食品照射に関する文献検索

健全性(WHOLESOMENESS):毒性・微生物学的安全性、栄養学的適格性を総合した考え方

健全性に関するレビュー、まとめ


発表場所 : 食品照射、Vol.16(1,2),89−111.
発行機関名 : FAO/IAEA/WHO合同専門家委員会
発行年月日 : 1981年
FAO/IAEA/WHO 合同専門家委員会(1980)報告
照射食品の健全性 2.
1. はじめに
2. 概  論
2−1. 原  則
2−2. 食品を放射線で照射する理由
3. 技  術
3−1. 線  源
3−2. 吸 収 線 量
3−3. 照射処理条件
3−4. 包  装
3−5. くり返し照射
3−6. 技術的効果
3−7. 品質保障と表示
4. 放射線化学
4−1. 化学分析と健全性の評価
4−2. 最近の研究
4−3. 結  論
5. 栄  養
6. 微 生 物
6−1. 放射線抵抗性の違い
6−2. 照射による遺伝子の変化
6−3. 照射食品と微生物
7. 毒  性
7−1. 暫定承認食品の再検討と新しい評価
7−2. 照射処理した実験動物飼料とその他の飼料に関するデータから考えられる問題点
8. 魚、タマネギ、および米の評価
8−1. 硬骨魚類とその加工品
8−2. タマネギ
8−3. 米
9. 新しい評価
9−1. ココア豆
9−2. ナツメヤシ
9−3. マンゴ
9−4. 豆 類
9−5. 香辛料および調味料*
10. 照射食品の受容性
10−1. 照射食品の毒性からみた受容性
10−2. 照射食品の微生物および栄養面からみた受容性
10−3. 高線量照射
11. 今後の研究
12. 勧  告
13. 参考文献



FAO/IAEA/WHO 合同専門家委員会(1980)報告 照射食品の健全性 2.


FAO/IAEA/WHO 合同専門家委員会(1980)報告
照射食品の健全性 2.

 1980年10月27日より11月3日までFAO/IAEA/WHO照射食品の健全性に関する合同専門家委員会がジュネーブで開催された。この時FAO、IAEAおよびWHOを代表して Division of Health Manpower.Development の Dr.T.Fulop所長が会を開催した。前回の合同委員会および他の技術的、法的専門家委員会の結成に基づいて、FAO/WHO食品規格委員会は照射機器類にかんするコードと同様に照射食品についても、一般標準規格を制定したことを、Dr.Fulopが報告した。その中には鶏肉、パパイヤ、馬鈴薯、イチゴ、小麦、小麦粉製品、タラおよびサケ、タマネギ、米、マンゴー、デーツ、ココア豆、スパイス、豆類などが含まれる。これらの食品のあるものは、開発途上国に大変興味がもたれるものである。

1. はじめに

 世界の食糧需要は伸び続けているが、資源の欠乏と食糧生産手段の限界のために悩まされている。更に従来からある食品の保存方法が、エネルギーがかかりすぎるため高価につく場合や、全く保存方法が講じられていない場合では、食品の貯蔵や加工のために、効果的な食品保存技術を開発する必要性にせまられている。

 従ってもしそれが健全性に関して問題がないものであれば、イオン化放射線で食品の貯蔵や加工を行うことを考えるのは理にかなったことといえるだろう。

 放射線処理した食品の健全性を評価する必要性は1961年、ブリュッセルで開催されたFAO/IAEA/WHOの合同委員会で強調された通りである(1)。照射食品の健全性を証明するためにどのような研究が必要かについては、1964年ローマで開催されたFAO/IAEA/WHO合同専門家委員会におい手検討されている(2)。

 照射において、食品中に照射生成物が生じるとの考え方から、合同委員会はこれら生成物を食品添加物と見なす立場をとった。

 このような考え方から、照射食品の健全性を証明するためには、食品添加物の場合と同様な試験方法が採用され、しかも各食品毎に試験を行うことが結論づけられた。その後1969年に開催された合同専門家委員会では(3)、三種類の食品について多数の毒性研究の結果が手に入っていた。委員会は、作物の主要品種の結果を、他の品種にもあてはめて考える方法を採用している。この時委員会は、照射した小麦と馬鈴薯については健全性に問題はないとの仮承認を与え、タマネギについては更に検討が必要であるとの結論を出している。次の合同委員会は1976年に開催され、多数の食品について動物試験の結果が総括された(4)。その結果、いくつかの照射食品について無条件承認または条件付承認が与えられることになった。又委員会は、食品の主要成分に関する放射線化学的研究データについても総括を行い、その結果、照射された食品中にみられる生成物は、加熱処理やその他の処理をうけた食品中にも普通に存在するものであり、量的に極微量なことからも、人の健康に危害を加える恐れは無視できるとしている。照射によってもたらされる食品成分の化学的変化については、更に検討する必要がある。

 照射食品および食品成分に関する資料がその後多数発表されている。現委員会は、資料に基づいて食品の健全性を検討するために開催された。又一方、従来からある毒性学的データや、放射線化学的データに基づいて照射食品一般について、その容認性を総括することや、今後行うべき研究に関して助言を行うよう求められている。

2. 概  論
2−1. 原  則

 1964、1969および1976年に開催されたFAO/IAEA/WHO合同委員会の報告に記載された原則やガイドラインに基づいて、照射食品の健全性をどのように考えるべきか、本委員会は検討した。

2−2. 食品を放射線で照射する理由

 本委員会は種々の目的のために食品が放射線照射される事、又それらは照射される線量によって次のように分類される事、を承知している。

    低線量照射(1kGy以下)

      発 芽 抑 制

      殺   虫

      熟 成 遅 延

    中線量照射(1〜10kGy程度)

