放射線を食品に照射した場合、食品の構成物質に放射線が直接作用する場合もあるが、主に放射線は食品中の水分子に作用する。その結果、水分子は・OH(ヒドロキシルラジカル)、・H(水素ラジカル)、水和電子(電子の周りに水分子が集まったもの)等を生成し、これらが食品の構成物質に作用することによって、化学反応が起こる。なお、放射線の水に対する作用によりH2O2(過酸化水素)も若干生成するが、水和電子と反応して・OHに変換されるため、放射線照射により蓄積されることはない。
このような放射線照射によって引き起こされる化学変化の多くはラジカルを通して進行する。放射線照射によって食品内に生成したラジカルは乾燥状態では数カ月間検出される場合もあるが、水の共存下では約1万分の1秒で消滅してしまう。このようなラジカルは加熱や光照射によっても生成する。また、脂質の過酸化物の分解過程などでも放射線照射以上に大量のラジカル生成することが電子スピン共鳴(ESR)法により明らかにされている。
放射線によって引き起こされる化学反応と同様な反応は加熱等の物理的な処理においても起こり、放射線照射による化学変化の程度も加熱と比べて必ずしも大きなものではない。例えば、モデル系としてステアリン酸エチルを対象にして、加熱(180℃、1時間)とガンマ線照射(120kGy)を比較した場合、揮発性の生成物は加熱処理の方が多い(図18−1)*1)。通常天ぷらは180℃で3〜5分間処理しており、180℃、1時間という加熱処理は天ぷらの10〜20倍の加熱を行ったことになる。一方、殺菌処理には5〜10kGy照射するので、120kGy照射は殺菌処理の10〜20倍の放射線を照射したことになる。したがって、放射線殺菌した時の方が天ぷらを揚げた時よりも化学変化は小さいといえる。
一方、放射線を照射した時に食品中に生成する物質の種類は、加熱等の処理をした時に生成する物質とほとんど同じであり、放射線照射により特異的に生成する化合物はほとんどない。例えば、トウモロコシ澱粉を照射した時に生成する化合物は表18−1に示すように、ほとんどが自然界に存在するものである*2)。米国食品医薬品局(FDA)*3)は、食品を1kGy照射した場合の全放射線分解生成物は約30ppmであり、そのうち放射線照射により生じる特異的な化合物(Unique Radiolytic Products,URP)は3ppm以下であると推定している。
*1)W.W.Nawar;Food Reviews International,2,45(1978)
*2)P.S.Elias and A.J.Cohen eds;Radiation Chemistry of Major Food Components,Elsevier,Amsterdam,1977,p.131
*3)Federal Register,51(75),13376,April 18,1986
放射線分解産物 |
濃度(μg/g/Mrad) |
ホルムアルデヒド |
20 |
アセトアルデヒド |
40(最大800kradまで) |
アセトン |
2.1(2Mrad以上) |
マロンアルデヒド |
2 |
グリコールアルデヒド |
9 |
グリオキサール |
3.5 |
グリセルアルデヒドおよびジヒドロ キシアセトン |
4.5 |
ヒドロキシメチルフルフラール |
1 |
メチルグリオキサール |
<0.25 |
ジアセチル |
<0.1 |
アセトイン |
<0.1 |
フルフラール |
<0.4 |
ギ酸 |
100 |
グルコン酸*c |
|
酢酸 |
<1.8 |
グリオキシル酸 |
<0.5 |
ピルビン酸 |
<0.2 |
グリコール酸 |
<0.6 |
リンゴ酸 |
<1.3 |
蓚酸 |
<1.4 |
ギ酸メチル |
痕跡 |
エタノール |
可変*b |
メタノール |
2.8 |
グルコース |
5.8 |
マルトース |
9.8 |
ポリマー(マルトース以上) |
定量せず |
ガラクトース |
|
マンノース |
0.1 |
フルクトース |
定量せず |
リボース |
0.6 |
キシロース |
0.4 |
アラビノース |
定量せず |
エリトロース |
1.2 |
H2O2 |
6.6(100〜400krad) |
*a:94Mradではこの他の酸類が同定された) *b:対照試料中に存在 *c:数値不明 (P.S.Elias and A.J.Cohen;Radiation Chemistry of Major Food Components,Elsevier,Amsterdam,1977,p131) |
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