新鮮肉は非常に腐敗し易く、とくに小売用にカットされた場合、よい冷蔵条件下でさえ数日間しかもたない。低線量の電離放射線(off−flavorが検知されるしきいち線量、すなわち約250Krad以下)で微生物による劣力をおくらせることができることが多くの研究者により示されている。しかし微生物による劣化を抑制することは容易でない。また退色や液の滲出は照射により制御できないし、それらは商品価値や消費者の受容性に大きな影響を及ぼす。高濃度のリン酸塩と二重包装を使用して、貯蔵期間の大部分を嫌気的条件に保ち、最後の期間だけ好気的条件に保つことが、これらの劣化を制御するのに有効であることがわかっている。
新鮮肉は消費される肉の大部分を占めており、米国では1年間に消費される17億Kgの肉のうち約9.5億Kgが新鮮肉として消費される。米国で最も多い肉の種類はbeef,veal(子牛の肉)、lamb(羊の肉)、porkである。これらのうちbeefは最も重要な位置を占めており、また最も腐敗し易い。新鮮肉は−1〜5℃に冷蔵する以外に貯蔵のための処理(乾燥、加熱、カン詰め、くん製)を行なわないので非常に腐敗し易い。したがって配布期間の大部分では、可能な限り大きな塊りとして肉を保つのが一般的な方法である。肉の微生物の汚染は主として表面に限られるので、この方法で全体に対する表面の比は小さくなり、微生物による劣化を非常に少なくする。一般に汚染するフローラは主として好気性の細菌、カビ、酵母であるので、この方法は汚染の機会を少なくすると同時に空気との接触を最小にし、微生物の生育をおさえる。
肉をできるだけ大きな塊りに保つ場合には小売店という販売網の最後の所で小売単位にカットし、包装することが必要となる。このため小売店は必然的に施設、カットや包装する人の労賃、輸送費等の費用が必要となり、また副産物を利用し難いという欠点がある。集中化してカットや包装し、多くの店へ供給するようにすれば、これらの多くの問題点が解決される。小さくカットされた肉の貯蔵性をよくするために真空包装が用いられている。真空包装は微生物による劣化を抑制するが、肉が暗紫色にかわるという欠点がある。集中的に新鮮肉をカットし、包装して小売店に供給する場合、家庭での貯蔵期間も孝慮に入れると、これらの製品の販売可能期間は1〜3週間必要である。現在米国では良い衛生設備や冷蔵法を用いても、小売用にカットしたbeefの販売可能期間は3日間にしかすぎない。それ故beefの小売カットを集中化するためには、この期間を最低2倍、最大約7倍安定にするための改善が要求される。
新鮮肉の貯蔵の問題点は微生物による劣化を単に制御することだけでなく、肉が消費者に受け入れられるために、退色、液汁の滲出、脂肪酸化などの他の品質の劣化も制御しなければならない。電離放射による低線量照射は、微生物による品質の劣化をおくらせることができるが、一般的な肉の品質の劣化は制御できない。したがって集中化してカットする有効な方法を確立するために、肉の劣化の全ての重要な問題点、解決することが必要であり、これが以下の研究目的である。
1.消費者の関心
A.本来の赤色
B.本来のにおい
C.本来の新鮮な状態(凍結してない)
D.代表的な、あるいは使用にかなう包装
E.現在と同じ、あるいはより低い価格
F.異常な根本的劣化がないこと
2.行政上の取締り法に関すること
現行のものと異なる方法を用いる場合、以下の観点で許容され得る理論的根拠がなければならない。それらは、安全であること、消費者によって簡単に認められるような根本的劣化のパターンが許容されること、極端な水や他の編入により製品が粗悪品とならないこと、新鮮肉の本来の性質を保つこと。
3.食肉工業に関すること
A.方法が実用的で効果があること
B.総価格が現在よりも低いこと
これらの方に留意して設定した方法は、簡単に言えば以下の段階を要する。
1.肉を小売用にカットする
2.0.5%をこえないリン酸塩(たとえばトリポリリン酸ナトリウム)を肉に加える
3.各々のカット肉を酸素を透過し、水を透過しないフイルムで包む
4.包装した個々のカット肉をバラのまま真空にした容器に入れる
5.その容器のまま肉をγ線照射する。137Cs.Co−60等を用いて、0〜10℃の温度で100〜200Kradの線量を照射する
6.その容器のままで、5℃以下の温度で貯蔵および輸送する
7.小売店で陳列する約1時間半前に容器から個々の包装したカット肉を取り出す
