昭和46年6月30日
科学技術庁原子力局長殿
食品照射研究運営会議
座長 藤 巻 正 生
当運営会議は、原子力特定総合研究として食品照射に関する研究開発を基本計画に基づき、推進して参りましたが、このたび、放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究が終了しましたので、その成果を報告します。
(敬称略 五十音順)
座 長
藤巻 正生 東京大学農学部教授
委 員
天野 慶之 農林省東海区水産研究所保蔵部長
飯塚 広 東京大学応用微生物研究所教授
池田 良雄 厚生省国立衛生試験所毒性部長
大久保 一郎 日本原子力研究所高崎研究所長
川井 一之 農林省農林水産技術会議事務局研究参事官
久保田 勝也 工業技術院製品科学研究所基礎性能部長
佐藤 友太郎 日本原子力研究所高崎研究所食品照射開発試験室長
田宮 茂文 科学技術庁原子力局次長
萩島 武夫 厚生省官房科学技術参事官
浜田 寛 農林省畜産試験場加工部長
速水 史 厚生省国立栄養研究所食品化学部長
松山 晃 理化学研究所主任研究員
宮木 高明 厚生省国立予防衛生研究所食品衛生部長
室橋 正男 日清精粉(株)取締役中央研究所長
飯塚 義助 東京都立アイソトープ総合研究所長
吉川 誠次 農林省食糧研究所分析部長
旧委員
加倉井 駿一 第12回
前厚生省官房科学技術参事官
重松 友道 第1回〜第11回
前日本原子力研究所高崎研究所開発試験場次長
小松 和 第1回〜第7回
前工業技術院産業工芸試験所技術第2部長
近藤 武夫 第1回〜第9回
前農林省農林水産技術会議事務局長
田中 好雄 第1回〜第12回
前科学技術庁原子力局次長
野崎 博 第1回〜第12回
前農林省畜産試験場加工部長
宗像 英二 第1回〜第9回
前日本原子力研究所高崎研究所長
本島 健次 第10回〜第13回
前日本原子力研究所高崎研究所長
湯沢 信治 第1回〜第11回
前厚生省官房科学技術参事官
幹 事
藤巻 正生 東京大学農学部教授
松山 晃 理化学研究所主任研究員
佐藤 友太郎 日本原子力研究所高崎研究所食品照射開発試験室長
元田 謙 科学技術庁原子力局技術振興課長
旧幹事
竹林 陽一 前科学技術庁原子力局技術振興課長
事務局員
元田 謙、 寺島 将起、 山田 耕司、 今 哲郎
旧事務局員
広田 志郎、 根岸 正男、 竹林 陽一、 松原 伸一、
清水 茂行、 野口 弘生、 長沢 規矩夫
近年、原子力平和利用技術の進歩にともない、大規模な原子力発電所の建設が相次ぎ、ラジオアイソトープ、放射線の工業、農業、医療への利用もその実用化の分野が拡大されている。
大量放射線の利用は、動力炉による大線源アイソトープの生産、使用済燃料の再処理による分離精製技術が確立されるとともに、その実用性が高められつつあり、放射線利用分野の一層の拡大によって社会、経済に及ぼす効果も大きく期待されている。
とくに、放射線照射による食品の発芽防止、殺菌、殺虫等への利用は、有望な放射線利用分野として、米国を始め世界的な注目をあび、すでに20年近くの大規模な研究開発計画がすすめられてきた。
食品の保存方法としては、従来から種々の方法が実用に供されてきたが、放射線照射による方法がより優れている点があることが、これらの研究によって明らかにされてきた。その結果、すでに米国、カナダ、ソ連などでは、馬鈴薯、小麦粉等一部の照射食品に対する許可がなされ、一般の市場に供されている。
わが国においても十数年にわたり、食品照射の研究開発が進められてきたが、昭和42年9月、原子力委員会は、その研究開発が食品の損失防止、流通安定化など国民の食生活の合理化に寄与することが大きいとして、これを原子力特定総合研究に指定し、食品照射研究開発基本計画を策定した。この計画に基づき馬鈴薯および玉ねぎの発芽防止ならびに米の害虫防除の研究が42年度から、また小麦の害虫防除、ウインナーソーセージおよび水産ねり製品の殺菌ならびにミカンの表面殺菌に関する研究が43年度以降逐次着手され、国立試験研究機関、日本原子力研究所、理化学研究所等で総合的かつ計画的に実施されている。
