食品照射に関する文献検索

Q&A(QUESTION and ANSWER)

専門的解説 効果と安全性


Q&A集タイトル : 食品照射の効果と安全性
発行機関名 : 日本原子力文化振興財団
発行年月日 : 平成3年3月
<答>



2.食中毒、カビの毒、寄生虫


<答>

 わが国では腸炎ビブリオ菌による食中毒が現在でも第1位を占めているが、欧米ではサルモネラ菌による被害が深刻な問題となっている。欧米諸国と日本で食中毒の種類が違うのは食習慣によるものであり、日本人は魚介類の刺身や半生製品を好むのに対し、欧米人は肉食が中心のためである。わが国では近年、魚介類の輸入が急増しているため、腸炎ビブリオ菌だけでなくコレラ菌や寄生虫による被害も出てくる可能性がある。最近では腸炎ビブリオやブドウ状球菌等の旧来の食中毒以外にもカンピロバクターやエルシニア菌、リステリア菌、アエロモナス菌など低温でも増殖可能な菌による食中毒が問題となってきている。近年食品衛生に関する技術の進歩はめざましく、国民の衛生状態は改善されてきているが、相変わらず食中毒の問題は解決されていない(表2−1、表2−2)。

 冷凍食品の中では微生物は増殖できないが、2年でも3年でも生き残ることができる。解凍した場合には食品の組織が破壊され微生物による腐敗が進行しやすい状態になるため、病原菌も急速に増殖する。病原微生物で汚染された素材食品を冷凍した場合、それが食中毒源となることがあり、例えば、冷凍エビが原因となる食中毒が世界中で起こっている。(8項でまとめて言及)

 加熱殺菌は古代より経験的に医療用具等に利用されてきた。食品の殺菌技術として加熱殺菌を利用したのはパスツールがワイン製造に利用したのが最初であろう。加熱殺菌は牛乳、肉加工品、水産練製品等に広く利用されている。微生物、特に病原菌の多くは、胞子を形成する細菌を除いて、水共存下では60℃で約30分間加熱すれば死滅する。しかし、ボツリヌス菌やウエルシュ菌、セレウス菌等の食中毒菌の胞子は100℃で加熱しても短時間で殺菌することはできない(表2−3)。このため低酸性の缶詰食品では110〜130℃の高温で商業的殺菌を行っている。

 細菌の食中毒以外ではカビ毒(表2−4)による被害も問題である。これは貯蔵食品に生育するペニシリウムやアスペルギルス等のカビやフザリウム等の植物病原菌のカビが生産する毒素でマイコトキシンと呼ばれている。トウモロコシやピーナッツに発生するカビであるアスペルギルス・フラバスが生産するアフラトキシンは地球上で最強とも言われる経口発ガン性物質である。わが国では、寄生虫の被害は戦前と比べ激減しているが、輸入食品の急増と共に日本では知られていない種類の寄生虫による奇病が多くなってきている。ことに熱帯産の寄生虫には体内より皮膚を破って外部まではいでてくるようなものもおり要注意である。肉類や水産物には様々な寄生虫がひそんでおり、例えば、サケ・マスに寄生するサナダ虫による被害はわが国では1960年から30年間に500例近い症例が報告されている。今後はグルメブームとともに被害が多くなる可能性がある。


表2−1 年次別食中毒発生状況(昭和25〜平成元年)
 年       次 
           
           
           
事 件 数
 (件) 
     
     
患 者 数 
 (人)  
      
      
死者数
(人)
   
   
1事件当
たりの患
者数  
 (人)
り患率 
人 口 
10万対
    
死亡率 
人 口 
10万対
    
致命率
(%)
   
