著者らの研究室において長年にわたりニンニクのalliinlase(以後アリナーゼと略称する)について研究してきた。ニンニクは6〜7月に収穫されその後新ニンニクの出る4月頃までは貯蔵ニンニクに頼らざるを得ず、しかも12〜2月にニンニクの休眠が破れ球茎の内部で発芽が始まるためアリナーゼ力が変化し一定した力価の試料を得ることが困難である。最近タマネギやジャガイモでCo−60照射により発芽を抑制し長期の貯蔵に成功している。
著者らはこの方法によりニンニクの発芽を抑制して安定した力価の試料を得るためにこの研究を行なった。
試料としたニンニクは前期に白鳳種を後期に長崎赤を用いた。放射線量は100〜4×10・E(3)radの範囲で変化させた。
試料は5〜20gとり磨砕して純水で適当にうすめ、濾過して遠心したもの1ccをとりこれにメチインmethylallicin 1mg/cc液1ccを添加し37℃で15分間放置し、10%トリクロール酢酸、1ccくわえて酵素反応を止め、生成したピルビン酸量(μg/cc)を清水法で測定して酵素活性とした。また濾過遠心液を1NHClでpH4(等電点)にした時、沈澱してくるタンパク質を遠心した粗酵素(等電点沈澱酵素、以下等沈酵素と略する)液を適当にうすめ、メチイン溶液1ccを加え前と同じように処理して生成したピルビン酸量(μg/cc)を測定して等沈酵素活性とした。
なお照射による発芽抑制効果を調べるために大型シャーレ(直径30cm)にガラス棒をしきその上にガーゼをのせ水を、ひたひたに入れその上にニンニク球茎の基部を下に押し付け15〜20℃の室温に放置した。この外、湿らせた砂箱にいれ発芽および発根を調べたが、結果はガーゼ試験と同様であったから、後の試験では省略した。
発芽試験は8月〜12月に行なった。その結果はTable 1.に示す。未照射ニンニクについて予備試験を行なった。
8月22日はまだニンニクは休眠中のためどんな方法を用いても発芽および発根しなかった。しかし10月19日になるとガーゼ法および砂箱法は2つとも100%に近い発芽・発根を示した。
3×10・E(3)〜6.4×10・E(4)rad照射したニンニクについて3回発芽試験を行なった結果をTable 2.に示す。
7月〜8月に3×10・E(3)〜6.4×10・E(4)rad照射したものは発芽および発根したものが全然なかった。ところが12月上旬に照射したもの[100〜4×10・E(3)rad]は全部発芽した。
照射および非照射ニンニクをそのままで、または発芽条件においてその全酵素活性を測定した。その結果をTable 3.に示す。
照射ニンニクおよび非照射ニンニクはいずれも無処理のものと発芽条件で処理したものを比較すると、発芽条件で処理したものの酵素力が減少していた。
Total activity of irradiated garlic upon sprouting conditions |
|
Garlic irradiated |
Garlic−Non−irradiated |
||||||
|
Sprouting |
Not−Treated |
Sprouting |
Not−Treated |
||||
Total Pyruvate (γ/cc) |
Control (γ/cc) |
Total Pyruvate (γ/cc) |
Control (γ/cc) |
Total Pyruvate (γ/cc) |
Control (γ/cc) |
Total Pyruvate (γ/cc) |
Control (γ/cc) |
|
|
4200 |
95 |
5600 |
110 |
440 |
100 |
6560 |
95 |
Pyruvate Allicin |
4105 3780 |
5490 5060 |
4300 3960 |
6450 5950 |
8月下旬に照射した試料について10月31日〜12月21日に至る期間全酵素を測定した。結果はTable 4.に示す。
非照射ニンニクは時日の経過と共に酵素活性が漸減する傾向をみせるが、照射ニンニクはほとんど変化しない。
Change of total activity of irradiated garlic storing at room temperature |
Date of test |
Dose of irradiation (RAD) 4×10・E(3) 1.6×10・E(4) 6.4×10・E(4) non−irradiated |
10.31 11.9 11.12 11.16 11.22 11.29 12.5 12.21 |
(γ/cc) (γ/cc) (γ/cc) (γ/cc) − − − 5100 − 5700 − 6600 3200 − 7200 6200 5000 4200 6600 6900 2100 − 2700 2800 1600 − 4200 2500 5000 3000 5500 2800 4300 − 5000 3100 |
