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食品照射解説(COMMENT)

専門的解説 食品照射解説資料


発表場所 : 食品照射, 38巻, pp. 23-30
著者名 : 伊藤 均
著者所属機関名 : 日本原子力研究所高崎研究所・研究嘱託 (〒 370-0884 群馬県高崎市八幡町 935-6)
発行年月日 : 2003 年
1. はじめに

2. 原子力特定総合研究

3. 原子力特定総合研究以後の研究成果

4. 食品照射の新しい展開

5. 実用化の展望と今後の課題

参考文献



日本における食品照射の開発の経緯と今後の課題 (総説)


1. はじめに

 わが国の食品照射研究開発の歴史は 50 年に及ぼうとしているのに、今もって実用化しているのは馬鈴薯の発芽防止だけである。食品照射技術は梱包された食品の内部まで均一に殺菌・殺虫処理などができ、有害物質が残留しないという利点があるにもかかわらず実用化が思うように進まないのは消費者受容に問題があるためであろう。もちろん、食品照射技術も万能ではなく処理目的によっては食味低下などにより適用できない食品もある。しかし、このような欠点は加熱処理など他の処理法にも存在し、それぞれの優れた特徴を組み合わせた食品加工技術の発展を目指していくべきであろう。

 ところで、わが国には国際的にも高く評価されている食品照射の研究成果が過去に多く蓄積されているにもかかわらず国内では忘れられつつある。また、過去に食品照射開発の現場で苦労した研究者もほとんどいなくなり現役の専門家もほとんど残っていないのが実状である。一方、行政の立場からは食品照射研究は基本的に終了しており、実用化しないのは研究者に責任があるとの発言が聞かれることさえある。米国のように政府が国家戦略として食品照射に取り組む場合には実用化は進展しやすいが、わが国の現状は研究者と一部業界のみが食品照射推進に取り組むという苦しい状況におかれている。このような状況を少しでも打開し、今後の展望を切り開くためには過去の経緯を振り返り、残されている課題を検討していく必要があるように思われる。ここでは旧科学技術庁関係の研究開発を中心に食品照射開発の経緯を振りかえり、今後の課題について検討することにする。

2. 原子力特定総合研究

 わが国の食品照射研究は表 1 に示すように 1955 年 (昭和 30 年) ころより開始された1)

 当時は米国などで食品照射の研究開発が活発に行われており、食品照射の研究は最先端の技術として注目されていた。もちろん、欧米諸国でも食品照射研究は順調に進展したわけではなく、試行錯誤を重ねながら開発が行われてきている。わが国では 1960 年代になると多くの研究機関や大学で研究が開始され、1965 年には学会としての食品照射研究協議会が発足した。このような研究の発展を受けて 1967 年に原子力委員会は食品照射をナショナルプロジェクトとしての原子力特定総合研究に指定し研究開発を開始させた2)。本プロジェクトでは馬鈴薯、タマネギ、米、小麦、ウインナソーセージ、水産練り製品、ミカンの 7 品目が取り上げられ、健全性 (照射食品の安全性および栄養適性)、照射効果、照射技術について国公立の研究機関、大学によって研究が分担された (図 1)。これらの研究は実用化を目的としていたため多くの問題に直面した。

 健全性試験で問題になったのは実験動物への照射食品の投与量であった。初期の研究では薬剤と同じ 100 倍量の考えで 「食品の投与量×吸収線量」 により動物実験を開始した3)。その結果、タマネギのように過剰投与により非照射試験区および照射試験区とも同じように動物に異常が生じたこともあった (表 2)。また、動物試験に伴いがちのデータのばらつき、無菌下で飼育してきた実験動物を通常の雑菌存在下で飼育試験せざるを得ないという問題点などもあった。

 照射効果の研究では馬鈴薯を過剰照射した場合に腐敗増加すること、タマネギの発芽活動開始後の照射は効果がないこと、ウインナソーセージなどでは照射条件によっては食味が低下すること、ミカンでは電子線のエネルギーによっては果皮が黒変することなどが問題になった。

 照射技術の開発では馬鈴薯を 1.5 トンの巨大コンテナーで連続照射するための照射方法、線量評価、最低必要発芽防止線量の決定などでの苦労があった。また、ミカン表面を低エネルギー電子線で均一照射するための条件設定などでも苦労した。