      部 分 殺 菌

      無芽胞病原菌の殺菌

      食品の物性改善

    高線量照射(10〜50kGy程度)

      完 全 殺 菌

      ウイルスの殺滅

 照射処理が食品に与える影響を評価したり、照射食品の容認性に関する結論を出すためのデータを後(3−7)にまとめた。

3. 技  術
3−1. 線  源

 本委員会は、適切な照射を使用することの重要性を強調した。安全性の観点から、食品に適用する照射のエネルギーレベルは最も重要な問題であって、これは被照射物中に誘導放射能(induced radioactivity)の生成のおそれを防止するためのものである。ただ実際問題として、これは機械線源を使用する場合のみ考慮すべき問題である。なんとなれば、最も一般的に使用されているアイソトープ源(60−コバルトと137−セシウム)からのガンマー線の最大のエネルギーは1.33MeVかまたはそれ以下であって、これは誘導放射能を誘発するエネルギーよりは低い。本委員会では、最近の報告(Becker、1979(5))について検討したが、それによると、機械線源を用いた際、16MeVという高エネルギーレベルで照射した際でも誘導された放射能は無視し得るくらいの微量であり、かつ、極めて短寿命のものであったという。

 これに関し、本委員会では、「食品の照射に許容される放射線の最大エネルギーレベルは、(a)電子線では10MeV、(b)ガンマー線ならびにX−線については5MeVとする」というFAO/IAEA/WHOの照射食品の国際的承認に関する合同専門家委員会(IAEA、Vienna,STI/PUB/530(1979))の報告中にある声明ならびに、1964年の合同専門家委員会の報告に示された”一つの適切な放射線源としてのX−線に関する事項”に基づいて、本委員会では、許容される放射線源のリストの中にX−線源を包含するよう勧告することに決定した。

3−2. 吸 収 線 量

 本委員会は、原則として電離放射線の適用線量は、望んでいる効果を得るのに必要な線量より高過ぎてはならず、また低すぎてもいけないという1976年の委員会の見解を踏襲するものである。適切な線量レベルを見出し、これを適用することが食品の放射線処理にあたって、技術的にもまた経済的にも適正使用の鍵となるものである。

 適正線量の使用は、”適正製造規範”(Good Manufacturing Practice GMP)にのっとり、自主的に履行されるべきものであることを強調せねばならない。食品の処理に必要な線量について助言したり、技術的な助言を行なうことは食品照射に関係している人々にとって必要なことである。なお、その内容については、個々の食品毎に、後の章で述べられている。

 本委員会では、1976年以降、食品自体に吸収された線量の新しい測定法は報告されていないし、また照射食品の鑑別用も知られていないことに注目した。このことは1976年の委員会が出した「効果的な線量の制御は、照射プラントにおいてのみ達成できる」という見解を支持するものである。適正な線量制御の実施を確保するため、照射施設における取扱いは、適当な国家機関の監督に従って行なうべきである。これに関連し、線量管理の計算については「高線量標準化」(High Dose Standardization)ならびに「工業的照射に対する内部比較計画」(Programme on Inter−Comparison for Industrial Radiation Pro

 (* overall average dose

 実質平均線量とは、前線量計の算術平均値ということになる。

 この平均値を決定するために、多数の線量計を照射しようとする食品の中に、ランダムにまぜておく。線量計の数は、比重の異なる食品の各部分における、線量分布がわかる程度に十分に用意しておかねばならない。)

3−3. 照射処理条件

 照射処理が広く用いられるようになると、各目的に応じて処理条件を設定する必要がある。照射装置は照射中の温度や照射雰囲気をコントロールできるように、また、照射線量分布ができるだけ均一になるように設計されるのが望ましい。食品は、運搬、照射貯蔵などの過程で、機械的な損傷をなるべく受けないように、又、照射効果が得られるようにする必要がある。

 食品によっては特別の衛生規準や温度が必要になるので、照射装置は、それに合致するようなものであることが望ましい。

3−4. 包  装

 包装材料および包装方法は安全かつ照射される食品に適したものでなければならない。

3−5. くり返し照射

 食品の照射は通常一回に限るという見解は堅持する一方、本委員会では、ある条件下においては、再照射しても正当化されるということで一致した。これは、1976年の委員会で、あらゆる再照射は避けねばならないという声明に背反するものである。この修正を決定するに当り、本委員会では次のような事実に基づいて判断を下したものである。まず第1に、放射線分解生成物(radiolytic products)の濃度と線量とは一次関数の関係にあること、第2に、これら分解生成物のあるものは照射後かなりの量が速やかに減少すること。第3には、実質平均照射線量は毒物学ならびに他の考えに基づいて確定したものであること(第6章参照)。従って、栄養学的ないし技術的性質を明らかに損しない限り、この実質照射線量以下であれば有害であるとはいえない。本委員会では、現在の知識に基づいて判断する限り、再照射を認めるのは害虫の再侵入が効果的に防止ができないような低水分含量の食品に限定すべきであるということで一致した。

 次に示す他の2つのタイプの反復照射処理もまた許可されるべきものと考える。

 第1に、低線量照射した原料を加工した食品を照射するような場合(例えば、発芽防止のため照射されたタマネギから作った乾燥タマネギ)。

 第2に、ある製品中に照射した原料が微量加えられていて、これをさらに照射処理をする場合(例えば、照射した香辛料を加えた食肉製品や乾燥スープ)

 上記2つの場合、いままでこれらの処理により最終製品中に放射線分解物が問題になるほど生成されることはないと考えられてきた。間歇滅菌の場合と同じように分割照射(即ち、全線量を2回以上に分けて照射すること)は再照射とは見なすべきではない。

