必要だと考え、このような揮発性成分を、調理中に失われる成分や非照射のタマネギを加熱乾燥したり調理する際に失われる揮発性成分と比較するように勧告した。

7−3−3. 照射後の時間

 照射による可能性のある有害な影響について、照射直後の馬鈴薯や小麦(セクション9.1)に関して報告されているが、この場合でも照射後貯蔵しておくとそのような影響は認められなくなったという。この様に毒性は照射後の時間と共に変わるので、照射食品を人間が実際に食べる時の毒性について検討することが必要である。

7−3−4. 照射線量および照射条件

 実際に工場で食品を照射する際、試料によって照射線量がある程度ばらつくので、照射食品の動物試験を行う場合、照射を実用化した時の最も高い線量と思われる量以上に照射した食品を用いる必要がある(セクション3,1)。さらに、照射する食品の水分量、酸素の有無、温度、照射後の貯蔵条件も実用化する際の条件に近づける必要がある。

7−4. 人間を対象とした実験、および動物試験から人間に対する影響の推定

 本委員会は、人間を用いた実験の有用性は認識しているが、その困難さもよく知っており、動物試験の結果を人間に当てはめる場合に生じる一般的な問題も熟知している。それにもかかわらず、照射食品に関する動物試験を行った結果毒性上問題がない場合には、その照射食品を人間が食べても安全であると考えることができる。

8. 評 価 方 法
8−1. 承認の種類

 1969年に開催された専門家委員会(30)では、食品添加物(1967年、29)に適用されているのとはほとんど同様の方法で、照射食品に3種類の表現を用いて承認を与えることが決定された。しかし今回の委員会では、照射食品に関する種々のデータを基に議論をした結果、次の様な2種類の表現を用いて照射食品を承認すればよいという結論に達した。

 無条件承認:照射した食品の健全性を証明するのに十分適切なデータが示されている場合には無条件承認(Unconditional acceptance)を与える。

 暫定承認 :人間が一生食べ続けた場合の健全性を証明するためにはさらに実験を行う必要があるが、これらの実験を行ってその結果を評価するまでの間人間が食べても健康を害することがないと証明できる十分なデータがある照射食品に対しては暫定承認(Provisional acceptance)を与える。したがって、この暫定承認は次のFAO/IAEA/WHO合同専門家委員会で新しい実験結果が評価されるまで有効である。

 食品添加物の承認の場合には一時的な(temporary)と条件付の(conditional)という表現が用いられたが、これらの表現とは違ったニュアンスを持たせて暫定的な(provisional)という表現を今回の委員会は用いた。さらに、食品添加物の承認の場合には毒性試験結果が評価の主な対象となるが、照射食品の承認の場合には健全性に基づいて評価がなされる。健全性とは、毒性面の安全性だけでなく、微生物汚染の有無、栄養面の適正などをも考慮にいれた概念である。

 照射食品の承認は、無条件の場合も暫定承認の場合にも、新しい試験結果が出るたびに再評価されることになっている。

8−2. 今後必要な研究

 暫定承認を与える場合には必らず、委員会は「今後の課題」を付記する。暫定承認を与えられた照射食品は、次の委員会までに健全性を評価するための試験が行われなかったり、試験結果が提出されなければ、暫定承認が取り消される。健全性を証明する適切な証拠が提出されるならば、一般には、追加試験を評価することにより暫定承認が無条件承認へと格上げされる。

 必ずしも追加試験を行わなければ承認が取り消されるというものではなく、その照射食品の健全性をより明確にするために追加試験を行う必要があるという委員会の意見を表わして、無条件承認あるいは暫定承認を与えた食品に対して追加試験を行う必要があると述べている場合もある。

8−3. 承認されていない照射食品

 委員会が提出された試験結果に満足せず、暫定承認すら与えていない照射食品もある。しかし、食品照射により種々の利益が持たらされることを考えると、さらに実験を続けるように勇気づけられ、最終的には承認されるようになるであろう。

9. 照射した小麦、馬鈴薯、およびタマネギの再評価
9−1. 照射小麦および小麦粉製品
(1) 照射の目的

 小麦及び小麦粉製品の昆虫防除

(2) 照射方法

 線量 0.15〜1.00kGy(15〜100krad)

 線源 Co−60 または Cs−137 のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 微 生 物

 小麦や小麦粉製品は貯蔵したり照射するためには水分含量を低くして微生物の生育が起こらないようにする必要がある。このような条件下に保たれるならば、微生物による健康上の問題が生じることはない。

