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照射効果(IRRADIATION EFFECT):食品に放射線を照射した場合の貯蔵、衛生化等の効果

殺虫(その他)


発表場所 : 食品照射、vol.11(1,2)、01−12.
著者名 : 白石正英*、多田幹郎*、河辺誠一郎**
著者所属機関名 : * 岡山大学農学部、**岡山理科大理学部
発行年月日 : 1976年
○ マツタケ(Tricholoma Matsutake)を食害するフタオビ・ショウジョウバエ(Drosophila Bizonata)の放射線防除
○ 序
1 実験方法
2 結果および考察
(1) 卵への照射
(2) 幼虫への照射
(3) 蛹への照射
(4) 成虫への照射
(5) その他
○ 要約
○ 文献



マツタケを食害するフタオビ・ショウジョウバエの放射線防除


○ マツタケ(Tricholoma Matsutake)を食害するフタオビ・ショウジョウバエ(Drosophila Bizonata)の放射線防除
○ 序

 マツタケ子実体の保蔵には、腐敗の防止、開傘防止、害虫による食害防止の3点を考えねばならない。放射線放射は、これらの目的を一度に達成しうる手段であると考えられる。

 Radurizationを目的とする線量は比較的低く、その線量においてマツタケの開傘は防止されるという青木らの報告〔1〕があり、また殺虫効果も十分に期待できると考えられる。

 本実験は、マツタケの放射線殺虫の関する基礎的なデーターを得ることを目的とした。

 マツタケの子実体を食害する昆虫には、多くの双翅目、鞘翅目、直翅目に属するものが知られている。とりわけ双翅目の、ショウジョウバエの仲間は、子実体を内部から食害し、最も大きな被害を与えることが一般に認められている。岩村らにより、マツタケを食害する主要昆虫は、フタオビショウジョウバエであることが認められている。〔2〕本研究はこの昆虫の各生育段階での放射線感受性、および、殺虫効果をしらベたものである。

1 実験方法

 供試昆虫: フタオビショウジョウバエ(Drosophila bizonata)は、岡山県産のマツタケより採取し粉末酵母を飼として累代飼育した。本実験は12月より1月にかけて室温で行ったが、この実験期間中におけるフタオビショウジョウバエの生活環は次の通りである。成虫が産卵し、幼虫が発生するまでに6日〜7日、その幼虫が蛹になるのに7日〜8日、更にその蛹が成虫に羽化するまでに11日〜12日かかる。そしてこの成虫は、12日〜16日間寿命を保つ。

 照射条件および方法: 照射線源にはCs−137(500Ci)を用いた。昆虫への照射は、径10〜15mmの線栓試験管に約25〜30個体を餌と共に入れておこなった。照射後新しい餌を入れた試験管に移して室温にて飼育を継続し、死滅、変態および次世代への影響をしらべた。

2 結果および考察
(1) 卵への照射

 産卵後16時間までの卵を約80卵用い、10Krad/hrの線量率で、5Kradから25Kradまでの照射を行った。48時間後の孵化率をしらべた結果を図1に示す。この結果によると、孵化を完全に阻止するのに必要な線量は、25Kradであった。

 また孵化を50%阻止するのに必要な線量は5Kradであるが、この場合の孵化幼虫は、ほぼ正常な生育を示した。しかし、15Krad照射した卵からは、30%が孵化するが、その幼虫は孵化後直ちに死んでしまうことを認めた。

 従って、卵から発生する幼虫のマツタケにおよぼす害を阻止するためには、15Krad照射で十分と考えられる。


Fig.1. Effect of Irradiation on Hatching.


(2) 幼虫への照射

 4〜5令幼虫に6Krad/hrの線量率で照射した場合の蛹化と、それに引き続いて起こる羽化の割合を調べた結果を図2に示す。この他に3〜4令幼虫についても調べたが、幼虫の令による影響は、本実験では、ほとんど認められなかった。

 図2下半分のグラフから明らかな様に、非照射の幼虫は6日後には100%蛹化してしまう。

 これに対し、12Kradまでの線量では、照射線量の増加と共に順次蛹化までの日数がのびる。

 例えば、12Krad照射した幼虫は、100%蛹化するまでに12日を必要とする。12Krad以上の線量を受けたものは、線量の増加とともに、その蛹化能を失う。18Kradでは蛹化率は、数%にすぎず、30Krad照射した幼虫は、完全に蛹化能を失った。しかし照射によって蛹化能を失った幼虫は、直ちに死ぬのではなく、そのままで生きつづけることができる。例えば、30Krad照射を受けた幼虫の大部分は、20日後にも、なお生きていることを認めた。

 このように、生命に直接大きな被害を与えないにもかかわらず、その変態のみが、大きな影響を受けること、および照射後、12日前後が蛹化の可否の分岐点になっていること、即ち、15Krad照射した幼虫にみられるように、12日以降に蛹化する幼虫が認められない現象は、生物学的に非常に興味深いと思われる。

