ここ数年来われわれは園芸食品の貯蔵に対するγ線利用に関する研究を手がけてきており、すでにジャガイモ,タマネギ,クリ果実の発芽抑制効果とその生理機構について報告し、また果実の熟度調整効果についてもバナナ、カキなどに対する成果を報告した。今回は引き続きトマトについて行なった実験結果を報告する。
材料として福寿系およびアーリアナ系品種の普通栽培、抑制栽培のものを供試したが、本文中特にことわらない限り福寿系のものである色調と熟度の関係はFig.1に準じて7段階にわけて観察を行なった。通常トマトはbreakerおよびlight−pinkのものを収穫し追熟後消費者に供給される。照射を行なった熟度はbreakerのものとlight−pinkのもので、照射は大阪府立放射線中央研究所Co−60照射装置により5万Rから100万Rの間の線量のγ線を照射した。線量率は25万R/hr、照射中の温度は20℃前後、貯蔵は20℃および24℃の一定温度下または室温(16°〜22℃)下で行なった。
いずれの熟度とも照射により熟度の進展が抑制され無処理区にくらべて明らかに着色が遅延する。
トマトはバナナと同様に収穫後典型的な呼吸のclimacteric riseを有する果実である。照射によるCO2排出量と着色の変化はFig.2にみられるように、breakerのものでは無処理区が呼吸のclimacteric riseと平行して着色して行くのに対して、5万R区と30万区では照射直後呼吸量が増加し30万R区の方がより高い値を示し、一時減少した後無処理区と同時期にclimacteric maximumに達するが、着色は明らかに抑制されており、またpeakの値も低くなっている。さらに少し熟度の進んだlight−pinkのものでは5万R−25万Rの照射により照射直後少し増加している程度で、あまり影響はみられないが、着色は明らかに抑制されている。breakerのものでは無処理区がtable ripeに達した時でも、20万R、40万Rの照射によってかなりの緑色部の残存がみられ、light−pinkのものでも同様なことがいえる。またかなり未熟なmature greenのものでは100万Rの高線量を照射してみたが、無処理区がtable ripeに達したのに対して着色は全くみられなかった。このように照射により十分色づかず緑色部の残存がみられ、外観上明らかに追熟が抑制される。このことはTable1に示したように照射によってクロロフィルの分解がおくれ、リコピンの発現が抑制されることからも明らかである。
この点からすると、BURNSやSALUNKHEらも述べているように、それだけ追熟期間が延長されることになるわけであり、輸送貯蔵に好都合であるといえる。一般に果実類はある程度の線量の放射線の照射により果肉が軟化し硬度が低下するものであるが、トマトの場合でもやはり今回照射を行なった線量で軟化がみられた。しかしそれもとくに照射直後にみられたが、その後の追熱中の変化は無処理区にくらべて少ないようであった。
貯 蔵 日 数 |
0 2 7 |
クロロフィル 無処理 30万R |
1.125* 0.500 0.005 0.940 0.630 0.375 |
リコピン 無処理 30万R |
0.066** 0.270 1.640 0.080 0.120 1.000 |
照射時熟度:Breaker 注:*660mμ **470mμにおける吸光度 (エチルエーテル 石油エーテル 50倍液) |
アスコルビン酸は照射の影響を受けやすいものであるといわれているが、Table2にみられるように、Breakerのものでは照射による減少がみられ、その程度は高線量区ほど影響が大きくみられた。しかしlight−pinkのものでは照射の影響はほとんどみられなかった。この相違の原因はよくわからないが、おそらく熟度によっ多少影響が異なるのではないかと考えられる。
貯 蔵 日 数 |
0 2 7 |
照射熟度 無処理 Breaker 5万R 30万R |
24.8mg% 19.8 19.5 20.2 ── 9.6 15.0 9.8 8.1 |
Light 無処理 pink 5万R 25万R |
26.0 21.0 24.1 ── 27.0 27.7 23.7 ── 26.8 |
果実の味覚には糖および酸の含有量が影響するが、糖含量はTable3にみられるように、トマトの糖の大部分は還元糖であるが、これに対する影響はみられなかった。また酸含量、pHの変化に対してもTable4に示すとおり照射の影響はみられなかった。
貯 蔵 日 数 |
0 2 4 |
照射時熟度 無処理 Breaker 25万R |
g% 2.6 2.1 2.5 2.3 1.9 2.2 |
Light 無処理 pink 25万R |
3.4 3.7 ── 3.7 3.8 ── |
還元糖量:グルコースとして |
貯 蔵 日 数 |
0 2 4 |
照射時熟度 無処理 Breaker 25万R |
g% 0.47(4.3) 0.35(4.3) 0.54(4.3) 0.43(4.2) 0.45(4.2) 0.47(4.4) |
Light 無処理 pink 25万R |
0.35(4.2) 0.38(4.3) ── 0.39(4.5) 0.37(4.3) ── |
クエン酸として ( )内はpH |
そこで照射したトマトの食品価値を判断するために官能検査を研究室員をパネルメンバーとして3点順位法で行なった。結果はTable5に示すように、順位合計の多いほど嗜好性が低いことを示すか、両熟度とも線量増加にともない嗜好性が低下していることがわかる。とくにbreakerのものの方が差が大きくみられた。またフレーバー、口さわり、好みの3点について評点法で行なってみたが、今回照射した25万R程度の線量では順位法のような差はみられず、ただフレーバーについて照射区に少し低い評点が与えられた。50万R以上の高線量区では明らかな差がみられ、口ざわりでも低い傾向がみられた。