8.その小売用カット肉を0〜5℃の範囲の温度で陳列し、3日以内に売る
このようにして取扱ったbeefのある重要なパラメーターに関する調査をここに報告する。
5〜10℃で種々の線量のCo−60γ線を照射したbeefについて、パネルテストによる試験を行なった。プラスチックパックに密封して、30分間沸とうした湯浴中で料理した。パネルメンバーは、“照射臭”を検出できるように訓練され、以下の5点法に基づいてフレーバーの強さを判断した。
においの強さの尺度
1.なし
2.わずか
3.かなり
4.強い
5.非常に強い
線量に対してにおいの点数をプロットすることにより、“2”(わずか)の点数をにおいの検出できる最小線量と仮定して、しきいち線量の概算を行なった。beefに対してのこの値は約250Kradである。それ故に使用する照射量は、検出できるにおいの変化が生じてはならないとすると、これ以下でなければならない。
全細菌数に対する種々の線量の効果を検討した結果、約100〜200Kradの線量が微生物による劣化を必要なだけおくらせることができるという結論を得た。しかし最終的な線量決定は、実用上の商業的条件における体験を待たねばならない。実験室段階では100Kradの線量が選ばれた。
リン酸塩処理して100Kradのγ線を照射したビーフステークを嫌気的包装して貯蔵した後、4日間好間気的に貯蔵したしきの、−2゜、+5゜、+10℃の貯蔵温度効果を検討した結果、明らかな温度効果が認められた。10℃では100Kradの線量でも効果がない、5℃では100Kradが適当である、−2℃では照射が必要かどうか疑わしいという結果が得られ、以後の実験には5℃を用いた。
トリポリリン酸ナトリウムは3週間以上の貯蔵期間中beefの液汁の滲出を1%以下に効果的に保つという結果が得られた。また10%トリポリリン酸ナトリウムにbeefを30秒間浸したときのリン酸塩含量は、米国で許可されている0.5%以下の含量であったので、
小売の段階で肉は本来の赤色を備えていることが必要である。新鮮肉の赤色はミオグロビン(Mb)と分子状酸素の反応の結果形成されるオキシミオグロビン(Mb O2)である。
Mb+O2→MbO2
←
しかし同じ反応物によるもう1つの反応があり、これは褐色のメトミオグロビン(MetMb)を生ずる。この反応はおそい。
Mb+O2→MetMb
メトミオグロビンの形成を止めるには酸素のない状態に保てばよいが、この状態では暗紫色の還元されたミオグロビンがオキシミオグロビンのかわりに存在している。この実験で設定した処理法では、陳列ケースに入れるまで真空に保ち、真空容器から取り出すと空気中の酸素が酸素透過性フイルムを通ってカット肉に到達し、赤色にかわる。
肉眼による色の観察およびメトミオグロビン含量の分光光度計による測定を行なった。この結果、リン酸塩処理した肉を照射して21日間真空で貯蔵し、その後3日間空気にさらした場合、よい赤色が得られた。リン酸塩処理しない肉では真空中でさえメトミオグロビンが形成されるが、リン酸塩処理した場合にはほとんど形成されない。好気的条件下ではリン酸塩の存在に関係なくメトミオグロビンを形成する。また300〜400Krad以上の線量では極端な退色がおこる。
照射は脂肪変化をおこすことが知られており、著しい場合にはoff−flavorを発生する。脂肪およびトリポリリン酸ナトリウムの酸化は100Kradの照射ではおこらないが、これを3日間空気にさらすと酸化がおこる。しかしこのときのTBA値は約2という低い値である。照射したbeefのTBA値の変化は新鮮なbeefの値とほとんど同じであり、また照射したbeefを真空で18日間貯蔵後3日間空気にさらしたときの値も、新鮮肉を3日間空気にさらしたときの値とほとんど同じであった。
以上の結果に基づいて処理された小売カット肉の最終製品の受容性、すなわち食味を検討する必要がある。貯蔵したbeefをオーブン(157℃)で30分間調理して、香り、フレーバー、juiciness総合的食味の4点についてパネルテストを行なった結果、新鮮肉との差はほとんど認められなかったが、juicinessと総合的食味で高い点数が得られた。これは多分リン酸塩処理したbeefの保水性がよいためと考えられる。
