微生物に対する照射効果についての分子レベルでの研究によって、DNAが最も損傷を受けやすい物質であることが明らかにされた。微生物の生残は、照射によって受けた損傷を回復させる固有の細胞能力に依存している。微生物は菌種や菌株によって照射感受性に大きな差異がみられる。このような理由から、単に微生物を不活性化するに必要な線量を推定することによってラドリゼイション、ラディシディション、ラドアパチゼイションに要する線量を定めることはむずかしい。この総説における測定データは、水産食品から分離された典型的な細菌で行われたものであり、それらのグループを他の種と比較した場合、形態学的及び生化学的性状における差異は小さいが、照射耐性や腐敗性にはかなり相違がある。ラドリゼイションは、腐敗細菌の選択的抑制によって食品の保存期間を延長するパスツリゼイションと同じ意味である。ラディシデイションは、特定の病原菌を除くような照射であり、サルモネラ属の腸内病原菌やエンテロトキシン産生菌を死滅させるためにのみ利用される時にはサルモネラ・ラディシデイションといわれる。ラドアパチゼイションは照射完全殺菌のことで、微生物の完全な死滅を目的として加熱殺菌と類似している。この三つの方法はそれぞれ利点がある。凍結したカエルの脚、エビ、卵、魚、畜肉などはサルモネラの汚染源となっているので、サルモネラ・ラディシデイションは将来かなり利用されることになるであろう。アメリカ陸軍の研究所で軍の食糧として、ハム、ベーコン、鶏肉および水産物のラドアパチゼイション法を開発してきた。ラドリゼイション法は水産物の内陸への運搬には必要である。特にインドのように漁獲の中心が沿岸部にあり、内陸への運搬に長時間を要する場合には有用である。
図1に示すように、微生物の照射感受性には大きな差異があるので、菌相中の淘汰が、貯蔵条件あるいは包装条件により、照射魚や照射肉製品中で起こると予想される。
表1,2および3には、種々の処理を施した後のエビ、ボンベイダック(エソに近縁の熱帯性の魚で、インドでは重要魚種の一つである)、ならびにマナガツオ中の優勢菌に関する実験結果が要約されている。
微生物相におけるこのような淘汰は、線量、魚種、貯蔵条件、照射感受性および最初の菌数によって影響をうける。
照射感受性細菌ならびに照射耐性細菌の代謝活性に関する研究によって、前者が鮮度を著しく低下させる原因となることがわかった。0〜2℃で、グラム陰性の腐敗細菌は、グラム陽性のMicrococciに比較して、多量のTMAやTVBNを産生する。照射耐性のグラム陽性のMicrococciはボンベイダックのホモジネート中で腐敗臭を生じないし、TMAO還元酵素も欠如しているように思われる。図2に示されるように、0〜2℃あるいは10〜12℃に貯蔵された非照射のボンベイダックは、同温度貯蔵の照射したものより腐敗速度が早かった。これらの結果は、照射によってアクティブな腐敗細菌が抑えられ、増加した菌は腐敗をおこさないため、ラドリゼイション処理の水産食品の保存期間は延長されることを説明している。
現在、水産物のラドリゼイションは、もし照射食品がボツリヌス菌胞子の発芽を抑制する3℃以下に貯蔵されるならば、安全な処理方法であると一般的に考えられている。ラドリゼイション処理したボンベイダックの貯蔵日数は、0℃貯蔵の非照射試料が6日間であるのに対し26日間であった。
処 理 方 法 |
Days at 10−12℃ |
Bacillus sp. % |
他 の 主 要 な 菌 種 (%) |
未処理 照 射 (0.15Mrad) 湯通し,80℃,5分 湯通し+照射 (0.15Mrad) |
1 4(腐敗) 1 14 1 14(腐敗) 5 42(腐敗) |
26.4 2.2 3.0 10.0 ── 5.0 ── 84.0 |
Cocci 9,Achromobacter 23,Flavobacterium 9, Pseudomonas 4,Aeromonas 4,Coryneforms 7 Cocci 7,Achromobacter 8,Aeromonas 40, Vibrio 15,Lactobacillus 7 Cocci 43,Achromobacter 19,Flavobacterium 3 Cocci 12,Achromobacter 32,Coryneforms 10, Lactobacillus 10 Cocci 14,Achromobacter 74 Cocci 14,Achromobacter 14,Aeromonas 14, Lactobacillus 24 Cocci 25,Achromobacter 70 Cocci 3,Coryneforms 1.5,Lactobacillus 7.5 |
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Unirradiated |
Irradiated(0.5Mrad) |
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Percentage of microbial groups |
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1st day |
5th day |
15th day |
1st day |
5th day |
15th day |
