食肉の中でも鶏肉は食中毒性細菌や腐敗性細菌による汚染が著しい傾向があることが知られている。わが国では、鶏肉は生産者から消費者にまでコールドチェーンによって流通している。しかし、コールドチェーン下でも低温性細菌による腐敗が進行したり、食中毒菌が発生する可能性があり、なんらかの殺菌処理が望ましい。欧米諸国では食中毒防止を目的とした鶏肉の放射線殺菌処理が実用化され始めている。しかし、わが国では鶏肉の照射効果についての研究はほとんど行われていない。欧米諸国では多くの研究が報告されているが、風土や流通状況が異なる他国の結果をそのままわが国に適用することには問題があると思われる。本研究では国内産の鶏肉を用いて放射線による殺菌効果とミクロフローラ変化及び貯蔵効果について検討した。
鶏肉試料は国内の代表的生産地4県の異なった生産者によって生産された12試料を卸売店により入手した。鶏肉中の汚染微生物数については、好気性細菌、大腸菌群、乳酸菌群、酵母菌群については常法に従って測定した。ミクロフローラについては代表菌株を常法に従って同定し、寒天平板培地上に発生してきた代表株と同類のコロニーとの関係から分布を測定した。貯蔵効果については、市販のプラスチック製ケースに入った状態の鶏肉を直接ガンマ線で照射し、5℃及び10℃で貯蔵し、1または2日ごとに微生物検査を行った。ガンマ線照射は150kCiのコバルト-60線源を用いて線量率6kGy/hの位置で行った。
市販品として流通している鶏肉中の好気性細菌は1g当たり8×104〜5×107個検出された。乳酸菌群も4×103〜5×107個検出され、大腸菌群は8×101〜3×104個検出された。肉類の場合、菌数が1×106個を越えると腐敗が始まった状態と思われ、本研究で用いた試料の半数以上が腐敗の初期状態を示していた。各試料中の主要微生物は乳酸菌に属すLactobacillusやStreptococcus、好気性細菌のPseudomonasやFlavobacteriumであり、ArthrobacterやAcinetobacterも検出された。大腸菌群は鶏の内臓由来と思われるEscherichiaやKlebsiella、Proteusが多く検出された。鶏肉を室温下で照射するとFig.1に示すように1kGyで大腸菌群は検出されなくなり、好気性細菌や乳酸菌群も著しく低減した。3kGy照射すると酵母菌群と低温性細菌のPsychrobacterが生残しており、非照射試料での主要な腐敗細菌群は検出されなくなった。
鶏肉を10℃で貯蔵するとFig.2に示すように非照射試料は1〜2日で貯蔵限界になった。発生してくる微生物は主に乳酸菌群やPseudomonas、Flavobacteriumであり、大腸菌群も増殖してきた。一方、1kGy照射すると微生物の増殖は著しく抑制され、貯蔵期間は6日以上に延長された。1kGy照射後に発生してくる微生物は主に酵母菌群と乳性菌群、Acinetobacterであり、大腸菌群も6日以降に検出されることがあった。3kGy照射すると貯蔵期間は12日以上に延長され、酵母菌群とPsychrobacterが発生してきた。5℃で貯蔵した場合には非照射試料でも微生物の増殖はゆるやかであり、3日以上の貯蔵が可能である。なお、鶏肉を3kGy以上照射すると肉の赤色度が若干増加し、照射臭も認められるようになった。
これまでの研究では、ウインナソーセージや水産練り製品の貯蔵期間延長に必要な線量は3〜5kGyと報告されてきた1)2)。また、鶏肉についても最適線量として2.5〜3kGyとする報告が多いが3)、本研究の結果は1kGyでも十分に貯蔵期間が延長され、大腸菌群も検出限界以下に殺菌することができた。本研究ではSalmonellaの検出は行われなかったが、大腸菌群として検出されたコロニー中には認められておらず、汚染度は著しく少ないものと思われる。また、Salmonellaの放射線感受性は大腸菌群と大差ないため、1kGyの低線量照射でも食中毒の発生を著しく低減できるものと思われる。
文献
1)H. Ito and T. Sato: Agric. Biol. Chem., 37, 233(1973)
2)伊藤 均、飯塚 廣:食品工誌、25、14(1978)
3)D.W. Thayer: J. Food Protection, 56, 831(1993)
(1996年6月7日受理)
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