これらの研究のうち、放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究は、基本計画に盛られた当初の目標を達成したので、ここにその成果をとりまとめた。
食品照射は、食品にガンマー線や電子線等の放射線を照射し、発芽防止、殺菌、殺虫、熟度調整を行なうことにより食品の貯蔵期間の延長、食品衛生面の改善および原料の改質等をはかる方法である。
この方法を加熱殺菌や薬剤処理による従来の食品貯蔵方法と比較すると、対象となる食品の加熱が不要となるので、食品本来の色、味、香りが失なわれず、照射後も生鮮状態での貯蔵が可能であること、殺菌、殺虫、発芽防止のための薬剤処理が不要となるので、残留薬剤による食品衛生上の不安がないこと等の優れた点がある。さらに、食品照射は、照射の操作が簡単であり、かつ、放射線の透過性により、包装食品、食品の梱包物をそのまま処理でき、したがって、全工程を連続的に流れ作業で処理できること等の特徴があるので、大規模企業化への期待が大きい。
わが国の食品照射研究開発基本計画においては、食品照射の早期実用化の可能性が最も高く、かつ、実用化により供給の安定化に大きく寄与する品目として、馬鈴薯が研究対象に選定された。
わが国における馬鈴薯の消費量は、食生活の洋式化に伴って年々増加しており、また、馬鈴薯は比較的保存性が良いので、野菜類の端境期においてその不足を補うものとして重宝がられている。しかし、馬鈴薯は、貯蔵中の発芽や萎縮などの損耗による損失率が多く、また、端境期における需給の不均衡による価格の暴騰などの問題がある。
従来の薬剤処理や低温貯蔵による馬鈴薯の発芽防止法はそれぞれ食品衛生上および経済性の面で難点があるが、この様な問題点を解決し、馬鈴薯の貯蔵期間を延長する方法としては、放射線照射による発芽防止法が非常に有効である。この方法は、放射線の照射により選択的に芽の生長を抑え、可食部に悪影響を与えず、殺菌、殺虫などに要する線量よりも低線量で処理できるという長所がある。馬鈴薯の食品照射は、その長期安定供給の確保や端境期における価格の安定化などを可能とし、国民の食生活の改善に大きく寄与するので、その実用化が期待されている。
1952年に放射線による馬鈴薯の発芽防止効果が米国ブルックリン国立研究所のスパロウ博士によって発見されて以来、海外では、馬鈴薯の食品照射に関する研究開発が積極的に推進されてきた。その結果、馬鈴薯の放射線による発芽防止の実用化は、1958年以降ソ連、カナダ、米国、イスラエル、スペイン、オランダにおいて、逐次許可されており、その他フランス等においても近い将来許可される見込みである。
したがって、国際機関においても食品照射に対する関心が強く、食品の輸出入に関連して、馬鈴薯だけでなく、数多くの品目の食品照射について検討を行なっている。
すでに国際食糧農業機構(FAO)、世界保健機構(WHO)、国際原子力機関(IAEA)などが食品照射の技術的問題ならびに法的規制に関する問題について検討を行なうと共に、研究開発プロジェクトを設定して、食品照射の実用化に多くの努力を払っている。
FAO、IAEAおよびWHOは1969年4月に放射線照射した小麦、馬鈴薯および玉ねぎの健全性に関する専門家会議を開催し、同会議は、最大1万5千ラドまでの照射馬鈴薯および最大7万5千ラドまでの照射小麦については、その実用化を勧告している。
これらの計画の発展に伴い、今後数多くの国々で馬鈴薯の放射線による発芽防止が実用化に移されるであろう。