 貯蔵方法が適切でないと、水分含量が増加して、毒物を生産するカビが生育し、健康上重大な問題を引き起こす。照射するとカビの毒素生産能が高められる可能性があるという報告がある。このような可能性を考えると、照射小麦はカビの発生を防ぐように貯蔵しなければならない(このことは非照射小麦にもあてはまる)。しかし最近発表された研究成果によれば、照射小麦に発生したカビの生育速度は非照射小麦のカビよりも遅く、毒素生産するカビは毒素生産しないカビよりも放射線感受性が高い。製粉中に小麦が病原性微生物に汚染される可能性があるが、通常、適切に貯蔵し、照射により病原性微生物がある程度減らされておれば、小麦粉中で病原性微生物が増殖することはない。たとえ小麦や小麦粉製品が適切に貯蔵されていなくても、照射した小麦や小麦粉製品を食べることにより微生物による健康上の問題が生じるとは考えにくい。

(4) 栄  養

 小麦は多くの国で主食となっており、多くの人々が食べている。タンパク質、炭水化物、ビタミンB類、ミネラルなど多くの栄養素を小麦から摂取することができる。

 実用線量の範囲内で放射線を照射したとき、小麦中の水分、灰分、窒素、タンパク質、脂肪、炭水化物などの量が変化することはほとんどない。さらに、小麦および小麦グルテンのタンパク栄養価(リジン含量など)も同程度の照射によって変化することはない。照射後12ヶ月間貯蔵した小麦を用いて製造したパンの栄養成分は、非照射の小麦を用いたパンと全く変わらない。このことに関して1969年合同専門家委員会(30)はさらにデータを揃えるように要求したが、今回その結果が出された。

 実用線量内の照射に対して、小麦中のビタミンEは安定であり、チアミン以外のビタミンB類も安定である。チアミンは照射によりある程度分解するが、チアミンが分解されても、食生活におけるビタミンの摂取に影響を及ぼすとは考えられない。結論として、実用線量内の照射は小麦や小麦粉製品の栄養的性質を損なうことはない。

(5) 毒  性

 今回の委員会で種々の試験結果が報告され、1969年の合同専門家委員会(30)で提言された課題が解決された。

 長期にわたる繁殖試験と変異原性試験のデータが今回新たに付け加えられた。照射小麦を投与した動物においてポリプロイドの発生頻度が増加するという試験結果が報告されたが、一方、照射後12週間貯蔵した小麦を投与した場合にはポリプロイドの増加傾向は認められなかった。通常、小麦は照射後12週間以上たってから使用されるので、現実にはポリプロイドの増加は問題とならない。さらに、他の複数の研究報告では、照射24時間後の小麦を用いた場合でもポリプロイドの発生頻度が増加することを否定している。照射小麦によりポリプロイドの発生が増加するという原因についてさらに研究することが望ましい。同一種類の正常な動物の間でもポリプロイドの発生頻度は大きく異なっているので、ポリプロイドに関する研究がどれほどの意味を持つか不明である。また、ポリプロイドの発生頻度が増加することの毒性学上の意味もわかっていない。

 本報告の原則(セクション2.3)に基づいて安全性を評価するためには、種々のデンプンの放射線化学の研究や、照射コーンスターチの動物試験において悪い結果が認められない事実も考慮に入れる必要がある。さらに、米や馬鈴薯(共にデンプン食品)に関する実験結果も考慮にいれた。

 以上の毒性試験結果は、照射小麦や小麦粉製品を食べても健康上害になることはないことを示している。

(6) 総 合 評 価

 昆虫防除を目的として1kGy(100krad)以下の線量の放射線を小麦や小麦粉製品に照射することを無条件承認する。

9−2. 照射馬鈴薯
(1) 照射の目的

 貯蔵中の発芽防止

(2) 照射方法

 線量 0.03〜0.15kGy(3〜15krad)

 線源 Co−60 または Cs−137 のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 微 生 物

 照射馬鈴薯を食べても微生物による健康上の問題は何も起こらない。

(4) 栄  養

 馬鈴薯は多くの国で重要な食品であり、炭水化物、アスコルビン酸、ニコチン酸の供給源である。馬鈴薯を照射すると直ちに遊離の糖が増加するが、全炭水化物量はほんの僅かしか変化しない。照射により遊離のアミノ酸は少し変化するが、タンパク質を構成しているアミノ酸は変化しない。0.1kGy(10krad)照射するとアスコルビン酸は15%足らず減少するが、照射後貯蔵してもアスコルビン酸はそれ以上減少しない。チアミンやリボフラビン量も照射の影響を受けない。種々の動物を用いて実験を行ったところ、照射馬鈴薯を含む飼料と同量の非照射馬鈴薯を含む飼料との間に栄養価の違いは認められなかった。すなわち、馬鈴薯の栄養価は照射によって本質的な変化を起こさない。