   
昭和25年(1950)
1,102
19,992
370
18.1
24.0
0.5 
1.9
  26 (1951)
  955
17,942
287
18.8
21.2
0.3 
1.6
  27 (1952)
1,488
23,860
212
16.0
27.8
0.2 
0.9
  28 (1953)
1,344
23,102
198
17.2
26.5
0.2 
0.9
  29 (1954)
1,354
22,528
358
16.6
25.5
0.4 
1.6
  30 (1955)
3,277
63,745
554
19.5
71.4
0.6 
0.9
  31 (1956)
1,665
28,286
271
17.0
31.3
0.3 
1.0
  32 (1957)
1,716
24,164
300
14.1
26.5
0.3 
1.2
  33 (1958)
1,911
31,056
332
16.3
33.8
0.4 
1.1
  34 (1959)
2,468
39,899
318
16.2
42.9
0.3 
0.8
  35 (1960)
1,877
37,253
218
19.8
39.9
0.2 
0.6
  36 (1961)
2,631
53,362
238
20.3
56.6
0.3 
0.4
  37 (1962)
1,916
38,166
167
19.9
40.1
0.2 
0.4
  38 (1963)
1,970
38,344
164
19.5
39.9
0.2 
0.4
  39 (1964)
2,037
41,638
146
20.4
42.8
0.2 
0.4
  40 (1965)
1,208
29,018
139
24.0
29.5
0.1 
0.5
  41 (1966)
1,400
31,204
117
22.3
31.5
0.1 
0.4
  42 (1967)
1,565
39,760
120
25.4
39.6
0.1 
0.3
  43 (1968)
1,093
33,041
 94
30.2
32.6
0.1 
0.3
  44 (1969)
1,360
49,396
 82
36.3
48.1
0.1 
0.2
  45 (1970)
1,133
32,516
 63
28.7
31.3
0.1 
0.2
  46 (1971)
1,118
30,731
 46
27.5
29.3
0.0 
0.1
  47 (1972)
1,405
37,216
 37
26.5
35.0
0.0 
0.1
  48 (1973)
1,201
36,832
 39
30.7
33.9
0.0 
0.1
  49 (1974)
1,202
25,986
 48
21.6
23.6
0.0 
0.2
  50 (1975)
1,783
45,277
 52
25.4
40.4
0.0 
0.1
  51 (1976)
  831
20,933
 26
25.2
18.5
0.0 
0.1
  52 (1977)
1,276
33,188
 30
26.0
29.1
0.0 
0.1
  53 (1978)
1,271
30,547
 40
24.0
26.5
0.0 
0.1
  54 (1979)
1,168
30,161
 22
25.8
26.0
0.0 
0.1
  55 (1980)
1,001
32,737
 23
32.7
28.0
0.0 
0.1
  56 (1981)
1,108
30,027
 13
27.1
25.5
0.0 
0.0
  57 (1982)
  923
35,536
 12
38.5
29.0
0.0 
0.0
  58 (1983)
1,095
37,023
 13
33.8
31.0
0.0 
0.0
  59 (1984)
1,047
33,084
 21
31.6
27.5
0.0 
0.1
  60 (1985)
1,177
44,102
 12
37.5
36.4
0.0 
0.0
  61 (1986)
  899
35,556
  7
39.6
29.2
0.0 
0.0
  62 (1987)
  840
25,368
  5
30.2
20.7
0.0 
0.0
  63 (1988)
  724
41,439
  8
57.2
33.7
0.0 
0.0
平成元年 (1989)
  927
36,479
 10
39.4
29.6
0.0 
0.0

(厚生省食品衛生統計平成元年度資料より)



表2−2 1事件当たり患者数500人以上の食中毒事件(昭和60〜平成元年)
 年
 発生月日 
発生場所
患 者 数  
原 因 食 品      
病 因 物 質   
原 因 施 設    
60
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 2月 1日
岡山県 
 1,124 
給 食 弁 当      
不     明   
飲  食  店    
 3月 6日
東京都 
   835 
不明(会食料理)     
不     明   
飲  食  店    
 4月18日
栃木県 
   778 
不     明      
カンピロバクター  
学校給食施設     
 4月19日
      
北海道 
    
   686 
       
学校給食用弁当      
(ミルクファイバーライス)
ウエルシュ菌    
          
飲食店営業(仕出し屋)
           
 6月18日
東京都 
   710 
旅行中の食事       
カンピロバクター  
不     明    
 6月20日
福島県 
   661 
不     明      
病原大腸菌     
飲  食  店    
 6月28日
埼玉県 
 3,010 
不     明      
カンピロバクター  
学校給食施設     
 8月18日
大分県 
   525 
飲  料  水      
カンピロバクター  
飲  食  店    
10月10日
茨城県 
   557 
紅 鮭 弁 当      
ブドウ球菌     
飲食店営業(仕出し屋)
患者数合計 
      
    
    
 7,360名
       
             
             
          
          
           
           
61
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 5月19日
静岡県 
 1,216 
学 校 給 食      
カンピロバクター  
学校給食施設     
 5月19日
京都府 
   508 
学 校 給 食      
カンピロバクター  
学校給食施設     
 6月 4日
東京都 
   636 
カニチャーハン      
腸炎ビブリオ    
飲食店営業      
 7月10日
秋田県 
   588 
学 校 給 食      
不     明   
学校給食施設     
 7月29日
栃木県 
   602 
肉めし弁当        
サルモネラ菌属   
飲食店営業      
 9月11日
      
