IOCUのペーパーにおいては、照射食品の安全性及び栄養性に関して未解決の問題があり、種々のWHOの報告でさらに研究を実施する必要がある旨指摘されていると書かれている。しかし、WHOの報告書においては、必要な(required)研究と好ましい(recommended または suggested)研究とを明確に区別しており、食品照射に関しては、さらに実施する必要のある(required)研究は何もない。IOCUのペーパーで指摘された4つの問題はすべて実施が好ましい(recommended)研究であり、これらはすべてすでに実施されている。
包装業界は種々の目的に合った新しい包装材料を常に開発している。新しく開発した包装材を放射線処理に利用しようとする場合、その適性を適切に検討しなければならない。食品照射への利用が議論されている線量(10kGy以下)を照射しても、プラスチック包装資材にはほとんど影響を及ぼさない。医療用具の殺菌のように滅菌線量を照射する場合には、適切な包装材の選択がもっと重要になる。ある種の包装材においては照射によりその機能性が向上するので、プラスチックや電線の製造に電離放射線が広く利用されている。
食品と接触する包装材の照射に関する多くの研究がアメリカを中心に実施されている(1)。これらの研究の中には、包装材からの抽出物の食品への移行に関するものもある(2)。アメリカ食品医薬品局(FDA)は、これらの研究結果を注意深く評価して、照射できる包装材の許可リストを作成し、この中には滅菌線量の放射線を照射できるものもある(3)。最近のFDAの食品照射に関する規則において、FDAの作成した包装材の許可リストの正当性を追認している。
照射と他の処理とを併用した時の食品の栄養価に及ぼす影響については多くの研究が実施されている。これらの研究結果は1980年に開催された「食品照射における併用」に関するシンポジウム(5)において議論されており、それによると、高線量の照射により引き起こされるビタミンの損失は低温や脱酸素条件等と照射とを組み合わせることによりかなり防ぐことができる。
脂質照射生成物については多くの研究が実施されている。Massachusetts大学のW.W.Nawarは純粋な脂肪の放射線化学に関する一連の論文を発表している(6)。Nawarの研究をはじめとする種々の研究結果から、純粋な脂質を照射した後に起こる反応と複雑な食品の中の脂質を照射した後に起こる反応、すなわち、実験条件下で起こる反応と実際に食品を照射する条件下で起こる反応との間には大きな違いがあることが明らかになった(7)。また、シスートランス異性化は1000kGy照射した時には観察されるが、10kGy以下の食品照射においてはあまり重要でない(8)。
特に、複雑な食品中の脂質は、放射線に対する反応を起こす際に、タンパク質や抗酸化性ビタミン等の食品成分による保護作用を受けることを理解しておくことは重要である。例えば、純粋なニシン油を50kGy照射すると高度不飽和脂肪酸の37〜50%が分解したが、ニシンの切身を50kGy照射した時には高度不飽和脂肪酸の分解は観察されなかった(9)。脂質の放射線による酸化がタンパク質の栄養価に及ぼす影響はラットを用いて研究されており、脂質の不飽和化の程度及び照射中や貯蔵中の酸素の有無が栄養価に大きな影響を及ぼすことが明らかになっている(10、11)。脂質の照射生成物の影響についてはDelincee(12)及びNawar(13)も検討している。
WHO Technical Report Series,No.659(14)は、IOCUが述べているような照射食品一般ではなく、照射した豆類のタンパク質及びビタミンB群の生物力価についてさらに研究することを提案しており、すでに、豆類のタンパク質やビタミンB群に関するデータは揃えられている。インゲンマメ(15)及びヒラマメ(16)を210kGyあるいは180kGyという非常に高い線量を照射した場合、ヒナの成長率で測定したタンパク質の栄養価は少し向上する。10kGy以下の線量を照射した場合に豆類のタンパク質の性質が改善されたり悪くなるという根拠は何もない。ヒヨコマメ(Cajanus cajan)を10kGy照射して未調理の状態で分析したところ、チアミンやナイアシンは7%、リボフラビンは7%以下の損失が起こった。しかし、照射により調理時間が短縮でき、加熱によってもビタミンB群が一部分解するので、豆を調理してから分析すると、照射試料の方が非照射試料よりもわずかにビタミンB含量が高くなった(17)。他の豆に関する研究結果は明かでないが、ヒヨコマメの結果とそれほどは異ならないものと思われる。
1.Killoran,J.J.:「照射食品の包装」,「電離放射線による食品の保存」,Josephson and Peterson編,CRC Press,Boca Raton,Florida,1982/1983,Vol.2,p.317
2.Killoran,J.J.:Radiation Research Reviews,3,369(1972)
3.Federal Food,Drug and Cosmetic Act,Section 179,45
4.Federal Register 51,No.75,p.13376,1986年4月18日
5.Diehl,J.F.:「照射と他の処理の併用が食品の栄養価に及ぼす影響」,「食品照射における併用」,IAEA,Vienna 1981,p.349
6.Nawar,W.W.:Food Revs.Internat.2,45(1986)
7.Vajdi,M.and Merritt,Jr.,C.:J.Am.Oil Chem.Soc.62,1252(1985)
8.Nawar,W.W.:「食品の非水溶性成分の放射線分解」,「電離放射線による食品の保存」,Josephson and Peterson編,CRC Press,Boca Raton,Florida,1982/1983,Vol.2,p.75
9.Adam,S.,Paul,G.and Ehlermann,D.:Rad.Phys.Chem.20,289(1982)
10.Harmuth−Hoene,A.E.and Delincee,H.:Int.J.Vitam.Nutr.Res.48,62(1978)
11.Yousri,R.M.and Harmuth−Hoene,A.E.:Int.J.Vitam.Nutr.Res.49,171(1979)
12.Delincee,H.:「脂質の放射線化学の最近の進歩」,「食品照射の最近の進歩」,Elias and Cohen編,Elsevier,Amsterdam 1983,p.89
13.Nawar,W.W.:「脂質の放射線照射と加熱処理の化学的比較」,「食品照射の最近の進歩」,Elias and Cohen編,Elsevier,Amsterdam 1983,p.115
14.「照射食品の健全性」,FAO/IAEA/WHO合同専門家委員会報告,WHO Technical Report Series,No.659,WHO,Geneva 1981
15.Reddy,S.J.,Pubols,M.H.and McGinnis,J.:J.Nutrition 109,1307(1979)
16.Daghir,N.J.,Sell,J.L.and Mateos,G.G.:Nutrit.Repts.Internat.27,1087(1983)
17.Sreenivasan,A.:「いくつかの照射食品における成分と品質の変化」,「照射による食品品質の改善」,IAEA,Vienna 1974,p.129
|