嗜好性の変化にはフレーバーの変化(汁液の多い果実では照射により高線量区ほど強く感じられる照射臭といわれる特異な香りの発生)と、果肉の軟化が大きなfaotorとなっていると思われるので、風味に関連してlight−pinkのものについて発揮性成分をガスクロマトグラフィーにより分析した。そのクロマトグラムはFig.3に示したが、明らかに無処理区と照射区に差がみられ、照射によってpeakが大きくなり各成分が増加することがわかった。各成分については同定していないが照射臭と関連して興味ある問題である。
照射時熟度:Breaker |
Light−pink |
8日後 順位合計 |
6日後 順位合計 |
無処理 28 20万R 36 40万R 52 |
無処理 29 5万R 30 25万R 43 |
注:3点順位法 くり返し:18 最小有意差(L.S.D) 12(5%level) 18(1% 〃 ) |
以上述べたように照射により着色面から明らかに追熟抑制がみられるが、一方では果肉の軟化がみられフレーバーに変化を生ずることが認められた。そこでこのような現象とも関連してトマトの追熟生理作用にγ線がどのような影響をもたらすかについていま少し詳細に検討した。 まず脱水素酸素の活性度の変化をbreakerの段階で30万Rを照射したものについて測定した。結果はTable6に示した。無処理区が熟度の進展にともなって次第に活性度の高まって行くのに対して、照射区は2日目ですでにかなりの活性化がみられ、その後の変化は少ない。
次にワールブルグ検圧計を用いて組織切片の呼吸を測定し、酸化とリン酸化の共役を阻害するジニトロフェノール(DNF)のO2吸収量に対する添加効果をみた。Fig.4に示したように、添加率は非添加の値を100とした場合の値を示しているが、照射したトマトは照射直後すでに添加による増大効果が消失していることがわかる。このことから照射によってリン酸代謝にすみやかな変化が生じたことが推測される。またP−32によるトレーサー実験によっても無機リンから有機リンへの変化が促進される傾向がみられたが、この点についてはなお検討中である。
さらに呼吸基質としてのリンゴ酸ソーダ、およびピルビン酸ソーダの添加効果についてべた結果をFig.5に示した。通常追熟につれてこれら基質の添加効果は増大するものであるが、照射によって直後すでに添加効果の増大がみられ、その後も急増することが知られる。
このようなことから、同じような収穫後の呼吸のclimacteric riseを存するバナナの場合とは異なり、トマトでは外観上からは明らかに着色は遅延し、追熱は抑制されるが、代謝活性の面からはむしろ老化が促進されるのではないかと推測される。
なお果実の追熟現象に果す組織内のエチレンガスの役割については現在種々論譲されており、エチレンガス生成に対するγ線照射の影響についてはレモン、メロン、リンゴなどで若干の報告がみられる。そこで参考までに「アーリアナ系品種揚子」の抑制栽培ものを用いて、かなり高線量である100万Rを照射した果実についてエチレン濃度を測定した。(かなり未熟なmature greenのものについても測定)すなわち果実を水中でつぶし、出てくる組織内のガスを捕集しガスクロマトグラフィー分析を行なった。クロマトグラムはFig.6にみられるもので、標準のエチレンガスについて濃度とpeak面積の関係をあらかじめ求めておき試料中の濃度を決定した。結果はTable7に示すように、無処理区では追熟につれて濃度が高まって行くが照射によって各熟度とも直後すでにエチレンガスの蓄積がみられ、未熟なものに差が大きくみられた。12時間後にはbreaker、light pinkのものにかなり高濃度のエチレンガスの蓄積がみられた。エチレンガスの生成機構についてはまだよくわかっていないが、このようなことから追熟現象へのγ線照射の影響のなかでこの組織内に蓄積したエチレンガスが大きな役割を果すと考えられる。
貯蔵日数 |
0 |
2 |
7 |
無処理 30万R |
43* 45 |
41 21 |
16 25 |
注:照射時熟度・Breaker 反応条件・1/15Mリン酸緩衝液(pH7.2) 2.0ml 1×10・E(−4)M メチレンブルー 1.0ml 組織切片 1.0g 温度 30℃ *メチレンブルー退色時間 min |
貯 蔵 時 間 |
2 12 24 48 120 |
照射時熟度 無処理 mature green 100万R |
ppm 2.3 4.2 ── 12.1 4.5 12.3 10.5 ── ── 4.3 |
無処理 Breaker 100万R |
10.6 10.2 15.2 ── 12.8 17.0 46.8 28.0 ── 4.4 |
Light 無処理 pink 100万R |
11.2 20.8 22.4 ── 38.5 12.3 74.5 18.9 ── 2.1 |
品種:揚子 注: 装 置 島津製ガスクロマトグラフィー 流 速 N2 60ml/min GC−IB型 空気 60ml/min カラム ステンレスφ4mm 750mm 温 度 カラム30℃ 吸着剤 シリカゲル(島津製) 検出器110℃ 検出器 水素炎イオン 検出器 |
トマト果実をbreakerおよびlight pinkの熟度段階で5〜100万Rのγ線を照射したところ、クロロフィルの分解やリコピンの生成が遅延し着色の進展が抑制された。したがってこの点からは追熟を抑制し、輸送、貯蔵性を高める効果がみられる。アスコルビン酸、糖、酸含量には変化がないが、線量が高くなると異臭の発生や果肉の軟化のために嗜好性が低下した。呼吸は照射直後に一時大きくなるが、climactericのpeakは同時期となり、また組織切片の呼吸に対する呼吸基質やDNPの添加効果からみるとかえって老化が促進されるようにみえた。果実内のエチレンガス濃度は照射によって直ちに増大した。
終りに材料の照射およびトレーサー実験に種々配慮いただいた大阪府立放射線中央研究所の各位に対し厚く御礼申上げる。
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