わが国では腸炎ビブリオ菌による食中毒が現在でも第1位を占めているが、欧米ではサルモネラ菌による被害が深刻な問題となっている。欧米諸国と日本で食中毒の種類が違うのは食習慣によるものであり、日本人は魚介類の刺身や半生製品を好むのに対し、欧米人は肉食が中心のためである。わが国では近年、魚介類の輸入が急増しているため、腸炎ビブリオ菌だけでなくコレラ菌や寄生虫による被害も出てくる可能性がある。最近では腸炎ビブリオやブドウ状球菌等の旧来の食中毒以外にもカンピロバクターやエルシニア菌、リステリア菌、アエロモナス菌など低温でも増殖可能な菌による食中毒が問題となってきている。近年食品衛生に関する技術の進歩はめざましく、国民の衛生状態は改善されてきているが、相変わらず食中毒の問題は解決されていない(表2−1、表2−2)。
冷凍食品の中では微生物は増殖できないが、2年でも3年でも生き残ることができる。解凍した場合には食品の組織が破壊され微生物による腐敗が進行しやすい状態になるため、病原菌も急速に増殖する。病原微生物で汚染された素材食品を冷凍した場合、それが食中毒源となることがあり、例えば、冷凍エビが原因となる食中毒が世界中で起こっている。(8項でまとめて言及)
加熱殺菌は古代より経験的に医療用具等に利用されてきた。食品の殺菌技術として加熱殺菌を利用したのはパスツールがワイン製造に利用したのが最初であろう。加熱殺菌は牛乳、肉加工品、水産練製品等に広く利用されている。微生物、特に病原菌の多くは、胞子を形成する細菌を除いて、水共存下では60℃で約30分間加熱すれば死滅する。しかし、ボツリヌス菌やウエルシュ菌、セレウス菌等の食中毒菌の胞子は100℃で加熱しても短時間で殺菌することはできない(表2−3)。このため低酸性の缶詰食品では110〜130℃の高温で商業的殺菌を行っている。
細菌の食中毒以外ではカビ毒(表2−4)による被害も問題である。これは貯蔵食品に生育するペニシリウムやアスペルギルス等のカビやフザリウム等の植物病原菌のカビが生産する毒素でマイコトキシンと呼ばれている。トウモロコシやピーナッツに発生するカビであるアスペルギルス・フラバスが生産するアフラトキシンは地球上で最強とも言われる経口発ガン性物質である。わが国では、寄生虫の被害は戦前と比べ激減しているが、輸入食品の急増と共に日本では知られていない種類の寄生虫による奇病が多くなってきている。ことに熱帯産の寄生虫には体内より皮膚を破って外部まではいでてくるようなものもおり要注意である。肉類や水産物には様々な寄生虫がひそんでおり、例えば、サケ・マスに寄生するサナダ虫による被害はわが国では1960年から30年間に500例近い症例が報告されている。今後はグルメブームとともに被害が多くなる可能性がある。
年 次 |
事 件 数 (件) |
患 者 数 (人) |
死者数 (人) |
1事件当 たりの患 者数 (人) |
り患率 人 口 10万対 |
死亡率 人 口 10万対 |
致命率 (%) |
昭和25年(1950) |
1,102 |
19,992 |
370 |
18.1 |
24.0 |
0.5 |
1.9 |
26 (1951) |
955 |
17,942 |
287 |
18.8 |
21.2 |
0.3 |
1.6 |
27 (1952) |
1,488 |
23,860 |
212 |
16.0 |
27.8 |
0.2 |
0.9 |
28 (1953) |
1,344 |
23,102 |
198 |
17.2 |
26.5 |
0.2 |
0.9 |
29 (1954) |
1,354 |
22,528 |
358 |
16.6 |
25.5 |
0.4 |
1.6 |
30 (1955) |
3,277 |
63,745 |
554 |
19.5 |
71.4 |
0.6 |
0.9 |
31 (1956) |
1,665 |
28,286 |
271 |
17.0 |
31.3 |
0.3 |
1.0 |
32 (1957) |
1,716 |
24,164 |
300 |
14.1 |
26.5 |
0.3 |
1.2 |
33 (1958) |
1,911 |
31,056 |
332 |
16.3 |
33.8 |
0.4 |
1.1 |
34 (1959) |
2,468 |
39,899 |
318 |
16.2 |
42.9 |
0.3 |
0.8 |
35 (1960) |
1,877 |
