放射線の生物に対する作用は紫外線と似ており遺伝子、すなわちDNAの損傷を引き起こしやすい。放射線の作用は多くの場合水の分解によって生じるヒドロキシルラジカルによる間接作用が中心であり、放射線による直接作用は少ない。このヒドロキシルラジカルは薬剤や生体内の代謝反応の過程でも生成していることが近年明らかとなってきており、放射線特有の反応とは言えなくなっている。さて、食品照射に用いる放射線はガンマ線、エックス線、電子線に限られているためヒドロキシルラジカルはDNAの1本鎖切断に主に関与している。生物には損傷を受けたDNAを修復する酵素系があるが、修復能力は生物の種類によって差がある。DNAの修復は多くの場合、正常な遺伝形質を保持するが、時には修復のミスによって突然変異を生ずることがある。細菌類の場合、放射線や紫外線による突然変異発生率は低い傾向にあり、発癌剤の方が突然変異株を簡単に取得することができる。コレラ菌やサルモネラ菌等の病原菌の場合も放射線による突然変異発生の可能性は十分あるが、その発生の程度は紫外線と同程度か低めと思われる。なぜなら紫外線の場合の損傷はDNAの塩基の構成成分であるチミンが二量体となるために損傷が起こり、この場合の方が修復ミスの可能性が大きいと思われるからである。しかし、理論的には放射線による突然変異発生率は少ないとしても、紫外線に較べデータが少なく、さらに研究を継続する必要があると思われる。
文 献
1) 近藤 宗平:分子放射線生物学、東京大学出版会、1972年
2) John W.Drake著、鈴木 はん之監訳:突然変異の分子生物学、丸善(株)、1973年。
3) 伊藤 均:食品照射と放射線殺菌に対する国際的並びにわが国の現状、防菌防黴誌、14(5)、233(1986)。
4) 関口 睦夫:DNA修復をめぐる諸問題、放射線科学、22(5)、89(1984)。
5) 池田 庸之助:微生物遺伝子学、(株)地球社、1975年。
6) M.Isildar and G.Bakale:Radiation−induced mutagenicity and lethality in Ames tester strains of Salmonella,Radiation Research
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