放射線が100〜4×10・E(3)radの場合、全酵素活性に及ぼす影響をみた。その結果をTable 5.に示す。
Effect of irradiation upon total activity of garlic |
No. |
Dose of irradiation (RAD) non− 100 500 1×10・E(3) 2×10・E(3) 4×10・E(3) irradiated |
1 2 3 4 5 |
(γ/cc) (γ/cc) (γ/cc) (γ/cc) (γ/cc) (γ/cc) 5600 8050 4800 3200 5680 5700 4130 6130 5900 2950 6000 5780 5480 7010 5400 7850 4500 6000 5790 − 5250 3600 5900 6000 − − 4900 − 6100 5350 |
Average |
5250 7060 5240 4400 5636 5766 |
前述のように実験の度に相当の差異があるため、品種および個体差による差異をみた。その結果はTable 6.に示す。
一般的に白鳳種は長崎赤に比べて酵素活性は低い。照射物と非照射物の差はほとんどない。個体差は相当に大きい。
Differences of total activities between varieties and bodies |
Varieties |
Hakuho |
Dose of irradiation No. |
4×10・E(3)rad non−irradiated 1 2 3 1 2 3 |
Pyruvate (γ/cc) Allicin (γ/cc) |
650 1000 555 700 900 600 600 900 500 650 800 500 |
Varieties |
Nagasaki−red |
Pyruvate (γ/cc) Allicin (γ/cc) |
2050 1850 2350 1320 1650 2200 1900 1700 2200 1200 1500 2000 |
等沈酵素を純水中で冷蔵庫に保存した時の酵素活性の変化を調べた結果をTable 7.に示す。
等沈酵素は調整直後に若干の酵素活性を失うが、1〜2週間はそのまま活性を保つ。3週間目に相当活性が低下するようである。
The change of the activities of the I.E.P.enzyme stored in ice−box with the laps of time |
|
The Laps of time (days) |
No. |
0 1 4 7 14 20 |
1 2 |
100 90 90 85 80 40 100 − 80 78 80 73 |
等沈酵素を5回調整してその都度全酵素活性と比較した。その結果をTable 8.に示す。
その結果は等沈酵素の活性は全酵素活性の1/5〜1/2程度のいろいろな回収率を示し決して一定でない。
Recovery of IEP enzyme of non−irradiated garlic |
Activity of IEP |
Total |
Activity per 1g garlic |
Recovery |
|
enzyme /20g |
activity /5g |
IEP enz. |
total enz. |
percent (%) |
(γ/cc) 1200 2400 2450 2900 2400 |
(γ/cc) 1370 1600 3200 1600 1100 |
(γ/cc) 60 120 123 145 120 |
(γ/cc) 274 320 640 320 220 |
(γ/cc) 21.9 37.5 19.2 45.0 54.5 |
2×10・E(3)radと4×10・E(3)rad照射試料について等沈酵素活性と全酵素活性をと比較した結果をTable 9.に示す。
非照射のものに比べて照射したものは酵素活性の回収率が低いようである。しかしこれだけでは決定的でないため次の実験を行なった。
Enzymic recovery of the enzyme prepared from irradiated garlic by isoelectric precipitation |
Dose of irradiation |
2 × 10・E(3)rad |
||
|
activity of IEP enzyme/20g non− irradiated irradiated |
Totle activity/5g non− irradiated irradiated |
Percent recovery of IEP enzyme non− irradiated irradiated |