 マツタケの品質保持におよぼす昆虫による被害の最大の要因としては、幼虫の移動、および摂食行動が最も重要な意味を持つことが考えられる。従って、マツタケ品質保持という観点からは、幼虫の蛹化を単に阻止するだけでは、かえって悪影響をおよぼす結果となる。即ち、不適当な線量を照射すると蛹になりきれなかった幼虫が、いつまでも幼虫のままで生き永らえて、移動、摂食を続けるために、結果的にかえってマツタケの品質を低下させてしまう恐れがある。

 次に更に照射線量を増して、幼虫の摂食性と移動性および幼虫の生存割合について検討した。表1に表わした数字は、幼虫の状態での生存割合を示している。

 非照射では、4日目には、全ての幼虫が、蛹になってしまうが、10Krad照射した幼虫では、4日後には、まだ85%が蛹化せず、元気に移動も、摂食も続け、10日後に全て蛹化する。

 20Krad、および30Krad照射した幼虫は、ほとんど蛹にはなれず、90〜95%もの高い割合で、照射10日後にもまだ幼虫のままの状態で、しかも移動も、摂食も共に活発に行なっているのが観察された。40Kradの照射を受けた幼虫の摂食能は著しく阻止されるが、その死滅率は低く、また移動能はそれ程阻止されなかった。さらに線量を60Kradにすると、その移動能は、日数の経過と共に著しく阻害され、4日後には、全く移動しなくなった。しかしその死滅率は、10日後において、まだ50%であり、完全に死滅したのは、15日後であった。

 そして照射によって、ただちにその移動能を完全に阻止するためには、70Kradが、必要で、幼虫の即死線量は、80Kradであることを認めた。

 照射された幼虫の蛹化後の羽化状態についても調べた。その結果を図2の上半分のグラフに示した。3Krad照射された幼虫は、蛹化を経て、ほぼ100%成虫になる。6Kradでは、80%まで羽化するのが、その羽化までに要する日数は、のびる。更にそれ以上の線量では羽化率も減少し、12Kradでは全く羽化が認められなかった。照射幼虫から蛹を経て羽化した成虫には、奇型の発生が認められた。例えば、3Krad照射のものでは、羽が十分にのびきらない奇型成虫が30%程度出現しており、6Kradのものでは、約60%が奇型の状態を呈していた。

 また、たとえ正常な羽化成虫であっても、それが次世代へ引き継ぐ能力、即ち産卵をし、その卵が幼虫として生長できるかどうかについても問題であるが、3Kradのものでは、認められたが、6Kradのものでは、認められなかった。


Table 1 Effect of Irradiation on Larva.
       ┬─────────────────────────┼
       │           Day           │
  Dose ├─────────────────────────┤
       │  0    2    4    8   10  │
       ├─────────────────────────┤
       ├────○・△─────┤            │
  0rad │                         │
       │     (50)  (0)           │
       ├─────────────────────────┤
       ├────────○・△──────────┤   │
  10K  │                         │
       │          (85) (30) (0)  │
       ├─────────────────────────┤
       ├───────────○・△───────────┤
  20K  │                         │
       │               (90) (90) │
       ├─────────────────────────┤
       ├───────────○・△───────────┤
  30K  │                         │
       │               (95) (95) │
       ├─────────────────────────┤
       ├────────────○────────────┤
  40K  │                         │
       │     (95) (90) (90) (80) │
       ├─────────────────────────┤
       ├──────○─────┼─────×──────┤
  60K  │                         │
       │     (95) (90) (80) (50) │
       ├─────────────────────────┤
       ├────────────×────────────┤
  70K  │                         │
       │     (90) (80) (50) (25) │
       ┴─────────────────────────┼
Movement:├──○──┤,Feeding:├──△──┤,Immovable:├──×──┤,
Figures in parentheses:Survival % as Larvae.



Fig.2. Effect of Irradiation on Pupation and Emergence from Larva (4th〜5th inster).


(3) 蛹への照射

 線量率5Krad/hrで2.5Kradから40Kradまでの線量を照射した蛹の羽化率を図3に示した。

 この実験では、蛹化後、2日目の蛹を用いた。他に蛹化後4〜5日目のものについても調べたが、種々の現象におよぼす線量に若干の差はあるが、その傾向には、大差はなかった。

 図3に示したように、5Krad以下の線量では、ほぼ100%羽化している。線量が10Kradになると、羽化率は50%になり、30Kradでは、30%以下になる。そして羽化を完全に阻止する線量は40Kradであることがわかった。なお羽化成虫の奇型発生率は、5Kradで10%程度であり、30Kradでは、羽化成虫の大部分が奇型であった。しかもこの線量では、羽化成虫は、正常、奇型にかかわらず、羽化後短時間のうちに死んでしまった。また照射蛹からの羽化した成虫の不妊化は、非常に低い線量で認められた。即ち2.5Kradの照射を受けた蛹でも、その能力が完全に阻害されていた。