37,253 |
218 |
19.8 |
39.9 |
0.2 |
0.6 |
36 (1961) |
2,631 |
53,362 |
238 |
20.3 |
56.6 |
0.3 |
0.4 |
37 (1962) |
1,916 |
38,166 |
167 |
19.9 |
40.1 |
0.2 |
0.4 |
38 (1963) |
1,970 |
38,344 |
164 |
19.5 |
39.9 |
0.2 |
0.4 |
39 (1964) |
2,037 |
41,638 |
146 |
20.4 |
42.8 |
0.2 |
0.4 |
40 (1965) |
1,208 |
29,018 |
139 |
24.0 |
29.5 |
0.1 |
0.5 |
41 (1966) |
1,400 |
31,204 |
117 |
22.3 |
31.5 |
0.1 |
0.4 |
42 (1967) |
1,565 |
39,760 |
120 |
25.4 |
39.6 |
0.1 |
0.3 |
43 (1968) |
1,093 |
33,041 |
94 |
30.2 |
32.6 |
0.1 |
0.3 |
44 (1969) |
1,360 |
49,396 |
82 |
36.3 |
48.1 |
0.1 |
0.2 |
45 (1970) |
1,133 |
32,516 |
63 |
28.7 |
31.3 |
0.1 |
0.2 |
46 (1971) |
1,118 |
30,731 |
46 |
27.5 |
29.3 |
0.0 |
0.1 |
47 (1972) |
1,405 |
37,216 |
37 |
26.5 |
35.0 |
0.0 |
0.1 |
48 (1973) |
1,201 |
36,832 |
39 |
30.7 |
33.9 |
0.0 |
0.1 |
49 (1974) |
1,202 |
25,986 |
48 |
21.6 |
23.6 |
0.0 |
0.2 |
50 (1975) |
1,783 |
45,277 |
52 |
25.4 |
40.4 |
0.0 |
0.1 |
51 (1976) |
831 |
20,933 |
26 |
25.2 |
18.5 |
0.0 |
0.1 |
52 (1977) |
1,276 |
33,188 |
30 |
26.0 |
29.1 |
0.0 |
0.1 |
53 (1978) |
1,271 |
30,547 |
40 |
24.0 |
26.5 |
0.0 |
0.1 |
54 (1979) |
1,168 |
30,161 |
22 |
25.8 |
26.0 |
0.0 |
0.1 |
55 (1980) |
1,001 |
32,737 |
23 |
32.7 |
28.0 |
0.0 |
0.1 |
56 (1981) |
1,108 |
30,027 |
13 |
27.1 |
25.5 |
0.0 |
0.0 |
57 (1982) |
923 |
35,536 |
12 |
38.5 |
29.0 |
0.0 |
0.0 |
58 (1983) |
1,095 |
37,023 |
13 |
33.8 |
31.0 |
0.0 |
0.0 |
59 (1984) |
1,047 |
33,084 |
21 |
31.6 |
27.5 |
0.0 |
0.1 |
60 (1985) |
1,177 |
44,102 |
12 |
37.5 |
36.4 |
0.0 |
0.0 |
61 (1986) |
899 |
35,556 |
7 |
39.6 |
29.2 |
0.0 |
0.0 |
62 (1987) |
840 |
25,368 |
5 |
30.2 |
20.7 |
0.0 |
0.0 |
63 (1988) |
724 |
41,439 |
8 |
57.2 |
33.7 |
0.0 |
0.0 |
平成元年 (1989) |
927 |
36,479 |
10 |
39.4 |
29.6 |
0.0 |
0.0 |
(厚生省食品衛生統計平成元年度資料より) |
年 |
発生月日 |
発生場所 |
患 者 数 |
原 因 食 品 |
病 因 物 質 |
原 因 施 設 |
60 |
2月 1日 |
岡山県 |
1,124 |
給 食 弁 当 |
不 明 |
飲 食 店 |
3月 6日 |
東京都 |
