近年、原子力の開発・利用の進展に伴い、放射線の工業、農業、医療等への利用分野が拡大されつつある。特に、放射線照射による食品保存技術は、世界的な注目を浴び、諸外国においても研究開発が進められている。
原子力委員会は、昭和42年9月、食品照射の研究開発は食品の損失防止、流通の安定化等国民の食生活の合理化に寄与するところが大きいとして、これを原子力特定総合研究に指定するとともに、食品照射研究開発基本計画を策定した。同計画においては、対象品目として、馬鈴薯、玉ねぎ及び米が選定されるとともに(その後、小麦、ウインナーソーセージ、水産ねり製品及びみかんが追加された。)、食品照射研究を円滑に実施するために食品照射研究運営会議を設置することが決められている。
本運営会議は、上記計画に基づき、研究の総合的推進を図ってきており、既に、馬鈴薯については、昭和46年度に、玉ねぎについては昭和55年に、それぞれ研究成果をとりまとめ報告しているが、米、小麦についても、当初の目標を達成したので、ここに、その成果をとりまとめ報告する。
我国では、米、小麦は主食の地位にあり、その所要量の殆んどを、米は国内で生産し、小麦は輸入に依存している。米、小麦は加工叉は消費されるまでの間は、それぞれ倉庫に貯蔵されており、米の場合にはその期間は1年以上に及ぶことがある。
害虫による米、小麦の食害は、この貯蔵期間中に発生するものであり、害虫による食害を防止するために、従来倉庫の密閉化による侵入防止及び一部では侵入害虫のガス燻蒸による殺虫などの対策が講じられている。しかしながら、これらの方法には、食品衛生上及び倉庫管理等の経済性の面から問題点がある。
このような問題点を解決し、害虫による食害を防止するために、放射線を米、小麦に照射し、害虫の殺虫を行うことが有効であると考えられるので、本法を適用することにより、米、小麦の長期貯蔵中における害虫の食害が未然に防止されることが期待される。
本研究は、米については、昭和42年度から、小麦については昭和44年度からスタートしたが、研究の進捗状況に応じ、計画の見直しを行いつつ研究を推進し、昭和54年度に終了した。
研究は、次の2つの項目について実施された。
米、小麦の殺虫に必要なγ線の適正線量、照射時期、貯蔵条件、その他実用化に当たって必要な技術的検討を、農林水産省食品総合研究所、日本原子力研究所及び社団法人日本アイソトープ協会において実施した。
また、照射の有無の履歴を判別する方法についての検討を、厚生省国立予防衛生研究所において実施した。
照射した米、小麦について、栄養価の変化及び毒性という観点から検討した。栄養価の変化については、主要栄養成分についての化学実験及びラットを用いた動物実験を厚生省国立栄養研究所において実施した。
毒性については、慢性毒性試験、世代試験(催奇形性試験を含む。)を厚生省国立衛生試験所で実施し、変異原性試験を財団法人食品薬品安全センターにおいて実施した。
照射米、小麦の遺伝的安全性を評価するために、非照射及び50krad照射の米、小麦について、細菌の遺伝子突然変異試験、マウスを用いた宿主経由試験、哺乳動物培養細胞を用いた遺伝子突然変異及び染色体異常試験、マウスの生体(Whole Body)を用いた染色体異常試験及び優性致死試験を行った。その結果照射による影響はいずれの場合についても認められなかった。
放射線照射による米、小麦の殺虫に関する研究は、食品照射研究開発基本計画に基づいて実施され、概ね所期の目的を達成した。この研究では、米、小麦に20krad程度の放射線を照射することにより穀粒中に住むコクゾウ、ココクゾウ等の害虫の全ての生育段階にあるものを殺虫叉は不妊化することができ、35.5kradの照射で殺虫叉は羽化阻止することができた。また、放射線を照射した米、小麦を用いて行った栄養試験、毒性試験の各種試験の結果、50kradまでの線量域では、米、小麦の食品としての健全性は損われることはなかった。 しかしながら、この線量域での米の食味、小麦の加工適性に及ぼす影響について検討したところ、米については、供試した品種によっては、照射により、食味に変化が現れるものがあった。また小麦については、製めん適性の低下が認められた。
以上の結果から、放射線照射による米、小麦の殺虫は、20krad〜50kradの領域の線量を用い、品種及び用途に留意しつつ行うことが妥当である。
一方、放射線照射による米、小麦の殺虫については、「照射食品の健全性に関するFAO/IAEA/WHO合同専門家委員会」において、米は1980年に、小麦は1976年に、害虫防除を目的として100krad以下の放射線を照射する場合には、健全性に関して無条件承認を与えており、更に、1980年に食品全般について、1Mrad以下の実質平均線量で食品を照射する場合に、健全性について無条件に承認しているところでもある。また我国においても食品照射研究開発基本計画に基づいた詳細な研究の結果、その健全性について危惧すべき事象を見い出すことはできなかった。
以上の研究成果等の結論をふまえて、放射線による米、小麦の殺虫技術が、関係者の協力の下に実用化に移されることを期待する。
栗飯原 景 昭 厚生省国立予防衛生研究所食品衛生部長
飯 塚 広 東京理科大学理工学部教授
石 館 基 厚生省国立衛生試験所安全性生物試験研究
センター変異原性部長
岩 原 繁 雄 (財)食品薬品安全センター秦野研究所
副所長
青 木 章 平 農林水産省食品総合研究所食品流通部放射線
利用研究室長
岡 充 東京都立アイソトープ総合研究所長
岡 沢 精 茂 理化学研究所副主任研究員
武 久 正 昭 日本原子力研究所高崎研究所研究部長
笹 島 正 秋 農林水産省東海区水産研究所保蔵部長
鈴 江 緑衣郎 厚生省国立栄養研究所長
戸 部 満寿夫 厚生省国立衛生試験所安全性生物試験研究
センター毒性部長
矢 野 信 礼 農林水産省畜産試験場加工部長
主査 藤 巻 正 生 お茶の水女子大学長
室 橋 正 男 日清製粉(株)顧問
北 川 定 謙 厚生省大臣官房審議官
栗 田 年 代 農林水産省農林水産技術会議事務局
研究総務官
堀 内 昭 雄 科学技術庁長官官房審議官
主査 岩 原 繁 雄 (財)食品薬品安全センター秦野研究所
副所長
岡 沢 精 茂 理化学研究所副主任研究員
青 木 章 平 農林水産省食品総合研究所食品流通部放射線
利用研究室長
鈴 江 緑衣郎 厚生省国立栄養研究所長
武 久 正 昭 日本原子力研究所高崎研究所研究部長
戸 部 満寿夫 厚生省国立衛生試験所安全性生物試験研究
センター毒性部長
室 橋 正 男 日清製粉(株)顧問