 このような多分野にわたるプロジェクト研究により表 3 に示すように 7 品目全ての食品は健全性に問題がなく4)、照射効果も満足する結果が得られた。しかも、米の場合には殺虫線量でカビ毒産生菌の発生も抑制できるという結果も得られ、ウインナソーセージでは無酸素包装で食味低下を防止できるという結果も得られた。これらの研究成果を基に 1972 年には馬鈴薯の放射線による発芽防止処理が旧厚生省により認可され、1974 年より北海道士幌農協において商業照射が開始された。残りの品目についても原子力特定総合研究が終了する 1983 年までに次々と成果が得られ原子力委員会に報告されているが実用化はされていない。原子力特定総合研究で取り上げられた各品目は、それなりに食糧供給の安定化、国民の健康保持を目的としたものであった。これらの品目が実用化されなかった理由は反対運動や国の農業保護政策、薬剤処理の継続などが関係していたと思われる。

 なお、原子力特定総合研究の期間には実験用無菌動物飼料の放射線滅菌が実用化され、アフラトキシンの放射線耐性の研究、放射線抵抗性菌などの微生物学的安全性の研究も行われた。


表 1. わが国における初期の食品照射研究 (代表例)
わが国における初期の食品照射研究 (代表例)


表 2. 原子力特定総合研究の健全性試験におけるラットの照射食品摂取量と人の場合との比較
原子力特定総合研究の健全性試験におけるラットの照射食品摂取量と人の場合との比較


表 3. 食品照射特定総合研究結果の概要
食品照射特定総合研究結果の概要


図 1. 食品照射原子力特定総合研究の研究組織
食品照射原子力特定総合研究の研究組織

3. 原子力特定総合研究以後の研究成果

 わが国の食品照射研究者は原子力特定総合研究終了前後から急速に減少し、食品照射研究を継続する研究機関も食品総合研究所、日本原子力研究所、国立医薬品食品衛生研究所などにすぎなくなった。一方、このころ国際原子力機関と国連食糧農業機関の東南アジア・太平洋地域を中心とする食品照射 RCA プロジェクトが発足し、日本も研修生の受け入れ、専門家の派遣等で協力することになった。旧科学技術庁は日本の食品照射研究を存続させるためには RCA プロジェクトへの協力が必要と判断し積極的に協力体制を整備した。RCA プロジェクトに協力した各研究機関は東南アジア等からの研修生達と協力して香辛料、家畜飼料、冷凍魚介類、鶏肉等の殺菌効果、グレープフルーツの殺虫効果等の研究を実施した5)。これらの研究は東南アジア地域でも興味のある項目であり RCA プロジェクトにも貢献した。また、旧厚生省は米国からの照射グレープフルーツの輸出圧力を想定して健全性試験を実施し、問題のないことを明らかにした。これらの研究成果は表 4 に示すとおりであり海外でもこれらの研究成果が実用化に役立っている。

 一方、原子力特定総合研究で照射食品の健全性が明らかになっているにもかかわらず、国内での食品照射反対運動は執拗に続けられた。このような状況の中で ㈶日本アイソトープ協会は 1986 〜 1991 年に食品照射研究委員会を組織し国内外で反対運動が問題にしている代表的な項目について最新の研究技術で再試験を行った。本研究委員会には約 15 に及ぶ大学、研究機関が参加し、表 5 に示すように全ての項目において照射食品の健全性に問題のないことを明らかにした6)

 一方、食品照射用照射施設として従来のコバルト−60 ガンマ線の代わりに電子線や制動放射 X 線を使おうとする動きが出てきたため、電子線の線量率効果、散乱電子線、エネルギー効果等の研究も行われ、基本的に生物効果や放射線化学効果はガンマ線、X 線、電子線で差がないことを明らかした7)。1990 年代に入ると食中毒対策としての病原菌の殺菌効果5)、検疫への応用を目的とした切り花の殺虫効果の研究が行われた8)。また、照射の有無を判別する検知法の研究が活発に行われ始め、物理学的方法、化学的方法、生物学的方法で多くの有望な結果が得られている9)


表 4. 原子力特定総合研究終了後に行われた食品照射研究
原子力特定総合研究終了後に行われた食品照射研究


表 5. 日本アイソトーブ協会・食品照射研究員会の成果
日本アイソトーブ協会・食品照射研究員会の成果

4. 食品照射の新しい展開

 米国など初期の研究および原子力特定総合研究で取り上げられた品目は全て貯蔵期間の延長を目的としていた。しかし、最近では食中毒対策、検疫処理、薬剤処理の代替など食品の安全、衛生対策として食品照射が注目されるようになってきている。しかし、このような観点からの研究はわが国では組織的に行われておらず、個々の研究者が自主的に基礎研究を行ってきているにすぎない。米国ではすでに食中毒対策を目的とした食肉の放射線殺菌が大規模に実用化されており、植物検疫を目的とした生鮮果実の照射も実用化され始めている。また、欧州連合でも食品衛生対策として照射食品を許可することを検討している10)。当然のことながら、アジア・太平洋地域や中南米諸国等でも同じような動きをしており、わが国だけが国際的な流れを無視することは困難になってきている。

