食品照射に関する文献検索

照射効果(IRRADIATION EFFECT):食品に放射線を照射した場合の貯蔵、衛生化等の効果

殺虫(米)


発表場所 : 科学技術庁刊行物第6集
発行機関名 : 科学技術庁
発行年月日 : 昭和41年 3月
6. 穀類の照射

6.1 穀類害虫に対する殺虫効果
1) 放射線の種類による差
2) 各種害虫の放射線に対する感受性
3) 生育段階における放射線感受性
6.2 小麦および小麦粉に対する放射線照射の影響
1) 発芽、発根率および呼吸量に及ぼす影響
2) 小麦の成分に及ぼす影響
3) 食味に及ぼす影響
6.3 米に対する放射線照射の影響
1) 発芽、発根に及ぼす影響
2) 米の成分に及ぼす影響
3) 食味に及ぼす影響
6.4 照射穀類の安全性
6.5 今後の問題点
むすび
文献



わが国における食品照射の現状と問題点 6.穀類の照射


6. 穀類の照射

 一般に穀類害虫や寄生虫は、10〜50kradで殺虫が可能であり、これらの中で穀類害虫と豚肉の寄生虫(Trichinosis)について比較的研究が進んでいる。貯蔵穀類の害虫による被害は全生産量の約5%といわれ、現在は主として化学薬剤による燻蒸処理で損失を防いでいる。しかし、この方法では有毒物質がある期間残ったり、燻蒸剤が穀類成分と結合してその活性が失なわれることも考えられる。〔1〕また燻蒸法は貯蔵箱とか密閉倉庫を必要とし、かつ包装した場合には効果がない。放射線処理の場合は、密閉倉庫も必要なく、包装したままで殺虫ができて、さらに全行程を流れ作業で行ない大量処理が可能である。このように多くの利点を持ち、また低線量照射で目的が達せられるところから、ジャガイモやタマネギの発芽抑制とともに、もっとも実現性のある放射線利用の対象食品として各国で取り上げられたのも当然である。

 1963年8月、米国FDA(食品薬品管理局)は、ミシガン大学のL.E.Brownell教授から提出されていた“小麦および小麦製品に対する放射線処理”を許可した。条件は、エネルギーが2.2MeV以下のγ線源(Co−60,Cs−137,を指す)を用い、吸収線量が20〜50kradと規定されている。小麦または小麦粉のように薄層にして照射が可能であり、また収獲期や輸出入の際などに間けっ的な大量照射を必要とするものには、電子線加速器を線源として使用する方が有利と考えられる。この点についてもすでにHigh Voltage Engineering Corp.,(ヴァン・デ・グラフ電子線加速器のメーカー、米国)により5MeV以下の電子線の使用許可申請が、1963年12月にFDAに提出されている。ここでは、主に貯蔵穀類に発生する害虫の放射線殺虫について、また照射処理をうけた穀類、特に小麦の品質の変化を中心に内外の研究結果をまとめてみた。

6.1 穀類害虫に対する殺虫効果

 小麦害虫としては、Sitophilus granarius,Tribolium confusumなどが知られているが、ここではほかの穀類害虫などについてもあわせて述べてみる。害虫もほかの生物と同様に放射線に対する感受性は種類によって異なるのみならず、同種属のものでも生育の時期によって差がある。環境も多少の影響を与えるが微生物の場合に比較すればわずかである。

1) 放射線の種類による差

 X線、γ線、電子線(β線)など放射線の線質が変っても、等線量照射での致死効果にはほとんど差がない。図6−1はヒラタコクヌストモドキ(T.confusum)に、1.3〜1.65krep/minのCo−60γ線、3MeVの電子線、1.6MeVのX線を用いて、200krep照射したものである。


図6−1 各種線質のヒラタコクヌストモドキの成虫に対する殺虫効果


2) 各種害虫の放射線に対する感受性

 各害虫とも照射線量を高めると、それだけ死にいたる時間が短かくなるのは当然であるが、照射後ただちに死にいたらしめるには、300〜600krep程度の照射を必要とする〔2〕。またこれら害虫間の放射線に対する感受性にはかなり差があり、成虫の致死線量も20〜200krepの広範囲に及んでいるが〔3〕、そのほとんどは20〜50krepで死ぬ。図6−2は8種の穀類害虫に、線量率6×10・E(3)Rのγ線で50krep照射して、照射後の生存率を調べたものである〔4〕。


