米の各種害虫の殺虫、殺卵のための放射線処理について、すでに色々の角度から検討がなされており、10〜50Krad程度の低線量における放射線処理が米の害虫駆除に有効であり、また大量処理が容易なことからも注目されている。著者らも既に米のγ線照射の実用化の見地から、主として有効殺虫線量付近の低線量のγ線照射において、食味に関連をもつと思われる米の酵素活性、炊飯嗜好特性および食味などが受ける影響についての検討をおこない報告した。〔1〕その中で照射炊飯米の官能テストの結果、200Krad以上のγ線を照射した米では日光臭の如き臭いを発し、香気において未照射米と明らかな有意差が認められた。(Table1) そこで、本報告ではこのような官能テストでえられた炊飯香気における異常臭をガスクロマトグラフィー(GLC)による機器分析によって組成および照射線量による香気の変動などの点について検討をおこなった。
dose effect rice:s.43 KOSHI HIKARI dose rate:4.9×10・E(4)rad/h. Triangle test |
total dose rad tests |
x・E(2) |
0.98×10・E(4) 1.96×10・E(4) 5.00×10・E(4) 1.95×10・E(5) |
|
appearance flaver taste glutinousness Hardness |
0.01 5.51※ 1.26 23.01※※※ 8.76※※※ 5.51※ 5.51※ 17.51※※※ 1.92 5.51※ 0.26 11.30※※※ 0.01 5.51※ 3.01 11.30※※※ 0.26 3.01 3.01 17.51※※※ |
〔(2x1−x2)−0.5〕・E(2) x1: right answer x・E(2)= --------------------------------------- x2: mistaken answer 2N x・E(2):>3.8 no significance x1+x2=N ※x・E(2): 3.8〜6.63 5 per cent level of significance ※※x・E(2): 6.64> 1 per cent level of significance ※※※x・E(2): 7.88> 0.5 per cent level of significance |
線源: 名古屋大学農学部Co−60 3000Ciγ線照射装置
照射条件: 試料米は玄米のまゝ透明なポリエチレン袋に入れ密封し、20℃で照射した。照射は線量率50Krad/hで10〜5000Kradの範囲でおこなった。
昭和44年度 愛知県産 品種”こしひかり”
試験米は上記方法により玄米のまゝ照射をおこなったのち、小型精米機で歩止り93%になる様に精白して炊飯した。炊飯方法はFig1に示す様に精白米30gを共栓三角フラスコに入れ、これに水40mlを加えホットプレート上にて冷却器を付しておこなった。炊き上り後はシリコーンゴムで栓をし、約60℃の水浴中でむらしておき注射器を用いてゴムを通して直接ヘッドスペースガス5mlを採取し、これをガスクロマトグラフィーに注入した。 カルボニル成分確認の実験では、この注射筒にC.P.樹脂(注)を充填しておきガスの採取をした。
(注)C.P.樹脂:樹脂構造中にカルボン酸ヒドラチド基をもつ高分子化合物であり、カルボニル化合物に対して選択的な親和力をもっている。
炊飯香気中のカルボニル成分はFig2に示す装置を用いて2.4DNP誘導体とし、これをGLC試料した。即ち、精白米30gを共栓三角フラスコに入れ、水40mlを加えホットプレート上にて窒素ガスを吹き込みつゝ炊飯をおこなった。この際冷却器を通過してきたガスを2.4ジニトロフエニルヒドラジンのクロロホルム溶液に通じカルボニル成分の2.4DNP化をおこなった。
“炊飯香気の直接GLC”
カラム:Cartowax 20M 10% 3mm×3m(ガラスカラム)
カラム温度:70°〜170℃(6℃/min)
Carrier gas:N2 30ml/min
Range:0.2 (C.P.Resin処理の実験の時のみ0.1)
Sensitivity:10・E(3)
“2.4、DNP化カルボニルのGLC”
カラム:OV−1 1.5%3mm×2m(ガラスカラム)
カラム温度:230℃