原子力委員会は、昭和40年12月に、学識経験者からなる食品照射専門部会を設けた。同部会は、約一年にわたってわが国の食品照射の研究開発の進め方について論議し、その結果を原子力委員会に答申した。原子力委員会は、昭和42年9月に食品照射の研究開発を原子力特定総合研究に指定し、その答申の内容を基礎として、食品照射研究開発基本計画を策定した。この計画に基づいて、馬鈴薯の放射線による発芽防止の研究が、国立試験研究機関、日本原子力研究所、理化学研究所等で実施され、その推進にあたっては、食品照射研究運営会議で総合調整が行なわれた。
本計画では、馬鈴薯に発芽防止のため、コバルト60のガンマー線を照射し、その照射効果を明らかにするとともに、その健全性(wholesomeness)を十分に確認することに重点をおき、基本計画に定めるところにより、次の研究を実施することとした。
照射効果に関する研究は、発芽防止に必要なガンマー線の適正線量、照射時期、貯蔵条件、食味、加工適性に対する照射の影響などの項目について、農林省食糧研究所をはじめ大学、公立試験研究機関において実施する。
健全性試験に関する研究は誘導放射能、栄養成分の変化、衛生化学的影響、毒性などの項目について行なう。
誘導放射能については、理論的に、発芽防止線量程度の照射により、誘導放射能の誘発はないと考えられるが、慎重を期し、これを確認するための研究を国立衛生試験所において行なう。
栄養成分の変化については、ビタミン等の栄養素の照射による変化を化学実験、動物実験により検査するため、国立栄養研究所および国立衛生試験所において研究を行なう。
衛生化学的影響については、照射による馬鈴薯中の有毒物質の生成を衛生化学的に検査するため、国立衛生試験所で研究する。
毒性については、照射馬鈴薯の毒性、発ガン性、繁殖および子孫に及ぼす影響を検査するため、国立衛生試験所において、アカゲザル、ラット、マウスによる動物実験を行なう。
照射馬鈴薯が実用適正線量で照射されているかどうかを確認する検知法の開発は、国立予防衛生研究所で行なう。
馬鈴薯には休眠期があり、この期間内は収穫後の貯蔵条件によって多少の変動はあるが、一般に発芽はみられない。通常、休眠期の長さは馬鈴薯の品種によって異なり、北海道産で食用として有名な”男爵”、加工用の”農林1号”などは約100日、九州産で収穫期が早く輸出用にもなっている”島原”では約50日である。休眠期が過ぎた馬鈴薯は直ちに発芽を開始する。
発芽した馬鈴薯は、商品価値が下がり損失が多くなるとともに、食中毒の原因になる有毒なソラニンが生成する。このため、従来は5℃程度の冷蔵法によって馬鈴薯の発芽を抑えているが、この方法は発芽を防止するものではなく、むしろ休眠期の延長を目的とするもので、冷蔵庫より出荷されれば直ちに発芽する。また、冷蔵中に糖含量が増加し、加工用馬鈴薯としての適性を失うという問題がある。
馬鈴薯の端境期は3月から5月までである。北海道産の馬鈴薯は9月ないし10月ごろに収穫されるので、それが5月まで貯蔵できれば、その後は本州産のものが出廻るので端境期においても、一応供給および価格の安定化をはかれるものと考えられる。そのため、放射線照射による馬鈴薯の貯蔵期間を収穫後8カ月と設定し、照射効果の研究をすすめた。
研究は、北海道産の”男爵”、”農林1号”ならびに長崎産の”島原”の3品種を試料とし、次の事項について行なった。
1 適正線量の決定
2 品種間による発芽防止線量の相違
3 照射時期
4 照射馬鈴薯の最適貯蔵条件
5 照射後の貯蔵中における重量減少および腐敗の出現率
6 照射馬鈴薯の味、香り、食感などの変化
7 照射馬鈴薯のポテトチップなどへの加工適性