(5) 毒  性

 ラットやマウスを用いて長期毒性試験を行ったところ、飼料中に照射馬鈴薯を添加しても悪い結果は認められなかった。照射馬鈴薯を投与すると統計的に卵巣の大きさがかなり変化するという研究結果が一つ発表されたが、組織病理学上の異常は認められなかった。さらに長期の繁殖試験を行ったところ、マウス、ラット共に、加熱した照射馬鈴薯を摂取することによる異常は認められなく、変異性も認められなかった。

 セクション2.3に示されている原則に基づいて安全性を評価するために、種々のデンプンの放射線化学的研究や、照射コーンスターチ、照射小麦、照射米を動物に投与しても悪い結果が得られなかった事実を考慮に入れる必要がある。

 以上の毒性試験結果は、照射馬鈴薯を食べても何ら健康上の問題がないことを示しており、1969年の合同専門家委員会(30)の際に繁殖試験と長期毒性試験を行うように勧告されたが、今回、これらの課題に対してデータが提出された。

(6) 総 合 評 価

 発芽防止のために馬鈴薯に0.15kGy(15krad)以下の照射を行うことを無条件に承認する。

9−3. 照射タマネギ
(1) 照射の目的

 貯蔵中の発芽防止

(2) 照射方法

 線量 0.02〜0.15kGy(2〜15krad)

 線源 Co−60 または Cs−137 のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 微 生 物

 照射タマネギを食べても微生物による健康上の問題は何も起こらない。

(4) 栄  養

 多量のタマネギを常に食べる人はほとんどなく、タマネギが食生活の上で栄養摂取に占める割合は少ない。したがって、照射後のタマネギ中の栄養成分量の変化はあまり重要な問題ではない。実用線量内の照射ではタマネギ中のアスコルビン酸量はほとんど変化せず、照射後貯蔵してもアスコルビン酸はあまり減少しない。照射により全糖量や還元糖量が変化することもない。照射タマネギを通常の方法で食べていて栄養的に悪い影響を受けるという証拠は何もない。

(5) 毒  性

 タマネギには溶血や貧血を起こし脾臓の肥大やヘモシデリンの蓄積を起こす成分が含まれている。1969年の合同専門家委員会では、試験で多量のタマネギを投与したのでタマネギ本来の毒性が表われ、照射のみの影響がわからなくなり、試験結果を評価することが出来なかった。マウスとラットを用いた長期毒性試験を行ったところ、照射タマネギの投与により死亡率が高まるとか、ガンが発生することはなかった。1年にわたって照射タマネギを少量ずつラットに投与したが、照射タマネギに長期毒性は全く認められなかった。放射線化学的な見地からも、照射タマネギには発ガン性がないと結論づけることができる。

 繁殖試験を行ったところ、マウスに照射タマネギを投与すると卵巣や精巣の重量がかなり変化したが、組織病理学上の異常な減少や子孫に対する悪い影響は認められなかった。したがって、これらの臓器の変化は人間の健康上重要ではないと結論づけられた。しかし、今後ラットを用いた長期毒性試験を行う場合、卵巣や精巣に特に注意をはらう必要がある。

 繁殖試験においてマウスのF3子孫に胸部軟骨の癒着が起こったが、コントロールに用いたマウスの数があまりに少なすぎること、および個々の種類のマウスにおける癒着の自然発生に関する十分な情報が得られていないことなどを考えると、このことはあまり問題ではないと判断された。3世代にわたる追試を行ったが、同様の異常減少は観察されなかった。

 以上の毒性試験結果は、照射タマネギを食べても何ら健康上の問題がないことを示している。

(6) 総 合 評 価

 発芽防止を目的として0.15kGy(15krad)までの線量をタマネギに照射することを暫定承認する。

(7) 1979年12月31日までの課題

 タマネギ中に天然に含まれている生理活性物質によって生物的変化を起こさない量の照射タマネギをラットに投与して多世代にわたる繁殖試験を行う。

10. 新しく評価の加えられた食品
10−1. 照射鶏肉
(1) 照射の目的

 内臓を処理した鶏肉を10℃以下で貯蔵した場合の(a)貯蔵期間の延長と(b)病原微生物の除去

(2) 照 射 方 法

 線量 (a)の目的で微生物による腐敗を減少させる場合には2〜7kGy(200〜700krad)