Carrier gas:N2 60ml/min
Range:0.4
Sensitivity:10・E(3)
炊飯後の時間経過でヘッドスペースガスの組成や量が変動することが考えられたので、200Krad照射した米で炊飯後15分から120分まで15分間隔でガスを採取し、GLCをおこないこの中の15分、30分、120分の結果をFig3に示した。この結果では、いづれの場合も約20種の揮発性成分のピークが認められ、この中には時間の経過とともに減少する傾向を示すものも有るが、総体的にはあまり変動は大きくなく、炊飯後30分で揮発性成分が最大であった。そこで以後の実験は炊飯後30分においてヘッドスペースガスの採取をおこない比較検討した。
炊飯のときに生ずる香気については既にいくつかの報告がある。〔2〕〔3〕〔4〕これら香気は主にカルボニル化合物と硫黄化合物であるとされており、その生成機構についても検討されている。これによると香気の主要部分を占めるカルボニル化合物は2つの経路によって生成するものと云われ、1つは米の脂質の自働酸化、他はアミノ酸のストレッカー分解により炭素数の1つ少ないアルデヒドが生ずると考えられており、前者は古米で特に増加すると云われている。そこで炊飯米の揮発性成分について検索するため、未照射米の炊飯後30分のヘッドスペースガスを採取し、GLCをおこなった結果をFig4に示す。この結果、約20種の揮発性成分が確認された。これら各ピークの物質を推定するため、上述のような各経過から生成する可能性のあるカルボニル化合物および低級アルコール等の標準品を用い、同条件下でGLCをおこない、この保持時間による対比をした結果をTable2に示す。
この結果、13種のカルボニル化合物、5種のアルコールおよびアンモニア等の保持時間に相当するピークが認められたが、しかし、これ以外にも不明のピークも多く存在した。そこで、これら成分の推定を更に確実にする手段として、前述の操作により、C.P.樹脂層通過後のヘッドスペースガスのGLCをおこない、炊飯米のカルボニル成分のC.P.樹脂への選択的な吸着を試みた。この結果をFig4の破線で示し、これを無処理の場合(実線)と比較すると、C.P.樹脂処理ヘッドスペースガスではピークNo.4、5、6、7、8、9、10、11、13、16、17、20の各ピークは明らかな減少を示した。このことからこれらピークがTable2に示される標準品との保持時間の対比によるデータの中のカルボニル化合物であることが推定される。
又、別に炊飯香気中のカルボニル成分をFig2に示す方法で捕集し、この2.4DNP誘導体についてGLCをおこない標品との対比をおこなった結果をTable3に示す。
この結果では、2.4DNP化の難易によるためか、前述の直接ヘッドスペースガスのGLCの実験で存在が推定されたカルボニル化合物の中で確認出来ないものもあった。
Cooked rice sample peak No retention time |
Authentic sample |
1 0.80 2 0.90 ※ 3 1.15 ※ 4 1.45 ※ 5 1.55 ※ 6 1.65 ※ 7 1.95 ※ 8 2.15 ※ 9 2.65 ※ 10 3.10 ※ 11 3.30 12 3.75 13 4.25 ※ 14 5.10 15 5.40 16 6.15 ※ 17 6.55 ※ 18 7.00 19 7.70 20 8.30 ※ 21 9.20 22 10.05 |
ammonia acetaldehyde,formaldehyde propionaldehyde,methyl alcohol iso−butylaldehyde,acetone n−butylaldehyde iso−valeraldehyde,ethyl alcohol iso−amyl alcohol,crotonaldehyde methylisopropylketone n−valeraldehyde, n−propyl alcohol n−caproaldehyde n−heptylaldehyde n−amyl alcohol n−octylaldehyde |
※ The peak decreased by C.P.resin treatment |
(chloroform solution) |