照射適正線量を決定するため、線量を3千ラドから6万ラドにわたって検討した結果、馬鈴薯は7千ラド以上の照射で完全に発芽が防止され、この発芽防止線量は品種のいかんいよらず、同じであった。発芽防止に必要な最小線量は7千ラドであるが、大量処理による線量分布を考慮して、その他の照射効果の研究は、7千ラドおよび1万5千ラドの2段階の線量について行ない、馬鈴薯は貯蔵用のもので、収穫後約半月間放置し、表皮のコルク層を完全に形成させた健全粒を選ぶこととした。
休眠期間中に7千ラドおよび1万5千ラドで照射したものは、その後の発芽を完全に防止することができた。また、休眠覚醒期中に照射したものは、いずれの線量でも完全に発芽を防止するが、7千ラドでは30〜40%のものに1から2ミリメートルの白いふくらみ(これは、芽ではなく、幼葉と呼ばれ、これ以上伸長しないものである。)の発生がみられた。
5から10ミリメートル発芽したものに照射した場合は、いずれも、その後の芽の伸長が止まり、また芽の部分は照射によって軟化し、長期貯蔵中に脱落してしまうが、可食部には何ら悪影響を与えなかった。この場合7千ラドの照射では、新幼葉が出るが前述の休眠覚醒期の場合と同様に1ミリメートル程度の白いふくらみで、それ以上の伸長はみられなかった。
収穫直後の未熟な(概して小粒)馬鈴薯を照射すると、維管束部や芽の基部の組織が黒変する現象がみられることがあったが、この現象は照射時期を調節することにより防止できた。
貯蔵中の重量減少について試験した結果では、常温貯蔵した場合には、7千ラドおよび1万5千ラド照射した馬鈴薯は8カ月後において、わずか10%程度の重量減であった。さらに、低温貯蔵した場合には、その重量減少は2から3%と低く抑えられる。
このように照射馬鈴薯は低温貯蔵した場合、長期貯蔵中の重量減少を抑えることができるが、冷蔵コストと低温貯蔵による馬鈴薯中の還元糖の増加と、それに伴う加工適性の低下を考えると、照射後冷蔵することなく、常温貯蔵することが望ましい。
貯蔵した照射馬鈴薯の味、香り、食感について検討したが、照射馬鈴薯はすべての点で、非照射馬鈴薯より優れていた。
また、馬鈴薯の加工適性についてみた場合、低温貯蔵した馬鈴薯は照射、非照射を問わず還元糖含量が増加し、ポテトチップなどの加工の際、褐変現象をおこすことが明らかになった。そのため、加工前に28℃ 湿度80%位の条件下に放置すると非照射馬鈴薯は、直ちに発芽を開始するが、照射したものは発芽することなく含糖量を低下させることができるので、加工用原料としても適している。
以上照射効果に関する研究の結果をまとめると、馬鈴薯は収穫後半月から5mmから10mm程度の若干発芽した状態までの間に7千ないし1万5千ラドの線量で照射を行なうと、照射後常温貯蔵によっても収穫後8カ月間の長期貯蔵が可能であり、非照射馬鈴薯よりも味、香り、食感が優れており、加工適性も良好であることが確認された。
健全性に関する研究は、照射馬鈴薯の食品としての健全性を確認するため、誘導放射能、栄養成分の変化および組織の変化、衛生化学的影響ならびに毒性について実施した。
物質に高エネルギーのガンマー線を照射すると、物質が放射能を帯びることが知られている。この放射能を誘導放射能という。食品中に通常含まれている多くの成分元素に誘導放射能を生ずるためには、500万電子ボルトよりも高いエネルギーのガンマー線が必要である。コバルト60のガンマー線のエネルギーは、これよりもはるかに低いので、照射馬鈴薯に誘導放射能を生じないことが理論的に結論される。これを確認するために、コバルト60のガンマー線を馬鈴薯に6万ラド照射し、その放射能を測定し、非照射のものと比較したが、その結果、両者は何ら相違が認められなかった。
コバルト60からのガンマー線照射では馬鈴薯の含有成分に誘導放射能を生じないことが実験からも確認された。
照射による馬鈴薯の栄養成分の変化および組織の変化を調べるために、ビタミン・でんぷん含量等の変化、ラットによる栄養成分の変化および馬鈴薯の組織変化について研究した。
