インドで実施された照射食品を子供に与えた研究は、照射食品が人間にとって有害であるという説の根拠としてしばしば引用される。照射して間もない小麦をインドの栄養失調の子供に4〜6週間与えたところ、非照射小麦や照射してから12週間貯蔵した小麦を与えた子供と比べて、血液中の染色体のポリプロイド(染色体異常の一種)の出現率が高かったというものである(表32−1)*1。しかしインドの他の研究所をはじめいくつかの国で実施された動物試験においては、照射小麦の摂取に伴う染色体のポリプロイドの増加は観察されなかった*2。FAO/IAEA/WHO照射食品の健全性に関する合同専門家委員会(JECFI)は1976年にこの問題について検討し、ポリプロイドの発生頻度は同一種類の正常な動物の間でもバラツキが大きいので、ポリプロイドに関する研究がどれほどの意味を持つか不明であるという結論を出した。
一般に、栄養状態が悪いと、染色体異常が起こりやすい。例えば、メキシコの子供を対象にした研究においては、染色体異常の出現率は、栄養状態の良い子供では5%以下であり、栄養状態の悪い子供では10%以上であった*3。もちろんこれらの子供は照射食品を食べてはいない。このような結果と比較して、インドにおける試験での対照群の染色体異常の出現率が0%というのは非常識に低いと指摘する学者もいる。その後、イギリス、アメリカ、カナダの衛生当局及び専門家委員会は、インドにおける研究について検討し、この研究結果が直ちに照射小麦が有害であることを示すものではないという結論を出した。
中国においては、ボランティアの学生ら78人に35種の照射食品を90日間食べさせてその影響を調べた。米、小麦、大豆、小豆、ピーナッツ、肉製品、馬鈴薯、野菜、きのこ、果実などを0.1〜0.8kGy照射した後に調理し、学生達に供試した。全食品に占める照射食品の割合は60.3%であった。血液検査、尿検査、血液生化学検査、肝機能検査、腎機能検査、内分泌検査、免疫検査、突然変異指標検査等が行われ、その結果、照射食品を食べることによる上記の検査項目への悪影響は何も観察されず、染色体のポリプロイドの増加も観察されなかった(表32−2)*4。
*1 Am.J.Clin.Nutr.,28,130(1975)
*2 Food Cosmet.Toxicol.,14,289(1976)
*3 Nature,232,271(1971)
*4 食品照射,25,39(1990)
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非照射小麦 |
照射小麦(照射直後)*a |
照射小麦(12週間貯蔵) |
0週 |
0 |
0 |
0 |
2週 |
0 |
0 (0.4)*b |
0 |
4週 |
0 |
0.8(1.2) |
0 (0.6) |
6週 |
0 |
1.8(3.8) |
0.6(0.8) |
(Am.J.Clin.Nutr.,28,130(1975)) *a 照射3週間以内に食事に添加 *b ( )内の数字は明確なポリプロイド細胞以外の異常細胞も含めた細胞数 |
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人数 |
摂取前 |
摂取後 |
摂取前後差 |
照 射 |
35 |
0.66±0.77 |
3.51±1.95 |
2.85±1.82 |
非照射 |
35 |
0.86±0.88 |
2.86±2.32 |
2.00±2.59 |
(食品照射、25、39(1990)) |
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