    (b)の目的で病原性微生物の数を減少させる場合には5〜7kGy(500〜700krad)

 線源 Co−60 又は Cs−137のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 微 生 物

 鶏肉で健康上問題となる食中毒菌はサルモネラ菌、Clostridium perfringens,Clostridium botulinumなどである。実用線量内の照射によりサルモネラ菌数を1万分の1にすることができる。照射した鶏肉が再汚染されないように取り扱ったり、生残しているサルモネラ菌が繁殖しないように低温(10℃)で貯蔵することが重要である。

 照射後にもかなりの数のClostridiumの胞子が残っている可能性があるが、サルモネラ菌の繁殖を抑制できる温度で貯蔵すれば、Clostridiumの繁殖をも抑制することができる。

 貯蔵する場合、腐敗を遅らせるのに必要な最低の温度を用い、かつその温度は絶対に10℃を越えてはならない。適切に冷蔵すれば、照射鶏肉を食べても微生物による健康上の問題が起こることはまずあり得ない。

(4) 栄  養

 7kGy(700krad)までの線量を照射しても鶏肉のタンパク質の栄養価は変化しないが、貯蔵している間に脂質の過酸化物価が増加する。

 照射によるビタミンの変化は様々である。多の食品と同様、鶏肉中のチアミンは、照射線量、貯蔵時間、温度の影響を受けて減少する。食生活上鶏肉中のチアミンが動物性チアミンの中で大きな割合を占めないならば、チアミン量の多少の変化は栄養上あまり意味を持たない。

(5) 毒  性

 ラットやマウスを用いた長期毒性試験、3代にわたる繁殖試験、犬を使った1年間の毒性試験を行ったところ、照射鶏肉を食べると問題があるという結果は何も観察されなかった。ラットとマウスを用いて多世代にわたって試験を行ったところ、子孫には異常が認められなかったことから、照射鶏肉には催奇形成性や変異原性がないことが証明された。

 以上の毒性試験結果は、照射鶏肉を食べても健康上問題がないことを示している。

(6) 総 合 評 価

 微生物による腐敗を防止したり病原微生物を減少させるために、7kGy(700krad)までの線量の放射線を鶏肉に照射することを無条件に承認する。

10−2. 照射したタラ(Gadus morhua)とサケ(Scbastes marinus)
(1) 照射の目的

 包装あるいは無包装で3℃以下で貯蔵した魚の(a)微生物による腐敗の減少および(b)病原微生物数の減少

(2) 照 射 方 法

 線量 1.0〜2.2kGy(100〜200krad)

 線源 Co−60 又は Cs−137 のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 微 生 物

 生鮮魚のみを対象として考えることにする。漁獲した直後は、深海で穫れた魚は沿岸で穫れた魚よりも人間に対する病原微生物による汚染が少ない。照射する際の魚のミクロフローラは、それまでの処理、取扱い方法により影響を受ける。

 魚が包装されているか否かにかかわらず、3℃以下で貯蔵されている生鮮魚を照射することにより、微生物による健康上の問題が生じることはあり得ない。

(4) 栄  養

 魚はタンパク質、ビタミンB類、ヨウ素の重要な供給源であるが、油脂、ビタミンAやDの供給源としてはあまり重要でない。魚を1.0〜2.2kGy(100〜220krad)照射しても、官能検査的な変化は起こらない。

 魚のアミノ酸量は照射しても変化しない。cod、haddock、ひらめなどの魚のタンパク質は10kGy(1Mrad)程度照射しても変化しない。

 魚の油含量は種類や季節により異なる。照射による魚の脂質の変化に関する研究結果は少なく、多くの研究結果が出るのが待たれている。

 3kGy(300krad)照射を行っても、魚中のチアミン、リボフラビン、ニコチン酸、ピリドキシン、B12の量はあまり変化しない。しかし、6kGy(600krad)照射すると、47%〜94%のチアミンが消失するが、他のビタミンB類の量はあまり変化しない。生鮮魚を実用線量照射しても栄養価はほとんど変化しない。

(5) 毒  性

 タラ(油脂の少ない魚)やサケ(油脂の多い魚)をはじめ種々の魚に対して、マウス、ラット、犬を用いて短期間の毒性試験を行った結果、照射した魚を動物に投与しても悪影響は何も認められなかったが、まだ試験は一部継続中である。タラとサケを混合して、長期毒性試験、繁殖試験、優性致死試験、細胞遺伝学試験が行われた。以前にも他の魚を用いて長期毒性試験が行われたが、試験方法、使用した動物数が適切でなかったにもかかわらず、試験結果には照射魚の毒性が認められなかった。