3万および6万ラド照射した馬鈴薯のビタミンB1、B2、C含量の変化を、照射後5カ月間にわたって試験した。その結果、ビタミンB1、B2含量の照射による変化はわずかであった。ビタミンC含量は、一般に照射・非照射をとわず、貯蔵中にかなりの減少がみられる。照射後一時的にビタミンC含量の減少がみられるが、貯蔵中の減少は、照射馬鈴薯の方が非照射馬鈴薯よりも少ないので、照射後5カ月では両者の間には、ビタミンC含量の差がほとんど認められなくなった。
7千、1万5千および3万ラド照射した馬鈴薯からでんぷんを抽出し、その含量や性質を非照射馬鈴薯と比較した。その結果、デンプン含量については、照射馬鈴薯と非照射馬鈴薯の間に全然差が認められなかった。一定時間蒸煮後のアルファ化度と消化酵素による分解については、1万5千ラド以下の線量では同一であった。また、蒸煮した馬鈴薯の硬度は照射したものがいくぶん高くなっていたが、この変化は栄養学的に何ら問題とならない。
照射馬鈴薯の摂取による生体への影響を栄養面から調べるために、幼ラット40匹に7千、1万5千および3万ラド照射馬鈴薯添加飼料を与え、ラットの成長への影響および体内代謝への影響(飼料効率、消化吸収率、臓器重量および体成分等の変化)について検討した。その結果、照射馬鈴薯添加飼料を与えたものと非照射馬鈴薯添加飼料を与えたものとの間には差がなく、照射の影響は認められなかった。
照射した馬鈴薯の組織を顕微鏡で観察すると、線量の増加に伴い組織に変化がみられたが、この組織変化は、照射による蒸煮馬鈴薯の硬度増加と何らかの関係があるものと推定される。
以上の結果をまとめると、照射直後一時的に馬鈴薯中のビタミンC含量の減少がみられるものの、貯蔵中の減少は照射馬鈴薯の方が非照射馬鈴薯よりも少ないので、照射後5カ月では両者の間にはほとんど差が認められなくなる。照射によりビタミンB1、B2、でんぷん含量の変化はほとんどなく、またラットによる照射馬鈴薯の摂取実験でも何ら照射の影響が認められなかった。
したがって、照射馬鈴薯は栄養的に何ら問題視すべきものがないと考える。
ガンマー線の照射による馬鈴薯の成分の異常を検討するため、1万5千ラドから6万ラドまでの照射馬鈴薯と非照射馬鈴薯の成分について、各種の化学分析法により比較検討した。その結果、通常の化学分析法では、両者の成分の間には差が認められず、照射による問題視すべき異常成分の生成および特定成分の異常増加はないと考える。
照射馬鈴薯の健全性試験のうち、毒性に関する試験を特に重要視し詳細な研究を行なった。照射馬鈴薯の毒性を調べるため、マウス総数400匹およびラット総数300匹をもちいて、それらの生涯の大部分に相当する期間(マウス21カ月、ラット24カ月)の長期慢性毒性試験、アカゲザル5頭による6カ月の短期毒性試験、マウス約40匹から出発して3代(総数1800匹)にわたる次世代に及ぼす影響に関する試験(次世代試験)を行なった。
試験材料としては、長期慢性毒性試験では、馬鈴薯非添加飼料(非添加飼料)、非照射馬鈴薯添加飼料ならびに1万5千、3万および6万ラド照射馬鈴薯添加飼料を用いた。
短期毒性試験では、非照射馬鈴薯添加飼料と6万ラドの照射馬鈴薯添加飼料を用いた。また、次世代試験では非添加飼料、非照射馬鈴薯添加飼料および6万ラド照射馬鈴薯添加飼料を用いた。
照射馬鈴薯の毒性の有無を判断するために、長期慢性毒性試験では、ラットにおいては成長、食餌効率、一般症状、死亡率、血液学的検査(赤血球数、ヘモグロビンなど)、血液の生化学的検査(血清総蛋白、コレステロールなど)、病理学的検査(肉眼的所見、器官重量、組織学的所見、腫瘍発生率)を行なった。マウスの長期慢性毒性試験では、催腫瘍性の有無に検査の重点を置いた。サルの短期毒性試験では、ラットの試験とほぼ同様の検査を行なった。次世代試験では、マウスの各世代における交配率、妊娠率、死亡率、奇形発生の有無等を毒性判断の指標とした。
