放射線の農業関係への応用は、従来、育種およびトレーサーが主体であったが、近時生果物類の保存性向上や殺菌・殺虫方面への分野が拡大されてきている。この放射線殺菌・殺虫が植物検疫面でどのように利用され、さらに将来応用されるかを考察し、大方の御批判と御協力を得たいと願うものである。
植物検疫はいうまでもなく、日本に輸出入される農産物を含む植物類の検疫ならびに国内の特定病害虫の防除が主業務である。現在、日本には大量の穀類や木材等が全国95の港から輸入され、その多くの貨物に病害虫が発見され消毒されている。しかも輸入貨物の大部分は、表2のように横浜、神戸などの主要数港に集中されている。
現在これらの輸入貨物の大部分は、薬剤による消毒が多く行われているが、その一部については表3のような観点から放射線処理が可能ではないかと考えられる。
表3ならびに、従来発表された諸報告からみれば、植物検疫上での応用部門は、穀類、木材および生果物類の害虫に対する直接殺虫処理、ならびに、照射による害虫の不妊化を利用した地域害虫の防除が考えられる。次にそれらの各部門について検討していくこととする。
年度 種類 |
検 査 数 量 |
消毒廃棄数量 |
||||
1961 |
1965 |
1969 |
1973 |
1973 |
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果物野菜 穀 類 豆類雑品 木 材 |
9 538 214 809 |
43 1,091 350 1,516 |
87 1,426 517 3,223 |
140 1,976 712 4,770 |
122 1,494 500 3,273 |
87.1% 75.6% 70.2% 68.6% |
輸出入植物検疫年統計 単位は万トン,木材は万m3 |
種類 輸入港 |
穀類・豆類・その他 |
果 物 |
木 材 |
|||
輸入量 |
* |
輸入量 |
* |
輸入量 |
* |
|
横 浜 東 京 名 古 屋 大 阪 神 戸 |
万トン 417 75 335 67 509 |
万トン 1.2 0.2 0.9 0.2 1.4 |
万トン 20 19 ── 20 22 |
トン 700 630 ── 680 740 |
万m3 ── 349 340 246 ── |
万m3 ── 0.9 0.9 0.6 ── |
輸入量:輸出入植物検疫年統計1973年度 *一日当たり消毒量:一日当たり消毒必要量は輸入量に対し,穀類70%,果物85%,木材 65%とし,年間250日稼動とした |
|
放射線処理 |
現行の薬剤処理 |
貨物量 |
数万トンの大量貨物,数kgの少量も可 |
数千トンの貨物,数kgの少量も可 |
稼動日数 |
継続使用が経済的 |
使用日数に関係がない |
経 費 |
年間処理量によって異なる。少量では 高価 |
処理量に大差なく,一般に安価 |
建設費 |
高価・十数億円より |
廉価・数千万〜数億円 |
施設場所 |
大量貨物の輸入港で限定された指定港 |
指定港ならば自由 |
施設運用 |
高度の特殊技術者 |
一般の専門業者 |
安全性 |
安全(予想) |
薬量・回数によって注意を要する |
施設の安全性 |
きわめて重要 |
容易 |
輸入穀類はコムギが主体であるが、型状のやや類似したダイズ、トウモロコシ、マイロ、ペレット(牧草を乾燥・破砕圧縮したもの)は、対象害虫も貯殺害虫と豆類害虫に限られ、それらの害虫に対する処理線量についての報告も多い。たとえばCo−60γ線による不妊化線量はコクゾウ、ナガシンクイムシは15〜30krad、が類に対し50krad(Goresline)、アズキゾウムシは9kradとされている。要するに、貯穀・豆類害虫に対する殺虫線量は、200〜500kradの大量を要するが、不妊化線量は20〜50kradと思われる。このような報告を基に、放射線導入の可能な要因を挙げれば次のようである。
1前述の処理線量の基準がある。2照射施設として中規模サイロ試験が原研高崎研で行われ、今後実用規模の試験設計の案がある。3大量の輸入貨物は、コムギ等数種に限られ、輸入港も数港に限定される。したがって、照射施設は船舶から港湾施設のサイロ等にばら輸送される中間に導入し、港湾荷役施設の一部とすることができる。4対象貨物が類似の粒状であるため、処理カプセルの兼用が可能と考えられる。5以上の諸条件から、建設費、運営費共に経済的に可能となると思われる。
我が国の木材輸入量は今後共増大し、しかも更に多地域・多樹種にわたるものと思われ、それに伴う消毒の多用化も必要と思われる。木材に対する放射線殺虫については、理化学研究所の吉田らの報告があり、Bark beetle,Ambrosia beetleに対し羽化および不妊化線量は12kadまたはそれ以上、殺虫線量は140krad以上としている。木材害虫に対する報告は、外国を含めて少ないが、一般に果実のミバエ類に比して殺虫線量は低いようである。次に放射線処理の実用化について、次の諸条件が考えられる。1少数例ではあるが、木材害虫の不妊化線量は20krad前後の低い値であると予想される。2輸入港は多いが、大量に輸入されるのは表2のように限定され、経済的な照射施設の建設・運用が可能であろうと思われる。これに対し問題点としては、3木材害虫には、カミキリムシ、タマムシなど生理・生態の著しく異なる害虫が多く、それらの害虫を含めて更に多くの実験を必要とする。4長さ5〜20m、直径0.2〜2mからなる多種類の材型・材容積の多数の材種の木材について、効果的な照射を行うための方法および施設については現在までほとんど研究がなされていないなどである。
