一般に放射線に対する生物細胞の感受性は細胞分裂が活発な若いものほど大きく、安定した状態の細胞では感受性は小さい。放射線が生物に作用する場合、主に細胞の分裂を阻害するように作用する場合が多い。従って放射線によって細胞はただちに死亡するのではなく、細胞は分裂能力を失うことにより老化等を起こし徐々に死亡することになる。一方、加熱の場合、細胞を構成するタンパク質の変性、遺伝子の変性により細胞はただちに死亡してしまう。
放射線の影響の発現は下等生物ほど高い被ばく線量を必要とし、カビや細菌、ウイルスでは人間の1千〜10万倍も放射線に対して耐性がある(表9−1)。また、酵素やホルモン等の生体成分も放射線に対して安定であり、人間の致死線量の100万倍も強い放射線を照射しても生物活性が残っている。一般に生物の放射線に対する抵抗性は遺伝子を構成するDNA含量に逆比例しており、細胞当りのDNA含量が少ないほど放射線抵抗性が高くなる傾向がある。DNA含量は、細菌類の場合を1とすると、ウイルスで0.01〜0.1、カビや酵母菌で10、虫で20、哺乳動物で1,000、植物で5,000〜50,000となる。DNA含量比からみても微生物は放射線に対して非常に強いことがわかる。
ところで、細胞内のDNAは放射線によって切断されやすく、タンパク質やビタミン、脂質類と比べて著しく不安定である。多くのDNAは2本鎖のらせん構造であり、ウイルスを除くあらゆる生物にはDNAを修復する酵素系を細胞内に有しているので、放射線により1本の鎖が切断されても直ちに失活することは少ないが、2本鎖部分が一度に切断されると、修復が困難であり、修復ミスによる突然変異又はDNA複製の停止が起こる。一方、放射線照射により生成したOH等のラジカルを捕捉する物質がDNA周辺に多く存在すると、DNAは放射線による作用を受けにくくなる。
生物の失活は、放射線や化学物質のようにDNAの損傷を起こす結果生じるものと熱のようにタンパク質や染色体の変性を起こす結果生じるものがある。紫外線はDNA鎖とタンパク質の両方に作用する。紫外線の場合のDNA修復の機構は放射線の場合とよく似ており、突然変異発生も類似した機構で誘発される。従って人間に対する紫外線障害と放射線障害は類似しているが、紫外線は透過力がないため、生体に異常を与える危険性は放射線よりも少ない。なお、薬剤(化学物質)では亜硝酸やEOG(エチレンオキサイド・ガス)等はDNAに作用して突然変異や細胞死を引き起こすことが知られており、ニトロソグアニジン等のアルキル試薬による突然変異誘発作用は放射線よりはるかに強力である。
生物の種類 |
線量(kGy) |
哺乳動物 |
0.005〜0.01 |
昆虫 |
0.01〜1 |
細菌の栄養細胞 |
0.5〜10 |
細菌の胞子 |
10〜50 |
ビールス |
10〜200 |
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