図6−2 各種穀類害虫のγ線に対する感受性の差異(50krep)


3) 生育段階における放射線感受性

 昆虫は1世代の間に卵、幼虫、蛹、成虫と変態するが、この各時期においても放射線に対する感受性は異なり、卵がもっとも抵抗性が弱く、幼虫、蛹、成虫の順で抵抗性を増す〔3,5,6〕。図6−3はT.confusumの各生育段階に電子線を照射して、その抵抗性をみたものである。S.granarius L.で調べた例をみても、50krepの照射で成虫は1週間後に85%が生存しているが、卵のふ化能力は完全に失なわれている。またT.confusumの幼虫に5.5krep照射すると、蛹化した場合に、翅部に変形を認められるものが多く、これらは成虫化することなく死んだ〔6〕。Ephestia kuhniella Zellの幼虫に10〜20krep照射すると、蛹化するのに要する時間が1.5〜2.0倍に延長した〔5〕。このように照射によって死なないまでも、各生育段階においてさまざまな変異や、障害が発生する。成虫においても照射線量を高めると徐々にその産卵能力を失い、ついには不妊となる。表6−1は各生育段階のLD50(次世代の成虫発生率が50%の点)と不妊率を、図6−3と同様な方法で求めたものである〔5〕。以上の結果からもわかるように、通常貯蔵穀類に見出される主な害虫については、20krad以下の線量で十分である。すなわち害虫の各変態中もっとも被害の大きい幼虫とか、各変態の次世代の発生率を零にするようなことを考慮に入れ、害虫の被害を防止する最少線量を求めると、Tenebrio molitor L.とGnathocerus cornutus F.は8krad,S.granarius L.とS.oryzae L.は10krad,T.confusum,Rhyzopertha dominica,は12krad,E.k


表6−1 穀類害虫の殺虫線量(LD50)
                                                         (単位はkrep)

        種       類        
   卵   
  幼 虫  
 さ な ぎ 
  成 虫  
   不 妊 線 量   
Ephestia kuhniella       
Oryzaephilus surinamensis
Plodia interpunctella    
Rhyzopertha dominica     
                         
Sitophilus granarius     
                         
Sitophilus oryza         
Sitotroga cerealella     
                         
Tenebrio molitor         
Tribolium confusum       
                         
   ……  
 <2.00 
   ……  
 <2.00 
       
  1.30 
       
 <2.00 
  7.50 
       
   ……  
  0.97 
       
   5.00
 2−4.00
 5−8.00
  <4.00
       
   2.20
       
   1.20
   8.00
       
 <20.00
   2.50
       
6−10.00
   5.00
 <25.00
   ……  
       
   ……  
       
   ……  
   ……  
       
   ……  
   4.80
       
   ……  
   8.00
   ……  
   7.40
       
  <5.00
       
 <10.00
   ……  
       
   ……  
   5.00
       
10−20.00 注1  
  6−8.00 注2  
      ……     
  4−8.00 注2  
   <2.00 注3  
 5−10.00 注2  
   <5.00 注3  
  <10.00 注3  
10−40.00 注1  
  <10.00 注3  
      ……     
  4−7.00 注2  
    1.10 注3  

注 1.50%の不妊性  2.不妊性の最少限界線置  3.次世代の繁殖率50%



図6−3 T.confusumにおける卵のふ化率,幼虫,さなぎ,成虫の生存率および成虫の妊率と照射線量の関係。


6.2 小麦および小麦粉に対する放射線照射の影響

 小麦の発芽率、呼吸量、酸素活性の変化やビタミンなど栄養素の破壊、粘弾性に及ばす影響が調べられている。これらの性質に対し、照射量の多少が大きな影響を与えるのはむろんではあるが、照射の際の水分含量や、放射線エネルギーの強弱も、相当強い影響を与えている。

1) 発芽、発根率および呼吸量に及ぼす影響

 線量が少ない場合は発芽率、発根率は未照射と変らないが、その後の成長速度に大きな影響を与える。表6−2は26krad照射したものであるが、子葉の成長速度は約半分に、根の生長速度は2/3に低下している〔6〕。