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Cocci Micrococcus Streptococcus Sarcina Yeasts Gram negative rods Pseudomonas Achromobacter Flavobacterium Vibrio Proteus Aeromonas Escherichia Gram positive rods Coryneforms Bacillus Total No.of isolates |
50 3.3 5.0 ── 1.7 10 10 5 ── 3.3 ── 8.3 3.3 60 |
8.9 ── ── ── 3.5 7.1 1.8 30.3 1.7 16.5 23.2 ── 3.5 3.5 56 |
6.4 3.3 ── ── ── 1.6 ── 6.4 4.9 48.4 27.4 1.6 1.6 ── 62 |
46.6 ── ── 6.6 ── ── 10 ── ── ── ── ── 26.6 10.0 30 |
45 ── ── ── 10 3.3 35.0 3.3 ── ── ── ── ── 1.7 1.7 60 |
41.9 ── ── 3.2 ── 40.3 ── ── ── ── ── ── 12.9 1.7 62 |
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Unirradiated |
Irradiated(0.1Mrad) |
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Percentage of Microbial groups |
|||||||
1st day |
4th day |
7th day |
1st day |
4th day |
8th day |
12th day |
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Cocci Micrococcus Staphylococcus Yeasts Gram −ve rods Pseudomonas Achromobacter Flavobacterium Vibrio Proteus Aeromonas Gram +ve rods Coryneforms Bacillus Lactobacillus Total No.of isolates |
32.5 10 2.5 12.5 10 5 ── 2.5 ── 12.5 5 7.5 40 |
10 2 ── 48 10 ── 14 12 ── 4 ── ── 50 |
11.4 2.3 2.3 70.5 ── ── 6.8 ── 2.3 4.5 ── ── 44 |
56 12.2 ── ── 19.5 ── ── ── ── 7.3 ── 4.8 41 |
36.4 13.6 ── ── 50 ── ── ── ── ── ── ── 44 |
27.7 5.5 ── ── 58.3 ── ── ── ── 8.3 ── ── 36 |
14.0 ── 2.8 ── 77.7 ── ── ── ── 2 ── ── 36 |
非照射試料は4日目に,照射試料は8日目に腐敗した。 |
サルモネラ・ラディシデイションは、食中毒を起こすサルモネラ菌の完全防去が必要な乾製品あるいは冷凍品のために注目を受けている方法である。また、病原菌伝達の媒介物になる魚粉のような餌の殺菌にも理想的な方法である。
サルモネラ・ラディシデイションのための最小線量(MRD)の算定は(1)最も照射耐性のあるサルモネラ菌のD10値、(2)当初の菌数や汚染の程度、(3)不活性の程度、および(4)サルモネラ菌の照射生残曲線におけるいわゆるテーリング効果によって決定される。Salmonella typhimuriumは魚粉中で169Krad、冷凍卵中で68Krad、リン酸緩衝液中で39KradのD10値をもつ。それ故、MRD算定の際には、培地の影響も考慮に入れなければならない。
照射水産食品から分離した典型的な細菌に関する研究は、照射による生残の理論や性状の変化についての情報を提供している。ここでは、病原性Staphylococcus aureus、非病原性胞子形成菌Bacillus cereus BIS59および照射耐性菌Micrococcus類について述べる。
主たる食中毒細菌はSalmonella,ClostridiumおよびStaphylococcus属である。もし淘汰の過程で、病原菌がふえると、照射食品は潜在的に非常に危険な状態になり、特に細菌にとって至適な条件になると、細胞増殖と毒素産生が盛んに行われる。病原性細菌による食品汚染は、包装および貯蔵条件が厳しく管理されない限り、起りうる可能性は十分にある。図3に非照射ならびに照射S.aureusの増殖と毒素産生を示した。増殖曲線には差異は認められなかったが、毒素産生は照射した場合にかなりの遅れが生じた。
Bacillus胞子は、加熱、照射およびその他の加工処理に対して著しい耐性を示すので、簡易保存食品において腐敗原因菌となりやすい。至適条件下では、胞子は発芽し、増殖しはじめる。それ故、食品の加工処理では、胞子の完全除去あるいは胞子の発芽や増殖を阻害する状態を作り出すことが必要である。Bacillusの中では、次の6種が同定された。それらはB.licheniformis BS−44,B.licheniformis BS−12,B.subtilis BS−40,B.subtilis BS−43,B.oumilus BIS−60,B.cereus BIS−59と命名された。BSおよびBISはそれぞれblanched shrimp,blanched irradiated shrimp起源を示す。
