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食品照射解説(COMMENT)

専門的解説 食品照射解説資料


発表場所 : 放射線と産業, 115 号, pp. 6-11
著者名 : 伊藤 均
著者所属機関名 :
元 日本原子力研究所高崎研究所
(現 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所)

発行年月日 : 2007 年

1.はじめに

2.卵巣重量等の異常について

3.骨の奇形について

4.体重増加の減少と死亡率の増加について

5.まとめ

参考文献

 


特定総合研究での動物試験の結果について

(動物実験で健全性に問題があるデータが出ているのではないのか?)

1.はじめに

 婦人之友2006年10月号に「カレーが危ない、スパイスに放射線照射を要請」という文章が載っている。この中で、著者はFAO・IAEA・WHOの食品照射合同専門家委員会が1980年に出した「10kGy以下の照射は安全である」という結論は食品照射推進派の人達が国連機関を利用して作り上げた非科学的な結論であると述べている。しかし、合同専門家委員会は1971年から1980年にかけて行われたFAO・IAEA・WHOの照射食品の健全性(安全性と栄養適性)を評価する国際プロジェクトの結果を総括する会合であり、本プロジェクトには米国、フランス、イギリス、西ドイツ、オランダ、ハンガリー、日本など24カ国が参加していた。当時の健全性研究は10kGy以下の照射食品が中心であったため10kGy以下が安全とされたわけで、集まった専門家達もプロジェクト参加国の公立研究機関に所属していた。この合同専門家委員会が権威ある証拠には1983年のFAO・WHO合同食品規格委員会(コーデクス)が1980年の結論を基に食品照射の規格基準を採択しているし、欧州連合等も1980年の結論を基に食品照射の安全性を承認している。

 一部の人達は食品照射の原子力特定総合研究で行われた動物試験の結果についても30年以上にわたって種々の疑問を呈している。これらの批判は動物の個体差によるものであり、照射が原因とは疑わしいものである。筆者は微生物分類や食中毒菌の分離、放射線生物等が専門であり、動物実験は専門でないが、食品照射の原子力特定総合研究の成果を取りまとめる委員であった立場から、代表的な項目について答えることにする。一般に生物の実験ではデータにバラツキが生じやすく、微生物のように大量の細胞数を扱う実験でもちょっとした実験条件の変動でデータにバラツキが生じる。たとえば、培養基のpH、栄養組成、培養温度等によって微生物の増殖は大きな影響を受ける。まして、動物試験では個体差ばかりでなく、飼育環境(無菌下または雑菌の混在する普通の条件下)等の影響も受けやすい。また、照射食品や薬剤等の安全性評価に用いるラット(ドブネズミ科)やマウス(ハツカネズミ科)等は無菌下で飼育されてきており、遺伝的に純系のため野生種に比べ病気に弱い。さらに、非照射および照射食品を乾燥重量で2〜50%も餌に混ぜるため、飼料中に特定食品が過剰に含まれることにより動物に栄養バランスの乱れが生じやすくなる。このため、動物実験では、1)問題となる現象に用量関係(食品照射では線量)が認められるか、2)飼育期間を通じて一定の傾向が認められるか、3)世代試験を通じて各世代に一定の傾向が認められるか、4)他の要因があるため見かけ上の異常が認められるか、という4点について考察する必要があると動物試験の専門家達は述べている。ここでは、照射馬鈴薯やタマネギを中心に卵巣重量や骨の奇形、体重増加、死亡率などについて考察する。

2.卵巣重量等の異常について

2-1. 照射馬鈴薯の飼育試験でラットの卵巣重量が減少した?