 しかし発芽率は線量の増加とともに減少し、約50kradから急激に低下する〔7,9〕。約100kradの照射で発芽力はなくなるが、電子線の場合、等線量照射するにしても、エネルギーの小さいものより大きいものが、また片面照射より両面照射が発芽率を押える〔9〕。水分含量によっても影響を受け、水分20%では125kradで発芽を抑制するが、水分12%では625kradも要する〔10〕。呼吸量は普通水分含量の差によっていちじるしく異なるもので、たとえば水分12%の小麦の呼吸量は、水分17%の小麦の呼吸量の1/3以下である。これらの小麦は、いずれも500krad程度の照射線量までは、呼吸量に目立った変化はみられないが、それ以上の照射ではとくに水分含量の多い小麦の呼吸量の減小が目立つ〔10,11〕。

 電子線照射の場合は、発芽率同様にエネルギーの高いものの方が、また両面より照射した方が呼吸量を押える〔9〕。図6−4は水分20%の小麦に、Co−60のγ線で25krad〜3.75Mrepの照射を行ない、呼吸量を測定したものである。125krepまでは微生物(Asp.glaucusなど)が貯蔵中に増加するため、呼吸量が増えている〔10〕。


表6−2 照射小麦の発芽,発根率と伸長速度
                                                  (培養温度 26±1℃)

      
        発   芽   率         
        発   根   率          
      
20時間  24時間  72時間後の芽の長さ(mm)
 40時間  48時間  72時間後の芽の長さ(mm)
未 照 射 
 77%   86%    8.2±1.7     
 85%   96%   12.9±2.4      
26krad
 72%   86%    3.8±0.6     
 88%   96%    9.2±1.0      



図6−4 γ線照射と小麦の呼吸量


2) 小麦の成分に及ぼす影響

 ビタミンや酵素の分解については、ほかの食品と同じくそれほど問題にする必要はない〔12〕。例えば800〜900mg%のビタミンB1を強化した小麦粉でさえ25krep照射してもその損失は5%以下であり、この程度の線量では、組織内にある場合の損失は零である〔6〕。

 照射により小麦粉の粘性が低下するが、これはグルテンの架橋結合が切断されるためであり、酸素の存在はあまり影響がなく、また一般に放射線反応を防止するといわれる。−SH基の添加効果もない。乾燥状態のグルテンは照射線量に比例して粘度が低下するが、グルテン溶液の場合は曲線となる〔12〕。

 水溶性蛋白は照射線量に比例して増加し、また褐変現象は625krep以上の照射で増加する〔10〕。Co−60のγ線を100krep〜1Mrep照射して、粘弾性、酵素系、内容成分の変化を調べると、線量増加に伴い、還元糖、非還元糖、デン粉含量、カロチノイドは減少し、デキストリン鎖は短くなり沈降値は低下し、ファリノグラフの吸水が減少し、混捏耐性が低下した〔14,22〕。酵素について100〜300krepのγ線照射の結果、グルタミン酸、ピルビン酸のデカルボキシラーゼは0.3Mrepで活性は約半分に落ちたが、α−アミラーゼとプロテアーゼ活性は3.0Mrepの照射でも変らない〔15〕。水分を4%位にすると、250kead以上照射した小麦粉でE.S.R.による遊離基の検出ができるが、普通の水分含量ではただちに遊離基が消失し検出不可能である。E.S.R.で検出される遊離基は時間とともに減少するが、製品であるパンの品質には関係がない〔16〕。1Mrad位の高線量を照射すると、デン粉、蛋白以外にポリサッカライド状のペントザンが損傷を受けることも予想される。ペントザンは小麦に約1%含まれており、ブロム酸カリのような酸化剤によって不可逆的なゲルを作り、パンの生地形成に重要な因子となっている。