835 |
不明(会食料理) |
不 明 |
飲 食 店 |
|
4月18日 |
栃木県 |
778 |
不 明 |
カンピロバクター |
学校給食施設 |
|
4月19日 |
北海道 |
686 |
学校給食用弁当 (ミルクファイバーライス) |
ウエルシュ菌 |
飲食店営業(仕出し屋) |
|
6月18日 |
東京都 |
710 |
旅行中の食事 |
カンピロバクター |
不 明 |
|
6月20日 |
福島県 |
661 |
不 明 |
病原大腸菌 |
飲 食 店 |
|
6月28日 |
埼玉県 |
3,010 |
不 明 |
カンピロバクター |
学校給食施設 |
|
8月18日 |
大分県 |
525 |
飲 料 水 |
カンピロバクター |
飲 食 店 |
|
10月10日 |
茨城県 |
557 |
紅 鮭 弁 当 |
ブドウ球菌 |
飲食店営業(仕出し屋) |
|
患者数合計 |
|
7,360名 |
|
|
|
|
61 |
5月19日 |
静岡県 |
1,216 |
学 校 給 食 |
カンピロバクター |
学校給食施設 |
5月19日 |
京都府 |
508 |
学 校 給 食 |
カンピロバクター |
学校給食施設 |
|
6月 4日 |
東京都 |
636 |
カニチャーハン |
腸炎ビブリオ |
飲食店営業 |
|
7月10日 |
秋田県 |
588 |
学 校 給 食 |
不 明 |
学校給食施設 |
|
7月29日 |
栃木県 |
602 |
肉めし弁当 |
サルモネラ菌属 |
飲食店営業 |
|
9月11日 |
神奈川県 |
1,328 |
弁 当 (きゅうりの南蛮漬) |
腸炎ビブリオ ビブリオ・ルピアリス |
飲食店営業(仕出し屋) |
|
9月18日 |
静岡県 |
887 |
月見だんご(学校給食用) |
ブドウ球菌 |
製 造 所 |
|
11月13日 |
青森県 |
1,137 |
不 明 |
ウエルシュ菌 |
学校給食施設 |
|
12月 3日 |
滋賀県 |
806 |
牛 乳 |
不 明 |
製 造 所 |
|
12月23日 |
静岡県 |
529 |
不明(学校給食) |
不 明 |
学校給食施設 |
|
患者数合計 |
|
8,237名 |
|
|
|
|
62 |
2月18日 |
長野県 |
583 |
不 明 |
不 明 |
旅 館 |
4月23日 |
群馬県 |
886 |
不明(学校給食) |
不 明 |
学校給食施設 |
|
5月22日 |
山梨県 |
503 |
不 明 |
ブドウ球菌 病原大腸菌 |
旅 館 |
|
6月11日 |
京都市 |
840 |
ポテトサラダ |
サルモネラ菌属 |
学校給食施設 |
|
10月16日 |
群馬県 |
790 |
バンバンジー (肉類加工品) |
サルモネラ菌属 カンピロバクター |
学校給食施設 |
|
患者数合計 |
|
3,602名 |
|
|
|
|
63 |
5月 1日 |
北海道 |
552 |
鯨 肉 |
サルモネラ菌属 |
そ の 他 |
5月22日 |
東京都 |
677 |
飲 料 水 |
カンピロバクター |
飲 食 店 |
|
6月 9日 |
熊本県 |
2,051 |
不明(学校給食) |
不 明 |
学校給食施設 |
|
6月27日 |
北海道 |
10,476 |
錦 糸 卵 |
サルモネラ菌属 |
製 造 所 |
|
7月13日 |
北海道 |
670 |
笹 雪 豆 腐 |
病原大腸菌 |
製 造 所 |
|
11月 1日 |
山形県 |
1,715 |
不明(学校給食) |
その他の細菌 |
不 明 |
|
患者数合計 |
|
16,141名 |
|
|
|
|
元 |
5月 3日 |
福島県 |
1,087 |
学 校 給 食 |
カンピロバクター |
学校給食施設 |
|
7月14日 |
静岡県 |
675 |
学 校 給 食 |
病原大腸菌 |
学校給食施設 |
|
7月30日 |
静岡県 |
673 |
旅 館 料 理 |
サルモネラ菌属 |
旅 館 |
|
9月 4日 |
長野県 |
680 |
水 道 水 |
サルモネラ菌属 |
そ の 他 |
|
9月 8日 |
岡山県 |
1,721 |
給 食 弁 当 |
病原大腸菌 |
製 造 所 |
|
患者数合計 |
|
4,836名 |
|
|
|
(厚生省食品衛生統計平成元年度資料より) |
微 生 物 |
症 状 |
発育可能温度 |
死 滅 条 件 |
