筆者らはさきに渋ガキに5.0×10・E(5)R程度のγ線を照射すると脱渋効果のあることを認め〔1〕、白石ら〔2〕、Kitagawa〔3〕もこの現象を実証している。本研究は放射線照射による果実の熟度調整効果に関する研究の一環として、渋ガキの品種ならびに線量段階による軟化、脱渋度合、それに伴う種々な生理化学的変化について検討したものである。
実験材料は主として「平核無」「宮崎無核」「愛宕」の三品種を、他に「横野」「葉隠」を用いた。いずれも照射前日に収穫し、大阪府立放射線中央研究所のCo−60照射装置により、毎分約20回の回転照射台で、1.5×10・E(5)R−4.0×10・E(6)Rの線量を線量率2.5×10・E(5)R/hで照射した。照射中および貯蔵温度は20℃、または室温とした。
「平核無」について照射直後、1.0×10・E(6)R区まではほとんど外観上変化はなかったが、4.0×10・E(6)γ区の果実は褐変し果肉は崩壊状態となった。3〜5日後にはFig.1にみられるように、1.5×10・E(5)Rと2.5×10・E(5)R区ではかなり熟し着色してくるが、それより高い線量である1.0×10・E(6)R区では変化は少ない。このような現象は「宮崎無核」や「横野」でも観察された。しかし「愛宕」の場合は貯蔵中の熟度は線量が高いほど進み、他の品種にみられるような1.0×10・E(6)Rでの特異性はなかった。
一般に果実が放射線照射を受けると、組織の軟化を伴なうが、本実験でも上記外観の変化に伴い明らかい軟化することがみられた。全般に線量が高くなるほど硬度は低下し、4.0×10・E(6)Rもの高線量区は果肉が崩壊状態となった。その後しだいに軟化が進むが、「平核無」「宮崎無核」の1.0×10・E(6)R区においては、その軟化の程度が緩慢となった。このような軟化あるいは成熟に密接に関係があるとされているペクチン物質とくに可溶性ペクチンについてみると、対照区よりも照射区の方がいずれも多くなることが観測された。しかし1.0×10・E(6)R区の含量は、3日以後対照区と同じ位となった。このようなことからも「平核無」の1.0×10・E(6)R区は熟度、軟化が他の照射区より抑えられていると考えられる。
脱渋度合をTable1.のパネルテストの結果でみると、「平核無」の場合は照射直後すでに照射区において線量が高くなるほど渋味が少なくなっており、4.0×10・E(6)R区ではほとんど脱渋し、これが3〜5日後になると、1.5×10・E(5)R,2.5×10・E(5)R区でかなり脱渋するが、1.0×10・E(6)R区はまだ少し残る感じがある。また「宮崎無核」についても同様の傾向を示すが、「平核無」の1.5×10・E(5)R,2.5×10・E(5)R区で3〜5日後ほとんど脱渋されるのにこの品種ではまだかなり渋味が感じられた。ところが「愛宕」の場合は以上の二品種での1.0×10・E(6)R区の特異性がみられず、線量が高いほど渋味がなくなる傾向を示した。また1.5×10・E(5)R区では「宮崎無核」と同様脱渋が困難であった。一方、渋味の成分である可溶性タンニンの消長は、照射直後を除いてはほぼパネルテストの結果と一致し、可溶性タンニンの減少することがみられた。
The organoleptic evaluation of the astringency in Japanese persimmons A.Hiratanenashi variety |
days after irradiation |
0 |
2 |
3 |
5 |
0R 1.5×10・E(5)R 2.5×10・E(5)R 1.0×10・E(6)R 4.0×10・E(6)R |
7.0* 6.3 5.2 3.7 1.3 |
6.6 2.5 2.5 2.3 ─ |
6.5 1.5 1.3 2.3 1.1 |
6.4 1.2 1.6 1.8 1.4 |
days after irradiation |
0 |
3 |
5 |
10 |
0R 1.5×10・E(5)R 1.0×10・E(6)R 2.0×10・E(6)R |
6.7 5.9 4.1 1.9 |
6.3 2.3 1.9 1.2 |
6.3 1.9 3.0 1.0 |
4.7 1.6 2.9 ─ |
days after irradiation |
0 |
3 |
5 |
10 |
0R 1.5×10・E(5)R 1.0×10・E(6)R 2.0×10・E(6)R |
6.7 4.7 3.3 1.2 |
6.5 2.2 1.5 1.2 |
6.7 3.0 1.5 1.0 |
6.3 2.5 1.2 1.0 |
* scores of organoleptic evaluation for the astringency. 1 2 3 4 5 6 7 I−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−I none moderate savere |
