魚介類に寄生しているAnisakis simplex 、あるいはA.typicaの生きている第3期幼虫が経口的に人間に摂取されてアニサキス症をひきおこすことが、わが国食品衛生上の大きな問題となってきた。〔1〕この衛生対策として、生食する魚介肉は−20℃に24時間保つことがあげられている。〔2〕
今回は衛生対策の一つとして放射線照射が有効な手段となり得るかを検討した。すなわち、各種濃度の食塩水に幼虫を浮遊させたものと、これに卵白を加えたものを用いた。卵白は蛋白質の存在が放射線にどのような影響を与えるかを知るためである。
供試幼虫 北海道近海で漁獲されたスケソウダラ内臓より採集された新鮮なものである。
照射線源 低線源としては函館市立病院の治療用のものを使用し、線量は0.0,1.7,8.4Kradであった。
高線源としては、北大理工系R.Iセンターのものを用いた。線量は0.0,0.3,0.6,1.0Mradであった。
照射方法 低線量照射の場合は次のようにした。直径9cmのシヤーレに溶媒を10ml入れ、その中に生きた幼虫50隻を入れ、室温で照射した。
高線量の場合は、直径1cmの小試験管に5mlの溶媒を入れ、その中に20隻の幼虫を浮遊させて照射した。
溶媒 0,1,3,6%の食塩水、および1,3%の食塩水で卵白を6倍に希釈したものを用いた。照射後、溶媒は毎日とりかえながら幼虫の生死を判定した。
幼虫の生死の判定法 ピンセットの先で軽く刺激を与えても動かず、体色が白色不透明になつたものを死虫と判定した。
低線量照射の結果は第1表に示した。照射後20日間観察したものであるが、8.4Krad照射したものでも、死亡率(%)は対照と変わりない。卵白を添加した溶媒中では、食塩水だけのものより死亡率が低いが、照射したものとしないものとの差は認められない。
この程度の線量ではアニサキス幼虫に影響がないものと判断された。
高線量の照射は2度行ない、結果はそれぞれ第1図、および第2図に示した。両方とも照射線量が多く、食塩濃度が高いほど死滅効果が高かつた。しかし、6%食塩水中で1.0Mradの照射直後においても100%の死亡率は示さなかつた。
Van Mameren〔3〕もこれとほぼ同様な実験を行ない、対照と3%の食塩水について比較し、対照の方の死亡率が少ないと言つている。この実験ではこの点を調べるために、1%食塩水についても試験したが、1%のものでは3%のものよりはもちろん、対照のものよりも抵抗性が大きいように観察された。アニサキス幼虫は0.85%の生理食塩水濃度に近似した1%食塩水中で抵抗性の大きいのは当然である。この点はアニサキス幼虫への衛生対策として考慮されねばならない。
卵白を添加した場合、4〜5日はその保護作用が認められたが、その後では明らかでなかつた。
食品照射線量としては、ほぼ上限と認められる0.6Mradの照射によつても著しい殺虫効果があるとは言えない。これは、溶媒に浮遊させた場合の実験であるが、実際魚介肉に寄生している幼虫に対しては、放射線照射による死滅についてはほとんどその効果を期待しえない。
Saline Solution |
dose 0 1 2 3 4 5 7 10 15 20days (Krad) |
1%NaCl |
0.0 0 0 2 10 14 16 28 36 54 100% 1.7 0 0 4 12 20 26 38 54 92 98 8.4 0 0 0 4 8 12 28 36 58 100 |
Eggwhite (1%NaCl) |
0.0 0 0 0 8 10 14 24 26 38 64 8.4 0 0 0 0 0 4 10 16 32 68 |
The figures indicate mortality |
アニサキス幼虫への衛生対策として、放射線の照射によつて幼虫を死滅させる方法はほとんど不可能であろう。
本実験実施に際して種々の御助言と御援助を賜つた北海道衛生研究安藤芳明博士に対して深甚の謝意を申しあげる。
〔1〕大石圭一・岡 重美・城所清一:アニサキス幼虫の食品衛生学序説。
113p.,函館食品科学研究会,函館,1969。
〔2〕E.J.Ruiten berg:
Anisakiasis−Pathogenesis,
Serodignosis and prevention
−138p.,Elinkwijk,Utrecht,1970。
〔3〕J.Van Mameren & H.Houwing:
Freezing and irradiation of
fish.p.73−80, Fishing News
(Books)Ltd.,London,1969。
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