3−6. 技術的効果

 本委員会では、他の食品加工技術と同様、食品照射を、もしこれが有用な目的で使用される限り、正当なものであることを強調する。

 本委員会によって特別にとり上げて調査した食品の照射効果についての研究結果は、これらの適用は技術的にみて正当かつ有用であることを明白に示している。

3−7. 品質保障と表示

 健全な原料の使用、適切な取扱いと加工技術ならびに健全性や食品にとって好ましい品質確保に対する厳密な安全対策は、照射処理のみならず、他の加工処理にとっても重要なことである。その上、食品のユーザーや消費者には、その食品の品質と安全性に対し、照射をはじめ現在許されている他の食品の処理方が悪影響を及ぼさないことを期待する権利がある。

 本委員会では、照射食品は、食品全般に適用される規制、ならびに照射される個々の食品に関連する特別な食品規格に従わなければならないと理解している。それ故、科学的な立場からいえば、照射食品に対し品質、健全性および表示に関して特別な要求を規定する必要はないものと考える。

4. 放射線化学
4−1. 化学分析と健全性の評価

 食品を加速電子線(10MeV以下の)、ガンマー線およびX線(5MeV以下の)で照射しても、放射能が食品中に誘起されることはない。従って照射食品の健全性試験は、照射により化学変化が誘起される観点から行われる。照射生成物が何であるかは、まず第1に照射される食品の成分によりきまってくる。生成物の濃度は、一般に線量と共に増大し、温度、空気の存否、水分量などにより多少変ることがある。照射により食品に吸収されるエネルギー量は、加熱処理の場合とくらべてはるかに少い。従って照射によって食品中にもたらされる化学変化量が、加熱処理された時より、はるかに少ないのはごく当然の事である。例えば、10kGy(1Mrad)の照射処理は、食品(比熱が水と同じ場合、4.184J/℃;1calth/℃)の温度上昇2.4℃に、相当するにすぎない。即ち水の温度が20℃から100℃に上昇するためのエネルギーのわずか3%相当量である。

 1976年の会合で、本委員会は、多数の食品および食品成分を照射した研究結果に基き、照射生成物は、その存在量がごく微量であることから、いかなる毒性問題もないと結論づけた。

 本委員会は又、10kGy(1Mrad)以下の照射ならば、1つの食品から得られた結果を、他のそれと近縁の食品にあてはめて考えてもかまわないこと、又更に、放射線化学的、毒性的研究を続行するならば、照射食品の健全性評価は化学的評価だけで、行うことが十分可能になるだろうという考え方をとり入れている。

4−2. 最近の研究

 このような考え方に立つことにより、食品および、食品モデル系について照射生成物に関する化学的データが多数蓄積されることになり、又、それらのデータに基づいて更により多くの照射生成物が定性・定量されるようになった。かくして、炭水化物、脂質および蛋白質に関する放射線化学的メカニズムは、現在ではかなり詳細な点まで明らかにされている。

 牛肉、ポーク・ハムおよび鶏肉での研究結果から、揮発性炭化水素類は、肉の種類に関係なく、脂質量によりどのようなものが生成するかが決まることが明らかになった。4種類の肉を−40℃で照射した時のESRスペクトルには、互に共通した、フリーラジカル中間体の形成されたことが示された。

 別の研究では、各種の澱粉類(メイズ、アミロメイズ、ワクシーメイズ、小麦、マニオク、馬鈴薯、米、豆類)を照射した結果、どれも生成物は同じ物質であることを明らかにしている。量的にわずかな相違がみられるがこれは澱粉中の例えばアミロースとアミロペクチンの量比の違いなどから説明がつくものである。これらの結果は照射によって、生じる、ラジカル中間体はどの澱粉についても同じものであるというESRでの結果と一致するものである。

 果実モデルを照射、分析した結果から、このような照射に基く変化が、どの程度まで発生するかは、合理的な動力学的法則によく則ることが明らかになった。従って、これらの変化は、コンピュータを用いて微分方程式を解くことにより、あらかじめ計算することが可能である。化学分析の結果、照射果実中に存在する主要な生成物は、果実の主成分である各種の糖に由来するものであることが確認された。果実中のその他の成分、例えば蛋白、リンゴ酸、フェノール類、ニコチンアミドなどからもたらされる生成物は、はるかに微量なものである。

 牛肉については、(平均56kGy即ち5.6Mrad照射、温度−30℃±10℃)かなり詳細な研究が成されている。その結果、1〜700μg/kgの100以上の、揮発性成分(全部合せて9mg/kg)が同定されている。これらの揮発性成分の多くのものは、非照射牛肉にも共通して含まれるものである。本委員会は、これらの研究結果を最近総括的にまとめ(7.8)あげ、これら生成物が消費者に危害を及ぼす恐れは全くないとの考えを明らかにした。

4−3. 結  論

 食品は異なっていても同じ成分(蛋白、脂肪、炭水化物、水、その他)には同様な放射線化学的反応が生じるものであるから、これら食品を照射した時どのような共通成分がどれだけ生成するかを予想づけることが可能である。現在のところ、予想づけは大よその数値しか得られないが、上限を知るのは十分可能である。かくして1つの照射食品での毒性試験結果を他の化学的組成の近似する食品や、同じ食品を別の加工処理した場合にあてはめて考えることの妥当性がより明確にされている。

5. 栄  養

 1976年の委員会から出された照射食品の栄養面に関する勧告に対して、これを変えねばならないような新しい証拠は、それ以後発表されていない。多くの研究結果から、1kGy以下の低線量照射では、栄養変化はほとんどない。中間線量域(1−10kGy)では、空気存在下で照射および貯蔵すると、ある種のビタミンの低下があり得る。高線量照射(10−50kGy)になると、空気のない条件下、凍結状態で照射するなどして食味変化の防止策を講じれば、栄養素の破壊は中間線量照射の場合よりもむしろ少いぐらいにまでごく微量なものにおさえることができる。