 他にも多くの種類の動物を用いて多くの試験が行われているが、今のところいずれも承認の判断ができる程のデータを出していない。しかし、これらの試験が完了したならば、次回の委員会で照射魚の健全性について討議することになるであろう。

 魚を照射した後に取り出した肝臓や卵の健全性を評価するために、これらの内臓に関するデータも必要である。

 今までに提出された試験結果には、照射したタラやサケを食べると健康上問題になるというものは何もない。

(6) 総 合 評 価

 微生物による腐敗を防止し、病原微生物を減少するために2.2kGy(220krad)以下の線量をタラやサケの切り身に照射することを暫定承認する。

(7) 1979年12月31日までの課題

 現在進行中の試験の結果を出す。

(8) 照射乾燥魚の微生物に関する追加コメント

 乾燥魚の照射の目的は昆虫防除であり、照射殺虫後の魚の再汚染を防ぐ必要がある。乾燥魚には塩漬したものとしていないものがあるが、いずれも微生物的には安定であると考えられており、乾燥魚を湿めらせるのはよくない。照射乾燥魚は非照射の乾燥魚と同じ温度で貯蔵すればよい。照射乾燥魚を食べても、微生物によって健康を害することはない。

10−3. 照射マッシュルーム
(1) 照射の目的

 養殖したマッシュルームの開傘を遅らせて、シェルフライフを延ばし、品質や商品価値の低下を減少させるために照射する。

(2) 照 射 方 法

 線量 0.25〜3.00kGy(25〜300krad)

 線源 Co−60 又は Cs−137 のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 包  装

 包装したマッシュルームを照射する場合には、包装物を好気的に保つ必要がある。

(4) 微 生 物

 照射マッシュルームが微生物による健康上の問題を起こすことはないと以前に報告されている。しかしながら、最近の研究によれば、マッシュルームに Clostridium botulinum の胞子を接種して密閉して貯蔵しておくと、ボツリヌス菌が発生し毒素が生産されることがわかった。ボツリヌス菌の胞子は照射しても生残するので、照射・非照射にかかわらず、マッシュルームは好気的な条件で包装しなければならない。一般に、照射マッシュルームを食べても微生物による健康上の問題は生じない。

(5) 栄  養

 マッシュルームの栄養成分の照射による変化に関する研究は全くない。マッシュルームは少量食べるだけであるから、たとえ栄養成分の変化が起こっても、栄養学上重要ではない。

(6) 毒  性

 ラットとマウスを用いて短期の毒性試験を行った結果、マッシュルームを投与することによる種々の悪影響が観察された。しかし、照射マッシュルームを与えたことの影響と非照射マッシュルームを与えたことの影響とを区別することは困難であり、照射のみによる悪影響を検知することはできなかった。ラットを用いて長期毒性試験が行われたが、実験動物が少なく、発ガン性をはじめ種々の悪影響があるかどうか明らかではなかった。ラットを用いて繁殖試験と奇形学試験を行ったところ、照射線量と相関性のある悪影響は観察されなかった。催奇性に関するデータは報告されていない。

 マッシュルームは他の食品と異なり少量しか食べられないので、照射マッシュルームの健全性を検討するための試験は、他の食品の場合ほど厳しくする必要がないであろう。

(7) 総 合 評 価

 現在まで提出されたデータは総合評価を下すには不十分である。

10−4. 照射パパイア
(1) 照射の目的

 パパイアの昆虫防除と熟度遅延による品質保持

(2) 照 射 方 法

 線量 0.5〜1.0kGy(50〜100krad)

 線源 果実の中心に居る害虫を殺滅するためには透過力の大きい放射線を用いる必要があるので、Co−60 又は Cs−137 のガンマー線を利用する。

(3) 微 生 物

 直接に微生物試験は行われていない。しかしながら、パパイアの表面に天然に生育しているミクロフローラは病原菌ではなく、パパイアは照射する前に洗浄して乾燥するので、微生物数はかなり少なくなるものと思われる。一般にパパイアを貯蔵している温度では、微生物の発生(生育)がかなり抑制されるはずである。照射パパイアを取り扱う場合、非照射のものと同じくらい衛生面で気をつかう必要がある。照射パパイアを食べても微生物による健康上の問題は生じない。

