フロンガスがオゾン層破壊物質であることは衆知のことであるが、殺虫などに使われている臭化メチルにも同様な作用があるとして、国際的にその規制が検討されている1)。このことは1992年にモントリオール議定書締約国会議においてはじめて問題にされた。アメリカ環境保護庁は、臭化メチルの分解、回収、リサイクル技術が確立されないかぎり2001年1月1日から臭化メチルの使用を禁止するという最終規則を1993年11月30日に公布した。モントリオール議定書締約国会議においては、現在臭化メチルの規則について討議されており、1995年秋には何らかの規制に関する勧告が出されるものと考えられている。世界の臭化メチル使用の80%は土壌消毒、15%が農産物などの燻蒸、5%が建築物の燻蒸である。放射線照射が役立つのは農産物の臭化メチル処理の代替技術としてである。臭化メチルは穀物、果実、野菜、木材、切花など多くの農産物の殺虫処理に利用されており、臭化メチルによる燻蒸が禁止されるとなると、その影響は非常に大きい。現在、臭化メチルの代替になる薬剤の開発および臭化メチルの分解、回収、リサイクル技術の開発のための研究が各国で実施されている。現在、臭化メチル燻蒸の代替技術の一つが放射線照射であるといわれている。
しかし、農産物の中には放射線感受性の高いものと低いものがあり、あらゆる農産物の殺虫に放射線が利用できるわけではない1)。したがって、個々の農産物の放射線感受性について調べるとともに、放射線感受性の高い農産物においては放射線障害を防止する技術を開発することが重要である。放射線に対して特に感受性が高い農産物の一つに菊がある2-5)。菊は頻繁に害虫により汚染しており、わが国に輸入される菊の多くに害虫が付着しており、臭化メチル燻蒸の代替として放射線照射を利用しようとすると、菊の放射線障害を防止する必要がある。
一方、切り花の日持ち剤溶液に照射菊を浸けると放射線障害を防止できると報告されている2-5)。菊の放射線障害を防止する技術を確立するためには、放射線障害を防止している化学物質を解明する必要がある。そこで、菊の放射線障害を防ぐ成分を明らかにするために、照射した菊を種々の生け水にさして貯蔵し、その寿命を観察した。
1.材料
筑波の園芸店で購入した白い一輪ざしの菊(品種:青雲)を用いた。なお、菊は収穫後化学薬剤により処理されていないものを用いた。菊は花1輪と葉5枚をつけて20cmに切り、実験に供した。
2.照射および貯蔵
菊を各種生け水に一晩さした後にガンマセル220を用いて750Gyのガンマ線を照射した。照射後、菊はその生け水にさした状態で25℃で貯蔵した。生け水としては、蒸留水、2% ショ糖、0.02% HQS(8-ヒドロキシキノリン硫酸塩)、1mM STS(チオ硫酸銀)、0.01%DBS(トデシルベンゼンスルフォン酸ナトリウム)および3種類の市販の切花日持ち剤(クリザール(カゴメ)、いきいき(ジョンソントレーディング)、リピート(大正製薬)の2%水溶液を用いた。
3.菊の評価
菊の花を切断して花の重量を測定するとともに、花と葉を肉眼で観察した。
1.市販日持ち剤の影響
水にさした非照射の菊は約3週間枯れず、花が成長して花の重量が増加したが、照射した菊の花は約1週間で枯れはじめ、花の重量も減少した(Fig. 1)。しかし、照射した菊を「いきいき」、「クリザール」、「リピート」のいずれにさしても、花は枯れることなく、花の重量も増加した。照射した菊を日持ち剤につけると、非照射の菊を水につけた時よりも花の重量は大きくなった。また、非照射の菊を日持ち剤につけると照射した菊よりもわずかに重量が大きくなった。
葉の黄変・褐変も照射により推進され、照射した菊の葉は約1週間で枯れた(Fig. 2)。「いきいき」、「クリザール」、「リピート」の日持ち剤は葉の黄変を抑制し、葉は2週間以上枯れなかった。このように、照射した菊を市販の日持ち剤にさしておくことにより、放射線照射により引き起こされる品質劣化を抑制することが可能であった。
2.化学成分が及ぼす影響
日持ち剤には、主な成分として糖、界面活性剤、銀、殺菌剤が含まれている。そこで、これらの成分のうち放射線障害の防止に役立っているものを明らかにするために、糖としてはショ糖、界面活性剤としてはDBS、銀としてSTS、殺菌剤としてHQSを用い、照射した菊に対する効果を調べた。DBS、STS、HQSは放射線障害を防止しなかったが、ショ糖にさした照射菊は非照射の菊と同様の花や葉の寿命を示した(Fig 3,4)。
界面活性剤は茎の水の透過の促進、銀はエチレン生成の抑制、HQSは殺菌作用により、切花の寿命を延長する。また、糖は呼吸の基質となり、さらに生体膜の構造や機能の維持にも大きな役割を果たしている。本実験結果から、水の透過性の変化、エチレン生成、微生物の増殖に伴う水の腐敗や維管束の閉息が放射線障害の原因ではないことがわかる。糖が放射線障害を防ぐメカニズムは明らかではないが、日持ち剤の中の糖が照射した菊の障害の防止に役立っていることが明らかになった。
文献
1)ICGFl;Irradiation as a quarantine treatment of fresh fruits and vegetables, IAEA, Vienna, Austria (1994)
2) H.T.Chiu;Plant Prot.Bull.,Taiwan R.O.C., 28, 139-146 (1986)
3)K.Tanabe and T.Dohino;Res. Bull.Pl.Prot.,Jpn., 29, 1-9 (1993)
4)O.K. Kikuchi,N.L.Del Mastro and F.M.Wiendl;Abstract of 9th IMRP, p.142 (1994)
5)T.Dohino and T.Hayashi ; Res Bull.Pl. Prot., Jpn., 31, 95-100 (1995)
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