 一部の人達は「0.15kGy照射したラットの卵巣重量は3〜24ヶ月飼育で大きくなっており、0.30kGyと0.60kGyでは小さくなっており、これらの現象はホルモン器官の異常によるものである」としている。照射馬鈴薯やタマネギの上限線量は0.15kGyであるが、慢性毒性試験での0.60kGyまでの照射馬鈴薯を35%(乾燥重量)含む飼料で飼育したウイスター系ラット5匹当たりの卵巣重量と体重比(mg/100g)を図-1に示す。測定値にはバラツキがあり、表-1に示すように体重比は飼育6ヶ月目で0.60kGyのみが有意に減少しているが、他の3ヶ月、12ヶ月、24ヶ月では有意差は認められていない。また、表-2に示すように照射タマネギ2%添加飼料で飼育したウイスター系ラットでは標準飼料(対照群)で6ヶ月飼育した場合の卵巣がタマネギ含有飼料群や照射馬鈴薯の0.60kGy、6ヶ月や12ヶ月より小さいという結果もある。卵巣重量の測定ではラットやマウス等の小動物でバラツキが生じやすい。また、卵巣重量等の測定では個体差や個人差による測定誤差も考えられる。さらに、照射馬鈴薯で有意に減少した卵巣について組織学的観察を行っても異常は認められていない。薬剤試験の場合、卵巣重量が減少すると組織学的観察でも萎縮などの異常が認められるという。これらのことから、0.60kGy、6ヶ月で卵巣重量が有意に減少したのは照射による影響ではなく、実験誤差によるものであると断定できる。また、0.15kGyの24ヶ月で卵巣重量が他の群に比べて大きいのも実験誤差の範囲である。なお、乾燥タマネギを25%添加した飼料で飼育したウイスター系ラットでも標準飼料、非照射、0.07kGy、0.15kGy、0.30kGyでの卵巣重量比は3、6、12、24ヶ月で16.0〜48.4mgに分布しており、各群での有意差は認められていない。

図-1 照射馬鈴薯飼食ラットの卵巣重量の経過(放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究成果報告書(付録)、1971)
照射馬鈴薯飼食ラットの卵巣重量の経過


表-1 照射馬鈴(35%添加飼料)でのラットの慢性毒性試験における卵巣重量の変化(体重比、mg/100g)。
照射馬鈴(35%添加飼料)でのラットの慢性毒性試験における卵巣重量の変化


表-2 タマネギ(2%添加飼料)での慢性毒性試験における卵巣重量の変化(体重比、mg/100g)。
タマネギ(2%添加飼料)での慢性毒性試験における卵巣重量の変化

2-2. 照射タマネギの世代試験でマウスの睾丸、卵巣重量が減少した?

 乾燥タマネギを4%添加した飼料で飼育したマウスの3世代目の離乳時の卵巣重量と睾丸重量が照射群で減少していると一部の人達は疑問を呈している。しかし、表-3に示すようにdde系マウスの世代試験における卵巣重量の離乳時の体重比(mg/10g)は4%添加飼料では0.30kGy照射群でやや少ないが有意差は認められていない。また、表-4に示すように2%添加群では照射による卵巣重量の減少は認められない。

 睾丸重量の体重比については4%添加飼料の0.30kGy照射群は標準飼料(対照群)に対しては有意に減少しているが、非照射タマネギ群に対しては有意差は認められていない。また、組織学的観察では標準飼料(対照群)、非照射タマネギ群との差は認められていない。2%添加飼料でも表-4に示すように1〜3世代で睾丸重量の体重比に有意差は認められていない。従って、卵巣や睾丸重量が4%添加飼料の照射群で減少したように見えるのは実験誤差によるものであると言える。

表-3 タマネギ(4%添加飼料)のマウスによる世代試験での離乳時出生仔(42〜63匹)の卵巣および睾丸重量の変化。
タマネギのマウスによる世代試験での離乳時出生仔の卵巣および睾丸重量の変化


表-4 タマネギ(2%添加飼料)のマウスによる世代試験での離乳時出生仔(6〜51匹)の卵巣および睾丸重量の変化。
タマネギのマウスによる世代試験での離乳時出生仔の卵巣および睾丸重量の変化

3.骨の奇形について

(照射タマネギで飼育したマウスで骨の異常が認められた?)