 将来、わが国がたとえ外圧によって照射食品の輸入を認めざるを得なくなったとしても、海外の研究結果をそのまま受け入れるのは困難と思われる。たとえば、輸入されてくる照射食品を検知するにしても外国の方法をそのまま適用しても測定条件によっては照射の有無を判別できない可能性がある。また、輸入されてくる食肉の異臭についても照射によるものか品質管理が悪いことによるものかは研究経験がないと判断できないであろう。海外で行われた研究結果でも照射条件が実際の食品中の条件と異なっていれば照射不足などにより消費者や環境に被害をもたらす可能性がある。したがって、海外で実用化されている食品についてもわが国の実状 (気候、食習慣等) に即した研究を行っておく必要がある。たとえば、香辛料による微生物被害の実態は欧米諸国とわが国では異なっている5)

 照射食品が国際的に流通する時代に備えて解決しておく課題は検知法の開発、照射による食味低下防止技術の開発、検疫処理技術の開発、照射工程管理技術の開発と思われる。

 照射食品の検知は基本的には可能となっているが、分析装置が高価であるとか分析操作が複雑などの問題があり、簡易な検知技術の開発が引き続き必要である。

 食品照射実用化の上で重要な課題は照射による異臭発生などの食味低下防止対策であろう。ことに、肉類や魚介類は照射条件によっては異臭が発生したり味が低下しやすいものがある1)。この対策として脱酸素包装や凍結照射などが開発されているが、用いる包装材によっても異臭が発生して食品からの異臭と間違われることがある (表 6)。わが国では照射による食味低下や色調変化、包装材の研究は散発的にしか行われておらず、海外の情報もほとんど整理されていない。

 放射線による検疫処理は臭化メチル代替技術として重要であるが、食品類や木材等に関する研究は不十分である。もちろん、切り花で行われた研究成果や海外の研究成果が応用できるが、生鮮野菜や熱帯果実類に殺虫線量照射した場合の品質変化、貯蔵性、わが国から輸出される可能性がある果実類の照射効果、殺虫線量の追加データ取得が必要であろう。また、発芽防止剤の散布が農業現場でも規制されるようになったため、放射線処理の可能性を再検討するべきであろう。

 照射工程の管理は照射の有無判別の立場からも重要である。過剰照射は法的にも問題になるが、食味や品質の上からも望ましいことではない。また、照射不足は商品価値を下げ、消費者に不利益をもたらす可能性がある。食品の照射施設には保健所からの線量評価などの具体的な検査があるため、線量測定結果や運転記録などの整備が必要である。馬鈴薯の商業照射では Fricke 鉄線量計が日常的に使われているが、香辛料など高線量照射の場合には表 7 に示すような信頼できる簡易線量計を用いるべきであろう。簡易線量計については実際の食品中での散乱線の影響、微生物などとの生物効果の比較、線量率に対する影響の有無、照射時や照射後の温度の影響等を検討しておく必要がある。また、照射の有無および線量範囲の判別が容易に出来るカラーラベルの開発が必要である。


表 6. 肉類の放射線による食味低下と防止対策
肉類の放射線による食味低下と防止対策


表 7. 食品照射の工程管理に利用できる線量計の候補
食品照射の工程管理に利用できる線量計の候補

5. 実用化の展望と今後の課題

 米国では牛肉や鶏肉の照射が大規模に行われており、輸入熱帯果実の検疫処理を目的とした照射も検討されている。全世界で照射されている香辛料の約 50% も米国で照射されている。わが国では士幌農協での 29 年にわたる馬鈴薯の商業照射の実績があり5)、このことは業界の熱意さえあれば反対運動に打ち勝って照射食品の実用化が可能であることを示している。現在、実用化が話題になっているのは主に香辛料、ニンニク、検疫処理であろう。この内、香辛料については全日本スパイス協会が厚生労働省に照射の許可要請を行っており、すでに 2 年を経過している。ニンニクについては栽培農家に実用化を望む動きがあるが取り扱い業界に拒否反応があるようである。このように実用化が思うように進まない原因としては行政が反対運動を恐れていることが関係しているように思われる。しかし、最近では厚生労働省が生薬の放射線殺菌を認めたり、農林水産省がペット用注射薬の放射線滅菌を認めるなどの動きもあり、20 年前とは状況が変わってきているように思われる。また、原子力委員会は現在でも食品照射の実用化を推進する立場にあり、実用化のための支援を期待できると思われる。一方、放射線利用を推進しようとする団体もいくつか活動している。昨年 12 月の AERA の記事11) のように専門家から見れば全くナンセンスな反食品照射の論拠について推進側が反論しないのはおかしなことである。残念なことに反対運動の論拠の方が一般消費者に受け入れやすいのが現実であり、公刊物またはインターネットで反論して少しでも消費者の理解を得る努力をする必要があろう。そして、このような地道な活動こそが実用化への早道と思われる。

