食品照射に関する文献検索

健全性(WHOLESOMENESS):毒性・微生物学的安全性、栄養学的適格性を総合した考え方

健全性に関するレビュー、まとめ


発表場所 : 食品照射, 38巻, pp. 31-48
著者名 : 宮原 誠
著者所属機関名 : 国立医薬品食品衛生研究所 (〒158-8501 東京都世田谷区上用賀 1-18-1)
発行年月日 : 2003 年
1. はじめに

2. 食品照射の始まり

3. アメリカにおける開発の歴史

4. 毒性試験 PhaseⅠ (1954-1959)
 4.1 誘導放射能
 4.2 潜在的な毒性
 4.3 ヒト亜慢性毒性試験

5. 毒性試験 PhaseⅡ (1956-1965)

6. AEC の研究

7. 商務省の研究

8. 農務省の研究

9. 照射食品と FDA

10. 照射ベーコン取り消しの経緯

11. 時間が掛かりすぎた研究

12. 毒性試験 PhaseⅢ (1971-1978)

13. 議会報告書

14. 評価基準

15. 照射食品安全性の評価の現在

謝辞

参考文献



照射食品安全性検証の歴史 (総説)


1. はじめに

 本年は 1953 年にアメリカ合衆国陸軍が照射食品を本格的に研究し始めて、50 年の節目に当たる。この記念すべき年にその歴史を振り返ることは意義深いだけでなく、古い資料を評価するとき、どのような経緯で研究され、当時の評価がどのようなものであったかを知ることは重要である。アメリカ合衆国議会報告書を中心にその歴史を振り返る。

 さて、照射食品の安全性を調べる研究は古くから行われその成果が公表されている。その歴史は食品そのものの安全性を評価するという極めて困難な道のりであり、照射食品という今までにない食品処理の方法を消費者に理解を求める道のり1) であったように思う。

 食品というものは、古来、経験によりすなわち試行錯誤によって危険な素材を避け、安全なものだけを選抜するという方法で、その安全性が確保され、その民族の文化として存続してきた。自給自足に始まり、生産地域の周囲で消費される時代を経て、産業革命以降、農産物の生産地から離れた消費地に住む都市の市民のためだけでなく、海外遠征用兵糧性能向上のために、瓶詰め缶詰など近代的な長期保存の技術開発が積極的におこなわれた。このため、これら食品の安全性を確保する責任の多くはそれを開発生産する人の技術と倫理観にゆだねられる様になった2)

2. 食品照射の始まり

 イオン化放射線の一つである X 線が発見されたのは 1895 年 11 月で、発見者はドイツのレントゲンであった。この頃から、これら X 線による放射線障害が報告されるようになった。最初の報告は発見の翌年に皮膚炎、潰瘍についてあり、1897 年脱毛、1900 年皮膚ガンの転移による死亡、1904 年白血球の減少、1905 年 X 線従事者の無精子症、1920 年以降催奇性、死産、流産等の胎児に対する影響などが報告され、人間に及ぼす放射線の影響は大きなものであることが認識され始めた3)。これと並行して 1906 年には放射線の生物影響についてベルゴニ・トリボダーニの法則の発見、1921 年ホルトハウゼンによる酸素効果の発見、1927 年ミューラーによる突然変異誘発能の発見があり、放射線はヒトのみならず微生物を始め多くの生物に対しても強力な効果を持っていることが次々と明らかになった4)。これらを背景として、このような作用効果を人類に取って有益な手段として利用しようとする動きがあった。その一つが食品など日常生活の中に存在する病原微生物や害虫等の制御であった。

 記録にある中で最も古いのは 1905 年イギリスで、食品保存状態の改善と品質の確保に関する特許である5)。1918 年には米国で、"X 線を用いる有機物質の保存装置" の特許が認められ、"野菜、毛皮、毛糸、羽毛、書籍など、虫害を受ける有機物質なら何にでも用いることができる" としている6)。1921 年には豚肉の寄生虫について、その駆除に有用とする報告がある7)。さらに、1929 年たばこ製品中に生息するたばこカブトムシ (Lasioderma serricorne) の卵、幼虫、成虫の駆除に X 線照射装置 (30mA、200kV) が開発され、実際にアメリカたばこ会社で運転されたが、当時の技術では連続運転に耐えられなかった。そのため、初めてのこの試みは薫蒸処理に置き換えられた。

 1930 年になって、ようやく照射食品という概念が世の中に出てきた。フランスで O. Wust が "缶詰にされたあらゆる食品を対象に、その中の微生物を殺滅する目的で硬 X 線を照射する" という発明を特許として申請し、受理された8)。しかし、これは実用に供されることは無かった。第二次世界大戦後、1947 年米国の雑誌に重要な 2 つの知見が発表された。一つは高エネルギーの電子線パルスにより、肉の除菌ができたという報告9) であり、もう一つは牛乳や乳製品を照射すると生じる照射臭は低温・無酸素状態で、軽減できるという報告である10)。当時、結核等の病原菌を減らし、同時に日持ちをよくするために行われるようになった加熱殺菌に変わって、より風味変化の少ない殺菌方法を求めていたのだろう。このように、時代の要請の中、原爆の開発から "平和のための原子力開発 (Atom for Peace) の時代へと時は流れていく。

3. アメリカにおける開発の歴史

 朝鮮戦争終了後、米国のアイゼンハーワー大統領による "Atom for Peace" の政策のもと、1953 年同国陸軍はその兵站の負担を減ずるために、食料保存を冷凍設備なしに行えるようにすることを目的として、照射食品の開発研究を開始した。米軍は 1953 年にこの研究に着手することを決定するに際して次のような目標を掲げた。兵糧としては当然ながら、健全性、よい味、経済性、自己安定性 (self-stable) をもつ製品でなければならない。さらに、高線量照射食品開発を認める条件として (1) 缶詰よりも優れた味と風味をもつこと、(2) 保存や輸送などの費用の削減につながること、(3) 冷蔵設備の必要性を低減することを挙げた11)

 これと前後してシカゴ補給処食品・容器研究所で文献調査が行われた。これによるとタンパク質、脂質、炭水化物、肉類、ビタミン類、酵素類に対する照射効果について、多くの事が当時から知られていた。たとえば、照射によるタンパク変性は熱や紫外線、過酸化物によるものと異なる性質の変性であること、牛乳に照射すると多くの種類のビタミン類が失われること、臭いが付くことなどがここでも報告されている。しかし、照射食品が危険だとする報告は見あたらない12)

 ひとたび、決定がなされると、安全性試験は早速開始された。その責任部隊は陸軍医学研究応用司令部所属軍医司令官で、実験は委託先の民間実験施設で行われた。


図 1. Natick 研究所のホームページ
Natick 研究所のホームページ.