B.cereus PRL−B−1およびB.megaterium QM−B−1551を含めすベてのBacillusは揮発性塩基窒素を形成するが、細菌を10%エビホモジネートの殺菌ろ液中で30℃、24時間培養した時、トリメチルアミンを産生しなかった。これは、トリメチルアミンレベルが処理したエビの鮮度を必ずしも決定するものでないことを示している。処理エビから分離されたBacillus BIS−59胞子については、発芽および胞子形成の特徴に関して詳細に研究された。リン酸緩衝液(pH7)中に懸濁した加熱活性胞子(80℃、15分)にグルコース(0.5M),L−アラニン(0.5M)、酵母エキス(0.3%)またはエビエキス(10%)を添加し、30℃で2時間培養した実験では、B.cereus BIS−59の胞子はグルコースまたはL−アラニンでは発芽しなかったが、酵母エキス中あるいはエビホモジネイトの水溶性エキス中で速やかに発芽した。この胞子は構造上硬く、メルカブトエタノールおよびアルカリ処理後、リゾチーム(4μh/ml)と37℃で2時間処理しても影響を受けなかった。この胞子は400kradのD10 valueを持った指数の照射生残曲線を示した。シスチン添加(10・E(−4)M)によって得られたジビコリン酸フリーの胞子は同じく400KradのD10値を示したが、正常の胞子よりもはるかに熱耐性がなかった。即ち、この胞子の照射耐性は胞子のジビコリン酸含量とは無関係であった。
B.cereus BIS−59胞子発芽への加熱および照射の効果の研究は、80℃加熱ないし0.05〜1.25Mrad照射が胞子の活性化に影響を及ぼさないことを明らかにした。さらに、照射をうけた胞子は酵母エキスを加えても完全な発芽を示さなかったことは興味深い。これは低線量照射でも発芽過程を阻害することを示している。
アンダーソンらによるMicrococci radioduransの分離以来、他の照射耐性Micrococciが照射ハドック(タラ科の魚)のフィレット、大気中および最近では動物の糞便から分離された。γ線照射を用いてボンベイダックの保存期間を延長させる実験を行なっている間に、光輝性の赤橙色コロニーが1.0〜2.0Mrad照射のフィレットから常に分離された。新しい分離菌は照射耐性、形態学上、生化学上などの諸性質が調べられ、M.radioduransや他のMicrococcusとも明らかに異なることがわかった。そした新種として、Micrococcus sp.NCTC 10785と命名された。分離菌はグラム陽性、四連球菌で、高いカタラーゼ活性を有し、熱に敏感で、非病原性であった。この菌は、pH感応性の相違、塩耐性、ゼラチン加水分解が非常に遅いこと、紫外線およびγ線照射耐性がはるかに強いこと、形状において小さいことにより、M.radioduransとは明瞭に区別された。
Micrococcus sp.NCTC 10785とM.radioduransの照射耐性の比較は図4に示した。M.radioduransの生菌数を約100万分の1に減少させるに十分な1.6Mradの線量でも、Micrococcus sp. NCTC 10785の菌懸濁液の活性を10分の1に減少させるにすぎなかった。この生菌数を100万分の1に減少させるには、3.2Mradの線量が必要であった。次に紫外線照射生残曲線を図5に示す。9000ergs/mm2/secの照射線量までは、大きな肩を示し、またこの曲線に見られるテーリング効果は、30,000ergs/mm2/sec以上の線量でのダイマーの存在に起因する。ダイマーは常時形成され、また破壊されるので全体数は一定である。曲線の末端において見られるわずかな量の不活性化は、光によって生ずる物質の形成が原因と考えられる。
病原性嫌気性胞子形成細菌とくにボツリヌス菌は、その高い耐性のために生き残ることが出来ると考えらている。さらに、ラドリゼイションは腐敗細菌の活性を抑制するので、ボツリヌス菌の急激な増殖を抑える固有の拮抗効果が低下し、その結果、細菌学的危険が生ずる。また、照射製品においては、微生物相が相対的に非腐敗細菌に移行するため、保存期間を決めるエンドポイントがよく定まらないといわれている。このように、毒素産生は製品が官能的にリジェクトされる前におこるので、ラドリゼイション処理の製品の最終腐敗が非照射のそれと同じくなるように、100Krad程度のより低照射線量が推奨されている。照射食品の微生物学的安全性は、完全にボツリヌス菌の除去を行なうラドアパチゼイション法の利用によって、あるいは菌が存在しても増殖や毒素産生を阻害するような状態を作ることによって保証される。
ボツリヌス菌のD10値0.37Mradを基準におくと、4.5Mradがラドアパチゼイションの最小線量と考えられてきたが、これに固執すると、技術的な難問にぶつかる。即ち、4.5〜5.6Mradの照射線量はoff−flavour,off−odourなどを生じ、食品価値を低下させる。しかし、アメリカでは、熱処理、真空包装、密封シールおよび低温での4.5〜5.6Mrad照射による酵素の不活性化を主眼とした方法が開発されてきた。ボツリヌス菌 A,BおよびE型は食中毒発生に関係している。最後に、照射耐性とpH、食塩および温度への感受性を表4にまとめてみた。
Type |
D10 value Mrad |
Outgrowth inhibition |
||
Temperature,°F |
NaCl% |
pH |
||
A B E |
0.25−0.31 0.17−0.28 0.13−0.14 |
50 50 36 |
10 10 4.5 |
5.2 5.2 5.2 |
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