実験方法
1. 試料
2. 放射線照射
3. 一般生菌数の測定
4. 熱測定6)
食品には大腸菌群、Bacillus 属細菌を中心とした一般生菌、カビ、酵母など多種多様な微生物汚染を受ける可能性があり、これらの中で病原性のある食中毒菌を殺菌するためにγ線、電子線を用いた放射線殺菌がすでに世界各地で実用化されている。例えば香辛料の照射は 100,000 トンに達し、米国においては 2000 年 5 月以来γ線、電子線を用いた冷凍牛肉パテ (ハンバーガー用) の実用照射が開始されている1)。さらにわが国においても香辛料照射の許可申請が成されている2)。
しかしながら、食品の汚染微生物の放射線感受性は多様であり、また照射後の食品からこれらの微生物を抽出する際の効率など、許可された線量域において個々の食品の汚染度に見合った適切な殺菌線量を決定するのは汚染菌の種類や量が比較的少ない医療用具に比べて困難であることが予想される。
我々は微生物が増殖する際、発生する微少な熱量を試料 24 個の同時計測が可能な高感度の熱測定装置で検出し、60Co ガンマ線照射後の酵母、大腸菌、Bacillus pumilus 芽胞、 Bacillus stearothermophilus 芽胞の増殖パターンを図式化した3), 4)。その結果、放射線量を増加させた場合、比較的低線量の場合には増殖時の熱発生のパターンは変化せず、増殖開始時間の遅れ (tα(i)) が増大する、すなわち放射線の効果が殺菌的 (bactericidal) に働いていること、また高線量になるに従って増殖開始後の熱発生量増加の度合い (増殖速度定数 : μi) が減少する、すなわち静菌的 (bacteriostatic) な効果も同時に現れることが明らかになった。これらの熱発生パターンから得られた tα(i) と μi を利用して微生物の最小不活化線量の算出法、及び放射線照射後の微生物の生残率を表す式を考案し、従来のコロニー計数法を用いなくても殺滅菌の評価が可能であることが示された。
この方法を照射食品に適用すれば、汚染微生物の抽出工程が省けるだけでなく、異なる放射線感受性を有する汚染微生物群の不活化の過程を熱発生を通じて総合的に評価できるという利点があり、予測食品微生物学に欠かせない技術としての有用性が期待できる。
本研究においてはモデル食品としてコショウ、冷凍牛肉を選び、熱測定法と通常の食品衛生検査において用いられている寒天平板培養によるコロニ−計測法の結果と比較して、その妥当性を検証した。
本研究に用いた黒コショウ (未殺菌) は小林桂株式会社より恵贈された。また牛肉は大阪府立大学近郊のスーパーマーケットにおいて購入した物を -20℃ において冷凍保存したものを用いた。
黒コショウ種子の場合は 3 g を 15 ml 容の共栓付試験管に入れ、大阪府立大学先端科学研究所の 60Co γ線照射線源 (線量率 12.1 kGy/h または 8.6 kGy/h)5) を用いて 60Co γ線照射を行なった。また冷凍牛肉の場合は 3 g を入れたポリエチレン袋を食塩を寒剤として加えた氷中に浸し、上と同様に 60Co γ線照射を行った。
試料 3g を 0.1% ペプトン水 30 ml とともにポリエチレン袋に入れ、ストマッカー (オルガノ 80 T) を用いて 2 分間抽出した。抽出液を標準寒天培地、またはトリプチケースソイ寒天培地に混釈し、得られたコロニーを計数した。放射線照射処理後の試料の生残菌数についても同様に求めた。
標準寒天培地、またはトリプチケースソイ寒天培地 4 ml を含むガラス製バイアルに黒コショウ種子 5 粒 (〜 0.3 g) または牛肉試料 3 g を加えて密栓した。このバイアルを熱測定装置のサーモブロック (24 個の同時計測が可能) にセットし、温度を 30℃ に保った状態で熱の出入りを検出し、A/D 変換器によりデジタル化してコンピュータに取り込み、熱発生のパターンを解析した (Fig. 1 参照)。
本研究に用いた黒コショウ種子に付着していた一般生菌数は 5.9×108 個/g を数えたが、60Co γ線照射に伴い減少し、12 kGy を越える照射においては検出されなくなった (Fig. 2)。
