馬鈴薯やタマネギは収穫してしばらくの間は発芽しないが、休眠期が過ぎると発芽や発根を始める。このような発芽や発根が始まると腐敗しやすくなったり、馬鈴薯では芽の部分にソラニンという毒が生じる等、商品価値が著しく損われる。発芽や発根は低温に貯蔵しても完全に抑えることができない。放射線照射は、クロロプロファムやマレイックヒドラジドといった薬剤による処理とともに、発芽抑制のための有効な技術である(図10−1)。
馬鈴薯やタマネギの発芽組織は放射線の影響を受けやすく、他の組織はほとんど放射線の影響を受けないので、商品価値を落とさずに発芽抑制が可能である。すなわち、低線量の放射線を照射すると、馬鈴薯、タマネギ、ニンニク、栗等の発芽や発根が抑制される。適正線量は、対象となる農産物の種類によるが、0.03〜0.15kGyである。照射された馬鈴薯やタマネギは発芽することなく半年以上貯蔵することができる。
わが国では馬鈴薯への放射線処理が1972年に食品衛生法に基づき厚生省により許可され、1974年1月から士幌町農協(第7項参照)でコバルト60から発生するガンマ線による実用照射が開始された。その後端境期(3〜5月)用として毎年1万〜1万5千トンの照射ジャガイモが各地に出荷されており、年間を通しての価格安定に大きく貢献している。馬鈴薯の発芽は一般に0.07〜0.15kGyの照射により抑制することができ、士幌町農協の馬鈴薯照射施設でもこの範囲内で、馬鈴薯へのガンマ線の照射が行われている。馬鈴薯への照射はわが国以外に中国やチリでも実施されており、タマネギへの照射はハンガリーで、ニンニクへの照射は韓国で実施されている。
なお、放射線を照射した馬鈴薯は非照射のものに比べて傷の治癒力が低下するために、収穫後2〜3週間貯蔵(キュアリング)を行って収穫時の傷を完全に治癒してからガンマ線照射を行う必要がある。また、照射馬鈴薯は呼吸が活発になるために、呼吸に伴う酸素欠乏や湿気を防ぐのに十分な換気が必要である。馬鈴薯を低温で貯蔵すると還元糖が増加し、これを加工した場合、加工品の褐変の原因となることがあるので、出荷まで低温で貯蔵する照射馬鈴薯についてもリコンディショニング(低温貯蔵している馬鈴薯を短期間10〜15℃で貯蔵する)等を行って還元糖を減少させてから加工する必要がある。
ところで、馬鈴薯やタマネギを照射すると腐敗が激しくて商品価値がなくなるのではないかという意見があるが、キュアリングや貯蔵施設の換気をすることにより、放射線照射は発芽抑制技術として有効なものとなり、照射馬鈴薯は市場で高い評価を得ている。照射した馬鈴薯やタマネギが腐敗しやすいという意見は以下のような誤解に基づいているものである。
例えば、科学技術庁の食品照射研究運営会議がとりまとめた「放射線照射によるタマネギの発芽防止に関する研究成果報告書」(資料編)の中に表10−1に示したデータが掲載されており、照射タマネギの方が非照射タマネギよりも腐敗率が高くなっているが、これは発芽した試料を除外した後に腐敗した試料を計数したことによるものである。発芽したタマネギはほとんど腐ってしまうので、発芽した試料も対象とすると、照射試料よりも非照射試料の方が腐敗率ははるかに高くなる。このような現象は、食品総合研究所報告第44号1ページにも報告されている(図10−2)。発芽したタマネギで腐敗したものも計数すると、非照射のタマネギの方がはるかに腐敗しやすいことがわかる。表10−1に掲載されている収穫242日後の健全なタマネギは、非照射試料が5.5%(=100−86.0−8.5)、0.03kGy照射試料が75%(=100−0.5−24.5)、0.07kGy照射試料が76%(=100−0−24.0)、0.15kGy照射試料が73%(=100−1.0−26.0)となり、非照射のタマネギと比べて照射タマネギの方がはるかに健全な商品の割合が高くなる。
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収 穫 後 の 日 数 |
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28 |
63 |
83 |
124 |
185 |
242 |
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非照射 |
発芽率 |
0 |
0 |
6.5 |
23.0 |
67.0 |
86.0 |
腐敗率 |
0 |
0 |
7.0 |
8.0 |
8.5 |
8.5 |
|
0.03kGy |
発芽率 |
0 |
0 |
0.5 |
0.5 |
0.5 |
0.5 |
腐敗率 |
0 |
0 |
5.0 |
12.0 |
13.5 |
24.5 |
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0.07kGy |
発芽率 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
腐敗率 |
0 |
0 |
0.5 |
12.0 |
14.0 |
24.0 |
|
0.15kGy |
発芽率 |
0 |
0 |
1.0 |
1.0 |
1.0 |
1.0 |
腐敗率 |
0 |
0 |
4.0 |
12.0 |
18.0 |
26.0 |
(放射線照射によるタマネギの発芽防止に関する研究報告書、資料編、1980) |
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