種類 輸入港 |
穀類・豆類・その他 |
果 物 |
木 材 |
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輸入量 |
* |
輸入量 |
* |
輸入量 |
* |
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横 浜 東 京 名 古 屋 大 阪 神 戸 |
万トン 417 75 335 67 509 |
万トン 1.2 0.2 0.9 0.2 1.4 |
万トン 20 19 ── 20 22 |
トン 700 630 ── 680 740 |
万m3 ── 349 340 246 ── |
万m3 ── 0.9 0.9 0.6 ── |
輸入量:輸出入植物検疫年統計1973年度 *一日当たり消毒量:一日当たり消毒必要量は輸入量に対し,穀類70%,果物85%,木材 65%とし,年間250日稼動とした |
生果実・野菜類については、殺虫・殺菌試験と同時に照射による含有成分の変化、芳香・味覚・商品性等幾多の報告がある。たとえば、Balockらによれば果実に対する世界的な大害虫であるミカンコミバエ、ウリミバエ、チチュウカイミバエの3種ミバエ類のCo−60γ線による羽化阻止線量は、約30kradであるとしている。また、柑橘類のアオカビ、ミドリカビ等の殺菌には電子線の利用も報じられている。これらの点から生果実に対する放射線照射の可能性を要約すれば、1対象とする3種ミバエに対する殺虫線量および生果実・野菜類に対する放射線障害、市場性などについてほぼ結論が得られている。2ハワイでは実用規模の照射施設があり、経済的稼働率が得られる予想である。3輸入国の日本でみた場合、輸入港が限定され年間輸入量が多く、経済的処理の可能性がある(表2)。4対象生果実を限定した場合、果型・大きさがおよび容器包装の統一が可能である。問題点としては、5害虫の種類・地域差・令・態による線量差がみられるので、実用化の場合は追試を要する。6我が国としては、前述の3大害虫の発生地産のパパイヤ、マンゴー、オレンジ、グレープフルーツなどは輸入禁止品であり、原則として輸出国で消毒すべきことであって、日本で処理する問題ではない。7穀類についても同様であるが、安全性の確認が不十分である。
種類 輸入港 |
穀類・豆類・その他 |
果 物 |
木 材 |
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輸入量 |
* |
輸入量 |
* |
輸入量 |
* |
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横 浜 東 京 名 古 屋 大 阪 神 戸 |
万トン 417 75 335 67 509 |
万トン 1.2 0.2 0.9 0.2 1.4 |
万トン 20 19 ── 20 22 |
トン 700 630 ── 680 740 |
万m3 ── 349 340 246 ── |
万m3 ── 0.9 0.9 0.6 ── |
輸入量:輸出入植物検疫年統計1973年度 *一日当たり消毒量:一日当たり消毒必要量は輸入量に対し,穀類70%,果物85%,木材 65%とし,年間250日稼動とした |
小笠原諸島・奄美および沖繩群島にはミカンコミバエその他の重要害虫が発生しているため、同じ日本国内であっても、一部の生果実・野菜類は移動が制限されている。このため放射照射による不妊化雄の大量放飼による撲滅事業の試験が行われている。本法については、SteinerらによってCo−60γ線照射によるミカンコミバエの放飼が1963年からグァム、サイパン、テニアンなどによって実施され、一部成功している。我が国では、Cs−137γ線やX線の報告があり、植物防疫所では、1970年から大阪府立放射線中央研究所および九大工学部の協力による実験が行われた。現在では、沖繩県農業試験場でミカンコミバエ、ウリミバエについて継続され、撲滅事業の開始も間近い。
植物防疫における放射線利用について述べたが、これらのうち、現在実用化され、しかも、もっとも期待を寄せられているのは、不妊化雄利用の地域害虫撲滅事業である。その他の直接殺虫処理については、未だ問題点が多い。たとえば、1害虫の不妊化線量については、きわめて大胆にいえば、ミバエ類および木材害虫30krad、貯穀害虫50krad以下と考えられるが、殺虫線量では100〜500kradが必要と思われ、検疫においていずれを目標とすベきかは重要なポイントとなっている。2穀類、特に木材については、照射方法および施設についての研究が不十分である。3生果実に対する照射処理は実用化寸前であるが、穀類と同様国際的な安全性の証明がない。
特に最後の安全性については、FAO・WHOによる食品添加物使用上の安全性確立国際試験法(1958)および食品添加物の催癌性評価法(1961)といった国際的基準が食品照射においても早急に実施されることが最重要であろう。その上で国際機関による大規模安全性試験、一方では、市民教育対策が必要であると思われる。
近い将来予想される世界的食糧危機に対し、農産物の輸入・貯蔵保管の重要性を考え、その検疫対策の一端として述べ、紹介と共に御協力を願うものである。
(横浜植物防疫所調査課)
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