玉ねぎの発芽防止が取り上げられたのは、例年繰り返す端境期の価格の高騰を防ぐためで、具体的には9月から10月にかけて収穫された札幌黄を、放射線処理以外の特別な貯蔵方法にたよることなく、収穫後8カ月間貯蔵し周年安定供給を目指すためである。
対象として取り上げたのは、北海道産の札幌黄と、関西産の泉州黄で、具体的な研究項目は下記のとおりである。
(i) 最適照射線量
(ii) 照射時期
(iii) 品種間の発芽防止線量の相違
(iv) 照射玉ねぎの最適貯蔵条件
(v) 照射後の貯蔵中の腐敗率
試料として用いた玉ねぎは、45年秋に収穫した北海道産 ”札幌黄” で、収穫後35日および88日に照射処理を行い、発芽抑制効果を検討した。
照射処理は、日本原子力研究高崎研究所のコバルト60・ガンマ−線照射施設を利用した。
照射試料は、全量940kgでこれを各試験区に均等に約60kgずつ分けアルミ製照射箱に入れ、3.7および15kradの固定照射を行なった。照射に際しては、線源の内側と外側とに照射量のむらが生じないようにするため、両面照射をおこなった。
照射時の温度は特に調整せず、室温で照射した。照射試料は5℃および常温に貯蔵し、貯蔵中における発芽率および腐敗率を調べ、適正発芽抑制線量の検討を行なった。
第(1)−1および第(1)−2表に収穫後35日、第(1)−3および(1)−4表に収穫後88日に照射し、常温および5℃貯蔵した際の発芽率および腐敗率を示した。収穫後35日に照射した場合、貯蔵温度に関係なく発芽率1〜2%ときわめて低く、3krad照射で発芽は完全に抑制できるといえる。しかし収穫後88日に照射すると、各照射試料ともに発芽個体が認められ、7および15krad照射では未照射試料よりも発芽率が高い値を示した。
貯蔵中における腐敗球は、認められなかった。第(1)−5表に収穫後8カ月における健全球率を示した。5℃貯蔵区の未照射試料が73%と高い値を示しているが、ほとんどは発根しており、内芽の伸長がみられるので、発根球を健全球と考えないなら健全球率は14〜15%にしかならない。一方、照射試料間では、収穫後35日に照射するなら3〜15kradの間に差異がみられなかったが、照射時期が遅くなると3kradが最も良い結果を示した。長期間貯蔵中に腐敗球が認められなかったのは、収穫後の乾燥処理を十分行なったものを試料として用いたためと考えられる。
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収 穫 後 の 日 数 |
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35 |
73 |
108 |
147 |
170 |
210 |
228 |
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未 照 射 発芽率 腐敗率 3krad 発芽率 腐敗率 7krad 発芽率 腐敗率 15krad 発芽率 腐敗率 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
5 0 2 0 0 0 0 0 |
5 0 2 0 0 0 0 0 |
33 0 2 0 1 0 1 0 |
65 0 2 0 1 0 1 0 |
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収 穫 後 の 日 数 |
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35 |
73 |
108 |
147 |
170 |
210 |
228 |
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未 照 射 発芽率 腐敗率 3krad 発芽率 腐敗率 7krad 発芽率 腐敗率 15krad 発芽率 腐敗率 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
1 0 0 0 1 0 0 0 |
1 0 0 0 1 0 1 0 |
11 0 0 0 1 0 1 0 |
20 0 0 0 2 0 1 0 |
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収 穫 後 の 日 数 |
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88 |
108 |
147 |
170 |
210 |
228 |
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未 照 射 発芽率 腐敗率 3krad 発芽率 腐敗率 7krad 発芽率 腐敗率 15krad 発芽率 腐敗率 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
2 0 1 0 6 0 7 0 |
4 0 5 0 11 0 11 0 |
35 0 24 0 34 0 42 0 |