 食品中のビタミンCに関しては互に矛盾する結果が報告されている。ビタミンCは、照射によりデヒドロアスコルビン酸に変化するが、生物活性のあるこの化合物を考慮にいれないで報告するものもいる。今後は混乱をさけるため、アスコルビン酸およびデヒドロアスコルビン酸の双方を、定量する必要があるだろう。

 照射により食品中の栄養素量が、どの程度低下するかは、食品の組成、線量、温度、空気の存否、照射および貯蔵期間の長短などで異る。例えば、魚のビタミンB1が一部低下するとして、それがどの程度の意味をもつかは、その人が摂取する全ビタミンB1の内、魚から来る部分がどれ程のものであるか、によって、一概に断定することは出来ない。又、その人の栄養状態も同時に考慮せねばならないし、葉酸の低下量などまだ不明な点については今後の研究が必要である。

 1976年に、合同委員会は、照射単独でもたらされる栄養素の低下については、他の処理法や貯蔵中での低下、および照射を他の保蔵法を同時採用した時の低下と比較検討すべきであるとの考えを示した(4)。これに関し、かなり多数のデータが集まっているが、それらによれば照射による栄養素の低下が特に問題となるような証拠は見出されていない。

6. 微 生 物

 食品照射処理で起こる微生物学的安全性の問題は、現在食品の処理法として認められている他の手段と全く同等のものである。

 合同委員会は1976年に、照射食品の微生物学的側面について記述しているが、その後4年間の間に、この時の考え方を再検討せねばならなくなるような事実は現われていない。1976年の委員会で、すでに検討した事項に対し、1976年以来、理論的および実際的な研究成果で、とくに追加すべき微生物学的な問題の指摘はなされなかった。

 食品に微生物を添加したりしなかったりして研究した結果、照射食品の、微生物学的安全性は、その食品が実際に流通する過程において遭遇するであろう条件に基づいて行われるべきであるとされた。従って、個々の食品、それぞれについて、その衛生学的状態を調査するのが重要であり、照射後の微生物の発育を抑制するような貯蔵条件を設定する必要がある。

6−1. 放射線抵抗性の違い

 高い放射線抵抗性を示す微生物について、再度その放射線抵抗性および照射後の生育状態を検討したが、これら微生物による健康阻害要因は認められなかった。有用な又、技術的に受入れ可能な他の処理方法との併用について、いくつかの実験が追加されている。例えば、加熱処理や食塩処理を併用することにより、放射線抵抗性の高い微生物などをより効率良く殺菌することが可能である。

6−2. 照射による遺伝子の変化

 1976年以来、適正な製造条件下で処理された場合、放射線照射によって誘発される突然変異株の生成については、以前に提示された危惧を正当化するような情報は全く見出すことはできない。1976年にすでに示したように(4)、照射によって微生物が高い放射線抵抗性を得るというのは、実験室内においてのみ可能である。

 突然変異によって、分類学的性状まで変化することは、実際的な食品照射の条件下では観察されたことはなく、いかなる問題も提起するものではない。加熱したり乾燥したりした食品から損傷を受けた微生物を分別したり数えたりする方法は、照射食品についても応用することができるが、応用の実際的方法は、その都度検討する必要がある。

 照射処理により食品中の微生物が病原性を増すとか、毒素生成量を増すとか、抗生物質抵抗性が増大するとかいう証拠は、何も報告されていない。従って本委員会は、照射により細菌、酵母、ウイルスなどの病原性が増大することはないとする、1976年の見解を、そのまま支持するものである。カビでは、遺伝形質が多用性を示すことから、実験結果は注意深く検討された。実際に起こり得るとは思われない実験室内での条件下では、照射した胞子に由来するマイコトキシン生産に関して非照射の親菌株のそれとは異なるという報告はある。他の実験報告によれば照射し、オートクレーブ処理し、湿った食品に大量のカビを摂取した時にだけマイコトキシン生成量が増大したという。このような事実は、実際の食品照射とはなんら関係のないものであり、現実の照射条件下ではマイコトキシンの増大はいまだ報告されていない。

6−3. 照射食品と微生物

 照射処理により、食品中の微生物数は減少し、従って食品の寿命を延長させることができる。香辛料は照射により微生物数の減少することがよく知られており、放射線はガス燻蒸法にとって代る有用な方法となるだろう。

 実験動物飼料の殺菌は長年にわたり大規模に行われている。サルモネラ菌が畜産物中に発見されるが、これは飼料その他から由来するものである。飼料の照射により、サルモネラの検出が減少することから、放射線は家禽肉や卵のサルモネラ菌とか世界各地におけるサルモネラ中毒の抑制に有用な手法となるだろう。

 熱帯地方においては Vibrio parahaemolyticus は重要な食品由来の中毒菌であることから、魚や海産品を陸上で照射する場合はとくに注意が必要である。適正に設計されたプロセスを用いることにより、目的通りの殺菌効果をあげることが可能である。(例えば一般殺菌、病原菌の殺滅)。従来考えられたような微生物に係る問題は 実際には起こっていない。照射の場合も、他のいかなる食品処理法の場合と同様、殺菌処理後は、適正な取扱い注意を払うことより、微生物学的品質を確保する必要がある。

7. 毒  性
7−1. 暫定承認食品の再検討と新しい評価

 本委員会は、魚、タマネギ、米について再検討を行い、ココア豆、ナツメヤシ、マンゴー、豆類、香辛料、調味料について新しく評価を行った。これらのデータは、1976年の委員会の報告で示されたガイドラインに沿って検討された。その評価を行うに際して、本委員会は前報告(4)の場合と同様な原則と、承認の分類を行った。本委員は又、ココア豆、タマネギおよび香辛料の場合、これを試験動物に多量に食べさせると、毒性を示すことを記録している。毒性は、これら食品を照射してもしなくても現われた。

