特定総合研究用に特別調製されたリテーナ成形かまぼこを用いて、細菌を中心とする変敗菌フローラの変化と、ガンマー線照射効果について検討した。
供試かまぼこは、合成保存料や合成殺菌剤などを添加していない製品である。試料の形状は巾47mm、長さ125mm、高さ20mmであり、ポリプロピレンフィルムで包装した後、型枠に入れ85℃、40分間蒸煮したものである。
供試かまぼこは、包装状態のまま厚紙製ケース(高さ20cm、横28cm、巾5cm)に各6〜10本詰め、日本原子力研究所高崎研究所の食品照射ガンマー棟のコバルトー60板状線源(100kCi)で300kradまたは450krad照射した。照射位置の線量率の測定はFricke線量計で行ない、1.5×10・E(5)rad/hrの位置で反転照射し、線量分布が均一になるようにした。なお、試料の照射は製造日から2日以内に行い、それまでの間は4℃に保存した。
微生物の検出にはDifco−nutrient agar 23g,yeast ex.5g,glucose 5g,K2HPO4 2g,水1lの組成で、pH7.2に調製した平板培地を用いた。各試料は無菌的に2〜3cm巾に切断し、切断片による微生物分布の差を少なくするよう、試料1本あたり3カ所から採取した切断片をエミーデ小型自動粉砕機(柴田化学工業製)で無菌的に細断し、その5gを50mlの殺菌水に加え懸濁した。この懸濁液及び稀釈液0.2mlを平板培地上に塗布し20〜25℃で3〜5日培養して、発生してくるコロニー数から生存菌数を算出した。ミクロフローラの検索は代表的なコロニーを釣菌し、細菌類はBergey’s Manual of Determinative Bacteriology 第8版に従って同定した。
試料中の菌数は、製造直後には1gあたり50〜2×10・E(2)個程度であるが、非照射品の場合20℃・15日貯蔵しただけで生菌数が1.2×10・E(6)〜2.4×10・E(9)個に達し、10本全部にネトが発生し、変敗臭も強く感じられた。増殖してきたこれらの細菌は、Bacillus subtilis と B.pumilus が圧倒的に多くその他 Micrococcus や Aeromonas などの増殖も一部に認められた。変敗の進行は内部切断面でも明確に肉眼観察され液化状態の部分が斑点状に認められた。糸状菌の発生は一部の試料に認められたが、板との境目に局部的に発生する程度である。300krad照射された試料では、変敗菌抑制効果が認められ、ネトの発生は10本のうち2本にわずか認められた。生菌数も1gあたり2.3×10・E(2)〜2.4×10・E(5)個で、変敗菌は B.subtilis と B.pumilus が中心である(表1)。10℃で20日間貯蔵した場合には表2に示すように B.subtilis の増殖は認められず、非照射試料に検出された変敗菌は B.pumilus、B.megaterium、B.cereus、Pseudomonas が中心で Micrococcus や酵母菌の増殖も認められた。菌数は非照射品で1gあたり6.9×10・E(3)〜8.8×10・E(6)個であり多くの試料が1×10・E(5)個以上に増殖している。照射試料の菌数は1gあたり7.5×10・E(1)〜1.3×10・E(4)個と少なく、増殖してきたのは B.pumilus などの有芽胞細菌と酵母菌である。
一方5℃で32日間貯蔵した場合には、Pseudomonas、Aeromonas、Brevibacterium および酵母菌のみが非照射品に若干増殖してきた(表3)。しかし、菌数は50〜3.5×10・E(4)個と少なかった。この場合、有芽胞細菌の増殖は一切認められず、静菌状態で残存していたB.subtilisのコロニーが若干検出される程度である。300krad照射品では、10本のうち1本に酵母菌が若干増殖してきたにすぎない。
保存料無添加のかまぼこを10℃で貯蔵する場合、非照射品では15日でネトが発生するが、ガンマー線照射処理品では300kradで20〜30日、450kradで30日以上はネト発生もなく貯蔵が可能である。
20℃で15日間貯蔵した場合のリテーナ成形かまぼこ中の微生物の増殖 |
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非 照 射 |
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No. |
総 菌 数 |
主 な 微 生 物 |
ネト |
糸状菌 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 |
1.2×10・E(6) 1.6×10・E(6) 1.1×10・E(7) 1.2×10・E(6) 1.5×10・E(6) 3.6×10・E(6) 2.4×10・E(7) 1.7×10・E(8) 1.7×10・E(7) 1.2×10・E(7) |
B.pumilus B.subtilis B.subtilis B.pumilus B.subtilis B.subtilis B.pumilus B.subtilis B.subtilis B.pumilus Micrococcus B.subtilis Aeromonas B.subtilis |
± ++ + ± + ++ ++ ++ ++ ++ |
− − + − − − − − − + |
|
300 krad |
|||
No. |
総 菌 数 |
主 な 微 生 物 |
ネト |
糸状菌 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 |
5.1×10・E(3) 1.6×10・E(3) 3.2×10・E(4) 1.1×10・E(5) 2.4×10・E(5) 8.5×10・E(2) 9.7×10・E(4) 2.0×10・E(5) 2.3×10・E(2) 4.1×10・E(3) |
B.pumilus B.pumilus B.pumilus B.pumilus Bacillus sp B.subtilis B.subtilis B.subtilis B.subtilis B.subtilis B.pumilus |
− − − − ± − − ± − − |
− − − ± − − ± − − − |
− なし ± わずかに発生 + 明かに認められる ++ 著しい |
10℃で20日間貯蔵した場合のリテーナ成形かまぼこ中の微生物の増殖 |
|
非 照 射 |
|||
No. |
総 菌 数 |
主 な 微 生 物 |
ネト |