 一部の人達は照射タマネギで飼育した世代試験のマウスで骨の奇形が認められたとしている。照射タマネギを2%または4%添加した飼料でのdde系マウスの世代試験で胎仔(1群30〜160匹当たりの出現率)や新生仔の頸肋(けいろく・骨の変異;首の骨に肋骨がついた奇形)を観察すると表-5に示すように、第1世代(F1)、第2世代(F2)、第3世代(F3)で、それぞれ異なった傾向が観察される。一部の人達が問題にしている、照射タマネギを2%添加した飼料で飼育した第2世代の胎仔について取り上げると、頸肋の出現率は対象群(タマネギを加えていない標準飼料)が20%であるのに対し、非照射タマネギ添加で19%、0.15kGy照射タマネギ添加で41%となり、0.15kGy照射群で奇形出現率が高いように見える。しかし、第1世代では逆の傾向が観察され、非照射群の方が照射群より奇形発生率が若干高い。また、第3世代では対照群での奇形発生が著しく高いという結果が得られており、照射タマネギより標準飼料の対照群の方が奇形発生率が高いということになる。一方、4%添加タマネギ飼料での試験結果では対照、非照射、0.30kGy照射群で剄肋の発生率に大きな差は認められていない。新生仔の場合にも剄肋発生率は一定の傾向は認められていない。本実験に用いられたdde系マウス等においては剄肋などの骨の奇形は胎仔や新生仔で発生率が高く対象群においても20.0〜83.9%であり、成長に伴い消滅するし、剄肋等の奇形のデータはバラツキが多いので動物試験では重要な試験項目ではない。しかし、一部の人達は2%のタマネギを添加した第2世代のデータのみを一般の人達に示して反対の根拠にしている。

表-5 照射タマネギ投与マウスの世代試験における頸肋の出現率(検査仔数30〜218匹)。
照射タマネギ投与マウスの世代試験における頚肋の出現率(検査仔数30〜218匹)

4.体重増加の減少と死亡率の増加について

4-1. 照射馬鈴薯の飼育試験で雌ラットの体重増加が減少した?

 慢性毒性試験における照射馬鈴薯35%を含む飼料で飼育開始時に各群30匹で飼育した雌ラットの体重増は図-2に示すように60週前後までは各群とも体重増加に大きな差は認められていないが、70週以後では差が生じている。すなわち、対照の標準飼料群が最も体重増が良好で、非照射群と0.15kGy照射群も比較的良好である。しかし、0.30kGy照射群と0.60kGy照射群は体重増が比較的悪いが、0.60kGy照射群の方が0.30kGy照射群より体重増が良好で線量との相関性は認められない。ラットの70週以後は老齢期に入っており、生残動物数も少なくなっているため個体差の影響が出やすくなる。一部の人達は表-6に示すラットの体重増加率を用いて照射ラットの体重増が減少したとしているが、この表はラットを53週飼育した時点での各群の生残動物13〜14匹を飼育開始時までさかのぼって表にしたものであり、飼育開始時の各群30匹を基に作成したデータに比べ客観性は少ない。しかも、この表で見ても全体での体重増加率と線量との相関性は認められず、薬剤の場合のような投与量との相関性は認められない。一方、雄ラットの場合には図-3に示すように標準飼料の対照群に比べ馬鈴薯添加飼料群は照射、非照射にかかわらず体重増が抑制される傾向が認められ、馬鈴薯添加量が多すぎるのが原因と思われる。なお、タマネギの2%、25%添加飼料でもラットの雌雄とも、照射の有無にかかわらず体重増加での著しい差は認められていない。また、マウスについても馬鈴薯、タマネギ等で照射の有無による体重増への影響は認められていない。薬剤の場合には投与量が多いと体重増の減少が明確に認められ、血液検査や病理学的検査でも異常が認められる。一方、照射馬鈴薯等では体重増が減少しているように見える飼育群でも血液検査や病理学的検査で異常は認められていない。従って、雌ラットの体重増が照射馬鈴薯群で減少したように見えるデータは個体差と馬鈴薯の添加量が多いことが原因したものであろう。なお、タマネギを25%添加した場合にも体重増は照射の有無にかかわらず雌雄とも標準飼料群に比べ明確に抑制されている。

