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食品照射解説(COMMENT)

専門的解説 食品照射解説資料


発表場所 : 放射線と産業, 121号, pp. 30-33
著者名 : 久米民和
著者所属機関名 :(独)日本原子力研究開発機構
Centre for Applications of Nuclear Technique in Industry(ベトナム)
発行年月日 : 2009 年 1月

1.はじめに

2.突然変異育種

3.アイソトープ利用

4.不妊虫放飼法(Sterile Insect Technique、SIT)

5.食品包装材等の滅菌

6.食品照射

7.おわりに

参考文献

 


最新調査による放射線利用の経済規模 II. 農業利用分野

1.はじめに

 日本原子力研究開発機構では、2007年度内閣府委託事業「放射線利用の経済規模に関する調査」を受託・実施し、調査報告書1)をまとめた。データの揃う直近の年度として2005年度(平成17年度)の放射線利用の経済規模を求めた結果、工業利用分野が2兆2,952億円(56%)、農業利用分野が2,786億円(7%)、そして医学・医療分野が1兆5,379億円(37%)となった。本誌前号において、工業利用分野の詳細が紹介された2)のに続き、ここでは農業利用分野を取り上げることとする。
 農業分野における放射線利用は工業分野に比べ規模は10分の1程度と小さいが、突然変異育種、食品照射、害虫駆除など、我々の生活に欠かせない手法として定着している。これら農業分野の経済規模は、突然変異育種や照射利用などで生み出された農産物の売上高で算出し、総額2,786億円となった。内訳は、イネが大部分を占めている突然変異育種が2,538億円、アイソトープ・放射能分析が146億円、食品照射や不妊虫放飼法などの照射利用が102億円である(図-1)。ここでは、農業分野において活用されている代表的な放射線利用について、経済規模の面からみた利用状況を紹介する。

図-1 農業利用分野の経済規模
図-1 農業利用分野の経済規模


2.突然変異育種

 突然変異育種の経済規模は2,534億円であり、そのうちイネの2,453億円が大部分を占めている。イネの放射線突然変異品種は年々増加しており、2005年は99品種、栽培面積は全体の12.3%で経済規模は2、453億円と求められた。しかし、突然変異による新しい品種の育成は増大しているにもかかわらず、農家の栽培面積は年々減少しており、経済規模は、1997年度の2,930億円から毎年減少し、2003年度2,760億円、2005年度2,450億円と減少している。
 倒れにくい品種としてレイメイが育成され、その系統の品種が多く利用されている。従来は耐病性、増収を目的とした品種改良が進められてきたが、コシヒカリに代表される味の良いコメへの適用が進めば、さらに経済規模は増大するものと期待される。
 その他の作物には、ダイズ(55.6億円)、コムギ(5.7億円)、オオムギ(1億円)、純白のエノキダケ(3,000万円)、黒斑病に強いナシ(ゴールド20世紀)とモモ(27億円)、冬枯れしないシバ(1,700万円)などが実用的に用いられている。
 花卉では、カーネーションが2品種(5.1億円)、キクが3品種(5.4億円)である。これら花卉の突然変異には近年イオンビームが多く用いられるようになり、カーネーションやキクの他、ペチュニアやバーベナなど利用が拡大している。イオンビームで開発された主要な品種であるカーネーションや無側枝キク「新神(アラジン)」(図-2)は、2005年度以降急速に市場が拡大している。イオンビーム育種は日本で開発された技術であり、今後大きく進展することが期待される。

図-2 イオンビーム突然変異により育成されたカーネーション及びキク
カーネーション          無側枝性秋輪菊「新神」
カーネーション 無側枝性秋輪菊「新神」


3.アイソトープ利用

 アイソトープ利用の経済規模は、RI利用等の4.2億円、依頼分析140億円、C-14年代測定1.3億円の合計146億円である。P-32、H-3、C-14、I-125などの非密封ラジオアイソトープの利用は、RI離れにより年々減少している。依頼分析は、作業環境測定業務の依頼事業、被ばく測定サービス事業、RI施設の廃止に伴う廃止工事の請負事業及びRI施設保守点検依頼事業などの合計である。
 考古学や地質調査におけるAMS (Accelerator Mass Spectrometry; 加速器質量分析法)によるC-14年代測定は1.3億であるが、今後拡大が期待される分野である。なぜ、C-14分析が農業利用なのかとよく問われるが、対象物がC-14を含むセルロースであり、これは生物の光合成産物ということから農業分野における放射線利用の1つとして取り上げている。大気中には常に一定量のC-14がCO2として存在しており、生物が生きている間はC-14を常に補給している。生物が死ぬと体内のC-14は補給されずに減少していく(半減期5,730年)ので、試料中のC-14の存在比を測定することにより年代を推定することができる。C-14の存在比は10-15と非常に少なく高感度の測定が必要であり、ベータ線計測法が主として用いられてきた。最近は、感度が格段に優れているAMS法が主流となりつつあり、高感度の機器を備えた民間企業の業績が著しく伸びている。今後も考古学(図-3)などにおける計測の有効な手段として、活用されていくものと予測される。

図-3 AMSにより年代が測定された壺
AMSにより年代が測定された壺


4.不妊虫放飼法(Sterile Insect Technique、SIT)