(4) 栄  養

 パパイアにはβ−カロチンとアスコルビン酸が多く含まれている。緑色あるいは75%程度熱したパパイアを0.25〜0.75kGy(25〜75krad)照射するとアスコルビン酸が24%減少するが、完熟したパパイアを照射してもほとんどアスコルビン酸量は変化しない。パパイア中のβ−カロチン量の照射による変化については研究がなされていない。ビタミンAやCの主な供給源としてパパイアを食べている社会(アフリカ)などでは、パパイアの商品としての価値はあまりなく、照射される可能性もあまりない。照射パパイアを食べる人々は、ビタミンAやCを他の食品から多く摂取するので、これらの人々にとって照射によるアスコルビン酸やβ−カロチンの減少は栄養的にあまり重要でない。したがって、パパイアを照射しても栄養上の問題はない。

(5) 毒  性

 マウスやラットを用いて短期毒性試験、長期毒性試験、繁殖試験、犬を用いて短期毒性試験を行ったところ、照射パパイアによる悪影響は全く現われなかった。宿主経由法でも催奇性は認められなかった。犬を用いた繁殖試験は特有の困難さがあり、試験結果を判断することはできなかった。犬の子孫に悪影響が現われたが、他の毒性試験を考慮に入れると、照射パパイアを摂取した影響であるとも判断しきれない。

 以上の毒性試験結果は、照射パパイアを食べても健康上問題がないことを示している。

(6) 総 合 評 価

 昆虫防除を目的として、1kGy(100krad)以下の線量の放射線をパパイアに照射することを無条件承認する。

10−5. 照 射 米
(1) 照射の目的

 貯蔵中の昆虫防除

(2) 照 射 方 法

 線量 0.1〜1.0kGy(10〜100krad)

 線源 Co−60 又は Cs−137 のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 微 生 物

 米を貯蔵したり照射する場合には水分含量を減少させて微生物の生育を阻止しなければならない。微生物が生育しなければ、米が健康上害になることはない。 貯蔵方法が悪くて米の水分含量が増加すると、毒素生産性のカビが生育して健康上害を及ぼす可能性がある。照射によりカビの毒素生産性が増大する可能性があるという研究報告もあり、米は照射後カビが発生しないような条件下で貯蔵する必要がある。同様の貯蔵条件は非照射の米に対してもあてはまる。しかしながら、最近の実験結果によれば、毒素生産性のカビは毒素非生産性のカビに比べて照射に対する感受性が高く、毒素生産性のアスペルギウス属は毒素非生産性のアスペルギウス属よりも生育に必要な水分量が多い。したがって、毒素生産性のカビよりも、毒素非生産性のカビの方が優先的に生育するものと思われる。水分含量さえ少なくしておけば、他の貯蔵条件が理想的でなくても、米を照射することにより微生物的な健康上の問題は生じないであろう。

(4) 栄  養

 他の穀類と同様、世界中の多くの人々が主食として米を食べており、多くの栄養成分が米から摂取されている。

 今までの実験結果によれば、照射しても米の窒素量、遊離のアミノ酸量、タンパク質のアミノ酸組成はほとんど変化しない。照射、非照射いずれの場合にも、貯蔵している間に遊離のアミノ酸が増加するが、その程度は非照射の米の方が照射した米より大きい。

 リボフラビン量が実用線量内の照射により変化することはないが、照射線量が大きくなるとリボフラビンは減少する。米のチアミンの照射による影響についてはほとんど研究が行われていないが、従来からの調理方法によりチアミンがかなり減少することが知られているので、照射に関する研究も今後活発に行われることが期待されている。米は主食でありチアミンの主な供給源であるので、照射によりどの程度チアミンが減少するか検討しておく必要がある。

(5) 毒  性

 適切な試験が行われ、照射米を摂取しても害がないという研究は、今までのところわずかに短期毒性試験が一つあるだけである。他の試験は、実験動物数が少なかったり検討項目が少ないので適切でないと考えられている。現在、ラットを用いて長期毒性試験が行われており、中間報告によれば、米を照射することによる害は認められない。多世代にわたる催奇形成性試験および変異原性試験がマウスを用いて行われており、いずれにおいても照射米に関する悪い結果は得られていない。

 この委員会で決められている原則(セクション2.3)に基づいて安全性を評価するためには、種々のデンプンの放射線化学的研究結果および照射コーンスターチ、照射小麦、照射馬鈴薯の試験結果がすべて照射による悪影響がなかったことを示している事実も考慮に入れる必要がある。

 以上の毒性試験結果は、照射米を食べても健康上問題がないことを示している。

(6) 総 合 評 価

 昆虫防除を目的として1kGy以下の線量を米に照射することを暫定承認する。

(7) 1979年12月31日までの課題

 ラットとサルを用いた現在行われている長期毒性試験の結果を出す。

10−6. 照射イチゴ
(1) 照射の目的

 腐敗菌の一部を殺菌することにより貯蔵期間を延長する。

(2) 照 射 方 法

 線量 1〜3kGy(100〜300krad)