 照射小麦粉は、ブロム酸カリの添加によって、パンの容積は未照射物と同じ程度に回復するが、すだちは元に戻らない〔14〕。

 ソ連では水分含量の異なる小麦粉に、1〜10Mradという非常な高線量を照射して、小麦グルテンの改良も試みられている。たとえばstiffまたはshort glutenといった性質は、水分10〜12%で1〜3Mrad照射することで多少改良される。またweak glutenの小麦で虫害などを受けたものは、水分含量を20%位にして約1Mrad照射すると製パン性がよくなることもある。これら水分、線量と2,3の成分変化および小麦の性質との関係は表6−3にまとめられている〔17〕。わが国でも小麦粉、グルテン、小麦でん粉に及ぼすγ線の影響について、物理的、化学的面より多くの検討がなされている〔18,19,20,21〕。

 しかし、いずれにせよ小麦または小麦粉の性質に大きな影響を与えるためには、殺虫線量の数倍から数十倍の線量が必要と考えれる。


表6−3 水分含量の異なる小麦にCo−60のγ線を大線量照射した場合の蛋白,炭水化物などの変性
 水  
    
    
    
    
    
    
    
 分  
    
    
    
    
    
    
    
 %  
 線  
    
    
    
    
    
    
    
 量  
    
    
    
    
    
    
    
Mrep
 生  
    
 グ  
    
 ル  
    
 テ  
    
 ン  
    
    
    
    
    
    
    
 %  
 乾  
    
 グ  
    
 ル  
    
 テ  
    
 ン  
    
    
    
    
    
    
    
 %  
    比    
         
    伸    
         
    展    
         
    性    
         
         
         
         
         
         
         
         
         
 cm/min  
  一  
     
  般  
     
  的  
     
  評  
     
  価  
     
     
     
     
     
     
     
     
          窒   素   分
        
   蛋    
        
   白    
        
   分    
        
   解    
        
   能    
        
        
        
        
        
mgN/100g
        
        
   パ    
   パ    
   イ    
   ン    
   に    
   対    
   す    
   る    
   抵    
   抗    
   性    
        
        
        
mgN/100g
        
             
      沃      
             
      度      
             
      還      
             
      元      
             
      物      
             
      質      
             
             
             
0.001NKI ml/g
             
    
 マ  
 ル  
 ト  
 l  
 ス  
 様  
 糖  
 分  
    
(乾物)
    
    
    
    
 %  
    
    
 澱  
    
 粉  
    
    
    
    
    
    
(乾物)
    
    
    
    
 %  
    
      
  澱   
      
  粉   
      
  分   
      
  解   
      
  能   
      
      
      
      
マルトース 
mg/10g
      
     蛋白質区分     
 ア  
    
 ミ  
    
 ノ  
    
 態  
    
 窒  
    
 素  
    
    
    
    
 ト  
 リ  
 ク  
 ロ  
 ル  
 酢  
 酸  
 に  
 て  
 沈  
 澱  
 し  
 な  
 い  
    
 ベ

 ン

 ゾ

 l

 ル

 可

 溶


     
5%   
K2SO4
可溶   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    
70% 
アルコー
ル可溶 
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
0.1N
NaOH
可溶  
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
13.4
    
    
    
   0
   1
   3
   5
   7
  10
37.4
37.6
33.7
30.1
24.2
17.9
11.9
12.1
11.4
10.0
 8.4
 5.7
     0.47
     0.48
     1.18
     2.63
     3.37
     3.25
  普通 
  普通 
  弱い 
  弱い 
  弱い 
非常に弱い
 0.59
 0.59
 0.66
 0.66
 0.66
 0.71
1.44
1.47
1.61
1.60
1.57
1.56
0.82
0.87
0.79
0.74
0.70
0.66
0.07
0.07
0.07
0.07
0.07
0.07
0.25
0.28
0.29
0.31
0.40
0.43
2.59
2.72
2.82
2.81
 ──
2.79
     194
     169
     164
     148
     132
     125
    1105
     826
     648
     520
     306
     291
         0.37
         0.31
         0.29
         0.29
         0.32
         0.32
1.16
1.81
2.94
3.55
5.07
5.83
55.6
54.9
49.5
46.8
40.9
37.8
  64.4
  84.6
 108.8
 109.0
 139.9
 148.8
    
    
    
    
    
    
25.8
    
    
    
    
    
    
   0
    
    
   1
   3
    
    
    
   5
    
   7
    
  10
37.1
    
    
36.4
27.0
    
    
12.1
    
    
12.1
11.0
    
    
放   置   中
0.55〜3.97
に   増   大
     0.05
もろくなり測定不能
         
         
普通,放置
中弱くなる
     
普   通
不満足な性
質,もろく
粘着しない
 0.63
     
     
 0.60
 0.61
     
     
     