神奈川県
    
 1,328 
       
弁     当      
(きゅうりの南蛮漬)   
腸炎ビブリオ    
ビブリオ・ルピアリス
飲食店営業(仕出し屋)
           
 9月18日
静岡県 
   887 
月見だんご(学校給食用) 
ブドウ球菌     
製  造  所    
11月13日
青森県 
 1,137 
不     明      
ウエルシュ菌    
学校給食施設     
12月 3日
滋賀県 
   806 
牛     乳      
不     明   
製  造  所    
12月23日
静岡県 
   529 
不明(学校給食)     
不     明   
学校給食施設     
患者数合計 
      
    
    
 8,237名
       
             
             
          
          
           
           
62
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 2月18日
長野県 
   583 
不     明      
不     明   
旅     館    
 4月23日
群馬県 
   886 
不明(学校給食)     
不     明   
学校給食施設     
 5月22日
      
山梨県 
    
   503 
       
不     明      
             
ブドウ球菌     
病原大腸菌     
旅     館    
           
 6月11日
京都市 
   840 
ポテトサラダ       
サルモネラ菌属   
学校給食施設     
10月16日
      
群馬県 
    
   790 
       
バンバンジー       
(肉類加工品)      
サルモネラ菌属   
カンピロバクター  
学校給食施設     
           
患者数合計 
      
    
    
 3,602名
       
             
             
          
          
           
           
63
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 5月 1日
北海道 
   552 
鯨     肉      
サルモネラ菌属   
そ  の  他    
 5月22日
東京都 
   677 
飲  料  水      
カンピロバクター  
飲  食  店    
 6月 9日
熊本県 
 2,051 
不明(学校給食)     
不     明   
学校給食施設     
 6月27日
北海道 
10,476 
錦  糸  卵      
サルモネラ菌属   
製  造  所    
 7月13日
北海道 
   670 
笹 雪 豆 腐      
病原大腸菌     
製  造  所    
11月 1日
山形県 
 1,715 
不明(学校給食)     
その他の細菌    
不     明    
患者数合計 
      
    
    
16,141名
       
             
             
          
          
           
           
元 
 5月 3日
福島県 
 1,087 
学 校 給 食      
カンピロバクター  
学校給食施設     
  
 7月14日
静岡県 
   675 
学 校 給 食      
病原大腸菌     
学校給食施設     
  
 7月30日
静岡県 
   673 
旅 館 料 理      
サルモネラ菌属   
旅     館    
  
 9月 4日
長野県 
   680 
水  道  水      
サルモネラ菌属   
そ  の  他    
  
 9月 8日
岡山県 
 1,721 
給 食 弁 当      
病原大腸菌     
製  造  所    
  
患者数合計 
    
 4,836名
             
          
           

(厚生省食品衛生統計平成元年度資料より)



表2−3 代表的食中毒菌とその性質
微 生 物 
      
 症  状 
      
発育可能温度  
        
死 滅 条 件 
        
食 中 毒   
予防対策等   
腸炎ビブリオ
      
      
      
      
悪心、嘔吐、
腹痛、下痢、
発熱・2〜3
日で回復  
      
5〜44℃で10
分で倍増    
        
        
        
100℃で1分 
60℃で15分 
        
        
        
冷蔵、十分な  
水洗。加熱調  
理。生育に食  
塩を要求    
        
サルモネラ菌
属     
      
      
      
      
      
悪心、嘔吐、
腹痛、下痢、
発熱。小児・
老人で脱水等
重症・1週間
以内に回復 
      
5〜47℃   
        
        
        
        
        
        
60℃で6.5分
:条件により  
異なる     
        
        
        
        
食前加熱、調  
理後の再汚染  
防止      
        
        
        
        
カンピロバク
ター    
      
      
      
      
嘔吐、腹痛、
下痢、発熱。
小児では血便
あり・1〜3
日で回復  
      
31〜45℃  
        
        
        
        
        
低温殺菌(63 
℃、30分)  
        
        
        
        
食前加熱    
        
        
        
        
        
病原大腸菌 
      
      
      
      
      
      
悪心、嘔吐、
腹痛、下痢、
発熱等。重症
はコレラ症状
1〜7日で回
復     
      
        
        
        
        
        
        
        
低温殺菌    
        
        
        
        
        
        
食前加熱    
        
        
        
        
        
        
エルシニア 
      
      
      
      
      
幼少児で腹痛
、下痢の胃腸
炎症状、成人
で胃腸炎等各
種臓器に感染
      
−1〜45℃  
        
        
        
        
        
低温殺菌可能  
        
        
        
        
        
冷蔵庫を過信  
しない。食前  
加熱      
        
        
        