この研究所は 1954 年の開所以来、兵站全ての研究をしている。レインコートから落下傘、軍服などありとあらゆる気象や地理条件で、戦闘能力を発揮できるように研究と訓練が行われている。その一部に照射食品の研究があった。第 2 次世界大戦までは、軍隊の闘いの一つに病との戦いがあり、ビタミン不足から生じる様々な病気との戦いがあったと言われている。


4. 毒性試験 PhaseⅠ (1954-1959)13)

 高および低線量照射食品併せて 54 品目について、小動物を使って 90 日の短期毒性試験を実施した。この結果は次のように報告書に要約されている。

4.1 誘導放射能

 誘導放射能について最初に、コバルト-60 を線源としたとき食品中に測定可能な放射能が生成するか否かが調べられた。その結果測定可能な放射能は無かったとしている。当時の線源としては、使用済み核燃料も使われており、これについての検討もされていた。中性子との反応を考えるとき、放射化される元素の反応性の指標として、反応断面積を考えなくてはならない。食品を構成する主要元素は、熱中性子に対する反応断面積が極めて小さく、問題にならないだろうとしている。新しい燃料棒を水中で用いた場合、2.2MeV 以上のエネルギーを持つガンマ線量子が存在し、10 の 4 乗個中性子/cm2/秒のフラックスを持つと言われている。これから考えて、10 の 5 乗から 6 乗個中性子/cm2/秒の中性子束であっても、30 分以内の照射であれば、誘導放射能の量は僅かで測定可能な範囲に無いと計算している。10MeV 以上の電子線を用いて食品を照射すると、誘導放射能を測定できる可能性があると指摘もしている。

 これらの知見は当時の測定技術と理論に基づいている。放射化の問題は現在も重要である。この時点で放射化について、長半減期核種の問題を限定的にしか取り扱っていないうえに、これ以降陸軍は検討を行っていない。今後、現在の理論と技術で再検討が必要だろう。

4.2 潜在的な毒性

 食品照射に用いられるコバルト-60 から放出されるガンマ線のエネルギーは 1.33 と 1.17MeV で、通常の化学結合 (数十 eV) を切断するのには十分なものである。従って、このような反応の結果、毒性の高い化合物が生成する可能性があると Natick は考えたようだ。特に水の分解によって生じる原子状の酸素によって、種々の酸化物が生成し、これによって脂肪が酸化され、毒性物質である過酸化脂質ができるというシナリオである。この考え方に従い照射、未照射の脂肪酸メチルエステル、豚脂、綿実油の酸価を経時的に彼らは検討した。

 結果は表 1 に示すように、モデル系では照射により急速に酸価が上昇するが、日が経つとほぼ同じ値になるとしている。一方、豚脂と綿実油の場合、モデル系と異なりあまり酸価の上昇は観察されないようだ。これは、食品中にあるビタミン E 等の抗酸化物の存在のためと考えられる。同時に過酸化物の毒性について検討しており、実際に脂肪の酸価と動物の成長との関係を調べ、酸価の高い食品を長期摂取すると問題が起きることを確かめている。

 個々の放射線分解物の量や種類はそれぞれの食品の種類や保存状態により、大きく異なり複雑である。従って、動物実験でのみ、その毒性が明らかに成るだろうと当時考えられていた。

 詳細な毒性試験としては 1955 年の The Swift and Company Laboratories の結果がある。3 世代にわたって、2685 匹のアルビノ (albino) ラットが観察された。ベータ線 2Mrep (Roentogen equivalent physical の略で人体に対する吸収線量単位、1 rep=93 erg) を牛の挽肉に照射したものが与えられた。栄養のバランスをとるために、その量はカロリーの 60% になるように調整された。この研究のはじめには、照射食品を与えられた動物群で雄の出生率の低下と新生児の生存率の低下と体格の矮小化が観察された。そこで、ビタミン E を添加し、再実験をしたところ、このような問題は無くなったという。加熱処理でも見られるように、若干の栄養性の低下はあるものの、成長率、摂餌効率、繁殖性、全身および解剖学的な観察から、上述の条件の餌を与えてもいかなる毒性を見いだすことが出来なかったと報告している。

 次に熱処理した牛肉製品にコバルト-60 を用いて、23Mrep、45Mrep の吸収線量を与え、これを 50 日間ラットに強制投与した時の体重曲線を図 2 に示した。投与期間中は一貫して減少し続けたが、実験終了後に保存食の自由摂取に変えたら、どちらも 2 週間以内に元の体重に戻った。非照射の餌を与えられた対照群と照射餌を与えた群とで体重の減少並びに増加は全く同じであった。一方、4 と 20Mrep の餌を与えた動物を用意した。4Mrep の雌雄のラットについて行った血液学的検査では対照群と比べて有意な差がなく、20Mrep 照射群について、解剖学的な検査を行ったが、異常は認められなかったという。

 その後、軍の希望により種々の照射食品についての、潜在的な毒性に関する研究が開始された。はじめは、動物を使った毒性に関するスクリーニング試験を行い、ついでヒトを使った官能試験を行い、さらに動物とヒトを使った詳しい毒性試験を行う計画を立てた。

 最初のスクリーニング試験では次のように実行された。試験する照射食品の量は乾燥重量の 35% で、残りの 65% は栄養学的に均衡のとれた人工餌であった。この方法では、食品の毒性よりも栄養成分のバランスの崩れによる悪影響を観察することになるかも知れないことは当時知られていなかった。このようにして、8 週間照射食品を投与された動物の多くには異常は認められなかったという。このとき調べられた食品のリストを表 2 に示した。また、この実験で得られた成長曲線の典型例として、鮭の例を示した。

 6Mrep 照射された 6 種類の照射食品から構成された餌を使った長期毒性試験がラットを用いて 2 世代にわたり行われ、異常の無いことを確かめたという。

 トリを使った長期毒性試験も行われた。3Mrep 照射したふすまを 56 週間与えた。この試験の初期段階では照射ふすま投与群雄トリの体重増加は対照群に比べ 5% 低かったが、成長するに従ってこの遅れがなくなった。照射ふすま投与雌群の成長率は対照群とに差がなかった。しかし、照射ふすまを投与された雌トリは正常な卵を産卵することができず、受精卵は正常に孵化できなかった。たらの肝油を照射後のふすまに添加することにより、この問題は起こらなくなったという。

 この実験を現代の観点から見ることにする。この照射ふすまを与えられたトリの示す症状はビオチン不足の症状として有名である。雌トリの場合、卵黄を形成するために多量のビオチンを必要としており、照射によってビオチン含量の減少したふすまを与え続けたために、このような卵を生んだり、雛が正常に孵化できなかったと考えられる。元々ビオチンはふすまに 0.4ppm 位含まれているが、このビタミン不足の対処方法として、タラの肝臓を与えたとしている。これは本来トリのくる病に対する対策として知られている方法である。また、ビオチンは腸内細菌によって供給されるので、ラットの場合は正常だったと考えられる。しかし、ふすまには大量の重金属 (マンガン、90 〜 430ppm ; 亜鉛、56 〜 480ppm ; 鉄、47 〜 180ppm ; ニッケル、0.33 〜 140ppm) が含まれている場合がありこれらの影響が無かったとも言えない。

 発ガン性の有無を調べるために、照射した卵、脳、酵母、牛ステロールの抽出物をマウスやラットに塗布し注入したが、発ガン性は認められなかった。10Mrep 照射したこれらの食品をラットに投与したが、やはり発ガン性は認められなかったと言う。

 また、1.68Mrep コバルト-60 を照射したバターを含む餌を 2 年間投与したが、異常は認められなかったとしている。


表 1. 照射脂肪酸エステルと照射油脂の保存期間と酸価
照射脂肪酸エステルと照射油脂の保存期間と酸価.