Cooked rice sample Peak No retention time(min.) |
Authentic Carbonyl/comp. |
A 1.25 trace B 1.40 〃 C 1.55 D 1.70 E 2.15 F 2.68 trace G 2.88 〃 H 3.50 〃 I 3.85 〃 J 4.40 〃 K 4.70 〃 L 5.10 M 5.85 trace N 6.75 〃 O 7.64 〃 P 9.65 |
formaldehyde acetaldehyde propionaldehyde n−butylaldehyde,methylethylketone diacetyl n−valeraldehyde n−heptylaldehyde n−octylaldehyde |
column;OV−I 1.5% 230C carrier gas;N2 60ml/min |
γ線の照射が炊飯香気におよぼす影響については10〜5000Kradの範囲で照射した米のヘッドスペースガスを未照射米と比較検討をおこない、この中20、200,2000Krad照射米と未照射米の炊飯香気をFig5に示す。それによると、線量の増加によりクロマトパターンは変化し、特に2000Krad以上のγ線照射米では保持時間の短かい低分子量成分の急激な増加がみられた。保持時間から推定された成分としてはn−カプロアルデヒド、n−パレルアルデヒド、メヂル−iso−プロピルケトン、n−プチルアルデヒド、プロピオンアルデヒド等が増加し、特にn−カプロアルデヒドの増加は著しかった。しかし、このGLCの結果では、炊飯米の食味試験において明らかに差が認められた200Kradγ線照射米において、低沸点成分の量的な増加はみられたが、低線量照射のものとの顕著な成分の差は認められなかった。
以前の実験において、γ線照射をおこなった米の炊飯香気を食味による官能検査によってしらべた結果では、200Krad照射でかなりはっきりとした有意差で特異臭が認められた。そこで、この照射臭を機器分析によって検索する目的で炊飯米のヘッドスペースガスをGLCによってしらべた。
試料米は、玄米のまゝ有効殺虫線量付近の低線量からかなりの大線量の範囲(10〜5000Krad)で照射をおこない、これを精白し、炊飯後30分でのヘッドスペースガスのGLCをおこない検討した。
炊飯米の揮発性成分はGLCにより約20種以上のピークとして確認されたが、これらの物質の推定は標準物質の保持時間による対比、カルボニル化合物に選択的な親和力をもつC.P.樹脂を用いたヘッドスペースガス中のカルボニル成分の確認およびカルボニル成分の2.4DNP化誘導体としてのGLC等でおこなった。この結果、γ線照射により揮発性成分は増加の傾向を示し、特に2000Krad以上の照射では低沸点成分が急激に増加した。しかし、官能検査では50Krad照射米と200Krad照射米との間で明らかな差が有り、200Kradにおいて照射臭が確認されたにもかゝわらず、200Krad照射米のGLCでは、照射による各成分の量的増加の傾向はあるが特に成分的な変化は認められなかった。
線量の増加とともに増大するピークで保持時間から推定される物質は、n−カプロアルデヒド、n−パレルアルデヒド、メチル−iso−プロピルケトン、n−プチルアルデヒド、プロピオンアルデヒドなどであったが、この他保持時間からは推定しがたいピークも数多く存在することが認められた。
このように照射により増加する揮発性成分の生成機作については、米の脂質、アミノ酸へのγ線の直接的な影響によるものか、又は自働酸化やストレッカー分解をおこしやすい物質が照射により生成し、その反応によって上記成分の生成が著しくなったのかは明らかでない。
〔1〕並木和子,倉橋和子,川岸舜朗:
食品照射 4,No.1,104(1969)
〔2〕Y.Obata and H.Janaka:Agr.Biol.
Chem.,29,191(1965)
〔3〕K.Yasumatsu,S.Moritaka and
S.Wada:Agr.Biol.Chem.,30,478,
(1966)
〔4〕倉沢文夫,本間 勝,佐藤 尚,植木圭一,白井 正,早川利郎,
森上 健:農化,43,6,417,(1969)
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