 照射食品の健全性試験は国際的には終了しており、シクロブタノンなど反対運動が問題にしている事項も文献類により十分対応できると思われる。また、インターネットによる日本原子力研究所の食品照射データベース12) や ㈶放射線利用振興協会の放射線利用技術データベース13) の利用、各種の食品照射専門書により健全性問題等に対応できるであろう。なお、照射食品のアレルギー性が検討されていないとの指摘があるが、生物化学的評価6) や各種照射食品の実験動物による飼育試験結果は既存のタンパク質が照射により新たなアレルギー性物質に変わることがないことを示している。

 食品照射を広く普及するためには運転管理が容易で安全性に優れ、価格が安い照射施設が必要である。コバルト−60 ガンマ線照射施設は透過力が優れており運転操作が簡単であるが、立地上の問題がある。電子加速器は透過力は限られているが、短時間に大量処理が可能で大都会でも立地が可能である。また、小型の電子加速器を開発すれば小規模事業所にも設置可能になるであろう。電子加速器も 5MeV までのエネルギーでは X 線転換が可能であり、ガンマ線と同じような厚い梱包物の照射処理が可能である。しかし、電子線から X 線への転換効率が 7 〜 8% あっても実際に利用できる X 線は 1 〜 2%、実際の利用効率は電子線の約 6% でありガンマ線より照射コストが若干割高になる可能性がある14)。なお、電子線のエネルギーが 7.5 〜 10MeV ではコンベア等の金属部分から発生する制動放射 X 線による放射化対策を行っておく必要があろう。この場合に誘導される放射能は微々たるものであるが、わが国の消費者感情を考えれば当然必要な処置と思われる。食品照射用の施設は食品の集散地、加工処理地に設置するのが望ましく、これにより運送費や品質管理費を低減でき、輸送中の微生物や害虫の再汚染を防除できるであろう。

参考文献

1) 科学技術庁 : わが国における食品照射の現状と問題点, (1966).
2) 伊藤 均 : 照射食品における国内・国外の動向について, RADIOISOTOPES, 36(6), 290-299, (1987).
3) 藤巻正生 (監修) : 食品照射の効果と安全性, 日本文化振興財団, (1991).
4) 松山 晃, 降矢 強, 市川富夫, 内山貞夫, 伊藤 均, 林 徹 : 照射食品、総合食品安全事典, 産業調査会・事典出版センター, 842-877, (1994).
5) 伊藤 均 : 食品照射の基礎と安全性、食品衛生と貯蔵にはたす放射線処理の可能性, JAERI-Review 2001-029, 日本原子力研究所, (2001).
6) 食品照射研究委員会 : 研究成果最終報告書, ㈶日本アイソトープ協会, (1992).
7) 伊藤 均 : 電子線の殺菌・滅菌効果, 医科器械学, 60(10), 469-473, (1990).
8) 林 徹 : 臭化メチルをめぐる国際情勢と放射線照射, 食品照射, 31, 19-21, (1996).
9) 宮原 誠 : 食品照射検知法の現状, 食品照射, 37(1,2), 29-47, (1992).
10) 等々力節子 : 世界における食品照射の現状, 食品照射, 34(1,2), 63-65, (1999).
11) エリコ・ロウ : 放射線で殺菌の肉・米市場に出回る, AERA, 53, 26-28, (2002).
12) 日本原子力研究所 : 食品照射データベース, http://takafoir.taka.jaeri.go.jp/.
13) ㈶放射線利用振興協会 : 放射線利用技術データベース, http://www.rada.or.jp/.
14) 須永博美, 伊藤 均, 高谷保行, 滝澤春喜, 四本圭一, 田中隆一, 徳永興公 : 植物検疫を目的とした食品照射技術の検討, JAERI-Tech 99-046, 日本原子力研究所, (1999).
(2003 年 5 月 22 日受理)




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