63 0 31 0 59 0 66 0 |
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収 穫 後 の 日 数 |
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88 |
108 |
147 |
170 |
210 |
228 |
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未 照 射 発芽率 腐敗率 3krad 発芽率 腐敗率 7krad 発芽率 腐敗率 15krad 発芽率 腐敗率 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
0 0 0 0 0 0 0 0 |
1 0 0 0 0 0 2 0 |
8 0 5 0 15 0 15 0 |
18 0 19 0 34 0 38 0 |
照 射 時 期 |
照 射 線 量 (krad) |
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0 |
3 |
7 |
15 |
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35日後 常温貯蔵区 5℃貯蔵区 88日後 常温貯蔵区 5℃貯蔵区 |
22 73 (58) 21 73 (57) |
98 100 60 65 |
99 98 34 54 |
99 98 34 47 |
( )内:発根率 |
試料として用いた玉ねぎは、46年秋に北海道札幌市で収穫した ”札幌黄” (播種3月25日、移植5月15日、収穫日9月10日)で現地において収穫直後および乾燥1週間後に照射し、その後それぞれ2週間および1週間乾燥を行い、2週間乾燥した後に照射した試料との間に発芽抑制効果の差異がないかどうかを調べた。
また、収穫後2週間の乾燥をした試料を東京に輸送し、収穫後28日、63日および83日の試料に照射を行い照射時期と適正線量の検討を行なった。
現地での照射は、北海道大学の3000Ciのコバルト60を用いて、3および7kradの照射を行なった。また、東京に輸送した試料は、日本原子力研究所高崎研究所のコバルト60 ガンマー線照射施設を利用し、3、7および 15krad の固定照射を行なった。
現地で照射した試料は各区50個体を常温に7カ月貯蔵した。高崎研究所で照射した試料は、貯蔵容器と貯蔵温度が品質におよぼす影響をみるために、ダンボール箱に穴をあけたものと、あけないもの、つまり通気性ダンボール箱と密封ダンボール箱を用い、各箱に50個体の照射試料を入れ、常温に各区2箱(100個体)、5℃に各区1箱(50個体)を収穫後8カ月間貯蔵し、貯蔵中における発芽数および腐敗数を調べた。
貯蔵形態(容器)の相違が、貯蔵中の玉ねぎの品質におよぼす影響を調べた結果、貯蔵温度が違っても、また照射時期を変えた場合でも、容器の相違による影響がなんら認められなかった。このため、以下の結果は、常温貯蔵試料は各区200、個体5℃貯蔵試料は各区100個体に対する発芽率および腐敗率として表わした。
第(1)−6、(1)−7表に収穫後28日に、第(1)−8、(1)−9表に収穫後63日に、第(1)−10表、第(1)−11表に収穫後83日に照射し、常温および5℃に貯蔵した際の発芽率および腐敗率を示した。
収穫後28日に照射した試料は、常温に8カ月間貯蔵しても、ほとんど発芽個体が認められなかったが、腐敗個体数は全ての照射試料区の方が多く、非照射区の約3倍であった。5℃貯蔵区の照射試料には、長期間貯蔵(8カ月)で発根個体はなかったが発芽個体がわずかに認められた。
収穫後63日および83日に照射した場合、発芽は完全に抑制することができなかったが、非照射試料と比較するならば、照射試料の方が発芽および腐敗による損失は少なかった。また、5℃貯蔵区のものは、発芽および腐敗による損失が常温貯蔵区より少なかったが、長期貯蔵によって発根が全ての試料に認められた。
第(1)−12表に収穫後8カ月における各照射試料の健全球率を示した。収穫後63日および、83日に照射した試料を見ると、非照射試料を含め5℃貯蔵区の健全球率が、常温貯蔵区に比べて低いが、この理由は、発根個体を発芽個体と同様に健全個体に加えなかったためである。
収穫後1カ月以内に3〜15krad照射した試料は、収穫後8カ月間常温貯蔵しても、ほとんど発芽個体が認められず、約75%の健全球率を示した。照射時期が遅くなるに従って、発芽抑制効果は低下するが、照射区間では、3krad 試料が最も良く、照射線量の増加に従って発芽抑制効果は低下を示した。
次に乾燥前または乾燥途中での照射処理効果について検討した。つまり収穫後1カ月以内に照射するならば、発芽は、ほぼ完全に抑制されるが、実用面から考えた場合、収穫後2週間の乾燥処理が必要なので、残り2週間で照射をしなくてはならないということになる。そこで収穫した直後に照射し乾燥するか、あるいは、乾燥途中で照射し再度乾燥するという処理では発芽抑制効果がどの様なものかを調べた。
