食品照射の実用化は1980年代に入ってから開始する国が増えており、現在、23ヶ国で食品照射が実用化されており(表39−1)、1988年には約58万トンの食品が照射されたといわれている。各国の食品照射をめぐる主な現状は以下のとおりである。
1)北米における現状
米国においては、小麦、馬鈴薯、果実・野菜、豚肉、香辛料・乾燥野菜、家禽肉の照射が許可されており、すでに香辛料や乾燥野菜の照射は実用化されている。照射した香辛料や乾燥野菜のほとんどは業務用として使用されている。エネルギー省はフロリダ州とアイオワ州で食品照射の実用化に関するパイロット照射の計画を進めている。フロリダ州においては、柑橘類等の果実を主な対象に、殺菌、殺虫を行う計画である。また、アイオワ州では畜肉の照射が計画されている。これらのいずれの計画においても加速電圧10MeVの電子線加速装置が利用されることになっており、1991年中には施設が完成する予定である。
カナダでも1989年からカナダ照射センターで香辛料の照射が行われている。
2)ヨーロッパにおける現状
フランス、オランダ、ベルギーのように食品照射の実用化を積極的に推進している国もあれば、(旧)西ドイツ、スイス、オーストリア、スウェーデンのように食品照射に対して否定的であり全面禁止している国もある。現在、ヨーロッパではソ連、オランダ、ベルギー、フランス、(旧)東ドイツ、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、ハンガリー、ユーゴスラビアにおいて食品照射が実用化されている。
ソ連では、オデッサに加速電圧1.4MeV、出力20kWの電子線加速装置を2基設置し、1983年以降小麦の照射を行っている。この照射の目的は輸入小麦の殺虫であり、電子線加速装置1基が200t/時の能力を有しており、年間約40万トンの小麦が照射されている。これ以外にも、家禽肉等の照射に対して関心がある。
オランダでは1978年からエデにあるガンマスター社で食品照射を実施している。香辛料、乾燥野菜、カゼイン、スキムミルク、乾燥卵、大豆粉、乾燥血液、冷凍エビ、家禽肉等の放射線殺菌を行っており、年間約2万トンの食品が照射されている。これらの照射した食品は主に加工食品の原料として使用されている。また、照射香辛料等は他のヨーロッパ諸国に輸出されている。
フランスでは、ソシエテ・プロテイン・インダストリー社、コンサルバトム社等が4つのコバルト60ガンマ線照射施設と2つの電子線照射施設で食品の照射を行っている。香辛料、乾燥野菜、家禽肉、冷凍カエル脚、穀物フレーク、アラビアゴム等が照射されており、照射される食品の量は年間約6千トンになる。フランスの国民は食品照射に対して好意的であり、スーパーマーケット等で照射したカエル脚が表示付で売られている。
ベルギーでは国立放射性元素研究所(IRE)が香辛料、乾燥野菜、冷凍水産物の照射を実施しており、年間約1万トンの食品がガンマ線照射されている。(旧)東ドイツでは、主にタマネギとニンニクの照射が行われており、その処理量は年間約6千トンである。
これらの国のほか、ノルウェー、ハンガリー、ユーゴスラビア、フィンランド、デンマーク、(旧)西ドイツにおいて香辛料の殺菌を中心に食品照射が実用化されている。ノルウェーのように自国の照射施設の能力が国内需要に追いつかず、照射香辛料をオランダ等から輸入している国もあれば、デンマークや(旧)西ドイツのように輸出用の香辛料のみ照射している国もある。イギリスでは病人食の無菌化のための照射はすでに実施されていたが、1991年1月から果実、野菜、穀類、根菜類(馬鈴薯、タマネギ等)、香辛料、魚介類、家禽肉への照射が許可された。
ヨーロッパでは1993年1月1日のEC市場統合に向けて照射食品の取り扱いについて検討されているが、ここに述べたように現状では国により食品照射に対する態度が異なり、最終的な結論は今のところ出されていない。
3)アジアにおける現状
わが国では1974年1月以来、北海道士幌町農協において、毎年1万〜1万5千トンの馬鈴薯が照射されている(第44項参照)。中国では上海原子核研究所において、馬鈴薯、タマネギ、ニンニク等の照射が実施されている。中国では他に、北京、南京等にある7つの施設で少量の食品を照射している。タイではタイ照射センターでタマネギやナム(発酵ソーセージ)の照射が行われている。韓国では新エネルギー研究所で、ガーリックパウダー等の照射が行われている。
4)その他の地域
南アフリカでは1981年以降、香辛料、果実、馬鈴薯、タマネギ等の照射を行っている。イスラエル、チリ、ブラジルでも香辛料の照射が実施されている。チリでは馬鈴薯やタマネギも照射されている。
国 名 |
実施場所(開始年) |
食 品 名 |
アルゼンチン |
Buenos Aires(1986) |
香辛料、ホウレンソウ、ココア粉末 |
ベルギー |
Fleurus(1981) |
香辛料、乾燥野菜、冷凍水産物 |
ブラジル |
Sao Paulo(1985) |
香辛料、乾燥野菜 |
カナダ |
Lava(1989) |
香辛料 |
チリ |
Santiago(1983) |
香辛料、乾燥野菜、馬鈴薯、タマネギ、家禽肉 |
中国 |
Shanghai(1985) |
馬鈴薯、タマネギ、ニンニク |
キューバ |
Havana(1987) |
馬鈴薯、タマネギ、マメ |
デンマーク |
Riso(1986) |
香辛料(輸出用) |
フィンランド |
Ilomantsi(1986) |
香辛料 |
フランス |
Lyon(1982) |
香辛料 |
Paris(1986) |
香辛料、家禽肉 |
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Vannes(1987) |
冷凍脱骨家禽肉 |
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Nice(1986) |
香辛料、香草類 |
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Marseille(1989) |
香辛料、香草類 |
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(旧)西ドイツ |
Muenchen(1989) |
香辛料(輸出用)* |
(旧)東ドイツ |
Weideroda(1983) |
タマネギ、ニンニク |
Spickendorf(1986) |
タマネギ |
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Schoenebeck(1986) |
酵素溶液 |
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ハンガリー |
Budapest(1982) |
香辛料、ワイン用コルク、タマネギ |
インドネシア |
Pasar Jumat(1988) |
香辛料 |
イスラエル |
Yavne(1986) |
香辛料 |
日本 |
士幌(1973) |
馬鈴薯 |
韓国 |
Seoul(1985) |
ガーリックパウダー |
オランダ |
Ede(1978) |
香辛料、乾燥野菜、冷凍水産物、家禽肉、米、粉末卵 |
Wageningen(1978) |
香辛料 |
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ノルウェー |
Kjeller(1982) |
香辛料 |
南アフリカ |
Tzaneen(1984) |
果実、肉、馬鈴薯、タマネギ |
Johannesburg(1981) |
香辛料、乾燥野菜、果実 |
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Pelindaba(1982) |
香辛料、馬鈴薯、タマネギ |
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タイ |
Bangkok(1989) |
タマネギ、発酵ソーセージ |
アメリカ |
New Jersey(1984) |
香辛料 |
New York(1984) |
香辛料 |
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California(1984) |
香辛料 |
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ソ連 |
Odessa(1983) |
小麦 |
ユーゴスラビア |
Zagreb(1985) |
黒コショウ |
Belgrade(1986) |
香辛料 |
*自国内消費は認められていない (IAEA資料より) |
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