図-2 照射馬鈴薯の雌ラットによる体重増加曲線(放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究成果報告書(付録)、1971)
照射馬鈴薯の雌ラットによる体重増加曲線


表-6 照射馬鈴薯を与えたラットの体重増加率。
照射馬鈴薯を与えたラットの体重増加率


図-3 照射馬鈴薯を摂取した雄ラットの体重増加曲線(「放射線照射による馬鈴薯の発芽防止に関する研究成果報告書(付録)、1971」)
照射馬鈴薯を摂取した雄ラットの体重増加曲線

4-2. 照射馬鈴薯の飼育試験で雄ラットの死亡率が増加した?

 慢性毒性試験において照射馬鈴薯を投与した飼料で飼育した場合、雄ラットの死亡率が増加したと一部の人達は述べている。しかし、飼育60週目以前の死亡数は標準飼料の対照群1匹に対して、非照射群0匹、0.15kGy照射群5匹、0.30kGy照射群5匹、0.60kGy照射群3匹であり、死亡初発期は標準飼料の対照群は60週目、非照射群は70週目、0.15kGy照射群は60週目、0.30kGy照射群は25週目、0.60kGy照射群は50週目である。すなわち、死亡数および死亡の初発時期には線量との相関性が認められない。しかも、動物の死亡の原因は肺炎によるものであり、無菌下での飼育でないことが原因していると思われる。照射タマネギを25%添加した飼料で飼育した場合にも同じような現象が認められているが線量との相関性はなく、照射タマネギ摂取による死亡率の上昇は考えられない。

5.まとめ

 「ガイアの復讐」の著者の英国のラブロック氏は環境保護運動の大家であるが、温暖化対策としての地球再生のためには風力や太陽光の利用ではなく原子力の利用を提唱している。食品照射に疑問を持ち続けている一部の人達は消費者運動が本来目的としている「食品の安全と安心」の考え方と必ずしも合致していない。すなわち、食品照射を導入しないことにより薬剤や保存料などを食品に加え続けることになり、海外からの害虫や病原菌の流入を増大させることになる。

 一部の人達は原子力特定総合研究で得られた成果の馬鈴薯やタマネギの卵巣重量の低減や骨の奇形などを食品照射反対の主要な論点にしているが、照射米によるアカゲザルの甲状腺、心臓、肺、精巣重量の変化、照射小麦のマウスの卵巣重量変化、照射水産練り製品のマウス腫瘍発生率の増加などについても疑問を投げかけている。しかし、これらの結果も全て個体差によるデータのバラツキによるものであり、線量との相関性は認められていない。このように動物試験ではデータにバラツキが生じやすく、飼育期間が長くなるほど病理学的検査等により生残動物数が少なくなり、個体差の影響が出やすくなる。その点では、米国の59kGy照射した鶏肉の動物試験のように飼育開始時の1群当たりの動物数が100匹を超えることが理想的であるが、その場合には膨大な予算が必要となる。そのため、遺伝毒性試験(変異原性試験)や放射線分解生成物の分析など他の研究手段との組み合わせで照射食品の安全性が評価されてきたことは正しい選択であったと思われる。

参考文献

1) 伊藤 均:なぜ食品照射か−その歴史と有用性、[1]わが国における食品照射技術の開発、放射線と産業、110、36−42(2006)。
2) 伊藤 均:なぜ食品照射か−その歴史と有用性、[4]照射食品の健全性評価と放射線分解生成物、放射線と産業、113、26−31(2007)。
3) 藤巻正生(監修):食品照射の効果と安全性、日本文化振興財団、1995。
4) 日本原子力協会(監修):食品照射Q&Aハンドブック、2007年3月。
5) (独)日本原子力研究開発機構:食品照射データベース、http://takafoir.taka.jaea.go.jp/。

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