表 2. 8 週間ラット投与実験の結果毒性が無いと分かった食品
8 週間ラット投与実験の結果毒性が無いと分かった食品.


図 2. 23 及び 45Mrep 照射肉を挿管投与時のラット体重変化
23 及び 45Mrep 照射肉を挿管投与時のラット体重変化.


図 3. 照射さけを投与されて育った雄サケの体重曲線
照射さけを投与されて育った雄サケの体重曲線.

4.3 ヒト亜慢性毒性試験

 官能試験を兼ねて志願者 10 人を募り、比較的短期 (36 日間) の投与実験がコロラドで行われた。このときは 8 週間の短期動物実験で安全が確かめられたものについて実施された。10 人の被験者を 2 つのグループに分け、15 日間、それぞれのグループに照射食品と非照射食品を与えた。引き続き 6 日間、それぞれの食品を入れ替えて与えた。この間、被験者の安全確保と毒性の有無を確かめるために常時医学検査が繰り返された。この検査は一般健康診断、血液検査、肝及び腎の機能検査、心電図、基礎代謝量、X 線検査などを含むものであった。

 最初の実験では投与された食事は 11 種の照射食品をカロリーベースで 35% 含むものであった。照射線量は 3Mrep であった。照射食品の割合を増やし、2 回目の実験では 17 品目、65%、3 回目と 4 回目の試験では照射食品の種類を 28 と 40 品目とし、その混合割合を 80%、100% にして実験を行った。いずれの実験でもそれら医学検査、基礎代謝量について、照射と非照射食品に有意な差が認められなかったという。これは、動物実験で、種々の栄養障害に基づく問題があったことと異なる結果であるが、これについて本報告書は説明がない。しかし、未確認ではあるが、1957 年にこの実験を担当した陸軍臨床栄養研究所は、照射豚のローインが消化性に問題があったという報告書を出しているという。これは後述の照射ラードの実験結果 (5 節参照) と一致しており、照射ローインの実験結果を確認する必要がある。

 この実験を遡ること数十年前に食品添加物の危険性を確かめるために結成された、ハービーワイリーの毒味隊を彷彿させる2)。食品の安全性を徹底的に追求する当時のアメリカの考え方を感じる。

 このように第Ⅰ期の毒性試験としては試行錯誤をしながらも、その安全性を確かめようとした。実験計画の中で栄養管理に関する十分な配慮が不足していたために実験動物に種々の障害が起きたのであって、照射食品についてはその毒性を見いだせなかったと結論づけるに至った。

5. 毒性試験 PhaseⅡ (1956-1965)14)

 高および低線量照射食品併せて 22 種について、ラット、イヌ、マウスを用いて長期毒性試験を実施した。

 その試験項目のリストを示す。ごく普通の検査項目が並んでいる。数十の契約先がこの研究に関与し、複雑な研究体制であった。個々の試験の内容を精査できなかったが、Natick の担当者が、照射食品の国際会議で報告している内容をここに示す。餌に照射食品を混入して長期毒性試験を行うためには、栄養が偏らないようにまた病気にならないよう十分な注意が必要であるとの認識を持っていたようで、試験のためのガイドをいくつも作成し、契約者に示した。

 27.9kGy、55.8kGy 照射した試験食品を 3 ヶ月室温で保存した後、正常な餌に 35% の割合で照射食品を混入した。40 の食品について 8 から 12 ヶ月のラット短期毒性が行われた。同時に短期ヒト摂食試験と官能試験が実行された。これらの検討から長期毒性試験用の 22 品目が選定された。

 この表から、きわめて多くの食品の毒性が細かく検討されたことが分かる。いずれにしても、毒性実験すると思わぬ結果が出現し、その問題の本質を調べ、これを解決しながら、次々と試験結果を出していった様子が読み取れる。

 問題のあった研究については、備考欄に説明をつけた。そのいくつかのケースについて解説が本文中にあったので紹介する。


表 3. 長期健全性研究の一般的な計画
長期健全性研究の一般的な計画.


表 4. 米国陸軍による慢性毒性試験の結果 (1963 年時点)
米国陸軍による慢性毒性試験の結果 (1963 年時点).

照射ジャガイモ

 3kGy 照射ジャガイモを摂取した 1 世代、2 世代ラットの寿命がわずかながら短縮することが観察された。実験者は照射ジャガイモに広がった腐敗と遺伝的な要素の方が僅かな寿命の短縮が照射によって起きたことより重要だとしている。保存条件があわないと照射ジャガイモは腐り傾向があると言うのは、わが国における試験と一致している。イヌやマウスを用いた同様な試験では異常は見いだせなかったと Natick は報告している。

照射小麦

 照射小麦を投与されたラットでは異常が認められなかったが、イヌでは照射小麦投与群では甲状腺異常が見られたという。これは、遺伝的要素によるとされたが、この事実を覆すような直接的な実験は行われていない。

 現在の知識に照らしてみると、実験用の餌は栄養のバランスを取るために種々の添加剤を使用する。たとえば、ビタミン類を添加することもある。ビタミン E の必要量はその餌に含まれる不飽和脂肪酸の量に影響されるので、もしこの点を考量せずにビタミン E を添加するとビタミン E の過剰摂取を起こすことも考えられる。元々小麦はビタミン E を含む食品で、全粒で 1.2mg/100g 程度と言われている。ビタミン E の過剰摂取は甲状腺肥大を起こすとも言われているので、この実験のような結果になることも考えられる。しかし、ビタミン E に過剰症は無いとする説もあり、状況は現在でも複雑である。

照射オレンジ

 3kGy 照射オレンジをラットとサルに摂餌させた。20% の照射オレンジを含む餌を与えられたラットの体重増加は遅く、照射、未照射オレンジ投与群は繁殖率が悪かったという。その原因は説明されていないが、柑橘類に含まれているある種の有害成分が関与していると考えられる。