 0.60
     
 0.54
     
 0.56
1.41
    
    
1.44
1.42
    
    
    
1.28
    
1.03
    
0.93
0.86
    
    
0.87
1.05
    
    
    
1.05
    
0.98
    
1.02
0.06
    
    
0.07
0.07
    
    
    
0.07
    
0.07
    
0.07
0.25
    
    
0.28
0.28
    
    
    
0.32
    
0.34
    
0.36
2.61


2.53
2.39



2.09

1.92

1.67
     209
        
        
     174
     172
        
        
        
     149
        
     141
        
     135
    1062
        
        
     807
     518
        
        
        
     326
        
     141
        
     249
         0.69
             
             
         0.56
         0.51
             
             
             
         0.48
             
         0.35
             
         0.30
1.18
    
    
1.16
1.71
    
    
    
2.15
    
3.65
    
4.43
54.7
    
    
54.0
49.8
    
    
    
47.0
    
42.8
    
37.7
  76.5
      
      
  84.9
      
      
      
      
  64.6
      
 109.3
      
 122.3
グルテンはバラバラの粒となり,粘着しない。塊をなす
ことも洗い出すことも不能             
生地の形成ができず,グルテンは洗い出しによって回収
できない                     
   〃        〃        〃   


3) 食味に及ぼす影響

 水分含量が12%,14%,15.6%,14.6%のハードレッドスプリング種の小麦そのものに、900kradの電子線を照射しても、外観、味、香りにはほとんど影響を与えていない〔11〕。味や香りを考慮せずに、γ線で125krep〜1.0Mrep照射した小麦で、アミログラフ、ファリノグラフ、アルベオグラフによる測定や、製パン試験の結果を表6−4に示した〔22〕。これによると照射によって生地形成時間が短かくなり、伸長性を減少させ、抗張力を失なわせる傾向にある。製パンの際、ブロム酸カリを0.003%添加すると、パン容積は500kradでも、またパンのすだちは125kradの照射でも対照と差がなかった〔22〕。ケーキミックス(全成分の混合されたもので、たとえば汎用小麦粉やケーキ用小麦粉など)では、γ線で20kradまでは食味テストに影響を与えない〔23,24〕。照射小麦粉をケーキ粉に混ぜる場合は、100krep以下の照射のものを、またビスケット用の粉には20krep以下の照射小麦粉を入れるとよい結果が得られたが、いずれも照射小麦粉の混入量を考慮しなければならない〔23〕。ハードレッドスプリング種の小麦で、パン用の照射小麦または照射小麦粉の限界線量(食味テストに影響を与えない最高線量)を決めるため、官能審査法でプロビットラインを作ってみると、図6−5のように両方とも50krepが限界線量となり、殺虫線量と一致している〔25〕。一般には水分含量の高い方が高線量に耐え、また電子線の場合では等線量照射しても、エネルギーの低い方が味や香りに変化を起させにくい〔9〕。


表6−4 照射小麦より調整した小麦粉および生地の物理的な性質
      
放射線線量 
      
       
 水   分 
       
       
 蛋 白 質 
       
       
 灰   分 
       
       
 沈 降 値 
       
         
 マルトース価  
         
アミログラフの
       
最 大 粘 度
(krep)
    0 
  125 
  250 
  500 
1,000 
     % 
  12.9 
  13.2 
  13.5 
  13.7 
  13.8 
     % 
  13.8 
  13.6 
  13.8 
  13.9 
  13.8 
     % 
  0.39 
  0.37 
  0.37 
  0.37 
  0.35 
    ml 
  41.1 
  37.4 
  34.9 
  29.5 
  21.8 
マルトース/10g
   179.0 
   185.5 
   207.6 
   222.3 
   249.3 
   B.U.
   960 
   520 
   330 
   180 
    90 
      
