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照射効果(IRRADIATION EFFECT):食品に放射線を照射した場合の貯蔵、衛生化等の効果

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発表場所 : 食品照射 第33巻 p.51 (1998)
著者名 : 伊藤 均
著者所属機関名 : 日本原子力研究所高崎研究所
発行年月日 : 1998年
食品由来病原菌の殺菌技術としての食品照射
1.はじめに
2.食品由来の病原菌の種類
3.食品由来の病原性細菌の殺菌効果
4.糸状菌の殺菌
5.おわりに



食品由来病原菌の殺菌技術としての食品照射


食品由来病原菌の殺菌技術としての食品照射
1.はじめに

 食品の衛生管理、流通システムは著しく改善されてきているにもかかわらず、食中毒等の食品由来の病原菌による被害は増大する傾向にあり、図1に示すように先進国共通の問題となっている。わが国では、つい最近まで腸炎ビブリオ菌による食中毒が最も多かったが、ここ数年前よりサルモネラ菌や病原大腸菌による被害が急増している(表1)。わが国等で食品由来の病原菌による病気が急増している原因として、1)食品の国際間流通による病原菌の拡散、2)旅行者や輸入動物による病原菌の持ち込み、3)プラスミドやバクテリオファージによる病原性遺伝子の転移による新しいタイプの病原菌の出現、4)家畜飼育及び医療における抗生物質の乱用による多剤耐性菌の出現、5)人口の都市部への集中及び食材の集中管理による病原菌拡散の広域化、6)食習慣の欧米化等が考えられる。ことに問題なのは、わが国で従来ほとんど発生していなかったサルモネラ・エンテリテイデイスや病原大腸菌O-157:H7による被害が増加しており、海外で多発している食品由来の病原菌はいずれは日本に侵入する可能性があることを示している。わが国の場合、多量の食糧原料を海外からの輸入に依存しており、輸入食品を通じての病原菌や寄生虫の侵入も考えられ、検疫の手段としても放射線処理を検討する必要性があるように思われる。また、生鮮食品を安心して食べるために、放射線による殺菌処理を検討する必要があろう。米国では赤身肉や鶏肉の食品由来の病原菌の放射線殺菌を許可しており、魚介類の放射線殺菌も近く許可される予定である。

2.食品由来の病原菌の種類

 食品由来の病原菌は最近由来のものが多く、わが国ではサルモネラ菌、病原大腸菌、腸炎ビブリオ菌、ブドウ状球菌が主に問題になっている。しかし、外国で問題になっているカンピロバクター、リステリア・モノサイトゲネス、エルシニア菌等による食品由来の病気も今後多発する可能性がある。このうち、病原大腸菌O157:H7型だけでなく、コレラ型や赤痢型など多くの仲間がおり、一般の非病原性大腸菌と見分けにくいため、食品に汚染している大腸菌は殺菌処理しておく必要性が高まっている。すでにO157:H7型は全国に拡散しており、牛肉からの発病も報告されている。また、大腸菌など多くの病原性細菌は10℃前後でも1日に数倍から数万倍に増殖するため、低温での貯蔵・流通中でも管理が悪いと大規模な病気発生の原因となる可能性がある。

 一方、カビ毒が原因となる病気も根絶したわけでないが、最近では社会問題になることは少なくなっている。わが国では第2次世界大戦直後に起こった黄変米事件が有名であるが、米などの穀類に発生するアスペルギルス・ベルシコーラが産生する発癌性のステリグマトシスチン、ピーナツやトウモロコシに発生するアスペルギルス・フラバスが産生するアフラトキシン、ある種のペニシリウム属が出す毒素により病気が起こる可能性がある。カビ毒による中毒は塩素剤の大量処理により生成する毒性物質や水道水等に含まれるトリハロメタンと同様に急性でないため、社会問題になることが少ないが、カビ毒や殺菌剤が原因になる病気も環境ホルモンと同様に多発している可能性がある。