第(1)−13表に、収穫直後照射し2週間乾燥、1週間乾燥後に照射し、再度1週間乾燥、および2週間乾燥後に照射し、各試料を常温に7カ月間貯蔵した際の発芽率および腐敗率を示した。3krad照射で完全に発芽は抑制され、7kradでは直後照射を除いて、わずかに発芽個体が認められた。貯蔵中の腐敗率は、収穫直後に照射した試料が最も少なかった。
玉ねぎは収穫後2〜3カ月の一定期間を経て発芽し始めるものであり、この期間を休眠期間と呼んでいる。放射線処理もこの休眠期間におこなえばよく、また線量が高ければ高いほど発芽抑制力が強いというのが一般的な考え方であった。しかし玉ねぎの品種、産地間によって休眠期間も異なり、また外観的には発芽していなくても玉ねぎ内部では休眠覚醒期に入ると内芽が伸長しはじめるが、どの程度までが休眠期間かが問題であった。
札幌黄の場合は休眠期間が短く、収穫後1カ月余り経ると内芽が急速に伸びはじめ、いわゆる休眠覚醒期に入り、条件さえよければ数日から1週間位の間で内芽は2〜3cmから5cm位になる。放射線処理によって発芽を防止できるのはこの内芽の伸長度が2〜3cm位までであり、これ以上長くなると60kradもの高線量を照射しても発芽を抑制しないばかりか、逆にこの範囲内では線量が高いほど芽の伸長速度は早くなる傾向がある。
発芽防止線量は、完全に休眠期間中であれば3kradで十分であるが、休眠覚醒期に入り内芽が2〜3cmになるまでの間が複雑であり、内芽の伸長にともない必要線量が高くなり上限は7〜15krad位必要となる。休眠覚醒期に入る時期は個体差もあり、また収穫後の保存環境温度の急激な変化の繰り返しによっても早くなる。
普通玉ねぎは収穫後2週間位風乾し外皮を形成させて、その後の処理、貯蔵中の傷を防ぎ、結果的に腐敗を防いでいる。しかし放射線処理期間を延長させるために、収穫直後の風乾前、または風乾途中に照射処理をもってきても、貯蔵前に合計2週間の風乾がおこなわれていれば、その後の貯蔵効果は同じである。
照射玉ねぎの貯蔵条件は、特に5〜10℃の冷蔵にする必要はなく、関東地方の常温で翌年5月までの収穫後8カ月間を十分貯蔵することができる。また8カ月貯蔵後の照射玉ねぎの味、香り、テキスチャーには何等異常は認められない。ただ放射線で発芽を防止された玉ねぎは、半分に切ってみると底部幼芽部分が褐変し枯死している。
以上の結果を総括する意味で、昭和46年産の札幌黄の常温貯蔵8カ月後の健全粒率をあげてみる。照射処理が収穫直後(照射後2週間風乾)のものでは非照射区、3krad区、7krad区の健全粒率はそれぞれ16%、82%、80%であり、同様に7日後照射(照射後1週間風乾)は16%、74%、72%、14日後照射は16%、70%、74%、28日後照射は6%、75%、76%であった。また、これらの数値のロスは、非照射ではほとんどが発芽、照射区はいずれもほとんどが腐敗によるものであった。
泉州黄についても、休眠間、休眠覚醒期、内芽の伸長などに関連しての発芽抑制線量については、札幌黄の場合とまったく同様である。しかし、札幌黄とは異なる点は二つあり、一つは収穫後の通常の貯蔵状態での休眠期間が約2カ月あるということである。これは品種による差と考えられるが、放射線処理の操業期間をのばすことができるという点で大きな利点である。札幌黄と異なるもう一つの点は逆に最大の欠点ともいえるものであるが、照射、非照射にかかわらず腐敗率が高く、8カ月後の健全粒率をみると、いずれの照射区も低温貯蔵では50〜60%、常温貯蔵では20〜40%であり、非照射区はこれに発芽のロスが加わるためそれぞれ10%以下、10〜20%にすぎなかった。
このように泉州黄の場合、休眠期間中の放射線処理による発芽防止効果は顕著であるが、多分、収穫期が梅雨期に入るので、玉ねぎ自身が土壌細菌に汚染され易く、貯蔵中の腐敗率が高くなるものと考えられる。泉州黄でも乾燥状態が良く品質の秀れているものを選んで放射線処理したものは、腐敗粒もほとんど出ない状態で長期貯蔵に耐えた例もあるので、実用化に際しては照射用原料の選別さえ十分に行えば問題は解決するものと思う。
玉ねぎの発芽防止のためには、各品種の休眠期間中に3krad、また休眠覚醒期の初期で内芽の伸長が2〜3cm程度以内なら7kradで十分目的を達成することができる。ただし休眠覚醒期に入ると内芽の伸長度は早いので、確実な効果を得ようとするなら放射線処理は休眠期間に行うべきである。また放射線処理期間をのばすには、収穫、乾燥後、直ちに低温貯蔵し、休眠覚醒期後の内芽の伸長をできるだけ遅らせることが必要である。放射線処理を収穫後の乾燥前または乾燥途中で行っても、貯蔵前に合計2週間の乾燥を行うなら、その後の貯蔵効果は乾燥後照射のものと同じである。貯蔵条件は、5℃または8〜10℃の低温でも常温でも同じであり、収穫後8カ月間の貯蔵は十分可能である。
札幌黄の休眠期間は収穫地の環境温度下で少なくとも、1カ月、また泉州黄は同じく2カ月と考えられる。泉州黄の放射線処理の場合、土壌細菌に汚染されていないもの、つまり晴天後の収穫物で、巻きが固く、品質が秀れた健全粒を選ばないと、照射、非照射にかかわらず長期貯蔵中の腐敗率が高くなる。