放射線照射による果実の熟度調整効果に関する研究の一環として、呼吸のClimacteric riseを有する果実である洋ナシを用い、その追熟におよぼす影響について行なった実験結果を報告する。
実験材料は長野県産のパーレット種の緑熟果(Pre−climacteric stageのもの)で、大阪府立放射線中央研究所のCo−60線源のγ線を2.5×10・E(5)R、5.0×10・E(5)Rおよび1.0×10・E(6)Rの各線量を照射し、追熟適温の20°C下に貯蔵した。
緑色バナナ〔1〕やBreakerトマト〔2〕にγ線を照射すると着色がおくれるが、洋ナシでも同じような現象が認められた。すなわち、無処理区は5日後には追熟し、鮮明な黄色を呈し芳香もつよく感じられる。13日後頃には過熱となり褐変部がみられ商品価値を失なった。これに対し25万R区は黄色化がおくれ、13日後頃には熟果となり、芳香も感じられるようになった。50万R区ではさらにおくれて黄色化するが鮮明ではなく、また芳香も少なかった。さらに100万Rの高線量照射では追熟が完全に阻害され黄色化せずやや暗色化し、やがて果皮にキズがつきやすくなりカビの発生がみられた。この果色の変化を日電色工業KKカラースタジオで測定し、a値とb値から|a/b|を算出しFig.1に示した。縦軸の値が小さいほど黄色化することを示しているが、照射区では貯蔵中|a/b|が小さくなるのがおくれ高線量区ほど黄色化がおくれることがわかる。このように外観上から25万R区では無処理より約1週間おくれて黄色化し追熟抑制効果が明らかにみられたが、50万R区ではその効果は少なく、100万R区ではむしろ追熟が阻害された。
一般に果実類は照射によって軟化することが報告されている〔3〕。洋ナシでも照射直後軟化がみられたが、貯蔵中の変化は無処理区にくらベて少なかった。そこでペクチン物質を水溶性ペクチン、プロトペクチンに分画定量した結果、Fig.2.のようにプロトペクチンは無処理区が追熟につれて減少しているのに対し照射区では変化が少なく(水溶性ペクチンでもほぼ同様)高線量の100万R区ではほとんど変化がみられなかった。この100万R区の果肉の状態は粉質化し洋ナシ特有の粘稠性がみられなかったことと併せ考え興味深い。
Table1.に示すように洋ナシは未熟時にデンプンが1〜2%含まれ追熟中に急激に減少する。照射区では直後分解がみられるが貯蔵中線量増加に伴って残存することがみられ、糖化が抑制されることを示している。シリカゲルGの薄層クロマトグラフィーで遊離アミノ酸組成に対する影響を調ベた結果、約10種のアミノ酸が検出され無処理区と照射区との間に大きな相違がみられなかった。ただ全体的にみてプロリンが貯蔵中に増加し、照射区でややその増加量が多いようであった。純粋の標品では照射により破壊されやすいとの報告〔4〕と対比し生体内ではなんらかの保護作用があり比較的影響されにくいものと考えられる。
Effect of gamma radiation on the starch contents of Bartlett pear |
Days after irradiation |
0 4 8 19 |
Control 2.5×10・E(5)R 5.0×10・E(5)R 1.0×10・E(6)R |
1.55% 0.01 0.01 ── 0.72 0.49 0.39 0.02 0.73 0.55 0.62 0.15 0.36 0.30 0.30 0.21 |
洋ナシは追熟に伴って特有の芳香をもつようになり、味覚の良否を決定する大きな要素となっている。そこで揮発性成分の変化をDirect head space法でガスクロマトグラフィーにより測定した。そのクロマトグラムをみるとFig.3.のように無処理では熟果で7つのピークが認められた。各ピークについての同定は行なっていないが、追熟抑制効果のみられた25万R、50万R区では揮発性成分の生成も抑制されていることがわかる。しかし照射19日後では25万区の揮発性成分の生成量は8日後の無処理区のそれとほぼ同様であることがみられる。
このことについては次の機会に詳報するが、照射直後いずれも急増した後一時減少する。25万R、50万R区での呼吸はclimacteric rise様のピークが追熟中にみられ、エチレン生成も再び増加するが無処理区よりも少なく、呼吸の消長と相伴うことがみられた。なお照射区のピークの発現で放置貯蔵と常に一定流量の空気を送りながら貯蔵した場合とではその消長傾向が少し異なってあらわれ、通気下では照射区のものは無処理区よりピークは明らかにおくれ、ピークを的確に把握することができた。100万R区では、貯蔵中そのようなピークはみられず外観上が追熟が阻害されたことと一致した。
(1)本研究はγ線照射による果実の熟度調整効果を検討するため、緑熟果の洋ナシパードレットを用い、収獲直後25万R〜100万Rのγ線を照射し、その追熟作用におよぼす影響について行なわれたものである。
(2)照射により追熟は明らかに抑制され、25万R、50万R区では無処理区よりもおくれて黄色化した。しかし100万Rもの高線量区では貯蔵中黄色化せず、むしろ追熟が阻害され、果皮にキズがつきやすく微生物に侵害されやすくなることが観察された。
(3)照射直後線量増加に伴って果肉は一たん軟化するが、追熟中のそれは却って抑制された。100万R区では肉質が硬味のある粉質した状態となった。ペクチン物質の変化は照射区で少ないことが観測された。
(4)デンプン含量は照射直後分解されるが、貯蔵中分解が抑制された。遊離アミノ酸組成は照射によってそれほど影響されないようであるが、貯蔵中照射区で無処理区よりもいくぶんプロリンが増加する傾向がみられた。
(5)揮発性成分は25万R区で無処理区にくらベかなりおくれて同程度に生成されるが、これより高線量ではその生成量もはるかに少なく、再び無処理のものと同程度に生成されることはなかった。
(6)呼吸とエチレン生成は照射直後急増するが、その後一時減少する。25万R、50R区では追熟中無処理におくれて再び増加するが、100万R区ではそのような現象はみられなかった。
〔1〕茶珍和雄・加藤勝一・緒方邦安:日本食工誌,12,367
(1965)
〔2〕加藤勝一・茶珍和雄・緒方邦安:園学雑,36,455
(1967)
〔3〕Maxie E.C. and Abdel−KaDer.
Adel.:Aduances in Food Res‥15,
116(1966)
〔4〕白井和雄・奥忠武:食品照射,1,46(1966)
〔5〕Maxie.E.C‥Sommer.N.F‥Muller.
C.L. and Rae.H.L.:Plant
physiol‥ 41,437(1966)
〔6〕茶珍和雄・加藤勝一・緒方邦安:日本食品工業学会春季大学発表要旨
(1968)
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