Original Juice Per 1 gram Garlic |
(γ/cc) (γ/cc) 1380 2520 66.5 12.5 |
(γ/cc) (γ/cc) 320 2220 644 442 |
(%) (%) 10.4 28.2 |
Dose of irradiation |
4 × 10・E(3)rad |
||
Original Juice Per 1 gram Garlic |
900 1750 45 87.5 |
2070 1750 414 352 |
10.9 25.0 |
照射試料と非照射試料からの等沈酵素を作り、その活性比を調べた結果はTable 10.の通りである。
等沈酵素の回収率は前に述べた通りである。照射物と非照射物から得た等沈酵素の活性比は50〜300%となり、したがって照射物は照射によってなんらかの障害を受けたということはできない。照射物の活性が非照射の活性を下回ることが3回、上回ることが3回、同程度のことが2回である。したがって必ずしも照射物の等沈酵素活性が非照射のものに比べて低いとはいえない。
Activity ratio between the enzymes prepared from irradiated and non−irradiated garlic by isoelectric precipitation |
Date of Test |
Dose of Enzyme activity from Ratio Percent non− non− irradiation irradiated irradiated irradiated irradiated |
1.5 1.17 1.3 2.2 2.2 2.7 2.7 2.7 |
(rad) (γ/cc) (γ/cc) (%) 2×10・E(3) 66.5 126 55 4×10・E(3) 45 87.5 52 3×10・E(3) 1630 600 270 100 300 500 60 1×10・E(3) 570 500 120 4×10・E(3) 7000 7850 90 4×10・E(3) 2000 1600 125 4×10・E(3) 2480 1600 220 |
等沈酵素の至適pH曲線、至適温度曲線、その他の酵素学的特性について調べた結果、照射ニンニクから得たものは非照射のものに比べて若干低い傾向を示したが、曲線全体の傾向は同様であった。
照射ニンニクの発芽試験を行った結果3〜4×10・E(3)rad程度の照射で発芽および発根が抑制された。しかし休眠が破れた12月上旬に照射したニンニクは同じ程度の線量で発芽を抑制できないことが判明した。
発芽処理をしたニンニクは照射物と非照射物とを問わず、未処理のものに比べて全酵素活性が低かったが、これは水分を含んだためと思われる。また照射ニンニクを室温に放置した場合、その酵素力に変化は起らないが、非照射物を放置すると全酵素活性が減少することを示した。これはおそらく球茎内部における発芽が開始されたため、酵素活性が減少したものと思われる。100〜4×10・E(3)radの照射を行ったニンニクの全酵素活性は変化しないことを示した。それよりも品種間、個体間の差異の方が著しいことを示す。
また等沈酵素を作り、その放置による酵素活性の変化を調べた結果1〜2週間程度は変化しないことを示した。
等沈酵素の酵素活性は全酵素活性に比べて20〜50%であった。すなわちその調整時の条件により非常に差があることを示した。
照射物等沈酵素と非照射物等沈酵素の全酵素に対する回収率を求めた結果では照射物の方が若干低いようであったが、これについて8回にわたり照射物:非照射物の比を求めた結果、その比は50〜300%の範囲にあるため、実際には回収率が低いということができない。また照射ニンニクから得た等沈酵素の至適pH、至適温度その他の酵素学的特性について試験した結果は若干例において照射酵素の方が低いことを示したが、その全体としての性質は全く同じであることを示した。
ニンニクをCo−60で0.1〜6.4kradで照射したものを1〜4カ月室温に貯蔵した。8月までに照射したニンニクにおいては3〜4kradの照射で発芽が抑制された。しかしそれ以後に照射したニンニクは発芽が始まったため抑制効果がなかった。アリナーゼ全酵素活性は照射物と非照射物との間に差異はなかった。しかし等電点沈でん法によって部分的に精製した酵素において照射物から得たものは非照射物から得たものに比べて若干活性が低いようであったが、その酵素学的特性は同様であった。しかし活性が低いことは、実験を反復する間に否定された。おそらくこの程度の照射線量によって酵素が変性しないものと思われる。
最後にCo−60による照射を担当して戴いた大阪府立商工奨励館放射線技術課の方々に深甚なる謝意を表し厚く感謝致します。
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