 放射線のユニークな利用法として、不妊虫放飼法があげられる。不妊虫放飼法とは、1930年代に米国農務省のE. F. Kniplingにより開発された害虫駆除の方法であり、放射線照射によって不妊化したオスを野外に放ち、野生のメスと交尾させることにより次世代の虫の数を徐々に減らし、最終的には根絶する方法である。日本の緻密な技術により、世界に先駆けて沖縄や奄美群島におけるウリミバエの根絶、小笠原諸島におけるミカンコミバエの根絶が達成されている。
 少し古い話になってしまうが、「プロジェクトX」で8ミリの悪魔の駆除として取り上げられた技術である。ゴーヤ(図-4)が我々の食卓でもよく見かけられるようになったのは、本技術の賜物と言っても過言ではないであろう。
 ウリミバエ根絶による経済規模は、寄主植物の移動禁止解禁による県外への出荷分、移動制限解除による検査・燻蒸処理費用の軽減分、県内出荷の直接的被害軽減分の合計として求められる。沖縄県は59.5億円、鹿児島県奄美群島は7.3億円と計上された。また、小笠原諸島におけるミカンコミバエ根絶による経済規模は約2,400万円であり、我が国全体での不妊虫放飼法の経済規模は、66.8億円である。農家数や耕地面積が年々減少しているが、マンゴー(図-5)の生産が拡大し、経済規模は相殺された形で横ばいとなっている。

図-4 食べる機会が増えたゴーヤ(ニガウリ)
食べる機会が増えたゴーヤ(ニガウリ)


図-5 沖縄産マンゴー
沖縄産マンゴー


5.食品包装材等の滅菌

 放射線滅菌は、容器包装材や理化学器材など、医療用具以外の分野でも用いられている。これらは、農業分野で扱うこととした。
 食品包装材のうち、液状食品輸送用の大容量バッグインボックス(BIB)用内袋が放射線滅菌の主要な製品であり、放射線滅菌の経済規模は24億円である。放射線の高い透過力を利用して、とくにバリア性の高いフィルムや、アルミ箔を含んだ積層フィルム、複雑な形状の成型品など薬剤やガスと接触できない製品の滅菌に用いられている。この他、ペットボトルやドリンク剤用のキャップ類、食品、乳製品用のトレイ、容器などのプラスチック製品、プラスチックシャーレ、マイクロプレートをはじめとする理化学機材などの滅菌も年々伸びている。
 無菌実験動物用飼料の放射線殺菌は、マウス・ラット用やウサギ・モルモット用飼料の処理に用いられている。主要部分は安価な高圧蒸気滅菌法が占めており、放射線滅菌の経済規模は総需要量2,500トンの約15%の1.9億円程度である。しかし、放射線滅菌した動物飼料による飼育は30年以上の実績があり、これらの結果は食品照射の安全性を示すうえでも重要な情報を提供している。

6.食品照射

 食品照射は、食品の衛生化、保存、品質向上を目的とする処理技術であり、食品の発芽防止、殺虫、熟度調整、改質、殺菌・滅菌などに用いられている。現在、世界の食品照射許可国は60カ国に上り、230以上の品目が許可されている。
 2005年の世界における食品照射処理量の総量は40万5千トンであり、経済規模は1兆6,100億円と求められた。食品照射の処理量が千トン以上の国は16カ国にのぼっており、とくに中国、米国、ウクライナは処理量が7万トン以上と突出していた(表-1)。
 日本では馬鈴薯の発芽防止だけが許可されており、実用照射は北海道士幌農協のみで実施されている。年間処理量8,096トン、出荷額109.5円/kgから求められた経済規模は8.9億円である。日本の処理量8,096トンは世界第7位であるが、香辛料に比べ単価が低いため経済規模は小さい。例えば、香辛料の処理量が多い米国と比較すると、米国の処理量92,000トンは日本の10倍強であるが、経済規模8,500億円は1000倍近い値となる。香辛料の殺菌は世界の処理量の46%とほぼ半数近くを占めており、いまや世界の趨勢である。今後日本でも付加価値の高い香辛料の殺菌が許可されれば、食品照射の経済規模は格段に拡大することになる。

表-1 世界における食品照射、処理量と経済規模
世界における食品照射、処理量と経済規模


7.おわりに

 今回の経済規模調査では、放射線利用の寄与率の算出を試みたことが特徴の1つであり、工業利用における半導体やラジアルタイヤの例が、前号で詳細に紹介されている。農業分野では、コメ生産における放射線利用の寄与率を求める一つの試みとして、米生産費に占める種子代金の比率を求めてみた。労働費も含めた米生産費に占める種子代金の割合は約3.1%、すなわち2,450億円の3.1%の約75億円が種子の経済効果ということになる。しかし、突然変異で育成された品種の備える有用特性のもたらした経済効果を、全品種でほぼ同額となる種子代金だけでは現し得ないと考え、農業分野では放射線の寄与率は適用しなかった。
 また、突然変異育種では、通常突然変異誘発のための1回の照射のみであることが多い。しかし、得られた品種は、生物独特の増殖が可能で、長期にわたり何世代にもわたって栽培が可能である。また、SITにおいても同様に、一度根絶が達成されると照射の必要はなくなる。その後は、再汚染防止のための処理を除き照射処理なしで、長年にわたり果実や野菜を出荷できるなどの経済効果が得られる。これらの処理は、食品照射や滅菌、工業製品など対象物にそのつど照射をする放射線処理法とは著しく異なる。
 これら農業分野特有の放射線処理について、例えば突然変異品種は何世代まで適用するのか、放射線利用率はどう適用していくのか、今後考え方を整理していかなければならない課題が残されている。

参考文献

  1. (独)日本原子力研究開発機構、内閣府委託事業「放射線利用の経済規模に関する調査」報告書 (2007).
  2. 田中隆一、“最新調査による放射線利用の経済規模 I.工業利用分野”、放射線と産業、No.120, 35(2008).



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