個々の生物がすべての点で互いにまったく同一ということはありえず、必ず個体差があるので、生物を用いた試験ではどうしてもデータにある程度のバラツキが生じる。したがって、安全性試験結果のデータの解析に際しては、このバラツキに起因するデータの誤った解釈を避けるため、1)問題となる現象に用量相関(吸収線量と影響との間に相関)が認められるか、2)飼育期間を通じて一定の傾向が観察されるか、3)世代試験において各世代を通じて一定の傾向が観察されるか、4)他の要因があるために見かけ上異常が観察されることはないか、という4点について考察する必要がある。以下に、わが国の原子力特定総合研究で得られたデータの中から例を挙げて、これらの観点の重要性を説明する。
1)用量相関がない現象の例
乾燥した馬鈴薯を35%添加した飼料をラットに与えて飼育した時の体重変化は図24−1のような結果になった。また、体重増加率の変化を表24−1に示す。
照射馬鈴薯を与えたラットは、対照群(馬鈴薯を添加しない飼料で飼育した群)と比較すれば、図24−1にみられるように総じて体重増加が抑制される傾向にあり、表24−1にあるように体重増加率に統計学的な有意差が生じることもある。非照射群(放射線を照射していない馬鈴薯を添加した飼料で飼育した群)との比較では、体重増加率は105週目の雌の0.3kGy照射群及び0.6kGy照射群のみが統計学的に有意に減少した。一般的にいって、照射による影響があると、薬と同じように用量の相関があると考えられる。すなわち、放射線照射がラットの体重に影響を及ぼすとすれば、体重は線量の増加に伴い減少(または増加)するはずである。しかし図24−1及び表24−1に示した例においては53週目及び81週目の雌の0.15kGy照射群は非照射群よりも体重増加率が大きいこと、53週目及び81週目の雄の0.6kGy照射群は0.3kGy照射群よりも体重増加率が大きいこと、81週目及び105週目の雌の0.6kGy照射群は0.3kGy照射群とほぼ同じ体重増加率であることなどから、体重減少と線量との間に相関関係は認められないので、この試験結果からは照射した馬鈴薯を与えたラットの体重が減少するという結論には至らず、動物試験の常識から、照射馬鈴薯を食べても体重に影響を及ぼさないという結論になる。動物試験においてはこのような現象が観察されることがあるので、照射食品の安全性を論じる場合には、用量関係の有無を考慮する必要がある。
体重増や死亡率等を検討する場合、線量との用量関係だけでなく、他の種類の動物における傾向や同一の動物の雌雄における傾向を比較することも重要である。例えば、マウスを用いた体重試験においては、照射馬鈴薯の摂取に伴う体重増加抑制は観察されていなかった。また、照射米を与えたラットの死亡率は、線量との用量関係がないだけでなく、雌のデータからは非照射米を食べるよりも照射米を食べる方が死亡率が高くなり、雄のデータからは照射米よりも非照射米を食べる方が死亡率が高くなるという、矛盾した傾向が観察された(表24−2)。これは、寿命に近くなったラットでは生理的個体差が大きくなる結果データのバラツキが大きくなるためであり、このような場合、照射米の摂取に伴う特別な傾向はないと判断される。
2)飼育期間を通じて一定の傾向がみられない例
原子力特定総合研究において実施された照射馬鈴薯の安全性試験におけるラットの卵巣重量と体重比(体重100g当りの重量)は図24−2のようになった。
この試験では、0.6kGy照射群の6ヶ月のみが対照群及び非照射群と比較して統計学的に有意に減少したが、これ以外の期間では統計的に有意な差はみられず、また、3ヶ月目ではむしろ放射線照射群の方が非照射群、対照群に比べて卵巣重量が大きいなど、飼育期間全体を通して一定の傾向が観察されなかったことから、照射馬鈴薯の摂取に伴う特別の傾向は認められないというのが毒性学的な結論となる。
3) :世代試験において各世代を通じて一定の傾向が観察されない例
照射タマネギを2%添加した飼料を与えたマウスの胎児や新生児の頚肋(骨の変異)を観察すると、第一世代(F1)、第二世代(F2)、第三世代(F3)でそれぞれ異なった傾向が観察された(表24−3)。例えば、F2世代の頚肋出現率は対照群(タマネギを与えていない)が20%であるのに対して、非照射タマネギだけを添加したものでは19%、0.15kGy照射したタマネギでは41%である。しかし、F1では逆の傾向が観察されており、頚肋の出現率は対照群が33%に対して0.15kGyでは20%である。また、F3世代でも対照群の84%に対して0.15kGy40%で逆に少なくなっている。一方、タマネギを4%添加した飼料を与えた場合には対照、非照射タマネギ、照射タマネギの間で頚肋の発生率に大きな差は生じなかった。頚肋はもともと胎児では発生率が高く、成長に伴い消滅するので、一般に頚肋発生率のデータにはバラツキが観察される。
このように動物試験においてはデータのバラツキが観察されたり一定の傾向が観察されない場合がある。すべて矛盾なく頚肋の発生率が照射試料で高ければ、照射の影響であると判断できるが、表24−3に示したデータからはそのような判断はできない。
4)他の要因により見かけ上有意差が出る例
アカゲザルのオスを用いた照射米の安全性試験において、1kGy照射群で甲状腺、心臓及び肺の体重比(体重1kg当りの重量)が非照射群に比べて有意の低下が認められた。一方、対照群(米を与えていない)と照射群との間に、これらの臓器の体重比の違いは認められなかった。これは、これらの臓器重量に各群間で有意差はなかったのに対し、非照射群は実験当初より体重増加が他の2群に比べて悪く、非照射群の体重が他の2群と比べて低かったため(図24−4)、体重比が大きくなり、照射群との間で差を生じたものである。