食 中 毒 予防対策等 |
腸炎ビブリオ |
悪心、嘔吐、 腹痛、下痢、 発熱・2〜3 日で回復 |
5〜44℃で10 分で倍増 |
100℃で1分 60℃で15分 |
冷蔵、十分な 水洗。加熱調 理。生育に食 塩を要求 |
サルモネラ菌 属 |
悪心、嘔吐、 腹痛、下痢、 発熱。小児・ 老人で脱水等 重症・1週間 以内に回復 |
5〜47℃ |
60℃で6.5分 :条件により 異なる |
食前加熱、調 理後の再汚染 防止 |
カンピロバク ター |
嘔吐、腹痛、 下痢、発熱。 小児では血便 あり・1〜3 日で回復 |
31〜45℃ |
低温殺菌(63 ℃、30分) |
食前加熱 |
病原大腸菌 |
悪心、嘔吐、 腹痛、下痢、 発熱等。重症 はコレラ症状 1〜7日で回 復 |
|
低温殺菌 |
食前加熱 |
エルシニア |
幼少児で腹痛 、下痢の胃腸 炎症状、成人 で胃腸炎等各 種臓器に感染 |
−1〜45℃ |
低温殺菌可能 |
冷蔵庫を過信 しない。食前 加熱 |
ブドウ球菌 |
唾液分泌増加 →悪心、嘔吐 、腹痛、下痢 等。脱水等重 症 |
6〜46℃7% 食塩中でも増殖可 能 |
60℃で7.9分 :条件により 異なる |
食品内毒素型。 毒素は100℃ 30分加熱でも 失活せず |
リステリア菌 |
胃腸炎・イン フルエンザ様 症状で髄膜炎 特に新生児、 乳幼児、妊産 婦等は注意 |
|
低温殺菌 |
食前加熱、生乳 は危険 |
ボツリヌス菌 A、B型菌 E型菌 |
悪心、嘔吐、 下痢又は胃腸 炎なく脱力感 、瞳孔散大等 致命率30〜 50% |
10〜48℃ 3.3〜45℃ |
121℃で15分 100℃で6時間 (A、B型菌芽胞 ) 100℃で5分 (E型菌芽胞) |
食品内毒素型。 毒素は80℃、 30分又は数分 間煮沸で失活 |
ウエルシュ菌 |
腹痛、下痢、 非発熱等。1 〜2日で回復 |
15〜50℃ |
100℃で4時間 |
生体内毒素型。 調理後30〜50 ℃で長時間放置 しない事 |
セレウス菌 |
悪心、嘔吐、 腹痛、下痢、 頭痛等。ブド ウ球菌に類似 1〜2日で回 復 |
10〜48℃ |
|
|
(緒方編著、基礎食品衛生学、朝倉書店、1990を基に作成) |
属 |
マイコトキシン |
主 な 生 産 カ ビ |
汚 染 食 品 |
標的臓器 |
備 考 |
ア ス ペ ル ギ ル ス 属 |
アフラトキシン |
Aspergillus flavus |
ピーナッツ、トウモロコシ、 麦、米等 |
肝 臓 |
・B1、B2、G1、G2、M1等16種 ・七面鳥X病の原因物質 ・強烈な肝発ガン性 |
ステリグマトシスチン |
A.versicolor |
米、麦類、小麦粉、みそ等 |
肝 臓 |
・肝発ガン性 |
|
オクラトキシン |
A.ochraceus |
麦類、トウモロコシ |
肝 臓 腎 臓 |
・同族体(5〜6種)のうちAが主 ・肝グリコーゲン量低下 ・腎機能を強く障害 |
|
ペ ニ シ リ ウ ム 属 |
シトレオビリジン |
Penicillium citreo−viride |
米 |
中枢神経 |
・衝心脚気様症状 |
ルテオスカイリン |
P.islandicum |
米等 |
肝 臓 |
・黄変米の原因物質 ・肝硬変、肝ガン |
|
サイクロクロロチン (イスランジトキ シン) |
P.islandicum |
米 |
肝 臓 |
・黄変米の原因物質 ・肝硬変、肝ガン ・構造式中のClをはずす |
|
シトリニン |
P.citrinum |
穀物 |
腎 臓 |
・尿細管の再吸収能低下 ・尿量増加 |
|
バツリン |
P.expansum |
麦芽根、小麦、 リンゴジュース |
中枢神経 |
・RNA合成酵素阻害 ・催腫瘍性 |
|
フ ザ リ ウ ム 属 |
T−2トキシン |
Fusarium sporotrichioides |
トウモロコシ麦類、 その他穀物 |
胸 腺 腸 管 皮 膚 |
・麦の赤カビ病の原因物質 ・起炎性、嘔吐、白血球数減少、 小腸粘膜障害、造血機能障害 ・真核細胞親和性の蛋白質合成阻害 |
ニバレノール |
F.nivale |
胸 腺 |
|||
フザレノン−X |
F.nivale |
胸 腺 |
|||
ゼアラレノン |
F.graminearum |
子 宮 |
・豚の不妊の原因物質 |
(緒方編著、基礎食品衛生学、朝倉書店、1990を基に作成) |
|