3.食品由来の病原性細菌の殺菌効果

 病原性細菌の多くは芽胞形成能がないため、少ない量の放射線で殺菌する事が出来る。表2に示すように、大腸菌やサルモネラ菌、腸炎ビブリオ菌等多くの細菌類の燐酸緩衝液中での放射線感受性は大差がない。病原大腸菌の場合、殺菌線量は一般の非病原性大腸菌と同じであり、必要殺菌線量はサルモネラ菌より少ない。

 多くの非芽胞形成病原性細菌の殺菌線量は2〜5kGyとされており、腐敗抑制には1〜7kGy必要とされている。サルモネラ菌の場合、生鮮肉中での殺菌線量は2kGyで十分とされているが、病原大腸菌O157:H7の殺菌線量は1.5kGyと報告されている1)。原研での研究結果では2)、鶏肉中の大腸菌群は1kGyで検出限界以下に殺菌され、10℃で貯蔵すると非照射鶏肉では大腸菌群の増殖が急速に起こったが、1kGyでは6日以上にわたり大腸菌群の発生は認められなかった。肉類は大腸菌等の病原性細菌による汚染が多い食品であるが、野菜の場合には土壌から非病原性の土壌由来の大腸菌群で汚染されている場合が多い。従って、野菜の場合には水洗いまたは軽く熱湯に通すだけで病原性細菌の低減が可能と思われる。一方、肉類や魚介類の場合には蛋白質が豊富な食品のため、低温流通下でも菌の増殖が進行し、殺菌処理が必要である。表3は米国で報告されている肉中での食品由来病原性細菌の放射線感受性を示したものであるが3)、原研で得られた結果も同様の傾向を示している。米国で赤身肉の殺菌のために許可した線量は生鮮肉で1.5〜5kGy、冷凍肉で3〜7kGyであり、この線量範囲では多くの病原性細菌を殺菌することが可能である。また、1kGyの低線量でも10℃以下の低温貯蔵と組み合わせれば、病原性細菌の増殖を著しく抑制することが可能である。なお、魚介類中の腸炎ビブリオ菌やコレラ菌はサルモネラ菌や大腸菌より少ない線量で殺菌できる4)。セレウス菌等の有芽胞病原性細菌の場合、殺菌線量は20kGy以上必要である。セレウス菌やボツリヌス菌も10℃で増殖が認められるが、3kGy照射するとセレウス菌では菌の増殖抑制が明確に認められた5)。従って、肉類の場合、低温貯蔵と放射線処理の組み合わせにより食品由来の病気の著しい低減が可能であろう。なお、寄生虫は0.5kGy以下で殺減されるため病原性細菌の殺菌で生残することは考えられない。

 食品由来の病原性細菌は氷温下や冷凍食品中では増殖できないが、数年にわたり安定に生残することができる。このため、解凍時に肉等のドリップ中などで急速に増殖する可能性がある。冷凍下の食肉等を放射線で殺菌する場合、必要線量は生鮮食肉の1.5〜2倍必要であるが、冷凍下で照射する場合には食品の風味や栄養成分がほとんど変化しないという利点がある。

4.糸状菌の殺菌

 穀類や乾燥食品の腐敗にはアスペルギルス属やペニシリウム属の糸状菌が主に関与しているが、腐敗時にカビ毒を産生するものがある。カビ毒は放射線に対して著しく安定であり、50〜100kGy照射しても分解できない。従って、これらのカビ毒を産生する前に、予め糸状菌を放射線で殺菌処理しておく必要があろう。乾燥食品に発生する糸状菌は1〜5kGyで殺菌できるが6,7)、乾燥状態が良好で20℃以下で貯蔵・流通する場合には0.2〜0.5kGyの殺虫線量でも糸状菌の発生を抑制可能と思われる。