 照射野菜に関する情報量は前回に決められた原則に従えば、その評価を行うにはまだ十分ではない。しかし野菜に関するデータは照射食品一般の容認性を考慮するために用いられた。

7−2. 照射処理した実験動物飼料とその他の飼料に関するデータから考えられる問題点

 毒性試験に用いられる対照区に対し、なんらかの影響を与えることもあり得るので、1976年に合同専門委員会は、照射した実験動物用配合飼料の使用について注意を表明している(4)。

 照射した飼料で飼育した、動物コロニーに関して、当時要求されたデータは、次に示すように現委員会の手に入っている。

 オーストリア、デンマーク、フランス、ハンガリー、オランダ、英国から飼料の比較データが出されている。(飼料は、オートクレーブ処理、放射線による25〜44kGy処理、又は15kGyで病原菌の除去を行った)。試験はラット(9−14)、マウス(15−17)およびブタ(18)を用いた数代飼育試験が含まれている。2つの研究(10.13)では、親動物およびF1動物について全寿命期間にわたって飼育し、発癌試験を行った。使用した動物数は5,000から50,000匹である。

 本委員会は、これらのデータに基づいて、15kGy〜45kGyで放射線殺菌した飼料で飼育した実験動物では非照射の十分衛生的な飼料で飼育された動物にくらべ、いかなる差異も見出せなかったという結論を出している。本委員会は又、腸内病原細菌、特にサルモネラ菌を殺菌するため8kGy照射した飼料を用いた、飼育試験結果について総括した。家禽(19)、ブタ(20、21)を用いた試験の結果、いかなる不都合な結果もでないことが明らかになった。

 委員会は、免疫抵抗力の弱まった患者用には、放射線殺菌だけが唯一の実際的食品の殺菌法であることを承知していた。これに関する系統的な試験結果は、全く出版されていない。今まで、好ましくないという結果が報告されていないことから、この方法は悪いものではなく、照射食品の容認性を支持する1つの根拠となっている。本委員会は、もし可能なら放射線殺菌した人間用食事に関するデータを系統的に集め又、総説を出したいと考えている。

8. 魚、タマネギ、および米の評価
8−1. 硬骨魚類とその加工品

 照射処理の目的

  魚類とその加工品の照射の目的は次の通りである。

 (a)乾燥魚の保存及び流通過程における虫害の防除

 (b)包装または無包装魚類とその加工品の細菌数の減少

 (c)包装または無包装魚類とその加工品における特定の病原微生物数の減少

 平均線量

 (a)に対し      1kGy以下

 (b)と(c)に対し2.2kGy以下

 温度要求

 (b)と(c)に記載された魚類とその加工品の照射処理ならびに保存中は氷の融解温度に保たねばならない。

 微 生 物

  魚をはじめとする海産物を汚染する、人間に対する伝染病原菌として Vibrio parahaemolyticus を取りあげた。 しかしながら、人間や温血動物に対するこれ以外の伝染病原菌も、魚が生息している水域、漁具や魚などを洗浄する水の中に生息していて、魚を汚染している可能性がある。このような伝染病原菌以外にも、Clostridium botulinum E型のように毒素を産生したり芽胞を形成する細菌が、漁獲した魚を汚染している可能性も高い。

 (a)の目的で照射した場合、微生物学上の問題が生じることはありえない。(b)と(c)の目的で照射した場合、魚に存在する V.parahaemolyticus は殺滅することができるし、他の病原菌や腐敗菌についても、少なくともその菌数を減少させることができる。2.2kGy以下(平均線量)の照射では、殺菌効果が不十分なため、かなりの量の腐敗菌が生き残り、例えば生き残ったC.botulinumの芽胞などは、人体に危害を及ぼす程多量の毒素を産生する前に食品の腐敗が起こるので人が食べる危険はない。しかしながら、ボツリヌス中毒を防止する方策として、照射した食品を0℃で保存すれば安全確保上更に良い。また、このような温度に保つことが困難な場合には、塩漬、乾燥などを照射と併用することが望ましい。

 栄  養

 3kGy照射した場合に、チアミンは約15%、ピリドキシンは約25%分解するが、リボフラビン、ニコチン酸、ビタミンB12は変化しないことが、最近の研究で明らかになった。さらに高い線量を照射した場合には、チアミンやピリドキシンは完全に分解するが、他のビタミンB群は実質的な変化を起こさない。また、アミノ酸、特にトリプトファンが放射線照射に対して安定であるという研究報告もなされている。5kGyの線量を照射してもサバやメルルーサのタンパク価は変化しなかった。

 塩漬乾燥した照射サバから抽出した脂質は、8kGyまでの照射線量範囲内では、栄養的な問題が特になかった。2.2kGyまでの照射を行っても、蛋白質、ビタミンB群、ヨウ素などの供給源としての魚の価値はあまり変化しない。

 毒  性

 マウスを用いた短期毒性試験、長期毒性試験、繁殖試験、優性致死試験、ラットを用いた短期毒性試験、タラとサケをラットに投与した際の血清中アルカリフォスファターゼ活性測定、他の魚をラットに投与した短期毒性試験と繁殖試験が行われていたが、これらの試験結果がすべて出そろい、照射した魚をラットやマウスに投与しても悪影響は何も現われないことが明らかになった。

 種々の魚や魚製品をラットやマウスに投与し、短期毒性試験、長期毒性試験、繁殖試験、優性致死試験、変異原性試験が行われ、1976年以降、多くの試験結果が報告されている。以前にも種々の照射魚の毒性について評価がなされているが、これらの評価と今回新たに得られたデータとを総合して考えると、照射した魚を投与したことによる悪影響は全くないという結論に達した。