 現在の知識に照らすと、オレンジ類にはヒト胎児に悪影響を及ぼすとされるチラミン、タンゲレチン、シネフェリンなどが含まれており、このような結果になったとも推測される。さらに、一般に柑橘類の果皮にはクマリン誘導体、果肉には多くのフラボノイド配糖体が含まれていることが知られているので、これらの薬理作用を考慮する必要があっただろう。もっとも、単にオレンジの臭いがきついので、ラットが嫌ったためかも知れない。

照射牛肉

 27.9kGy と 55.8kGy 照射牛肉を犬に投与したところ、出生率の低下を招いたが、これは前述のようにビタミン E の不足と考えられた。ビタミン E を補給し同様な実験を繰り返したところ、異常は観察されなかったという。どのような組成の餌を使用したか不明なのでこのような説明の妥当性を検証できない。前述のように現在では不飽和脂肪酸の摂取量に応じて、ビタミン E の要求量が決まるとされており、初期の実験においては、高脂肪の餌に対して照射で減少したビタミン E 量では不足したと考えられる。特に胎盤を通して胎児が要求するビタミン E 量は多いので、ヒトの場合も妊婦は補給する必要があると言われている。

 そのほか、表から明らかなように、多くの照射食品について、それらを与えた動物と与えなかった動物とに差を認めなかったようだ。

照射にんじん

 次に、高線量照射野菜と果実についても、肉類と同様に多くの実験では異常が認められなかったとしている。しかし、照射にんじん摂餌群の体重増加が悪く、カロチンの利用効率も悪かったという。これは、実験に使用したにんじんが汚染されていたためで、その状態が悪かったと Natick は考えた。再実験をおこなうと異常は認められなかったという。にんじんがどのような汚染を受けていたのか、どのような問題がにんじんにあったのかは不明である。現在の知識では、にんじんには微量ではあるが神経毒のカロタトキシン等が含まれているとされており、その影響があったのかも知れない。

照射グリーンピース

 照射グリーンピースを与えた犬の脾臓重量が対照より重かったと報告された。しかし、この結果は疑わしいと Natick 関係者はこの結果を否定する。なぜなら、脾臓の重量は内部の血液量によって大きく変化するからだとしているが、普通の病理学者ならそのようなことは承知のはずで十分な説明とはいえない。もし、脾臓の重量増大が誤認なら、実験者の選択に誤りがあるといえよう。

 照射ももを摂餌させたサルにビタミン C の不足が観察されたという。これについてのコメントは記載されていない。

照射ベーコン

 照射ベーコンと果実の砂糖漬けを摂餌させたラットに寿命の短縮が報告された。これは統計学的に有意な差がないと Natick は考えた。しかし、この結果が大きな障害になって、照射食品の運命が変わった。

 照射ジャムを与えられたイヌは糖尿となった。絶食時の (尿中の) 糖濃度に異常はなかった。なぜ、照射ジャム摂餌群だけがより多くの糖を吸収し、糖尿を呈したのか報告書には説明がない。

 照射ベーコンをイヌに投与し、照射ベーコン脂をマウスに投与したところ異常が認められなかったという。一方、照射ベーコンを与えたラットについて、その寿命の短縮がみられたと報告された。しかし、Natick はこれも統計学的に有意な差が見られなかったとしている。

 オリジナルのデータを見ていないので、何とも評価できないが、現在から見ると、ビタミン E 発見の端緒になった実験に、ラード食でヒトの赤血球寿命の短縮や過酸化水素溶血亢進などが知られていることからも、高脂肪食の害を改めて示したと考えるのが妥当かも知れない。しかし、照射ベーコンに毒性があるのではないかという印象が強化される結果となっている。

照射ラード

 照射ラードを投与するとその消化率に問題が生じたという。ラードとラード・肉の検体を胃ゾンデを用い強制投与し、3 時間後に開腹して、胃と腸の内容物を分析した。55kGy 照射したラードは非照射ラードよりも胃の中に滞留していた (65% vs 49%)。

 また照射ラードの小腸中の滞留量は非照射のそれよりも少ない (9% vs 13%)。この結果から照射ラードの吸収率は 26%、非照射ラードは 38% と計算される。腔腸穿孔を行いラードを回収したところ (jejunal fistula collection) 12 時間以上も回収できたことからも、消化性が悪いと報告された。このとき用いたラードの酸価は 176 と通常の 100 以下 (表 1 参照) であるのに対して大きな値を示していたという。

 このラードを高脂肪の食品と見た場合、この実験結果を前述の照射バターの実験 (4.2 参照) と比較すると異なる結果となっているが、ヒトの照射豚ローイン摂食実験の結果 (4.3 参照) とは一致を示している。現在の知見に照らすと、照射により脂肪酸の一部が 2 量化等の多量化、ポリマー化が進み粘性が高くなるなど消化され難くなったとも考えられ、このためラードの実験やコロラドのヒト実験で消化不良を起したと考える方が理解しやすい。

発ガン試験

 一方で、発ガン試験を実行し、多くの場合、問題のないことを確認しているとしている。

 しかし、新たな問題が生じた。モンセンらは発ガン試験をするために、照射食品 (豚、鶏、粉ミルク、ジャガイモ、にんじんの配合飼料) を仔マウスに投与したところ、左心耳端の拡張が 60% の投与群マウスに見られたという。これについて、照射ミルクの投与実験をモンセン自身が行ったところ、この症状を再現することができた。陸軍の病理学者たちが、綿密な計画で追試を行い、この病変が起きない事を確認したというが、モンセンらの結果を説明するには至らなかった。

照射食品とビタミン K

 ビタミン K の働きがはっきりしたのも、これら一連の慢性毒性研究成果であるとしている。ビタミン K は血液の凝固と関わりがあり、不足すると出血が止まりにくくなる。照射牛肉を摂餌させたラットは致死性の出血が見られたという。そこで研究の結果、(1) タンパク源、(2) アミノ酸、(3) 糞食性、(4) 動物の性、系、年齢、(5) 動物の種、(6) ビタミン A と E、(7) 胆汁酸、(8) 脂質、(9) アルデヒド類がビタミン K 要求性に影響があることが分かったという。

 ビタミン K は腸内細菌が生産するという現在の知見と照らし合わせると、これら 10 の要素は腸内菌相の変化を起こし、ビタミン K の要求量を変化させていると考えられる。しかし、この実験からなぜ照射食品が腸内菌相の変化を起こさせるのかは分からない。想像するに、消化性の低下した脂肪が腸内に長時間滞留するためか、ビタミン E 不足で菌類が生育不良となるか、抗生物質が腸内細菌を殺滅するように、アルデヒドのような化学物質がビタミン K 産生腸内細菌を殺してしまうためか、いろいろと考えられる。