照射馬鈴薯についての広範な毒性試験の結果を総括すると、マウスおよびラットにおける長期慢性毒性試験では、諸種の検査項目において、馬鈴薯を飼料に混入したことによる影響が認められているが、照射馬鈴薯摂取によると考えられる所見としてはラットの3万および6万ラドの照射馬鈴薯添加飼料を与えた雌の体重増加の割合が少なく、6万ラドの照射馬鈴薯添加飼料を与えた雌の卵巣重量に変化が認められた。これらが照射馬鈴薯摂取によると考えられる所見である。
マウスにおける長期慢性毒性試験と次世代試験およびサルにおける短期毒性試験では、催腫瘍性および催奇形性を含め、照射によると考えられる影響は認められなかった。
以上のとおり照射馬鈴薯の各種動物に置ける毒性試験の結論として、ラットにおける所見を考慮して、1万5千ラドの照射が無影響レベルと考える。
馬鈴薯の照射はすでに諸外国では実用化されているが、わが国での過去3年以上にわたって行なった詳細な毒性研究の結果より、安全性の立場からみて、照射馬鈴薯に対して危険視すべき根拠がないものと考えられ、また、諸外国における実用化の妥当性を裏付けるものである。
ガンマー線照射馬鈴薯の照射処理に最も敏感に影響を受ける酵素や、その他特殊成分あるいは機能を捕えることによって、検知法の開発とその確立をはかるための研究を行なったが、現段階では、ガンマー線による実用線量、照射処理の有無を判別できる様な検知法は確立し得なかったものの、栄養成分の変化および組織の変化に関する研究結果から、検知法としての可能性が示唆されたので、将来1万5千ラド以下の照射処理の有無を判別するような検知法が、早急に確立されることが望ましい。
放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究は、食品照射研究開発基本計画に基づいて実施し、おおむね所期の成果を達成した。この研究において、馬鈴薯に7千ラドから1万5千ラドのコバルト60のガンマー線を照射することによって、その味、香りなどの食品としての品質を損なうことなく、室温中で収穫後8カ月間にわたり発芽防止しうることが確認された。
さらに、照射馬鈴薯の健全性について、誘導放射能が認められないこと、照射馬鈴薯と非照射馬鈴薯との間には、栄養成分の変化もほとんど認められないこと、衛生化学的に問題視すべきものがないこと、サル、マウス、ラットを用いた短期毒性、慢性毒性、次世代試験により1万5千ラドまでの線量では、照射馬鈴薯の安全性について特に問題視すべき点がないことなどの研究結果がえられ、1万5千ラド以下の照射馬鈴薯は、その健全性について特に問題とすべきものがないことが明らかとなった。
以上の研究結果から、結論として、1万5千ラド以下の実用線量の照射によって放射線による馬鈴薯の発芽防止法について、その実用化の見通しをうることができた。
放射線照射による馬鈴薯の発芽防止は、海外において、すでに実用化されており、また、わが国においては食品照射研究開発基本計画に基づいた詳細な研究により、その健全性に対して危惧すべき根拠を見出し得なかった現段階において、関係当局の協力により照射馬鈴薯が早急に実用化に移されることが、強く期待される。
このため、今後照射馬鈴薯の実用化をさらに大規模に進めるために大量照射技術を中心とした開発研究を進め、放射線照射の経済性に関する実証的な研究を行なう必要がある。また、照射食品の検知法についても、今後早急にその確立をはかるための研究をすすめるべきである。
また、わが国では、一般に放射線および放射能に対する根強い不安感があるので、照射馬鈴薯の実用化を進めるに当っては、正しい知識のたえまない普及、啓蒙が望まれる。