糸状菌 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 |
6.5×10・E(5) 1.4×10・E(6) 4.9×10・E(5) 5.9×10・E(5) 4.0×10・E(4) 1.3×10・E(5) 7.0×10・E(4) 4.5×10・E(5) 4.5×10・E(6) 1.1×10・E(4) |
Pseudomonas B.megaterium B.pumilus B.pumilus Pseudomonas Yeast B.megaterium B.pumilus B.megaterium B.pumilus Micrococcus B.pumilus B.cereus B.pumilus B.megaterium B.pumilus B.pumilus |
− ± ± − − ± − ± ± − |
− − − − − − − − − − |
|
300 krad |
|||
No. |
総 菌 数 |
主 な 微 生 物 |
ネト |
糸状菌 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 |
1.8×10・E(2) 1.1×10・E(4) − 1.8×10・E(2) − 1.3×10・E(4) 1.0×10・E(2) 6.8×10・E(2) 7.5×10 9.3×10・E(2) |
B.cereus B.pumilus Yeast − − − B.megaterium − Yeast B.pumilus B.pumilus Yeast |
− − − − − − − − − − |
− − − − − − − − − − |
5℃で32日間貯蔵した場合のリテーナ成形かまぼこ中の微生物の増殖 |
|
非 照 射 |
|||
No. |
総 菌 数 |
主 な 微 生 物 |
ネト |
糸状菌 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 |
9.4×10・E(3) < 50 2.9×10・E(2) 4.0×10・E(2) 3.5×10・E(4) < 50 2.0×10・E(2) < 50 1.0×10・E(2) 8.8×10・E(2) |
Aeromonas Yeast − Pseudomonas Brevibactrium Brevibactrium − Pseudomonas Yeast − Yeast Yeast |
− − − − − ± − − − − − |
− − − − − − − − − − |
|
300 krad |
|||
No. |
総 菌 数 |
主 な 微 生 物 |
ネト |
糸状菌 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 |
< 50 − < 50 − < 50 < 50 − 5.5×10・E(2) < 50 < 50 |
− − − − − − − Yeast − − |
− − − − − − − − − − |
− − − − − − − − − − |
かまぼこより分離した有芽胞細菌の代表株B.pumilus KL−4、B.subtilisKr−7、K−3、B.megaterium KL−3、B.cereus KL−19 等について燐酸緩衝液中、好気的条件下での放射線感受性を比較した。表4に示すように、最も強い放射線抵抗性を示したのは B.pumilus KL−4、B1−1株で、そのD10値(片対数グラフの直線部分で90%死滅させるに要する線量)は170kradである。一方、B.subtilisのD10値は130〜140kradであり、B.cereusは110kradである。B.megaterium の場合はKL−3株で120krad,B2株で150kradと菌株により値が異なっていた。一方、Pseudomonas や Aeromonas は放射線抵抗性が弱くD10値も有芽胞細菌の1/20〜1/50である。これらの結果は、かまぼこ中の有芽胞細菌や酵母菌を完全に殺菌するのには300kradの線量は不充分であることを示している。しかし、実際のかなぼこ中では照射による変敗菌抑制効果が認められている。これは10℃貯蔵の場合、照射による静菌効果が認められるためである(図1)。
かまぼこ等より 分離された各種微生物の0.067M燐酸緩衝液中、好気的条件下での放射線感受性 |
菌 種 |
分離源 |
D10値 (krad) |
B.pumilus KL−4 〃 Bl−1 〃 E 601 B.subtilis Kr−7 〃 K−3 〃 IAM1069 B.megaterium KL−3 〃 B2 B.cereus KL−19 Ps.fluorescens KL−32 Aeromonas sP.KL−31 Candida sP.Kc−16 |
かまぼこ デンプン 標準株 かまぼこ 〃 標準株 かまぼこ デンプン かまぼこ 〃 〃 〃 |
170 170 170 130 130 140 120 150 110 4 5.7 77 |
以上の結果から、リテーナ成形かまぼこにガンマー線を300krad照射することにより非照射かまぼこの約2倍、すなわち10℃で20日〜30日、貯蔵期間を延長することが可能である。非照射のリテーナ成形かまぼこは、15〜20℃で貯蔵すると15日で1gあたりの総菌数が10・E(6)〜10・E(7)個に達し、主な変敗菌は B.subtilis と B.pumilus である。10℃では15〜20日で総菌数は10・E(5)〜10・e(7) 個で、B.pumilus、B.cereus、B.megaterium、Pseudomonas、Aeromonas、Brevibacterium 及び酵母菌が増殖してきた。これらの微生物のうちBacillus属は耐熱性菌であり、放射線の場合も1,000krad以上照射しなければ完全に殺菌できない。ところが、300kradの線量で95%程度しか殺菌効果が認められないにもかかわらず、10℃の低温貯蔵では照射による増殖抑制効果が認められた。この静菌効果は放射線損傷細胞の修復が低温下で著しく遅延するためであろう。Pseudomonas や Aeromonas などの細菌は魚肉由来のものと思われ、かまぼこ内部に加熱処理後も生存していたものが増殖してきたのであろう。しかし、これらの菌は低線量で殺菌でき、照射後10℃以下に保てば Bacillus 属増殖の心配もなく、1カ月以上の長期貯蔵が可能である。かまぼこ内には、そのほか酵母菌も増殖してくるが、照射後の菌数はわずかである。
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