Fig.3. Effect of Irradiation on Emergence of Pupa


(4) 成虫への照射

 羽化後1〜2日目の成虫に線量率5Krad/hrで照射した時の各線量ごとの成虫の生存率を、日を追って調べてみると図4の如くである。非照射成虫は、16日目には100%死滅しているのに対し、線量が増加するにつれて生存日数はのび、80Krad照射したものでは、本実験期間36日目にも、まだ55%以上も生存していた。

 しかし、それ以上の線量を照射すると、次第に生存日数は短かくなっていくことが認められる。なお、図4中の○印、△印、×印は各々照射をうけた成虫の次世代への影響として、幼虫の発生、蛹化および羽化を示した。これによると、10Krad照射成虫までは、次代の幼虫が発生し、それが十分に発育して羽化にまで進むことが認められた。非照射の場合、8日目に幼虫、16日目に蛹、28日目に羽化成虫が認められた。これに対して5Krad、10Krad照射成虫では、各々2日、4日ずつ遅れて各現象が認められており、さらにその発生率も相当抑えられている。これに対し、20Krad照射を受けた成虫では、産卵は認められたものの、幼虫への正常な孵化は認められなかった。この結果は卵への照射実験で20Krad照射をうけた卵には孵化能力は認められたものの、その幼虫は、直ちに死んでしまう結果と、ほぼ一致している。

 図5は、図4に示した結果に基き、成虫の寿命におよぼす影響について、線量と成虫の半数が生存する日数との関係から検討した結果である。これによると、20Kradから80Krad照射をうけた成虫の寿命(ここでは半数残存日数)は非照射のものと比較して極端に延びていることがわかる。しかしこの期間が、どの程度までのびるかは、本実験では確認するまでに至らなかった。なお、この図に基いて成虫の即死線量は150Krad程度であることと推察した。

 フタオビショウジョウバエ成虫それ自体は、直接マツタケに被害を及ぼすものではなく、また、マツタケを照射する場合、その殺虫効果は、卵、幼虫、および蛹に限られているので成虫の照射は、本実験の目的であるマツタケの放射線殺虫という範疇には当てはまらない。

 しかし、放射線照射を受けることによって、その寿命がのびるという現象は、生物学的に非常に興味があり、その原因としては、次のように考えることができよう。すなわち放射線照射により、その生理の代謝機能が低下、抑制され、例えば、呼吸作用、交尾や産卵のようなエネギーの余分な消耗が抑えられるために非照射のものよりも、かえって長生きする結果になっているとも考えられる。


Fig.4. Effect of Irradiation on Adult.



Fig.5. Effect of Irradiation on Life−span of Adult.


(5) その他

 生物の放射線感受性は、照射時の様々な条件によって異る、例えば、温度効果、線量率効果等は良く知られている。

 本報文に示したものは全て、4〜14゜Cの室温下での結果を示したものであるが、別に25゜Cで行った実験では、既述の現象に要する線量は、より低いものだった。また、線量率については、より高い線量率では、より低い線量で、同じ様な結果が与えられる傾向を認めた。

○ 要約

 マツタケ子実体の保蔵において、重要な問題点の1つである虫害に関して、その主因をなすフタオビショウジョウバエの各生育段階に、γ線照射して、その昆虫の放射線感受性をしらべ、虫害防除の基礎的データを得た。

 そのうち代表的な現象発現を線量順に要約すると、次のようである。

(1) 25Krad照射すると卵の孵化が完全に阻止される。

(2) 30Krad照射では、幼虫の蛹化が阻止される。

(3) 40Krad照射すると、蛹の羽化が阻止される。

(4) 80Krad照射で、幼虫は即死状態となる。

(5) 150Krad照射した時、成虫はやっと即死に至る。

 マツタケの品質保持という実用的な点から考えると、一番の問題点は幼虫にある。

 すなわち、幼虫の蛹化を、単に阻止する程度の線量では、幼虫は、そのままの状態で、生き長らえ、しかも摂食能も移動能も十分にもっており、かえってマツタケの品質をそこなう。この摂食能を止める線量は40Kradであり、移動能を阻止する最少線量は70Kradである。

 また産みつけられた卵だけについてみると、15Kradでも、幼虫は正常な生育が阻害されるので、この程度の線量で十分卵から発生する幼虫を阻止できる。

 以上、マツタケの品質を変えず、虫害から守るためには、卵の孵化阻止、幼虫の摂食、移動の停止、成虫の不妊、長寿命化などから考えあわせて、その最少線量はCs−137(500Ci)で70Kradが最適である。

謝辞:本実験を行なうにあたり、高線量照射に協力していただいた大阪府立放射線中央研究所の、小島懋部長に厚くお礼を申し上げます。

○ 文献

1) 青木章平、渡辺宏、佐藤友太郎:日本食品工業学会誌、21(6)、

   290(1974)

2) 森林微生物研会編:マツタケ、117、農文協(1973)




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