ブドウ球菌 
      
      
      
      
      
唾液分泌増加
→悪心、嘔吐
、腹痛、下痢
等。脱水等重
症     
      
6〜46℃7% 
食塩中でも増殖可
能       
        
        
        
60℃で7.9分
:条件により  
異なる     
        
        
        
食品内毒素型。 
毒素は100℃ 
30分加熱でも 
失活せず    
        
        
リステリア菌
      
      
      
      
      
      
胃腸炎・イン
フルエンザ様
症状で髄膜炎
特に新生児、
乳幼児、妊産
婦等は注意 
      
        
        
        
        
        
        
        
低温殺菌    
        
        
        
        
        
        
食前加熱、生乳 
は危険     
        
        
        
        
        
ボツリヌス菌
 A、B型菌
   E型菌
      
      
      
      
悪心、嘔吐、
下痢又は胃腸
炎なく脱力感
、瞳孔散大等
致命率30〜
50%   
      
        
10〜48℃  
3.3〜45℃ 
        
        
        
        
121℃で15分
100℃で6時間
(A、B型菌芽胞
)       
100℃で5分 
(E型菌芽胞) 
        
食品内毒素型。 
毒素は80℃、 
30分又は数分 
間煮沸で失活  
        
        
        
ウエルシュ菌
      
      
      
腹痛、下痢、
非発熱等。1
〜2日で回復
      
15〜50℃  
        
        
        
100℃で4時間
        
        
        
生体内毒素型。 
調理後30〜50
℃で長時間放置 
しない事    
セレウス菌 
      
      
      
      
      
悪心、嘔吐、
腹痛、下痢、
頭痛等。ブド
ウ球菌に類似
1〜2日で回
復     
10〜48℃  
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        

(緒方編著、基礎食品衛生学、朝倉書店、1990を基に作成)



表2−4 カビ毒(マイコトキシン)の例

マイコトキシン   
主 な 生 産 カ ビ     
汚 染 食 品      
標的臓器
  備          考   








 
 
 
 
 
アフラトキシン   
          
          
          
Aspergillus     
          flavus
                
                
ピーナッツ、トウモロコシ、
麦、米等         
             
             
肝  臓
    
    
    
・B1、B2、G1、G2、M1等16種
・七面鳥X病の原因物質   
・強烈な肝発ガン性   
  
ステリグマトシスチン
          
A.versicolor    
                
米、麦類、小麦粉、みそ等 
             
肝  臓
    
・肝発ガン性   
  
オクラトキシン   
          
          
          
          
A.ochraceus     
                
                
                
                
麦類、トウモロコシ    
             
             
             
             
肝  臓
腎  臓
    
    
    
・同族体(5〜6種)のうちAが主   
・肝グリコーゲン量低下   
・腎機能を強く障害   
  
  







 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
シトレオビリジン  
          
          
Penicillium     
  citreo−viride 
                
米            
             
             
中枢神経
    
    
・衝心脚気様症状   
  
  
ルテオスカイリン  
          
          
P.islandicum    
                
                
米等           
             
             
肝  臓
    
    
・黄変米の原因物質   
・肝硬変、肝ガン   
  
サイクロクロロチン 
(イスランジトキ  
       シン)
          
P.islandicum    
                
                
                
米            
             
             
             
肝  臓
    
    
    
・黄変米の原因物質   
・肝硬変、肝ガン   
・構造式中のClをはずす   
  
シトリニン     
          
          
P.citrinum      
                
                
穀物           
             
             
腎  臓
    
    
・尿細管の再吸収能低下   
・尿量増加   
  
バツリン      
          
          
P.expansum      
                
                
麦芽根、小麦、      
リンゴジュース      
             
中枢神経
    
    
・RNA合成酵素阻害   
・催腫瘍性   
  






 
 
 
 
 
 
 
T−2トキシン   
          
          
          
          
Fusarium        
sporotrichioides
                
                
                
トウモロコシ麦類、    
その他穀物        
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
胸  腺
腸  管
皮  膚
    
    
・麦の赤カビ病の原因物質   
・起炎性、嘔吐、白血球数減少、   
 小腸粘膜障害、造血機能障害   
・真核細胞親和性の蛋白質合成阻害   
  
  
  
  
  
  
  
ニバレノール    
          
F.nivale        
                
胸  腺
    
フザレノン−X   
          
F.nivale        
                
胸  腺
    
ゼアラレノン    
F.graminearum   
子  宮
・豚の不妊の原因物質   

(緒方編著、基礎食品衛生学、朝倉書店、1990を基に作成)





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