 線源 Co−60 又は Cs−137 のガンマー線、又はエネルギーが10MeV以下の加速電子線

(3) 微 生 物

 微生物学的見地から、イチゴが健康上害を及ぼしたことはない。しかしながら、下水で汚染された水をかんがいして栽培したイチゴを食べた人々が胃腸炎にかかるという事件が最近起こった。糞便中に含まれている微生物の有無を検査することにより、このような汚染を受けているイチゴを識別し、食べないようにすればよい。このように汚染されたイチゴを照射すると、恐らく糞便由来の微生物や腸炎を起こす病原菌は死滅するが、ビールスは死滅しない。したがって、汚水による汚染の可能性のあるイチゴを照射する場合には、あらかじめ微生物試験を行う必要がある。衛生的に問題のないイチゴを照射する限り、照射イチゴを食べても微生物による健康上の問題が生じることはないであろう。

(4) 栄  養

 イチゴの栄養的価値は豊富なアスコルビン酸にある。実用線量内の照射ではイチゴ中のアスコルビン酸はあまり変化しないので、イチゴを照射しても栄養上の問題はない。

(5) 毒  性

 ラットを用いた短期および長期の毒性試験、犬を用いた2年間にわたる毒性試験が照射イチゴに対して行われたところ、冷凍の照射イチゴや凍結乾燥した照射イチゴは非照射のものと比べて悪い影響を全く与えなかった。時々異常が観察されたが、これは照射イチゴにも非照射イチゴにも認められ、照射イチゴ特有のものとは判定できなかった。実験に供された犬の数が少なかったこと、および個々の実験結果のバラツキが大きかったことを考えると、統計的な考察を加えることは困難である。In vitro の変異原性試験結果は、照射イチゴに変異原性のないことを示している。長期ラットを用いて実験を行っていると腫瘍ができたが、照射イチゴを投与したグループと非照射イチゴを投与したグループとの間で有意の差は生じなかった。

 通常イチゴは照射後1週間以内に食べられるが、凍結乾燥したイチゴを用いて動物試験を行った。放射線化学の研究において放射線照射生成物が凍結乾燥によって安定に保たれることがわかっているので、上述の動物試験結果は生の照射イチゴの毒性評価に適用できるものと考えられる。さらに、イチゴピューレを用いた試験でも照射イチゴの害は何も認められなかった。照射イチゴおよび非照射イチゴの揮発性成分の変異原性も調べられたが、有意差はなかった。以上の試験結果は、照射イチゴを食べても健康上害がないことを示している。

(6) 総 合 評 価

 貯蔵期間を延長する目的で3kGy(300krad)以下の線量の放射線をイチゴに照射することを無条件承認する。

11. 今後の研究

 暫定承認を与えた照射食品(セクション9−3、10ー2、10ー5)に「今後の課題」としてコメントを付したが、委員会はこれ以外に次の様な分野の研究を行って、食品に対する照射処理の影響について一般的な知識を増やし、将来の評価を容易に行える様にすることを勧告した。

 (1)照射生成物をさらに同定し、その毒性を検討する(セクション2)。

 (2)照射した食品を動物に与えた時に起こる変化が照射によるものかどうか判断できる様に、個々の動物に対して長年蓄積された動物固有のデータを集め吟味する必要がある(セクション5)。

 (3)照射による栄養価の損失と他の食品の処理加工あるいは貯蔵による栄養価の損失との比較、および照射と他の処理とを組み合わせた時の栄養価に及ぼす影響について調べる必要がある(セクション5)。

 (4)照射食品と非照射食品の揮発性物質の毒性を比較する必要がある(セクション7ー3ー2)。

 (5)パーオキサイドやエポオキサイドの生成、シスートランス異性化などを考慮に入れて、脂質の放射線分解生成物の化学的、栄養学的、毒性学的検討を行う必要がある。

12. 勧  告

 多くの食品の照射に関してさらに検討する必要があり、それらの研究成果が近々発表されるので、WHO、IAEA、FAOが、食品照射の文野で進められている研究成果を常に把握し、適切な時期に研究結果を評価するための専門家会議を召集するために、事務局機関を設立するよう勧告する。

 食品照射分野の知識が豊富になっているので、個々の照射食品の健全性を評価する場合、類似の照射食品に関する実験結果や代表的な食品成分に関する実験結果で適切なものをすべて考慮に入れるように提案する。