この実験で設定した処理法は、貯蔵期間の延長を目的としており、この処理が微生物の生育パターンに影響するかどうかを検討する必要がある。1つは健康上の危険性を生ずる可能性があるかどうかであり、もう1つは消費者がそれを劣化と気づかないような肉の本質的な劣化がおこるかどうかという点である。
Eye−of−the−round beef(半腱様筋)を2.5×2.5×1.7cmに切って試料として用い、リン酸塩処理(トリポリリン酸ナトリウムに浸す)と照射(100Krad CO−60γ線)を組合せて実験を行なった。照射は酸素を透過しないフイルムに真空包装して行なった。貯蔵は5℃で行ない、細菌検査用の試料は、0、10、21、26日(21真空貯蔵後空気透過性フイルムで包装して5日間貯蔵)で取り出した。0.2%ペプトン容液に1/10の割合になるように肉試料を無菌的に加え、ウォーリングプレンダーで1分間混合し、一定量を微生物試験に用いた。用いた方法は““Microbiological Specification and Testing Methods for Irradiated Foods”に従った。
全菌数および代表的性質を検討した結果は次のように要約される。
1.照射した試料の21日間貯蔵後の菌数は10・E(7)のオーダーであり、5℃でさらに5日間空気中で貯蔵した場合は10・E(8)であった。これは非照射のものより1ケタ少なかった。また中温性菌と低温性菌の全菌数はほんど同じであった。検出された微生物の分類を以下に示す。
A.一般に照射試料はグラム陽性菌が主であるのに対し、非照射試料中ではグラム陰性の桿菌が主である。
B.全ての試料に多く検出される微生物は嫌気性菌あるいは通性好気性菌であった。酵母はめったに認められなかった。
C.グラム陽性、カタラーゼ陰性の球菌はみられなかった。
D.グラム陽性、カタラーゼ陽性の球菌は全てのタイプの試料にみられた。
E.胞子形成能を有するグラム陰性の桿菌はみられなかった。
F.グラム陽性、カタラーゼ陽性(胞子形成能なし)は全ての試料に認められた。
G.乳酸菌は全ての試料に認められた。これは照射試料中の貯蔵期間の最後では主たるものである。
H.グラム陰性菌は全て桿菌で、全試料中に現われる。これは非照射試料中の貯蔵期間の最後では主たるものである。
I.MoraxellaやHerelleaを含むグラム陰性球菌はみられなかった。
2.大腸菌型細菌
照射試料中には認められないが、貯蔵した非照射beef中には多い。(約10・E(7)/g)
3.腸球菌 照射試料中には認められない。
4.Clostriduim perfringens 全試料中なし。
5.サルモネラ菌 全試料中なし。
6.凝固酵素陽性Staphylococcus aureus 全試料中みられなかった。
以上の結果より、以下の項目が指摘される。
1.嫌気的貯蔵法であるので、嫌気性菌や通性嫌気菌が生育し、酵母は生育しない。
2.カタラーゼ陽性球菌はStaphilococci,Micrococci,Sarcinsを含む。これらは照射試料中でも少数でてくるが、Staphrococcus anreusを除いて、健康上の危険性はないが腐敗に寄与する。
3.カタラーゼ陽性、グラム陰性桿菌(胞子は形成しない)は照射肉や魚に見出されているが、腐敗性ではない。しかし乳酸を生成して腐敗に寄与するものがある。
4.乳酸菌は健康上の危険性はない。他の微生物、たとえばSalmonellaやStaphylococcus aureusの生育をおくらせるようなPHを下げる働きがある。
5.グラム陰性桿菌は、Pseudomonus,Acromobactor,Flavobacterium,腸内細菌等を含む。これらは肉を劣化させる一般的汚染菌であるが、これ処理法ではほとんど含まれない。
以上の結果、この実験で設定した処理法で処理した肉には、3週間の貯蔵期間中微生物による品質の劣化および官能的変化は認められない。この間に顕著に生育してくる微生物は乳酸菌であり、生育のしかたは一般のPseudomonusやAcromodactorとは異なる。この実験結果では新しい健康上の危険性は現われなかった。事実乳酸菌の顕著な生育は潜在的な危険性を減少させるとみなせる。
結論としては、実験室規模の結果から判断すると、この実験で設定した処理法は、永年の要望であるカットや包装を集中化して、カットしたbeefの販売期間を5℃で3週間延ばす効果な手段である。しかし大規模なテストでこの結果を確かめる必要性は残されている。
|