同じ黒コショウ種子に対して、照射後熱測定を行ったところ、Fig. 3 に示すような熱発生ピークが検出され、放射線量の増加に伴い、増殖開始時間の遅れ (tα(i)) が増大し、逆にピークの高さとともに増殖速度定数 (μ) が減少していることが見いだされた。このことは、線量の増加に伴って殺滅された菌数が増加すると同時に増殖力が衰えた菌数も増加していることを示している。以上の結果より放射線の黒コショウ種子の汚染菌に対する効果は殺菌的であると同時に静菌的であるという二面性を有していることが示唆される。Fig. 3 に示された熱発生パターンより、各線量における tα(i) と μi を求め、非照射における tα(0) と μm に対する割合を線量に対してプロットしたグラフを Fig. 4 に示す。これらのグラフに記された放射線量 i に対する tα(0)/tα(i) と μi/μm の関係式は k1、m1、k2、m2 を定数として以下のように表される6), 7)。
Fig. 4 の曲線は k1=0.14, m1=0.72, k2=0.11, m2=0.86 を用いて近似したものである。これらの式を用いて汚染菌の増殖挙動が完全に失われる最小線量、すなわち近似式によって描かれた曲線が線量を表す横軸と交差する点の線量値 (Minimum inhibition dose : MID) を求めると殺菌的な効果、 tα(0)/tα(i) に基づいた場合 (MIDθ) はおよそ 15 kGy、また μi/μm に基づいた場合 (MIDμ) は 13 kGy と算出される。これらの値は Fig. 2 で示されたようにストマッカーにより照射試料から抽出された汚染菌の生残曲線が示す結果と矛盾しない。
一方、牛肉試料の場合はストマッカー抽出により 7.7×104 個/g の一般生菌により汚染されていることが判明したが、この場合も黒コショウ種子と同様、ガンマ線照射により菌数は減少し、4 kGy 以上の線量では生残菌は検出されなかった (Fig. 5)。また同じ量の未抽出試料について熱測定を行ったところ、得られた熱発生ピークは、黒コショウ種子の場合と同様の減少挙動を示した (Fig. 6)。しかしながらストマッカー抽出液のコロニー計数法では生残菌が検出されなかった線量域、すなわち 4、5 kGy の照射においても熱発生ピークが観察された。このパターンから tα(i) を求め、上と同様に線量 i に対する tα(0)/tα(i) の近似式から最小不活化線量を求めると 8.6 kGy となる。この値は Fig. 5 が示す不活化線量の約 2 倍であり、より安全側に不活化線量が設定できたことを意味するものである。
このことは、冷凍牛肉の場合、ストマッカーによっても汚染菌を完全に抽出することは困難であり、その結果、γ線照射後の汚染菌の不活化状態に関する情報が曖昧になる恐れがある。しかしながら、熱測定法を用いることにより牛肉のγ線照射後の生残菌をより高感度で検出でき、より正確で安全性の高い不活化線量の決定が可能になるものと期待される。
1) 古田雅一 : 食品照射 36 (1,2), 38 (2001).
2) 小林博司 : 第 8 回放射線プロセスシンポジウム講演要旨集, 116 (2000).
3) S. Wirkner, K. Takahashi, M. Furuta, and T. Hayashi : Netsu Sokutei 28 (3), 106 (2001).
4) S. Wirkner, K. Takahashi, M. Furuta, and T. Hayashi : Radiat. Phys. Chem. 63 (3-6), 327 (2002).
5) J. Furuta, et al. : Ann. Rep. Rad. Ctr. Osaka 10, 65 (1970).
6) 高橋克忠 : 防菌防黴, 24, 313, (1996).
7) O. A. Antoce, et al. : Biocontrol Sci., 1, 3 (1996).
(2002 年 8 月 4 日受理)
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