放射線線量 
      
     ファリノグラフ特性値      
               アルベオグラフ特性値         
吸 水 力 
最適生地形成時間
混捏耐性 
 G 注1   P 注2   L 注3   S 注4   W 注5 
(krep)
    0 
  125 
  250 
  509 
1,000 
    % 
 71.1 
 70.1 
 70.9 
 71.9 
 72.3 
    min 
  5 1/2 
  4 1/4 
  4 1/2 
  5     
  3 1/2 
 B.U.
  40 
  50 
  60 
  60 
  70 
                                  
 24.6   77.2  127.8   40.9   263  
 21.7   89.0   97.8   42.2   268  
 18.8   93.0   73.7   34.2   238  
 21.1   93.0   93.0   39.8   251  
 17.9   95.3   64.5   29.3   181  

注 アルベオグラフの説明
  1.生地破裂の際の水容積の読み  2.曲線の高さ  3.曲線の長さ  4.曲線に囲まれた面積
  5.W=K×C×S/L
    K:ガスメーター補正係数  C:ガスメーターより算出される水容積  W:Work function
    (ergで表される)



図6−5 照射小麦と照射小麦粉で作ったパンのProbit line


6.3 米に対する放射線照射の影響

 小麦粉の場合とは異なり国外の研究報告は、ほとんどなく、また国内の報告も数は少ないが放射線によってうける影響は小麦と同じようなものである。

1) 発芽、発根に及ぼす影響

 発芽100krepまでの照射では変らないが、発芽するまでに要する時間は照射によって長くなり、未照射では平均2日のものが5〜100krepでは約2.5日になる。100krep以上の照射では照射線量に比例して発芽率が低下し800krepで完全に発芽が抑制される。表6−5は5〜100krep照射後、28〜30℃に培養し、子葉と根の生長速度を調べたものである。子葉の生長速度は照射線量の増加とともに減少するが特に50krep以上の線量では急激におちる。根の生長速度で特異な現象は5krepの照射のものは明らかに未照射の根よりも生長速度が速いことである〔26〕。このような現象は、ジャガイモ、タマネギの発芽についてもみられるが、大麦の根に少線量のX線を照射した場合にも観察されている〔27〕。また子葉と同様に50krep以上の照射では急激に減少する。


表6−5 各種アイソトープ線源の比較
      
 線  源 
      
     
 線 質 
     
 エネルギー 
       
 (MeV) 
 半 減 期 
       
  (年)  
1kwの出力を出すの
に要するキューリー数
   (Ci)   
価     格
キューリー当り
 (ドル)  
Co−60 
      
Cs−137
Sr−90 
  γ  
     
  γ  
  β  
   1.33
   1.17
   0.67
   2.18
    5.3
       
   33.0
   19.9
    68,000
          
   310,000
   156,000
    0.5
       
  2−2.5
    ?  


2) 米の成分に及ぼす影響

 ビタミンB1、B6、は100krepの照射でも全く変化はなかった〔26〕。このほか、白米と玄米について5krep〜1Mrepまでの照射をおこない18ヶ月間貯蔵して脂肪の比重、屈折率、鹸化価、沃素価を測定しても照射の影響はみられなかった。ただ酸価のみは、白米の18ヶ月貯蔵後の照射線基の増加に比例して高い価を示した〔28〕。アルファ化した糯米粉、粳米粉のファリノグラフをみると照射によって吸水能の増加、弱化(weakening)の消失と考えられるような変化を示した〔29〕。また貯蔵中の水分、脂肪含量に変化はない。

 殺菌効果は100krepの照射で、玄米に附着している微生物の87〜96%を殺すことができた〔26〕。のし餅上に生育してくる黴の種類は照射線量の多少によって異なり、Aspergillus,Penicillium,Mucor,Cladosporiumの順に抵抗性を増し、760krepではCladosporiumのみ認められた〔29〕。

3) 食味に及ぼす影響

 200krep位照射すると黄色く着色し線量の増加に伴い黄色度合は強くなる。食味試験で明らかな差が出るのは40krep位の照射であるが、20krepですでに香りと味に若干の低下が認められる。しかし粘りと硬さは逆に僅かながら向上するので、実際に使用できる線量は20krep以下が適当と思われる。これを小麦の適正線量に比べるとかなり下廻るが、米のように加工度の低いものは照射による影響が特に強いのであろう。