1)、2)、3)、4)の例に記したように動物試験結果は動物の個体差によるデータのバラツキが激しいために、単一の試験結果だけでは安全性を判断しかねるので、他の動物を用いた試験結果、外国や他の試験機関で実施された試験結果、類似した組成の食品の試験結果等も総合的に考慮して、照射食品の安全性について慎重に結論が出されている。また、臓器に関しては、臓器重量だけでなく、組織標本の所見を行い、さらに血液学的検査や生化学的検査の結果も考慮して、総合的に判断が下されている。
|
群 |
53週 |
81週 |
105週 |
雄 |
対 照 |
175.9±36.7 |
196.6±31.5 |
189.7±39.5 |
非 照 射 |
168.8±62.2 |
193.9±79.8 |
193.3±68.3 |
|
0.15kGy |
142.7±47.2* |
160.8±45.7 |
176.2±29.5 |
|
0.3 kGy |
138.2±20.0** |
141.1±39.6** |
158.0±37.2 |
|
0.6 kGy |
147.8±47.3* |
150.7±29.9** |
140.4±19.6** |
|
雌 |
対 照 |
102.3±27.2 |
127.4±31.5 |
137.8±54.6 |
非 照 射 |
92.9±15.5 |
124.7±50.1 |
130.4±36.2 |
|
0.15kGy |
95.1±19.3 |
139.8±35.1 |
124.5±45.4 |
|
0.3 kGy |
83.4±28.6 |
92.0±28.1** |
84.6±33.3*(*) |
|
0.6 kGy |
74.7±27.3* |
93.6±43.9** |
90.9±40.1*(*) |
体重増加率={(測定時の体重−当初体重)/当初体重}×100 * >0.05 ** >0.01 対照群に対して (*)>0.05 (**)>0.01 非照射群に対して |
|
群 |
月 |
(%) |
|||||||||
1 |
3 |
6 |
9 |
12 |
15 |
18 |
19 |
21 |
24 |
|||
雄 |
対 照 |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
0/25 |
0/25 |
1/18 |
3/18 |
3/18 |
6/18 |
10/18 |
(55.6) |
非 照 射 |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
0/25 |
1/25 |
2/18 |
5/18 |
6/18 |
8/18 |
11/18 |
(60.5) |
|
0.5kGy |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
0/25 |
0/25 |
1/18 |
2/18 |
4/18 |
4/18 |
4/18 |
(22.3) |
|
1 kGy |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
0/25 |
0/25 |
0/18 |
1/18 |
4/18 |
6/18 |
8/18 |
(44.4) |
|
雌 |
対 照 |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
1/25 |
1/25 |
2/18 |
2/18 |
2/18 |
3/18 |
5/18 |
(26.6) |
非 照 射 |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
0/25 |
0/25 |
0/18 |
0/18 |
1/18 |
3/18 |
5/18 |
(27.8) |
|
0.5kGy |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
0/25 |
1/25 |
1/18 |
2/18 |
2/18 |
4/18 |
8/18 |
(43.6) |
|
1 kGy |
0/30 |
0/30 |
0/25 |
0/25 |
0/25 |
0/18 |
0/18 |
2/18 |
4/18 |
10/18 |
(55.6) |
死亡率の算出にはLIFE−TABLE TECHNIQUEを用いた。 (放射線照射による米の殺虫に関する研究成果報告書(資料編)、1983) |
時 期 |
群 |
1.照射玉ねぎ4%添加 |
2.照射玉ねぎ2%添加 |
||||
F1世代 |
F2世代 |
F3世代 |
F1世代 |
F2世代 |
F3世代 |
||
末期胎仔 |
対 照 |
41.0 |
60.6 |
53.5 |
33.3 |
20.0 |
83.9 |
0 kGy |
41.4 |
38.9 |
55.0 |
27.1 |
19.2 |
3.3 |
|
0.15kGy |
|
|
|
20.4 |
41.2 |
40.6 |
|
0.3 kGy |
49.4 |
46.1 |
49.5 |
|
|
|
|
新生仔 |
対 照 |
|
|
79.5 |
30.3 |
15.0 |
61.9 |
0 kGy |
|
|
70.9 |
67.3 |
46.7 |
8.6 |
|
0.15kGy |
|
|
|
47.6 |
68.9 |
59.8 |
|
0.3 kGy |
|
|
82.4 |
|
|
|
(放射線照射によるタマネギの発芽防止に関する研究成果報告書(資料編)、1980) |
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