 一方、ビタミン K 欠乏食を与えると種々の動物は出血傾向を示し、その不足症状を示すようになり、照射食品だけに起こる症状でないことが分かったとしている。

 この結論が正しいとすると、照射食品は二つの問題を抱えることになる。一つは、照射食品はビタミン K の少ない食品であることともう一つは腸内細菌に変化を与えることである。これらの点は Natick の置きみやげとして、今後さらに解明する必要があるのかも知れない。

照射たまご

 この報告書の中に説明がないが、表の中に照射全卵の結果が記載されている。それは、発育不全となっている。詳細な説明がないので、全くの想像ではあるが、今までの実験の様子から見て、ビタミン E 不足など栄養バランスを取るのに失敗したと考えて良かろう。

 このように、照射食品の安全性研究の過程を通じて、種々の栄養成分がどのような働きをしているのか、それらの相互作用、あるいは個々の食品それ自体が持っている有害物質が究明されたように思う。Natick の研究は FDA から照射食品にお墨付きをもらうことに失敗をすることになるが、栄養学や食品化学の発展には多くの貢献をしたことになると思う。

6. AEC の研究

 陸軍の研究が難航する中、1960 年に低線量照射食品の研究を原子力エネルギー委員会 (AEC) が引き継ぎ行うことになった。実験はウイスコンシン州マジソンのウイスコン・シンアルミニ研究財団をはじめ、バージニア、ミシガン、テキサス、ニューヨーク、フロリダ、オレゴンにある研究所、大学の研究室で同時に行われた15)。この研究は 1970 年まで続けられた。

 目的は次の 3 点であった。

(1) 照射装置の開発
(2) Natick、国立海洋漁業研究所等の照射施設の建設と安全管理
(3) 穀類、パパイヤ、魚など、低線量で照射される食品の安全性の研究

 しかし、予算的な問題と照射食品研究は業務としての優先順位が低いことから 1970 頃にはこの研究を徐々に縮小していった。しかし、ドイツのカールスルイエ栄養研究所に年間 27 万ドル援助し、照射食品の国際プロジェクトに貢献している。

 1967 年に開催された第 7 回 AEC 契約者会議の議事録16) によると、(1) から (3) までの事項について、数十の機関から 153 名に及ぶ参加者が集まり、研究の進捗状況を報告した。その中で安全性研究に関連のあるところを拾うと 3 題あった。いずれも中間報告ではあるが、参考のために記述する。一つは海産物部門で、アサリの照射試験が行われた。4kGy と 8kGy 照射されたアサリをビーグル犬と鶏に投与し、2 年の慢性毒性試験を行った。特に問題となる点は見出されなかった。そして、イヌの繁殖試験も問題が無かった。しかし、鶏の繁殖試験では数限りない問題に遭遇することになった。照射食品投与群で、奇形と胚死亡が多数みられた。実験者はこれを対照群と差が無いと判断しているが、現在問題を解決中と報告している。

 4.2 の照射ふすまの実験でも同様な現象が観察されている。ビオチン不足がなぜ起きたかは分からないが、タンパク源に精製した小麦タンパクとか卵白を用いるとこのような現象がトリに起きやすいと言われている。

 過去の経験が生きなかった例だろう。照射食品安全性実験の困難な点をここでも見ることが出来る。

 そのほかに、低線量照射バナナとイチゴの研究が行われている。バナナを 200Gy と 400Gy 照射し、凍結乾燥し、粉末とした後、これを 35% 混入した標準食を作成し、これに必要なカゼイン、ラクトアルブミンを添加しタンパク不足を補い、さらにビタミン類と無機塩類を添加して栄養のバランスをとり実験飼料とした。これを、32 頭の 3 ヶ月のビーグル犬、360 匹の幼ラットを用いて 2 年間の実験を 1967 年 9 月に開始した。イチゴを 1.5kGy と 3kGy 照射し、凍結乾燥後、照射乾燥イチゴを 35% 実験試料に混ぜてラット、イヌ、マウスに摂餌させた。これら 2 つの試験結果は入手していない。

 このような実験系では揮発性の成分や長期保存に耐えない化合物の毒性は見ていないことになるので、生の青果物の安全性を確認したことにはならないだろう。

 なお、この集会の参加者名簿に当時予研の粟飯原先生の名前が見える。

7. 商務省の研究11)

 商務省の国立海洋漁業研究所は 1965 年から 1976 年まで、魚介類の日持ちを良くする研究のほか、照射食品を動物飼料に使うために、魚、小麦等の低線量照射を研究した。1976 年に冷凍魚介類を低線量照射して日持ちを良くすることができる事を示した後、研究を終了している。

8. 農務省の研究11)

 1961 年から 1966 年まで、サルモネラの防除、食鳥類腐敗の防止、果実と野菜の腐敗防止、虫害防止のために研究を行った。しかし、照射食品に対する一般の関心が薄くなったこと、照射食品の照射臭のために、消費者がこの食品を受け入れるか極めて疑問であることなどの理由により、研究は中止された。AEC と同様に、農務省内での研究は中止されたものの、省外の研究所に委託して研究を続けた。それらの成果がどのようなものかは、まとまった報告書が現在のところ入手できないので、概要は不明である。

 このような経緯の後、1980 年以降 Natick の研究をこの農務省が引き継ぐことになるとは、この時点でだれも予想できなかっただろう。

9. 照射食品と FDA

 このような安全性試験の間に、FDA は 1958 年に照射食品を食品添加物の範疇にすると定めた。これは単なる食品加工と異なり、その許可を得るためには多くの安全性に関するデータを必要とするようになった17)。しかし、個々の食品についてのデータは必要とせず、代表的な食品について調べた結果をそのクラスの食品すべてに流用することができるとしている。

 さらに、照射装置の基準を新たに設定した。それまでは、照射線源として、いわゆる核燃料廃棄物を使って食品を照射していたが、技術的な問題があって、セシウム-137、コバルト-60、10MeV 以下の電子線、5MeV 以下の X 線という現在の骨格ができあがった。このために、1959 年陸軍はカルフォルニアに建設した、照射施設の建設を中止した11)

 前述の毒性試験の実施にあたっては、陸軍は FDA と相談して試験項目、試験方法などを決めており手法には問題が無かったが、その実施方法に問題があったようだ。

 1963 年 7 月に米国陸軍は米国 FDA に対して、それまでの動物実験結果の要約を示し、照射ベーコンの許可申請をおこない、半年後の 1964 年 2 月照射ベーコンが許可された11)。これに引き続き、1966 年まで種々の線源による照射食品を次々と認めた。

 しかし、重大な事件が起きた。1968 年に米国 FDA は、実験動物の健康に影響があった可能性 (Possible health problems with the test animals) があり、いくつかの試験について実験計画とその実施方法に欠陥があったとして、照射ベーコンの許可を取り消した。

10. 照射ベーコン取り消しの経緯11)

 議会報告によると取り消しの理由は次のように説明されている。

(1) ラットの死亡率の上昇
(2) ラットの体重のわずかな減少
(3) 腫瘍発生率の上昇の疑い

 前述の第二期のデータを 1963 年の表にも示したように照射ベーコン実験で FDA はこのラットの結果に問題があったとしている。詳細なデータを入手していないので十分な説明が出来ないが、陸軍はこれらの異常を説明できる十分なデータが期限までに出せなかったのだろう。照射ベーコンと果実の砂糖漬けをたっぷりと与えられ、運動不足からまるまると太ってケージから取り出せなくなったラットを想像すると、各種成人病を抱えたデパートが早死にするのは当たり前のような気がするのは、筆者だけだろうか ?