 現在日本における貯蔵穀類の五大害虫といわれているのは、コクゾウ(S.oryzae L.)、ココクゾウ(S.sasakii Tak),ナガシンクイ(Rhizopetha dominica F.)、ノシメコクガ(Plodiainterpunctella Hub.)、バクガ(Sitoroga cerealla Oli)である。このうち第3者は20krad以下の線量で十分殺虫できるが、後2者についての詳細は今後の研究にまつところが大きい。

6.4 照射穀類の安全性

 米については安全性の研究はないが照射小麦の安全性については主に米国で研究されている。殺虫線量程度の低線量照射では、ほとんど問題のないことが予想されていたが、犬とラッテとを用いγ線で370〜74krad照射した小麦で、その安全性を確認している〔30〕。 英国でも、20krad、200krad照射の小麦についてラッテを用い、3代にわたって成長、寿命、毒性などを飼育試験で調べた。このほかにマウスを用い発癌性の有無も調べ、いずれもその安全性を確認した〔31,32,33,34〕。

 今回米国で許可になったのも、これらのデータが十分検討されているのはいうまでもないが、今後放射線によって完全殺菌された食品が続々と許可されるようになると、殺虫などの低線量照射処理は、おのおのの食品別にではなく、その方法自体の許可が予想される。照射米の安全性に関するデータは発表されていないが、この種の研究でわが国が手をつけなければならないものの一つであろう。

6.5 今後の問題点

 わが国としては米の適正線量の決定が大きな問題である。官能検査から線量を決めるにしてもこれまで報告されている資料では、各研究者によって20〜40kradとかなりの差がある。この差が検査パネルの能力にもとずくものなのか、米の品種に起因するものなのかは明らかではない。この点について、各品種間の放射線感受性に大きな差があるかどうかを検討する必要がある。

 次に照射技術の問題がある。殺虫線量20kradといってもそれが線量率によって左右されないものであろうか、例えば非常に低い線量率または5kradづつ時間をおいて4回照射した場合の殺虫効果、米の品質に及ぼす影響は同じであるだろうか。これらを検討のうえできるだけ米の品質に悪影響を与えず殺虫効果を高めるような照射方法をとらなければならない。

 また収獲期に大量の穀類を一時に処理する場合、例えば1時間に200トンの穀類を処理しようとすると1〜2MCiのCo−60を必要とするが、このような大線源を整えるのは現在不可能である。そこで電子線の使用を考えなければならないが、その際電子線のエネルギーと殺虫効果、および穀類の品質に及ぼす影響は無関係であろうか。これまでにも照射線量は同じでも電子線のエネルギーが高い程小麦の品質に及ぼす影響が大きいとの報告もあり、今後殺虫効果を含めて電子線による研究をすすめる必要がある。最後に現在使用されている貯蔵庫を利用して、照射処理の工程を組入れるにはどのような改造または附帯施設が必要となるか、照射施設を新設するのか、それとも簡単な移動線源で可能なものかなど実用化に際しても問題点は多いであろう。

むすび

 これまでの原料小麦、小麦粉への照射影響を中心に述べてきたが、このほかにパン、クラッカー、ロールパンなどの製品への照射効果が調べられている。例えばパンでは500krad程度の照射で、未照射に比べて腐敗を防ぎ、2ヵ月貯蔵が可能であった。しかしこのような製品に対する照射効果は、その照射方法、味覚試験などとともにまだまだ検討の余地がある。

 殺虫処理をしたものについては、再汚染を防ぐことを考えなければならない。害虫は種類によって噛み切る力も異なるが、なかには0.002インチのアルミ箔を食い破る虫もいる。そのために、害虫の忌避剤または殺虫剤のようなものを包装材に塗布しておくのも良い方法である。たとえば、包装材1平方フィートにピレトリンスと40mgのピペロニールブトキサイドを塗ると効果があるが、これらの薬品は、4Mrad以上の照射ではじめて化学変化を起す〔35〕。また米国のAEC(原子力委員会)では、照射線源を持つ輸送船も考えられているが、将来はこのような船の出現で、穀類を始め多くの食品の輸送中の損失が防止できるであろう。

 いずれにしても穀類害虫の殺虫に放射線処理法が有効な手段として用いられる日が来るであろうし、放射線処理法の持つ数々の利点が、将来穀類の流通機構の改善に役立つことも確かである。

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