 評  価

 前回暫定承認となっていた生鮮タラ(cod)とサケ(red fish)は、今回、すべての魚類とその加工品に対し、害虫の駆除、細菌類の減少ならびに病原微生物数の減少という目的に対し、平均線量2.2kGyまでの照射が無条件承認となった。

8−2. タマネギ

 照 射 目 的

 タマネギの照射の目的は貯蔵中の発芽防止にある。

 平 均 線 量

 0.15kGy以下

 微 生 物

 照射タマネギに関連する、微生物による健康上の問題は報告されていない。

 栄  養

 0.15kGyまでの線量を照射した場合、タマネギ中のアスコルビン酸量は照射後10ヶ月経っても変化しないということが以前に報告されていたが、最近の研究によりこのことが確認された。非照射玉ねぎと比べて、照射タマネギ中の還元糖量は少し増加した。また、照射によりアミノ酸組成が変化することはなかった。

 毒  性

 タマネギ中に天然に含まれている生理活性物質の影響が出ない程度の量をラットに投与して多世代にわたる毒性試験を行うように前委員会で勧告がなされたが、今回その結果が報告された。さらにラットを用いた短期毒性試験、繁殖試験、催奇性試験、優性致死試験の多くのデータも報告された。これらの試験結果によれば、餌に照射タマネギを2%混入してラットやマウスに投与しても何も悪い影響が現われなかった。1.5kGy以下の線量を照射したタマネギやマネギの粉末にも全く変異原性は認められなかった。

 評  価

 前回暫定承認であった発芽防止のためのタマネギの照射は、平均線量0.15kGyまでの線量での無条件承認となった。

8−3. 米

 照射処理の目的

 米の照射の目的は、貯蔵中の虫害の防除にある。

 平 均 線 量

 1kGy以下

 再侵入の防止

 米は、包装または”ばら”の状態での処理ともに、可能な限り、害虫の再侵入を防止し得るような条件下で貯蔵しなければならない。

 微 生 物

 貯蔵中の米の水分量が非常に高い場合には、Aspergillus flavus のような毒素を生産するカビが生育する可能性があるが、適切に乾燥した条件下で米を貯蔵すれば、そのようなカビは生育することができない。しかしながら、照射するとカビの毒素生産能を高める可能性があることを示唆する実験結果は興味深い。毒素を生産するカビは生産しないカビよりも照射に対する感受性が高く、毒素を生産するアスペルギルスは生産しないアスペルギルスよりも生育に必要な水分活性が高く、さらに、水分活性が高い条件下においても、毒素を生産しないアスペルギルスの方が生産するアスペルギルスよりも優先的に生育するので毒素の生産が抑制されるということがすでに報告されている。水分量が少ない条件下で米を貯蔵することが重要であり、米を実際に貯蔵している条件下では、照射によりマイコトキシンの汚染が増加するということはない。

 栄  養

 1976年の合同専門家委員会(4)でも触れたように、米中のチアミンは加熱により減少する。米は主食でありビタミンB群の主な供給源であるので、照射によってもチアミンが減少するかどうか興味がもたれているが、最近の研究結果によれば、0.5kGy以下の線量を照射してもビタミンB群の含量やアミノ酸組成は変化しない。

 毒  性

 1976年の合同専門家委員会(4)では、ラットを用いた長期毒性試験とサルを用いた短期毒性試験の結果を今回までに提出するように要求いしていたが、今回これらの結果が出そろった。これらの実験結果によれば、照射した米を投与しても実験動物には全く悪影響が現われなかった。それ以外にも、マウスを用いた多世代繁殖試験や優性致死試験、照射した米を餌に混入して投与したマウスやハムスターの骨髄の細胞遺伝学的試験が行なわれたが、これらの試験結果も照射の悪影響は示さなかった。今までに評価された試験結果、および今回明らかにされた試験結果を総合すると、照射した米を食べても何も悪い影響はないという結論に達する。

 評  価

 前回暫定承認であったが、害虫による食害防除の目的で平均線量1kGyまでで米の照射することが無条件承認となった。

9. 新しい評価
9−1. ココア豆

 照射処理の目的

 ココア豆を照射する目的は次の通りである。

 (a)貯蔵中の虫害による食害の防除

 (b)加熱または無加熱の発酵した豆の細菌数の減少

 平 均 線 量

 (a)に対し 1kGy以下

 (b)に対し 5kGy以下

 害虫再侵入の防止

 ココア豆は包装または”ばら”で取扱うかどうかにかかわらず、可能な限り、害虫の再侵入および微生物の再汚染の防止をはかる条件で貯蔵しなければならない。

 微 生 物

 毒素産生能を有するものも含む、11種のカビがココア豆の胚に天然に存在しており、これらのカビがココア豆の貯蔵期間を制限している主な要因である。カビは水分量が8%以上になると、よく生育する。0.5kGy照射すると若い(2ヶ月以下)ココア豆中のカビを殺滅することができ、5kGy照射すると若くないココア豆中のカビも殺滅することができる。ココア豆をあらかじめ熱処理(100℃、10〜15分)しておくと、カビの放射線感受性が高まる。

 栄  養

 0.1〜5kGyの範囲の線量を照射したココア豆は、非照射のココア豆と比べて、還元糖量、全アミノ酸量、全油脂量、蛋白量などに変化が全く認められなかった。また、照射したココア豆と非照射のココア豆の間で、油脂の化学的な違いも観察されなかった。

 毒  性

 ラットを用いた短期毒性試験および繁殖試験を行った結果、ココア豆を照射することによる悪い影響は何も認められなかった。多量のココア豆を投与すると、照射・非照射にかかわらず、実験動物の発育が抑制され、餌の摂取量が減少した。ココア豆を含む餌を投与すると、胎児の発育や生命に有害な影響を及ぼしたが、このことは高濃度に含まれているテオプロミンが原因であり、このことは交配試験やテオプロミンのみを用いた研究により確認された。多くの変異原性試験が行われ、照射ココア豆に変異原性のないことが証明された。

