我々は先にγ線照射した畜肉の加工適性などについて調べ、塩溶性タンパクの抽出性の低下、抽出したアクトミオシンの粘性の低下などについて報告した。〔1〕今回は、食肉に放射線殺菌、保存をおこなう場合に問題となる照射による変色について調べた。変色に関与する筋肉色素ミオグロビンは、照射によって褐色のメトミオグロビンに酸化されやすいとか、筋肉色素のあるものは緑色のサルフミオグロビンに変化するなどの好ましからざる変色をおこす。他方食肉あるいは肉抽出液の照射によって、オキシミオグロビンに似た吸収スペクトルをもつ安定な赤色色素を生じるという実用上好ましい結果をもたらすなどの報告がある。〔2,3,4〕
これらの研究で豚肉を実験材料としてあつかった例、あるいは、肉そのものに、γ線照射して色の変化を調べた例は少ない。我々は、冷凍保存による変質が問題となっている豚肉について、γ線照射による肉色の変化について検討した。
供試材料:ト殺後約3目間冷蔵した豚の背最長筋の第14胸椎部を中心に巾約15cmを切り、これを二分して一方を無照射の対照用とし、他方を照射用に供した。我々の研究室の研究結果から、〔5〕第14胸椎部分の抽出液が豚の背最長筋中で最も安定したオキシミオグロビンの呼吸スペクトルをもつことが知られている。そこで、実験材料にはこの部分のみを使用した。
照射方法:Co−60γ線照射は、250mlのガラスビーカーに試料肉を入れ、アルミフォイルで蓋をし、冷蔵庫内にて約5℃に保ち、自転させながら0〜2×10・E(6)Rの範囲でおこなった。対照区は照射区と同じ温度条件の冷蔵庫内に放置した。
測定方法:照射後直ちに、表面を1cm厚さ切り除いた内部の肉について抽出および測定をおこなった。
肉色の測定:肉色の測定は測色色差計(日本電色社製ND−K5型)を用いておこない、等色差表色系(United Color Scale)のL,a,b(ハンター色値)の測定値から極座標法によって彩度であらわした。
ミオグロビン誘導体の相対濃度の測定:試料肉を冷蔵室(約5℃)にて迅速に細切し、等量の冷蒸留水を加えて、ときどき撹拌しながら30分間放置後、6000×gで15分間遠心分離する。上澄を濾過し、濾液をINNaOHでpH6.8〜7.0に調整する。生じた沈殿は6000×gで15分間の遠心によって除去する。この水溶性色素タンパク溶液を二つの比色用セルに入れ、一方はそのままオキシオグロビン測定用とし、他方のセルに微量のフェリシアン化カリウム〔K2Fe(CN)6〕を加え、肉抽出液中に存在するすべてのミオグロビン誘導体をメトミオグロビンとする。これらの可視領域における吸収スペクトルから、メトミオグロビンの500nmとオキシミオグロビンの540nmにおける吸光度の比を求め、無照射の対照肉抽出に対する照射肉抽出液のミオグロビン誘導体含量の増減を調べた。〔6〕
肉色:照射肉の表面は無照射の対照射と殆んど変化なく、本実験で最も高線量照射(2×10・E(6)R)した場合でも両者の色の識別は困難である。しかし、照射後表面1cmを除いた内部の肉色は、照射では照射線量に比例して赤色が鮮かとなる。畜肉に放射線を照射した場合に鮮赤色になるという報告はいくつかある。
放射線照射による肉色の変化を色差計によって測定し、色相と彩度の変化をHunterの色度図にあらわしたものが図1である。対照の値は、実験に使用したすべての対照射肉につい極端にはずれた値を示すものを除いた平均値である。10・E(5)から7.5×10・E(5)まで赤の方向に向って鮮かな色となっていくが、更に高線量照射によって色相の転換がおこり、10・E(6)Rではオレンジ方向へ逆転し、しかも色は鈍くなっている。2×10・E(6)Rでは更にオレンジ方向へ向うが鮮明さは増加する。
図2は彩度について、各線量ごとに対照の値を引いた差を線量に対してプロットしたものである。彩度は7.5×10・E(5)Rまで増加するが、色相の転換のおこっている7.5×10・E(5)Rから10・E(6)Rの線量で一たん低下し、その後再び増加することが明示される。
これら肉色に関与するミオグロビン誘導体の変化を調べるために抽出液の可視領域における吸収スペクトルを測定した結果の一部を3図と4図に示す。10・E(5)Rおよび2.5×10・E(5)R照射ではオキシミオグロビンの相対含量の変化は認められない。5×10・E(5)および7.5×10・E(5)R照射ではそれぞれ無照射の対照に対して106%および120%のオキシミオグロビン含量を認めた。しかし、10・E(6)R照射ではオキシミオグロビン含量は無照射の対照に対して92%と減少し、2×10・E(6)R照射では117%まで増加している(図5)。これらオキシミオグロビンの相対含量の変化は色差計による肉色の変化とよい相関関係を示している(図2および図5)。
電離放射線による食品成分の変化は、その酸化によるとされているが、Ginger〔2〕ら、Satterleeら〔7〕は、ミオグロビン誘導体ではメトミオグロビンのオキシミオグロビンへの還元がおこっている可能性について論じている。我々の結果もまた、オキシミオグロビンのメトミオグロビンへの酸化と同時にメトミオグロビンのオキシミオグロビンへの還元が生じていることを示唆するものである。
高線量(7.5×10・E(5)R〜2×10・E(6)R)照射した肉の抽出液のオキシミオグロビンの吸収スペクトルは610nm〜620nmに吸収ピークがあらわれてくる、そしてメトロメオグロビンの吸収スペクトルは495nmのピークがなくなっている(図4)。 Gjngerら(’55)〔2〕、(’56)〔8〕、Foxら(’58)〔9〕そしてSatterleeら(’71)〔7〕によれば、この610nm〜620nmにあらわれるピークはグリーン・コンパウンドによるものでミオグリンのボルフィリン核が照射によって変化することが推定されている。
本研究は昭和46年11月第7回日本食品照射研究協議会大会および昭和47年4月日本畜産学会第60会大会において発表した。
〔1〕Hirano,M.:Food Irradiation,
vol.5,No.1,94−103(1970)
〔2〕Ginger,I.D.,Lewis,U.J.and
Schweigert,B.S:J.Agr.Food Chem.
,3,156−159(1955)
〔3〕Mirna,A.and Grundwald,T.
:Fleischwirtschaft,16,196−197
(1964)
〔4〕Coleby,B., Ingram,M.and
Shepherd,H.J.:J.Sci.Food Agric.
,12,417−424(1961)
〔5〕土屋訓子,森田重広,平野正男,高坂和久,矢野幸男:日畜会報,
43,726−727(1972)
〔6〕Broumand,H.,Ball,C.O.and
Stier.E.F.:Food Tech.,12,65−77
(1958)
〔7〕Satterlee,L.D.,wilhelm,M.S.and
Barnhart,H.M.:J.Food Sci.,36,
549−551(1971)
〔8〕Ginger,I.D.and Schweigert,B.S.
:J.Agr.Food Chem.,4,885−886
(1956)
〔9〕Fox,J.B.,Strehler,T.,
Bernofsky,C.and Schweigert,B.S.
:J.Agr.Food Chem.,6,692−696
(1958)
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