食品の放射線殺菌の主目的は病原菌の殺菌と腐敗菌の減少による貯蔵期間の延長である。微生物の種類により放射線感受性は異なるため、食品を放射線照射すると微生物相が変化することがあり(図33−1)、このことについて慎重に検討する必要がある。
食品照射に伴う微生物相の変化についてはわが国でも多くの研究が行われており、高線量で主に生き残るのは病原性が全くないサイクロバクター(旧名アクロモバクター)や非醗酵性の酵母、デイノコッカス、有芽胞細菌(胞子を形成する細菌)などであること、照射した肉類や魚肉製品を低温で貯蔵する場合に増殖してくるのはサイクロバクターや乳酸菌、酵母だけであることが判明している。幸いなことに、大腸菌やサルモネラ菌、赤痢菌、腸炎ビブリオ菌、コレラ菌、連鎖状球菌、カンピロバクター、リステリア菌等は放射線抵抗性がそれほど高くないため2〜5kGyで殺菌することが可能である。有芽胞細菌であるボツリヌス菌やセレウス菌等は放射線抵抗性は高いが5kGyで99%以上殺菌され、照射後に生残した菌は低温では増殖しにくいため、低温貯蔵と組み合わせる限り問題にはならないであろう。なお、真空パックを過信して管理が悪い場合は昭和59年熊本県で発生したレンコン事件のようにボツリヌス中毒事故が起こる可能性は否定できないが、放射線処理の場合はボツリヌス菌胞子の99%以上が中線量照射で殺菌されてしまうため、その確率は極めて低いと思われる。
なお、放射線処理の場合と同様な微生物相の変化は100℃の加熱でも起こる。この場合は、食中毒性のセリウス菌やボツリヌス菌の胞子が選択的に生き残り、放射線処理より危険性が高い。なお、これらの胞子の殺菌には110〜130℃の高温が必要である。また、肉製品のようにソルビン酸塩や亜硝酸塩等の保存料を添加しても微生物相の変化が起こっている。しかも、保存料は微生物の発生を抑制する一方で、摂食後に腸内細菌のバランスに影響を与えたり、人体に悪影響を与える可能性がある。
有芽胞細菌を除いて、放射線抵抗性の微生物は一般に増殖速度が緩やかであり、低温では生育しにくく、また、病原性も知られていない。放射線処理の利点は、固体食品でも多くの有害菌や病原菌が殺菌でき、しかも加熱と比べ透過力が優れているため、必要線量を照射すれば有害菌や病原菌は効率的に殺滅できることである。
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