ところで通常カキ果実の渋味が抜けるのは、果実中に生じるアルコール、アセトアルデヒドが可溶性タンニンを不溶性にすることによって渋味が感じられなくなるとされている〔4〕。そこで照射渋ガキ「葉隠」についてそれらの変化を調べた。その結果をTable2.に示したが、照射によってとくにアセトアルデヒドが顕著に増加することが認められ、2.4×10・E(6)R区は対照区の10倍近くにもなり、一週間後では3.0×10・E(5)R区でも著しく増加した。またアルコール含量も全体に増加することが認められた。
Effect of gamma radiation on the alcohol and the aldehyde of Japanese persimmon (Hagakushi variety) |
days after irradiation compounds |
0 7 Ethyl− Acet− Ethyl− Acet− Alcohol Aldehyde Alcohol Aldehyde |
0R 3.0×10・E(5)R 6.0×10・E(5)R 2.4×10・E(6)R |
30mg% 0.48 32 3.19 32 0.52 150 8.21 30 0.31 115 4.34 48 4.10 ─── ─── |
このような照射果実の炭酸ガス排出量はFig.2にみられるように、照射によって直後著しく増大し、その程度はだいたい線量が高いほど大きい。しかし4.0×10・E(6)Rもの高線量区は果肉が崩壊状態となったため他の照射区より小さくなったものと考えられる。照射に伴うこの呼吸の上昇は一時的で、その後しだいに減少した。カキ果実はバナナや洋ナシと異なりclimacteric riseを有しない果実とされているが、このようなタイプの果実の呼吸は照射後減少をたどるのが一般的な現象のようである。
還元型アスコルビン酸含量は「愛宕」「宮崎無核」との間に多少の差はあるが、両品種とも対照区は貯蔵中わずかに減少し、照射区では照射直後とくに2.0×10・E(6)Rもの高線量区は対照区の1/5〜1/10という低い値を示したが、1.5×10・E(5)R程度ではそれほど減少しなかった。貯蔵中の減少は一般に対照区に比べてかなり大きいことがみられた。
二次元薄層クロマトグラフイーによって分離した結果、Fig.3のようなアスパラギン酸、グルタミン酸など十数種のアミノ酸が検出された。同図からもわかるようにとくに照射によってみるべき変化もなく、4.0×10・E(6)Rもの高線量でも対照区との間にそれほど大きな相違はみられなかった。この点標品であるアミノ酸は照射によってかなり破壊されやすいのに対し、マグロ魚肉の生体中では安定であるとの報告〔5〕と合わせ考え、興味深いものがある。
(1) 本研究は放射線照射により果実の熟度調整効果を検討するため、「平核無」「宮崎無核」「愛宕」「横野」「葉隠」など数品種の渋ガキを用い、収穫当初Co−60よりのγ線を照射し、品種間並びに線量段階により軟化、脱渋度合、それに伴う種々な生理化学的変化について調べたものである。
(2) 「平核無」と「宮崎無核」では1.5×10・E(5)R,2.5×10・E(5)R区で前者は3〜5日、後者は約10日で熟しガキとなり脱渋されるが、1.0×10・E(5)R区はこれらのものより軟化、脱渋の進展がおくれた。4.0×10・E(6)Rもの高線量区では照射直後に脱渋されたが、果実は褐変し崩壊状態となった。「横野」はだいたい「宮崎無核」と同様な脱渋傾向を示したが、「愛宕」では脱渋、軟化は照射直後および貯蔵中とも線量が高くなるほど顕著であった。
(3) 果肉の硬度は照射直後線量が高くなるほど低下したが、貯蔵中の変化は品種によって相違することが認められ、「平核無」と「宮崎無核」では低線量区に比べて1.0×10・E(6)R区の変化が少なくやや硬い。「愛宕」ではいずれの線量でも熟度は進展し軟化脱渋した。
(4) 可溶性タンニン含量は脱渋に伴い減少する傾向を示した。また照射によってエチルアルコールおよびアセトアルデヒド含量が増加することが認められた。
(5) 炭酸ガス排出量は1.0×10・E(5)R区まで線量が高くなるほど増加するが、4.0×10・E(6)R区ではこれらのものより低い値を示した。貯蔵中も4.0×10・E(6)R区をのぞいて、照射区は対照区に比べて高い値を示すが、ぜん減することが認められた。
(6) 還元型アスコルビン酸は照射直後、とくに2.0×10・E(6)R区で減少が著しく、また貯蔵中の減少は総じて対照区に比べてかなり大きかった。遊離アミノ酸組成はかなりの高線量でもそれほど大きな変化は示さなかった。
1) 緒方邦安・岩田隆・茶珍和雄、第4回日本アイソトープ会議報文集
p1045(1962)
2) 白石正英・奥村健吾・早川昭・梅田圭司、農産技研究会第6回大会
研究発表要旨(1959)
3) Kitagawa,H.,Yamane,H. and
Iwata,M.:Proc. Amer. Hort.
Sci:,84,213(1964)
4) 駒沢利雄・内田泉:農産技研誌、3.69(1956)
5) 白井和雄・奥忠武:食品照射、1.46(1966)
|