13. 参考文献

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 27.United Kingdom,Ministry of Health,Committee on Medical and Nutrirional Aspects of Food Policy. Report of the Working Party

 28.WHO Technical Report Series,No.316,1966

 29.WHO Technical Report Series,No.383,1968

 30.WHO Technical Report Series,No.451,1970

 31.WHO Technical Report Series,No.482,1971

 32.WHO Technical Report Series,No.546,1974

 33.ELIAS,P.S.& COHEN,A.J.,ED.Radiation chemistry of basic food components. Amsterdam,Elsevir(in press)

 34.Report of an FAO/AEA Consultants’ Meeting on Microbiological Aspects of Food Irradiation,16−19 December 1974,Vienna.(Docume

附録1. 放射線微生物学で用いられる用語
1. Radappertization

 いかなる微生物試験を行っても、食品中に微生物がほとんど検出されなくするために必要な線量を食品に照射する処理。この処理が施された食品は、再汚染がなければ、いかなる条件下で長時間貯蔵しても腐敗したり微生物による毒素が生産されることはない。

2. Radicidation

 いかなる微生物試験を行っても、胞子形成能のない病原性微生物が食品中に検出されなくするために必要な線量を食品に照射する処理。

3. Radurization

 食品中の腐敗微生物の数を大幅に減少させて、食品の保存期間を延長させることを目的とする低線量処理。

 照射食品の規制を技術面から検討するために開催されたFAO/IAEA/WHO合同専門家委員会の報告書では、Tepe1、・、・という表現が用いられていたが、その代わりに radappertization、radicidation、radurizationが用いられることになった。1)2)

 1.GORESLINE,H.E.ET.AL.Nature(London),204: 237(1964).

 2.FAO Atomic Energy Series,No.6,1966;WHO Technical Report Series,No.316,1966,p.27.

附録2. 照射によりヴィールスが突然変異を起こす可能性のないことについて*1)

 照射により殺滅されなかった食品中のヴィールスがガンマー線により突然変異を起こすかもしれないという報告*2)が数年前に発表された。1966〜1969年にウイスコンシン大学食品研究所において、ガンマー線によるエンテロヴィールスの突然変異について研究がなされた。

 ポリオヴィールス(CHAT)、コクサッキーヴィールスA−9(Bozek、)、コクサッキーヴィールスB−2(種は不明)、エコーヴィールス6(D’Amori)の4種のヴィールスに2〜5kGy(200〜500krad)のCo−60ガンマー線を照射して、4つの遺伝的性質が調べられた。これらの内容と意義は次の様なものである。

(1) 血 清 型

 照射によりヴィールスの抗原が変わり、従来の免疫が効かなくなり、ワクチンが無効になる可能性がある。

(2) 神経組織親和性

 照射したヴィールスが宿主の中枢神経系に感染する能力を得る可能性がある。

(3) 高温や酸性条件下での増殖力

 照射することにより、ヴィールスが上記条件下での増殖力を高め、病原性や毒性を強める可能性がある。

(4) 宿主特異性

 照射したヴィールスが正常なヴィールスとは異なった宿主に感染することができるようになる可能性がある。

 4種類のヴィールスを用いて上記の4つの性質について調べたところ、照射の影響はほとんど観察されなかったが、3年間にわたり研究を続けている間に、次の様な2種類の変異は認められた。コクサッキーヴィールスA−9*3)において、抗血清の効果が弱くなる現象と豚の細胞で増殖が可能になる現象が観察された。前者の現象は、従来の抗血清の使用量を増すことにより対処できる。後者の現象の理由として、照射したヴィールスが増殖できた豚の細胞には、豚に生育するヴィールスが存在しており、これがコクサッキーヴィールスA−9のhelperとして働いたことが考えられる。

 この研究の目的は、食品中に存在するヴィールスが、食品照射の実用線量程度の放射線を照射した場合に、突然変異を起こして健康上問題となるかどうか判断することにあった。今回の研究で使用したヴィールスは4種類であり、食品中に存在するヴィールスをすべて扱ったわけではないが、この研究結果は、照射してもヴィールスが突然変異を起こす可能性がないことの証明として重要である。

 1.Prepared by Progessor D.O.Cliver,Food Research Institute and Department of Bacteriology,University of Wisconsin,Madison,WI.U 2.CLIVER,D.O.Viruses and rickettsia in foods and the possible role of radiation preservation.In:Radiation preservation of food 3.CLIVER,D.O.& ANDERS,R.J.Nature(London),218:187−188(1968).




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