 評  価

 ココア豆に対しては、害虫による食害防除ならびに微生物数の減少をはかる目的で、平均線量5kGy以下の照射が無条件承認となった。

9−2. ナツメヤシ

 照射処理の目的

 包装ナツメヤシの実の照射の目的は、貯蔵中の害虫による食害の防除にある。

 平 均 線 量

 1kGy以下

 害虫再侵入の防止

 予じめ包装した乾燥ナツメヤシの実は、、害虫の再侵入の防止のできるような条件で貯蔵しなければならない。

 微 生 物

 微生物の殺滅を目的としてナツメヤシを照射するのではない。また、照射すると微生物による健康上の問題が生ずるということもない。

 栄  養

 0.3〜5kGyの線量範囲内で乾燥ナツメヤシを照射しても、還元糖量や主要な炭水化物が変化することはなく、マロンアルデヒドも検出されなかった。さらに、蛋白質含量も変化しなかった。10kGy以下の線量を照射しても、アミノ酸組成はあまり変化しなかった。

 毒  性

 ラットを用いて短期毒性試験を行ったところ、照射したナツメヤシを投与しても有害な影響は全く現われなかった。ラットを用いた繁殖試験および多くの変異原性試験から、照射処理は有害な影響を及ぼさないことが明らかとなった。

 評  価

 ナツメヤシの種子の照射は、害虫による食害防止の目的で平均線量1kGy以下の照射が無条件承認。

9−3. マンゴ

 照射処理の目的

 マンゴの照射の目的は次の通りである。

 (a)害虫駆除

 (b)熟成の遅延による保存性の向上

 (c)放射線照射と加熱の併用処理による微生物数の減少

 平 均 線 量

 1kGy以下

 微 生 物

 マンゴから分離された菌で人間にとって有害なものはない。Gloesporium fusarium や Gloesporium singulata を自然に発芽させたり人工的に接種した場合、照射すると線量の増加にともない菌数が減少した。しかし、技術的に承認されていない4kGy照射しないと、完全に殺滅することはできなかった。

 栄  養

 凍結や加熱と比較して、2kGy以下の線量をマンゴに照射すると、アスコルビン酸とカロチンがわずかに減少する。リボフラビン、ニコチン酸、チアミン、脂肪、蛋白質、糖、ミネラルなどの量は照射しても変化しない。

 毒  性

 ラットを用いた短期毒性試験、長期毒性試験、繁殖試験、催奇性試験、および多くの変異原性試験を行なったところ、照射したマンゴや照射マンゴを含む餌には毒性が全く認められなかった。

 評  価

 マンゴの害虫駆除、熟成の遅延と微生物数の減少を目的とする。平均線量1kGyまでの照射に対して無条件承認。

9−4. 豆 類

 照射処理の目的

 豆類の照射の目的は、害虫による食害の防除にある。

 平 均 線 量

 1kGy以下

 害虫の再侵入の防止

 豆類は、包装または”ばら”処理の場合とも、でき得る限り、害虫の再侵入の防止ができる条件で貯蔵しなければならない。

 微 生 物

 照射非照射にかかわらず、豆類に起因する微生物学上の問題はない。

 栄  養

 世界各地で豆類は、食品の蛋白源として重要な地位を占めているので、照射することにより豆類の栄養価が悪影響を受けるとすれば重要な問題である。照射が豆類の蛋白質効率に及ぼす影響について統一した見解はまだ出されておらず、種々の豆類のビタミンB群に対する照射の影響についてもまだ研究が進んでいない。これらの影響は、照射豆が主な食品として用いられる場合には、考慮されなければならない。

 毒  性

 ラットとマウスを用いた短期毒性試験やラットを用いた繁殖試験の結果、乾燥した種々の豆類を照射しても悪影響がないことが明らかになった。照射非照射にかかわらず、多量の豆を投与するとラットの生長速度が遅くなった。マウスを用いた優性致死試験や多くの変異原性試験を行なったところ、種々の照射豆類に変異原性は全く認められなかった。

 評  価

 豆類の害虫駆除を目的とする照射は、平均線量1kGyまでが無条件承認。

9−5. 香辛料および調味料*

 照射処理の目的

 照射の目的は次の通りである。

 (a)害虫の駆除

 (b)微生物数の減少

 (c)病原微生物数の減少

 平 均 線 量

 (a)に対しては     1kGy以下

 (b)と(c)に対しては10kGy以下

 微 生 物

 非照射の香辛料には、カビ(なかには有害なものもある)が平均10・E(4)/g汚染している。これら以外に、腐敗菌、Bacillus cereus,Clostridium perfringens,Salmonella,Shigella などの人間の健康に深くかかわりを持つ微生物の存在が報告されている。好気的な芽胞形成菌や耐熱性菌が10・E(8)/g程度存在する場合には、加熱以外の方法で処理しなければならない。これらの微生物は放射線感受性が高いので、4〜5kGy照射すると菌数は10・E(4)/g以下になる。初発菌数にもよるが、商業的に滅菌を行なう場合には15〜20kGy照射する必要がある。微生物は照射に耐えて生残っても、熱や塩に対する耐性が低くなっているので、照射した香辛料を含む食品は加熱時間を短くすることができる。

 栄  養

 0℃〜22℃の温度下で5〜50kGyの範囲の線量をパプリカに照射した後、6ヶ月間貯蔵してもカロテノイド量に実質的な変化は認められなかった。5〜15kGy照射するとある種の脂肪酸の相対的な濃度は変化したが、必ずしも線量と相関的なものではなかった。ある種の香辛料においては、照射すると不飽和脂肪酸の量がわずかに減少した。香辛料は食事の中で栄養の供給源としての重要性が乏しいので、以上のような変化が起こっても栄養学的には重要でない。

