実験方法
1. 供試菌株
2. 乾燥菌体の調整
3. 照射
4. 生残菌数の測定
実験結果
1. ガラス繊維濾紙上での各菌株の放射線感受性
2. 乾燥食品および生薬での各菌種の放射線感受性
乾燥食品材料や生薬、飼料等の殺菌処理には放射線が最も有効と思われるが、品目によっては殺菌効果が著しく異なることがある。この原因として、汚染微生物の種類が異なることが大きく関係しているが、照射対象物の乾燥状態や菌を取りまく成分の影響も関係していると思われる。例えば、多くの香辛料の大腸菌群は 2 〜 3kGy で殺菌されるのに対し、白コショウの大腸菌群は殺菌に 10kGy 必要であったし1)、生薬の中には 15kGy 必要とする品目もあった2)。この場合、香辛料や生薬に汚染している大腸菌群は主に Enterobacter 属で占められていたため、菌種による影響は考えにくい。また、高線量照射後に生残している菌株を分離して放射線感受性を調べても著しい放射線抵抗性は認められていない3)。従って、照射対象物による殺菌効果の相違には菌体内への酸素透過性を抑制する環境条件やフリーラジカルを捕捉する成分の存在が関係している可能性が考えられる4)。
本研究では乾燥食品等の代表的な汚染細菌である Bacillus pumilus、B. cereus、B. megaterium、Enterobacter cloacae、Escherichia coli の代表株および糸状菌の Aspergillus oryzae を用いて、フリーラジカル捕捉剤であるグリセリンにペプトンを加えた状態で食品材料等の担体と共に菌体を乾燥し、放射線殺菌効果に及ぼす乾燥食品等の形状および成分の影響について検討した。
供試菌株は B. pumilus E601 株、B. cereus ATCC4342 株、B. megaterium S31 株、Ent. cloacae K3-2 株、E. coli S2 株、A. oryzae IAM2630 株を用いた。
Bacillus 属の菌株は芽胞形成用培地 (yeast extract 3g、polypeptone 10g、glucose 10g、MnSO4 0.1g、NaCl 3g、agar 20g、水 1l、pH 7.2) に菌を塗布して 30℃・7 日間培養して芽胞を形成させた。得られた芽胞は 70℃ で 15 分加熱処理して栄養細胞を不活性化させ、滅菌蒸留水で 2 回洗浄した。洗浄した芽胞は 2% ペプトン+ 1% グリセリン水溶液に芽胞が 108 〜 109 個/ml となるように懸濁し、放射線等であらかじめ滅菌処理しておいたガラス繊維濾紙や各 15 〜 20g の白米粒、黒コショウ粒、白コショウ粉末、生薬のセンナ粉末に添加し、減圧乾燥した。Ent. cloacae および E. coli は Nutrient broth で 16 時間振とう培養し、得られた定常期細胞を集菌し、洗浄せずに 2% ペプトン+ 1% グリセリン水溶液に懸濁し、各担体に添加し、凍結乾燥した。A. oryzae は Potato-dextrose agar 平板培地上で 30℃・7 日間培養して分生子を分離し、2% ペプトン+ 1% グリセリン水溶液に懸濁し、各担体に添加して凍結乾燥した。各乾燥菌体試料はガラス繊維濾紙は 1 枚、他は各 1g をポリエチレン袋に入れ、照射試料とした。
ガンマ線源は 10 万キュリー (4.0PBq) の Co-60 板状線源を用い、4.0kGy/h の位置で照射し、照射位置の線量率は Fricke 鉄線量計とアラニン線量計であらかじめ測定し、両者が一致することを確認しておいた。電子線照射はダイナミトロン型電子加速器を用い、3MeV、平均電流 1mA、コンベアスピード約 17m/min とし、CTA フイルム線量計により 1 パス当たり 1kGy となる条件で照射した。
各線量照射した乾燥菌体は滅菌生理食塩水 (含 0.01% Tween 20) 50ml を加え、ストマッカーで抽出処理し、各希釈液を Nutrient agar 平板培地または Potato-dextrose agar 平板培地にプラッテンし、出現してくるコロニー数から放射線感受性を比較した。
先に報告したように、ガラス繊維濾紙上に十分乾燥した B. pumilus の洗浄芽胞はガンマ線と電子線で同じ感受性を示し、D10 値は 1.6kGy となる5)。しかし、ガラス繊維濾紙の場合添加物が共存すると放射線に耐性となり電子線による線量率の影響が現れやすいことが明らかになっている6)。本研究の結果でも Fig. 1 に示すように Bacillus 属各菌株の無添加系の D10 値はガンマ線で 0.9 〜 1.8kGy、電子線で 1.0 〜 2.1kGy であるのに対し、添加系ではガンマ線で 1.3 〜 2.0kGy、電子線で 1.4 〜 2.4kGy になった。電子線で D10 値が大きくなるのは、ガンマ線に比べ線量率が著しく高く、照射中に細胞内への酸素拡散量が少ないためである5)。一方、Fig. 2 に示すように、Ent. cloacae の D10 値はガンマ線で 1.3kGy、電子線で 1.6kGy となり、E. coli ではガンマ線で 1.0kGy、電子線で 1.2kGy と両者で大きな差が認められた。A. oryzae の場合の D10 値はガンマ線で 0.50kGy、電子線で 0.53kGy となり両者の差は少なかった。