5.おわりに

 フランスやオランダ、ベルギーでは鶏肉や冷凍魚介類中に汚染されている病原性細菌が大規模に放射線殺菌されており、欧州連合内で流通している。ことに、フランスでは冷凍された鶏肉が電子加速器で年間1万トン以上殺菌処理されており、ハムやソーセージの原料になっている。米国でも鶏肉の放射線殺菌が行われているが、まだ規模は小さいようである。しかし、牛肉等の挽肉の放射線殺菌が義務づけられようとしており、わが国にも米国の動向は大きな影響を及ぼすと思われる。タイでは豚肉の発酵生ソーセージ中に汚染されている寄生虫やサルモネラ菌による被害が多いが、放射線で殺菌されたソーセージがバンコック市内のスーパーマーケット等で市販されており、消費者に好評である。わが国では行政が食品照射に消極的であるが、鎖国をする意志が国民にないかぎり、国民の健康を守る観点から照射食品の早急な許可が必要であろう。

 文献

 1)D.W.Thayer and G.Boid;Elimination of Escherichia coli O157:H7in meat by gamma-irradiation,Appl.Environ.Microbiol .,59,1930(1993).

 2)Yutapong P.,D.Banati and H.Ito:Shekflife extension of chicken meat by gamma irradiation and microflora changes,Food Sci.Tech.Int.,2(4),1242(1996).

 3)E.A.Murano:Irradiation of fresh meats,Food Technology,December,52(1995).

 4)H.Ito and T.Sato:Changes in the microflora of vienna sausages after irradiation with gamma-rays and storage at 10℃. Agric.Biol.Chem.,37,233(1973).

 5)H.O.Rashid,H.Ito and I.Ishigaki:Distri-bution of pathogenic vibrios and other bacte-ria in imported frozen shrimps and their decontamination by gamma-irradiation,World J.Microbiol.Biochem.,8,494(1992).

 6)M.L.Juri,H.Ito,H.Watanabe and N.Tamura:Distribution of microorganisms in spices and their decontamination by gamma-irradiation,Agric.Biol.Chem.,50,347(1986).

 7)H.Ito and Md.S.Islam:Effect of dose rate on inactivation of microorganisms in spices by electron-beams and gamma-rays irradiation.


表1 平成8年度におけるわが国での食中毒発生状況
原因菌
件数
患者数
死者数
サルモネラ菌
350
16,334
3
ブドウ球菌
44
698
0
ボツリヌス菌
1
1
0
腸炎ビブリオ菌
292
5,241
0
病源大腸菌
179
12,094
8
ウエルシュ菌
27
2,144
0
セレウス菌
5
274
0
エルシニア菌
0
0
0
カンピロバクター
65
1,557
0
ナグビブリオ菌
3
36
0

*魚介類 17%, 肉・卵類 6.5%



表2 病原性大腸菌O-157等食中毒性細菌および一般の大腸菌の燐酸緩衝液中での放射線感受性(0.067M燐酸緩衝液、pH7.0)
菌名
株の種類
D10値(kGy)
病原大腸菌O-157
標準株
0.12
大腸菌 F8
魚粉分離株
0.13
大腸菌 S2
下水汚泥分離株
0.11
大腸菌 B2
鶏肉
0.12
サルモネラ・タイフィムリウム
標準株
0.16
サルモネラ・エンテリティディス
標準株
0.13
リステリア・モノサイトゲネス
鶏肉
0.16
腸炎ビブリオ菌
冷凍魚介類
0.035
ブドウ状球菌
標準株
0.13
緑膿菌
下水汚泥分離株
0.06



表3 生鮮中での食中毒細菌のD10値[Radmyski,Murano,Olson:J.Food Prot.,57,73(1994)]
菌 類
D10値,kGy
リステリア菌
0.40-0.60
サルモネラ菌
0.40-0.50
病原大腸菌O-157:H7*
0.26-0.36
カンピロバクター
0.14-0.32
エルシニア菌
0.14-0.21
エロモナス菌
0.14-0.19

*Thayerらの結果も同じ値を示している。



図1 各国における食品由来サルモネラ症の頻度(世界保健機関)





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