 FDA 長官の議会証言を読む限り、FDA は照射食品に重大な懸念を示している。

 その後、数年間に渡り、陸軍は FDA から照射食品について、承認を得ようと努力をしたが、うまくいかなかった。この取り消しを受けて、米国陸軍は同時に申請していた照射豚肉の申請を取り下げた。

11. 時間が掛かりすぎた研究11)

 米国陸軍は 1970 年 1 月照射食品開発研究を中止しようとした。その理由は次の 3 点であった。

(1) 本研究出発時にくらべて現在は、FDA 許可済みの保存技術を含む種々の複合保存技術が進歩し、陸軍の兵糧採用基準に合わせることができる。
(2) 健全性を証明するために努力を尽くしても成功する見通しもないし、民間の商業利用の基礎を構築できる見通しもない。
(3) 照射食品の安全性を証明するためにどれくらいの費用がかかるか予測するために必要なきちんとした根拠を示すことができない。

 しかし、議会が関心を示すことにより、その研究の継続を決めた。その時点で、すでに 17 年の歳月と 610 万ドルの税金が照射食品の研究に費やされていた。これとは対照的に、空軍と航空産業を中心として、華々しい成果を上げつつあった宇宙開発に差をつけられたくないという原子力産業と陸軍の思惑があったのかも知れない。ちなみに、アポロ 11 号に掛かった費用は 240 万ドルと言われており、これと比較して、照射食品にいかに多くの費用が注ぎ込まれたかがわかる。

 そして、1971 年に第 3 期の毒性試験が始められた。


図 4. アポロ 11 号の打ち上げ
アポロ 11 号の打ち上げ.

1969 年 7 月 16 日ケープカナベラルの発射台から月に向かって発射された。当時の宇宙食には照射食品はまだ採用されていなかった。(NASA のホームページより)



図 5. アポロ 11 号の月面プレート
アポロ 11 号の月面プレート.

12. 毒性試験 PhaseⅢ (1971-1978)11)

 高線量照射した牛肉、豚肉、ハム、鶏肉について、新しい長期毒性試験を実施した。三度目の成功を期して、関連省庁と入念な打ち合わせが行われ、FDA、農務省が関与して研究計画が立てられた。次の点を明らかにするための実験を行うことが決められた。

(1) 繁殖が正常であることと催奇性がないこと
(2) タンパク質やビタミン不足による異常がないこと
(3) 体の器官などに奇形や異常がないこと
(4) 正常に体重が増加し正常な寿命であること
(5) 一生を通じて、ガンなどの病気にかかりやすい傾向がないこと

 この新たな試験のために、表 5 のような予算が立てられた。

 これらの試験は 2 つの民間試験会社に依託された。一方の Ralston Purina Company 会社は照射鶏肉実験を請け負った。ここでも問題がおきた。それは照射鶏肉を投与した動物の仔群と対照群の動物が早期に死亡してしまったのだ。この再実験ために計画は 9 ヶ月も遅れた。遅れたとはいえ、この結果だけがアメリカ陸軍が行った一連の照射食品安全性試験のうち、現在の評価に耐えうる唯一のデータだと考えられる。

 もう一つの依託会社 IBT (Industrial Bio-Test Laboratory Inc.) のデータは悲惨なものだった。この会社は米国陸軍から照射牛肉、照射豚肉、照射ハムの毒性試験を請け負った。陸軍の監督が不十分なため、基本的なデータに欠陥があったとされる。次のような点が、議会への報告書に記載されている。11)

(1) ラットやマウスについてその一部の体重増加曲線や摂餌量曲線のデータが欠落している。
(2) 1972 年 3 月に動物組織の病理検査の組織切片標本の読み取りを開始した。契約に違反して、すべての標本の読み取り記録を残さなかった。そのかわりに、ガンの症状を示すような異常のあったものだけが残されていた。そのため、試験結果を適切に判断できなくなった。
(3) IBT は試験の進捗状況を正しく陸軍に報告していない。すべての犬を殺したはずなのに、その動物が 17 匹生き残っていたことがある。しかも、1975 年 6 月には陸軍に無断で、これら動物に与えていた試験用の照射食品を通常の餌とドッグフードに切り替えた。これはもちろん契約違反であり、対照群と試験群との比較が出来なくなってしまった。
(4) 1976 年 11 月に開始された犬の精子試験で、50 匹の犬についてそれぞれ少なくとも 5 回の試料採集を行うことになっていたが、1977 年までに 27 匹の犬について 1 回しか調べられていなかった。そのため、そのデータの一部しか使用できなかった。
(5) 1977 年 6 月 (契約終了前 3 ヶ月) の時点で、無数の実験が終了していないし、実行の点でも不適切であった。
(6) 1976 年 9 月に行われた犬の繁殖試験では、月齢数が揃わない成犬を用い、契約上要求されている 300 匹の一世代仔犬を得る試験を開始した。このため、これら一世代子犬の誕生日に 2 ヶ月から 9 ヶ月の幅が生じてしまった。このように誕生日に広がりを持ったために、成長曲線や体重増加曲線などを比較することを困難にしてしまった。さらに、生まれた仔犬に生後直ちに試験照射食品を与えなかった。ある場合は 1 年以上放置された。
(7) 1976 年 12 月にすでに開始されていたマウスの摂餌試験で、雌雄のマウスが異なった飼育環境で実験が行われていた。飼育条件が異なると、試験食品の影響や雌雄に対する影響を比較することが出来ない。
(8) 1977 年 2 月から 3 月に 1 世代の多くの動物が比較的若年で死亡してしまうという事態に遭遇した。原因は非照射の基本餌にあると IBT は考えた。そこで、試験中の生き残った幼動物に与える餌を標準的な餌に切り替えてしまった。本来この実験はやり直さなければならない。
(9) 1977 年に遭遇したマウスの健康問題について陸軍に報告していない。