食品材料や生薬を担体に用いた場合、B. pumilus および B. cereus の D10 値は Table 1 に示すように白コショウ粉末で小さく、セルロース濾紙乾燥と似た値になった6)。一方、白米粒または黒コショウ粒での D10 値はガラス繊維濾紙と同じか若干増加した値になった。また、センナ粉末の場合、D10 値は著しく増加した。しかし、黒コショウを粉末状で照射すると各菌の D10 値は白コショウと同じになった。
B. megaterium や Ent. cloacae、E. coli の場合には D10 値は白コショウでもガラス繊維濾紙より大きくなり、他の担体ではさらに増加した。一方、A. oryzae の場合には担体による D10 値に差は認められなかった。
電子線の場合も Table 2 に示すように、各担体での D10 値はガンマ線より大きいが、細菌類の各菌株による D10 値の変化はガンマ線と同じ傾向を示した。一方、A. oryzae の場合にはガンマ線と電子線で D10 値に差がほとんど認められず、生存曲線の肩の部分が電子線でやや大きくなる程度であった。
本研究の結果では各菌種の放射線殺菌線量は実際の食品材料または生薬より大きくなる傾向が認められた。ことに Ent. cloacae や E. coli の場合、実際の乾燥食品材料に比べ著しく放射線耐性になった。この原因としては、乾燥菌体調整時にグリセリンを添加したことが関係していると思われる。グリセリンは先に報告したように ・OH ラジカルの捕捉剤であり、放射線に対する保護効果が著しく大きい4)。しかし、センナ粉末で各細菌類の放射線耐性が著しく増大するのは、グリセリン以外にもセンナ粉末中に放射線で生じたフリーラジカルを捕捉する成分が含まれていることを示している。一方、白米粒や黒コショウ粒で放射線耐性が増加する原因は粒上ではガラス繊維濾紙と同様に菌体が固まって乾燥され、食品成分やペプトンが菌体を覆うことによって酸素の透過が妨げられるためであろう。白コショウ粉末の場合、B. pumilus と B. cereus の放射線感受性が高くなるのはセルロース繊維濾紙と同様に芽胞が分散された状態で乾燥され、酸素が透過されやすい状態のためであろう6)。
一方、B. megaterium や Ent. cloacae、E. coli の場合、白コショウ粉末でもガラス繊維濾紙より放射線に耐性になる原因はこれらの菌の芽胞や栄養細胞内にグリセリンや類似の放射線保護物質が浸入しやすいためと考えられる。すなわち、前報でも報告したように微生物の放射線感受性には細胞外で生成したフリーラジカルの寄与はほとんど認められず、細胞内で生成したフリーラジカルが大きく寄与している4)。従って、グリセリンなどのラジカル捕捉剤が芽胞や栄養細胞内に入り込み、しかも芽胞や栄養細胞がペプトンなどの物質で覆われた状態で乾燥されると酸素の浸入が阻害され著しく放射線に耐性になると考えられる。また、Ent. cloacae や E. coli がガラス繊維濾紙上で電子線での D10 値が著しく増加したのも、ラジカル捕捉剤と酸素の浸透阻害による線量率効果によって説明できる5)。
しかし、乾燥食品材料に汚染している微生物類の多くは必ずしも放射線保護物質と共存しているわけでなく、大腸菌群の場合には 2 〜 3kGy で殺菌されるものが多い。しかし、生薬や香辛料の一部にはグリセリンと類似のラジカル捕捉物質を含んでいるものがあり、殺菌線量は品目によって異なることが予想される。一方、糸状菌類の場合には A. oryzae と同様に各食品材料や生薬による殺菌線量は大差がないことがこれまでの研究で明らかである1, 2, 5)。A. oryzae などの糸状菌が添加物の影響を受けにくいのは分生子などの壁が厚くグリセリンなどが細胞内に浸入しにくいためであろう。
1) Muhamad L. J., H. Ito, H. Watanabe and N. Tamura : Agric. Biol. Chem., 50(2), 347-355 (1986).
2) 伊藤 均, 鎌倉浩之, 関田節子 : 食品照射, 34(1,2), 16-22 (1999).
3) 中馬 誠, 多田幹郎, 伊藤 均 : 食品照射, 35(1,2), 35-39 (2000).
4) 伊藤 均 : 食品照射, 35(1,2), 1-6 (2000).
5) H. Ito and M. S. Islam : Radiat. Phys. Chem., 43(6), 545-550 (1994).
6) 伊藤 均, 大木由美, 渡辺祐平, 須永博美, 石垣 功 : 防菌防黴, 19(4), 161-166 (1991).
(2001 年 5 月 18 日受理)
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