実験動物による照射食品の毒性試験においては、薬剤の場合と同様の安全係数を求めるために動物に過剰の照射食品を与えると、栄養のアンバランス等の問題を生じたり、照射、非照射にかかわらずその食品自体の持っている毒性が出現する場合がある。一方、放射線分解生成物は吸収線量に比例して生成するので、照射食品の安全性試験において、影響の度合は食品の投与量×吸収線量と正の相関があると推測される。しかし、照射によって生成するかも知れない放射線分解生成物の濃度を高めるために、実用線量に比べて過剰の線量で照射すると、実用線量ではほとんど生成されない生成物の問題や栄養成分の減少を生じる可能性がある。これらのことから照射食品を対象とした動物を用いた安全性試験は、薬剤のように大きな安全係数をかけて実施することが困難である。そこで、1976年に開催されたFAO/IAEA/WHO照射食品の健全性に関する合同専門家委員会(JECFI)は、食品照射は加熱や凍結と同じように物理的な食品処理方法であるという観点にたって、毒性試験において試験食品は適量を過大に越えて飼料に添加したり、実用線量を過大に越えた線量で試験食品を照射することは適当でないという結論を出した。
この結果として、大きな安全係数をかけた試験を行わない代わりに放射線化学的知見を補足的に利用して照射食品の安全性を総合的に評価するというのが国際的な考え方になっている。しかし、わが国ではこのような考え方が定着する前に原子力特定総合研究が行われたので、以下に述べるように、放射線照射や照射食品の投与がかなり過剰に行われた。
馬鈴薯においては0.15、0.3、0.6kGy照射した試料が安全性試験に用いられたが、許可線量が0.15kGyであるので、0.6kGy照射した馬鈴薯は実用線量の4倍の線量で試験したことになる(表23−1)。同様に、タマネギで実用線量の2倍、米で2倍、小麦で4倍、カマボコで1.5倍、ウィンナーソーセージとミカンで約1倍照射したものの安全性試験が行われている。
一方、照射食品の飼料への添加量は線量よりももっと過剰である。馬鈴薯の場合、乾燥した馬鈴薯を35%添加した飼料を用いて動物に投与しており、試験に使用した馬鈴薯の水分含量は87%(水分を除いた乾物は13%)であった。したがって、ラットの体重を400g、1日の摂餌量を20gとすると、ラットは1日に体重1kg当り134g(=20×0.35/0.13/0.4)の照射馬鈴薯を与えられたことになり、60kgの大人に換算すると8,000g/dayすなわち1日に8kgの馬鈴薯を食べさせたことになる(表23−2)。日本人の国民栄養調査によると1日のジャガイモの摂取量は24gであり、約330倍の馬鈴薯を食べたことになる。同様に計算すると、投与した照射食品の量は、大人の1日摂取量と比較して、タマネギでは36〜450倍、米で5〜7倍、小麦で14倍、カマボコで38倍、ウィンナーソーセージで17〜44倍、ミカンで12倍になる。
このように、わが国ではできるだけ安全側に立つ努力をしながら動物試験を行い、照射食品の安全性が確認されてきた。
食 品 |
線 量 (kGy) |
|
試 験 |
実 用 |
|
ジャガイモ |
0.15,0.3 ,0.6 |
0.07〜0.15 |
タマネギ |
0.07,0.15,0.3 |
0.07〜0.15 |
米 |
0.5 ,1 |
0.2 〜0.5 |
麦 |
0.2 ,2 |
0.2 〜0.5 |
水産ねり製品 (カマボコ) |
4.5 |
3 |
ウインナー ソーセージ |
6 |
3〜5 |
ミ カ ン |
1.5 |
1.5 |
食 品 |
ラ ッ ト |
ヒ ト 換 算 |
|||
添 加 量 (W/W %) |
生重量* (g/kg/日) |
(A) 換算摂取量 (g/人/日) |
(B) 日常摂取量 (g/人/日) |
(A)/(B) |
|
ジャガイモ |
35 |
134 |
8000 |
24 |
333 |
タマネギ |
2〜25 |
156 |
720〜9000 |
20 |
36〜450 |
米 |
40〜50 |
25 |
1200〜1500 |
221 |
5〜7 |
麦 |
45 |
22 |
1300 |
96 |
14 |
水産ねり製品 (かまぼこ) |
5 |
11 |
600 |
16 |
38 |
ウインナ ソーセージ |
2〜5 |
7 |
160〜 400 |
9 |
17〜44 |
ミ カ ン |
3 |
15 |
900 |
75 |
12 |
*餌摂取量により計算 |
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