 このような事態を未然に防止するために陸軍や FDA は監査を時々おこなっていたが、欠陥を発見できなかったようだ。監督される側に誠実さがないと、監視システムは役に立たない例であろう。

 議会の調査に対して、この IBT は次のような弁明をしている。

 "陸軍の動物実験をうまく運用できなかったのは、その仕事量の多さのためであった。同時に FDA、IBT、陸軍によるこれら実験の監査はほぼ同じであった。さらに、必要とされる報告書を用意して送付すると陸軍と約束していないとはいえ、これらの問題点についての報告を要求しない陸軍に問題がある。"

 このようにすべてのデータに欠陥がありこの会社の出したデータに基づいて照射食品の安全性は評価できないと米国陸軍は結論した。

 この頃の時代背景はアメリカ合衆国の軍隊には冬の時代であった。ベトナム戦争でサイゴン陥落 (1975 年 4 月) から数年たったとはいえ、軍隊の事業に対して世間が極めて厳しい目で見た時代だったようだ。特にマスコミに IBT の実験のいい加減さが漏れ、これが大きく報道され、照射食品に対するイメージは世界最強の軍隊のイメージとともに地に落ちたようだ。


表 5. 第 3 期照射食品安全性試験のための予算と 1978 年までの支払い
第 3 期照射食品安全性試験のための予算と 1978 年までの支払い.

13. 議会報告書11)

 この研究開始から四半世紀経過した 1969 年に月へ人類を送り込み、宇宙開発研究はすでに大きな成果を上げていた。一方原子力関係者には忘れられない悪夢の時代でもあった。ペンシルベニア州スリーマイル島で原子力発電所の事故が起きた (1979 年 3 月)。軍の発言力低下と原子力産業への不信の中、科学的には有意義な成果を残したにも関わらず、照射食品というものがこの世から消え去ろうとしていた。それはちょうどアポロ計画が宇宙の謎に挑み、月に関する科学的発見に大きな成果を上げながらも、 13 号の事故により大きな批判を浴び、月への新たな計画が立てられなかったのと同じだろう。

 このときまでに、照射食品研究には 25 年の歳月と巨額の税金 (5100 万ドル) が投入されていたが、上述のように実験的な方法では期待どおりに安全を確認できなかった。この事態を重く見た米国議会は会計検査院に照射食品研究の進捗状況を精査させ提言をまとめさせた。

 照射食品の安全性の確認は直接的な動物試験を用いずに、放射線化学の成果を生かして、FDA の許可を得られる最小限に留めるようにすべきだとした。そして、1983 年までに FDA から照射食品の許可を取り付けるように勧告した。

 たまたま手元にある鶏肉のデータの一部によると、1976 年に実際に実験を行う会社と契約が結ばれ、実験が 1977 年から 1978 年に行われた。まとめの段階になって混乱が起きた。1980 年に、この実験の発注元は陸軍から、農務省に移管された。1982 年請負元の Ralston Purina Company は実験母体である同社の Ralteck Scientific Service Division を他の企業に売却したが、報告責任は元の会社 Ralston に残った。このような紆余曲折を経て、ようやく報告書が農務省に提出されたのは実験終了後 5 年経た 1983 年の 2 月であった。

 これら最終報告を待たずに、1980 年に FDA は新しい評価基準を立案することにした。基準設定にはこの研究のもう一つの分担者 Natick 研究所の研究成果を用いた。研究のはじめから、高線量照射食品の放射線化学、放射線殺菌学、耐放射線包装材学、放射線栄養学、食品照射工学、照射食品素材学など動物実験以外をすべて研究対象としていた。手元の資料によるとマサチューセッツにある米国陸軍 Natick 開発研究所は照射ベーコンと照射鶏肉から生成する揮発性物質を検索し、その量と種類について 1982 年に農務省へ最終報告書を提出し、1970 年代に行われた同種の研究を確認している。このように 1980 年代のはじめには放射線分解物の内、脂肪酸由来の研究はほぼ完成をみており、当時としては十分なデータをもって、評価判断基準を作り上げた。

 この報告書は FDA との打ち合わせにより、次のような目的をもっていた。

(1) 放射線分解物の同定とその量
(2) 生成物と処理パラメーター (線量、線量率、照射温度、前駆体との関連)
(3) 再現性と長期保存の影響
(4) 放射線分解物の化学の類似性、生成物の予言性、結果の外挿性
(5) 肉の中に生成する放射線分解物の組成をもともと肉に存在する化合物組成や、従来の食品加工 (加熱処理、防腐剤処理、発酵) によって生成する化合物組成と比較し、同時に他の食品と比較する。

 これらのデータは次の点で FDA の基準を満たすものと考えられる。

(1) 照射肉中の生成物量の G 値 (放射線が 100eV のエネルギーを失う間に生成する分子の数) は 1 以下である。
(2) 放射線特異分解物は存在しない。

 トリの試料は次のように準備された18)。皮 (18%)、筋肉 (82%)、食塩 (0.75%)、ポリリン酸ナトリウム (0.3%) を混合し、68℃ から 74℃ 加熱し、酵素類を不活性化した。これらを缶詰または保存袋に真空パックした。照射条件としては、コバルト 60、LINAC を線源とし、温度 -40℃ で、吸収線量 45kGy、68kGy であった。熱処理群は照射せずに 21℃ で保存、照射群も 21℃、凍結試料は未照射で -29℃ で保存した。分析はこれら揮発性の化合物はヘッドスペース法と GC/MS で分析し (第一フラクション)、残渣を常温で高真空蒸留し、-196℃ に冷却した容器に流出物を受け (炭酸ガスフラクション)、この蒸留後の残渣をエーテルで抽出し、-80℃ のエタノール浴で高真空蒸留したもの (水フラクション) にわけて分析した。その結果の一部を表 7 に示す。鶏肉を凍結乾燥し、ソックスレー抽出器とエーテルで一晩還流し抽出し、これをサイズ排除 HPLC で三つのフラクションにわけ集めた。分子の大きさはトリグリセライドよりも小さなものとした。これら不揮発物質を GC/MS で分析した。


図 6. ベトナム戦当時のヘリコプター基地
ベトナム戦当時のヘリコプター基地.

このようなところへ食料を供給するには、多くのエネルギーが必要であった。照射食品などの保存性が良い食料が望まれた。(ヒューズ社のホームページより)



図 7. スリーマイル島の現在
スリーマイル島の現在.