 毒  性

 ラットを用いて短期毒性試験、繁殖試験、催奇性試験などが行なわれたが、照射した香辛料や調味量の場合、他の照射食品と比べて試験結果が明白でない。実験動物に現われた悪い影響のいくつかは、照射非照射いずれの場合にも観察されており、多量の香辛料を投与したことが原因である。照射処理が原因となる悪い影響は報告されておらず、いくつかの変異原性試験においても照射香辛料や調味量の変異原性は認められていない。本委員会では、人間が少量の香辛料を摂取することを考慮に入れて、照射した香辛料の安全性を評価した。

 評  価

 香辛料のの害虫の駆除、細菌類の減少および病原微生物の減少を目的とした照射は、平均線量10kGyまでは無条件承認。

 *:乾燥タマネギおよびタマネギ粉末を含める。

10. 照射食品の受容性
10−1. 照射食品の毒性からみた受容性

 本委員会では、10kGyまでの実質平均照射線量(第2章と第3章参照)で照射した食品の受容性について、勧告できる新しい根拠について吟味した。これは前回の合同専門家委員会で採択した照射食品の健全性評価の手かがりから、さらに理論的な進展を示すものである。

 この発展を導くに至った考え方は次の通りである。

 a)ほとんどあらゆるタイプの食品の品目にわたって、個々の食品についての数多くの毒物学的研究を総体的に眺めてみると、照射の結果有害作用を生じたという証拠は全く見いだせなかった。

 b)放射線化学の研究から、今や、主要食品成分の放射線分解生成物は、食品の由来いかんにかかわらず、同じ成分からは同一な生成物を生ずることが判明した。さらに主要な食品成分については、それらの放射線分解生成物の多くは、すでに許容されている他の食品加工手段によって食品中に生成するものと同一であることが明らかになった。これら放射線分解生成物の性状や濃度から判断して、これらが毒物学的な危害を生ずるという証拠はない。

 c)上記を支持する根拠としては、照射飼料を投与した実験動物で、いかなる有害作用も認められないこと、照射飼料は家畜の生産にすでに使用されていること、さらに、免疫力の低下した患者に対し、照射した食事を与えることが臨床的に応用されていることが挙げられる。

 そこで、本委員会では、10kGy以下の実質平均線量でいかなる食品を照射しても、毒性学的な危害を生ずるおそれは全くないこと、さらに、今後は、照射した食品についての毒性試験は、もはや不要であるという結論をだした。

10−2. 照射食品の微生物および栄養面からみた受容性

 本委員会では、10kGy以下の実質平均線量で食品を照射することは、栄養学的または微生物学的にみて、特別な問題を引き起こすおそれはないと判断した。しかしながら、個々の特定の照射食品と、食事中におけるその役割に関連したどのような変化の意義についても十分注意してみなければならないことはいうまでもない。

10−3. 高線量照射

 本委員会では、ある種の食品の処理に高線量の照射の必要性は十分認識している。しかしながら、このような処理を受けた食品の毒性学的評価ならびに健全性の評価は行わなかったというのは、この目的に必要なデータが十分利用できなかったからである。それ故、今後この分野の研究はさらに必要である。

11. 今後の研究

 放射線照射が食品に及ぼす影響に関する知識をさらに増やして、今後照射食品を評価する際の役に立つために、以下の分野の研究を行なう必要があるというのが本委員会の考えである。

 ○大規模に照射を行なった場合の技術的可能性および経済性について種々の食品に対して検討する(セクション3参照)。

 ○大線量照射した食品の健全性を検討する(セクション10−3参照)。

 ○可能ならば、人間の食事を照射した時の影響について、情報を系統的に収集して整理する(セクション7参照)。

 ○豆類の蛋白質効率およびビタミンB群におよぼす放射線照射の影響については、一致した見解が得られていないが、豆類は世界各国で重要な食品であるので、これらの事項に対して正しい結論を出す必要がある(セクション9−4参照)。

 ○葉酸に及ぼす放射線照射の影響についてはほとんど知られていないが、世界のある地域では葉酸の摂取量が少なく葉酸が欠乏する可能性があるので、葉酸を含んでいる代表的な食品についても放射線の影響を検討する必要がある(セクション5参照)。

 ○放射線照射と他の加工処理とを併用した場合に食品の栄養価に及ぼす影響について研究する(セクション5参照)。

12. 勧  告

 実用規模で食品照射を行なった場合の技術的可能性と経済性についてきちんとした結論を出さなければならない。もっと多くの種類の食品について放射線照射の適正について検討する必要がある。今後の勧告の助けとするために、IAEAとFAOはこれらの研究を推進しデータを収集しなければならない。

 ある種の食品に対しては、大線量照射処理が技術的に可能であることが確認されている。大線量照射した食品の安全性を評価するために、その栄養面、微生物面、毒性面についてさらに多くの情報を得る必要がある。これらの研究は現在進行中であり、将来、FAO、IAEA、WHOがとりまとめて評価する必要がある。

13. 参考文献

 1.Report of the FAO/WHO/IAEA Meeting on the Wholesomeness of Irradiated Foods,23−30 October 1961,Brussels,Food and Agriculture 2.WHO Technical Report Series,No.316.1966(The technical basis for legistation on irradiated food. Report of a Joint FAO/IAEA/W 3.WHO Technical Report Series,No.451,1970(Wholesomeness of irradiated food with special reference to wheat,potatoes and onions 4.WHO Technical Report Series,No.604,1977(Wholesomeness of irradiated food. Report of a Joint FAO/IAEA/WHO Expect Committee).

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