朝靄の中に水蒸気を吹き上げるスリーマイル島原子力発電所の 1 号炉とその隣には静かに 2 号炉が立っている。1979 年 3 月 29 日の事故以来、有名になったこの地を上空から初めて見ることができた。当時はなかった新しい町並みが広がっていることに人間のたくましさを感じた。
(2000 年 9 月、高度 30,000 フィート、約 50km 北より)


14. 評価基準19)

 それまでは、安全確認には動物実験のデータは必須のものと考えられていたが、食品添加物の危険性評価の手法を導入した。動物実験による評価の曖昧さを FDA の評価委員会は次のように指摘している。

 "毒性評価のためには多量の検体を食べ物に混ぜて動物に投与することになる。このため、長期にわたる毒性実験は被検動物に栄養学的に無理な状態を強いることになり、正当な毒性評価を行うことができない。従って、放射線分解物などの生成量や食品の摂取量から安全性を評価する方がより的確である。"

 まず、放射線分解物の量を計算で推定した。

 仮定として、G = 1、分解生成物の平均分子量を 300 とする。その結果 10kGy 照射で、300mg/kg の放射線分解物が生成すると考えられる。

 一方、表 717) にはその全てが示されてはいないが、照射牛肉に生成する揮発性化合物の数は 65 でそのうち 23 は熱分解でも見いだされるもので、残りは 42 種であるが、このうち 36 種は非照射食品中にも見出されるものなので、残り 6 種が真に特異分解物である。その割合は揮発性物質の数のおよそ 10% と推定される。この考え方では生成物の種類だけを問題にしているが、それらの生成量や個々の化合物の毒性など、この報告書では細かくは議論していない。しかし、照射鶏肉の動物実験からこれらは、強い毒性を持っていないと考えているようだ。

 放射線分解物の量は吸収線量に比例すると仮定し、分解物の生成量が無視できる吸収線量以下であれば問題が無いと考え、1kGy 以下の線量で無条件で許可するとした。

 一人あたりの摂取量が少ない照射食品の場合は当然ながら、その照射食品から照射分解物を取り込む量は少ないだろうと考える。そこで摂取量が全食事の 0.01% 以下の食品なら、10kGy まで照射した食品中の放射線分解物のヒトに対する暴露量として問題にならないので、無条件で許可するとした。この仮定の問題点は、これら放射線分解物に蓄積性の毒性が無いとしている点にある。

 FDA が具体的にそれぞれの基準値を決める上で、この 25 年以上にわたるアメリカ合衆国陸軍の研究の結果が利用された。図 8 のような決定樹を提案したのは研究開始以来 27 年後の 1980 年のことであった。そしてそれは照射鶏肉の最終報告書 (1983 年) が提出される 3 年前のことであった。

 米国 FDA はこの決定樹を利用して、現在までに多くの照射食品の安全審査を行い、これらに許可を与えている。この手法には多くの仮説や仮定が含まれており、同時に多くの割り切りが必要であった。

 20 年前の毒物の知識や分析結果に基づく放射線分解物の切り分け、さらに当時の米国における摂取量などが基礎となっている。1985 年 7 月、議会の勧告に遅れること 2 年、米国 FDA は照射豚肉を許可した。

 このような評価基準を現在の視点からみると、いくつかの問題点を持っていることは明らかである。たとえば、当時放射線特異分解物は無いとしていたが、シクロブタノン類の発見によりその前提が崩れている。さらに、アレルギー性の評価、新しい毒性試験法など、最新の手法を踏まえてその妥当性を見る必要があるかも知れない。


表 6. 照射食品中の放射線分解物量の推定
照射食品中の放射線分解物量の推定.


表 7. 処理法の違いによる揮発性化合物の種類と量の比較
処理法の違いによる揮発性化合物の種類と量の比較.


図 8. 決定樹
決定樹.

15. 照射食品安全性の評価の現在

 照射食品の場合、上記の様な比較的安定な放射線分解物の毒性試験だけが、安全を保証しているのではないと米国 FDA は考えている。Natick 研究所の研究、米国原子力エネルギー庁と NIST が行った放射線線源の安全性の検討、米国農務省が中心になって現在でも研究が進められている照射食品中の微生物の安全性の研究など多くの政府機関が協力して研究が進められた成果が照射食品の安全性を保証していると当時の FDA は考えていた。

 現在の FDA はもっと先の考え方をしている。FDA が新たな食品を許可するとき、危険分析に基づき確率的に安全を保証するものであって、100% 安全を保証するのではない。つまり FDA は科学的根拠とその経験から判断して、健康に対する危険性がある程度以下であるという心証を持った食品について許可するというのだ。そして FDA はリスク・マネジメントとリスク・コミニュケーションを行い国民の安心を得るという方針が 1997 年から採用されている。その先駆けとなった政策である。

 この様な照射食品安全性評価方法が適切なものなのか、あるいはわが国の事情になじむものなのか、筆者の判断するところではない。FDA は、病原性の細菌感染をいかに防ぐかという目的で、これらのリスク管理方針を打ち出した。しかし、わが国で問題となるのはこのような病原性細菌の危険ではなく、むしろ食品中の化学物質による発ガン性や遺伝毒性などの長期毒性が重要な課題とされている。食品の成分化学的な検討で安全性を検討するのは不可能であるとする考えもある20)。食糧の多くを輸入に頼り、食材の多くを加工品に頼っているわが国の事情を考えるとき、安全性の確保は民族存亡の鍵である。米国陸軍は照射食品の安全性について十分検討した様に見えるが、わが国の状況に即して慎重に個々の照射食品に関する安全性の科学的な根拠を確認する必要があると思う。最後にこの分野の研究の発展を祈る。

謝辞

 本稿の多くは元高崎原子力研究所の伊藤均先生から提供頂いた資料に基づいている。ここに記して感謝の意を表したい。また、アメリカ合衆国議会資料の収集に当たりロサンゼルス市図書館及びカルフォルニア大学図書館等で多くの館員方々の協力を得た。病理学的な用語は国立医薬品食品衛生研究所病理部の渋谷淳室長、放射化関連の用語は東京都立技術研究所精密分析グループの谷崎良之グループ長にご教示頂いたので、ここに感謝する。

 本稿は 2003 年 6 月に放射線照射利用促進協議会の大会における原稿に加筆し総説としたものである。なお、当日説明したシクロブタノンに関する部分は本協議会の等々力先生が執筆予定とのことなので、重複を避けるために割愛した。

 50 年に及ぶ膨大な研究成果をすべて網羅することは出来ず、アメリカ陸軍を中心とする官製の研究結果のみを紹介する結果となった。さらに、それらの最終報告書や中間報告書などのまとまった文献を参照しているので、詳細については不明な点が多くここに詳述できなかった。解明できた時点で報告したい。

 また、機会をみて、これ以外の研究について IAEA の研究成果等の内容を報告したい。

 最後に、的確な資料をもとに十分注意して記載したつもりだが、なにぶんにもその量が膨大であるために読み落としがあったり、浅学のために誤りや判断間違えがある場合にはご指摘いただければ幸いである。次の機会に改めたい。

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(2003 年 7 月 8 日受理)




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