魚介類を放射線照射によってその保存性を高めようとする場合、照射臭や変色などの副作用の点から低線量照射に限られる。しかしこのような低線量照射した魚肉は低温で保存しても、その保鮮期間は無処理の対照試料にくらべてあまり長くならないことがわかっている。〔1〕したがって魚肉の品質を低下させない程度の低線量照射で保鮮期間をさらに延長するには、他の手段との併用も考えられ、食品防腐剤の併用もその可能性の一つである。
すでに、われわれは低線量照射に関する基礎的な問題について検討を行ない、〔2〕また3種食品防腐剤CTC、フリルフラマイド(以下FFと略す)、およびタイロシン(以下TLと略す)の低線量照射に対する安定性についても検討を行なった。〔3〕すでにLerkeら〔4〕は数種の魚介肉についてCTCとの併用効果を検討し、その保鮮効果を認めている。またAwadら〔5〕は低線量照射とCTCを併用すればエビの貯蔵性が著しく増大することをみ、Cainら〔6〕は牛肉に加えた抗生物質のテトラサイクリンは0.18〜0.72Mradの照射を行なっても保鮮効果を示すにたるだけの力価が残存することをみている。われわれは赤身魚としてメバチマグロ、白身魚にオヒョウを用いて、0.1Mradの低線量照射とCTC、FF、TLの3種の防腐剤の併用を行ない、その保鮮効果および腐敗様式について検討した。
冷凍オヒョウおよびメバチマグロを解凍して使用した。
FFは純末を10%ジメチルホルムアミドに溶解し、水で稀釈して5ppm溶液とした。CTCはその塩酸塩を、TLはその乳酸塩を10ppm水溶液とした。
東京水産大学のCo−60、1,400Ci線源を使用し、線量率は4.38×14・E(4)r/hrであり、処理線量はすべて0.1Mradと一定にした。照射時の温度は20±1℃であった。
2種の魚肉は表皮を除き、滅菌器具を用いて約2cm角(8〜10g)に切断し、薬剤処理区では、それぞれの防腐剤溶液中にて10分間浸漬後、濾紙上に並べて過剰の溶液を除いた。処理魚および無処理対照はそれぞれの処理および対照区は次の様に略で示した。
略号 処理区分
NoI,NoD 非照射 無薬剤対照区
NoI,FF 非照射 FF処理区
NoI,CTC 非照射 CTC処理区
NoI,TL 非照射 TL処理区
I,NoD 照射 無薬剤対照区
I,FF 照射 FF処理区
I,CTC 照射 CTC処理区
I,TL 照射 TL処理区
照射後は直ちに0℃の冷蔵庫に入れて保存し、0(照射または薬剤処理直後)、1,2,3,4,5,6週目に以下示す分析に供した。
(1)生菌数の測定:常法に従いプレートカウント培地(日本栄養製)を用いる混釈平板法により、30℃で48±3時間培養を行って生菌数を算定した。
(2)NH3−N,TMA−Nの定量:10%トリクロル酢酸抽出液について、NH3−Nは微量拡散法とネスラー試薬法を併用する河端の法〔7〕、TMA−Nは橋本らの改良したDyerのpicrate比色法〔8〕にて測定した。
(3)pHの測定:BeckmanのZeromatic pH計(硝子電極)にて測定した。
(4)官能検査:勾い、色などにつき官能的に鮮度を測定し、判定基準としては次の5段階に分けた。
鮮度良好 5
かなり良好 4
普通(可食の限界) 3
初期腐敗(食用不適) 2
明らかな腐敗(食用不適) 1
結果はこれらの指数にて示した。
(1)官能検査からみた保鮮効果の比較:オヒョウ(Table1)についてみると、NoI,NoD区は2週目で可食の限界となった。非照射薬剤処理区は2週目では鮮度低下はわずかであったが、3週目には明らかに腐敗した。これに対しI,NoD区では3週目までは鮮度は良かったが、4週目には明らかに腐敗した。照射とCTCあるいはFFを併用したものではさらに鮮度が保持され、とくにCTC併用区では5週目でも可食の状態にあった。TL併用区ではI,NoDと同様3週目が可食の限界であったが、その後の腐敗の進行はやゝ遅れた。
メバチマグロ(Table2)についても、オヒョウと大体の傾向は似ているが、照射と薬剤併用区とI,NoD区との間に差がなく、ともに3週目が可食の限界であった。その理由となったのは照射肉の変色であり、照射直後にみられなかったが、貯蔵3週目からわずかに緑変が始まり4週目から緑変は進み、不快な色調となったので、食用不適と判定した。4週目には腐敗臭はなかったが、さらに保存期間が長くなると、むしろ酸臭を帯びるようになって、腐敗の様相の変化が感じられた。
(2)生菌数の変化:オヒョウ(Fig.1)ではNoI,NoD区の生菌数は2週目から急増し、3週目には4.8.×10・E(9)に達し、完全に腐敗したことがわかる。NoI,FF区は2週目に1.8×10・E(7)に達したが、官能的にほとんど変化がみられず、3週目には1.8×10・E(8)に達し、明らかに腐敗が始まった。CTC処理区は2週目まではFFにくらべ生菌数の増加は少なく、3週目には5.5×10・E(7)に達した。NoI,TL区はNoI,NoDとほゞ同様に生菌数の増加を示した。照射区の生菌数の増加は非照射区より1〜2桁少なく、I,NoD区では2週目以降でも10・E(6)〜10・E(7)程度で止まり、非照射にくらべ生菌数の最高値も低かった。しかし4週目以降では官能的に腐敗が感じられた。FF併用区でみると、照射直後の生菌数が他の薬剤併用区より少なく、また1週目には減少し、それ以降漸増していった。この処理区の最高菌数は10・E(4)程度で止まった。CTC併用区はFFにくらべ生菌数は1桁位多かったが、I,NoDにくらべ菌数は1〜2桁少なかった。CTC処理区は6週目で明らかな腐敗の徴候がみられたが、菌数でみるとむしろ減少している。I,TL区はI,NoD区にくらべ菌数の点では減少していることがわかった。
メバチマグロ(Fig.2)についてみると、NoI,NoD区では2週の生菌数は8.3×10・E(7)で明らかに腐敗が始まったことを示す。非照射FF処理区は菌数の点ではNoI,NoDとほゞ同様に増加したが、3週目(9.0×10・E(7)になって明らかに腐敗した。CTC処理区では3週目にはまだ可食と判定されたが、菌数は1.4×10・E(8)と高かった。TL処理が全く無効であることはオヒョウの場合と同様である。照射区についてみると、照射により生菌数の減少がみられ、I,NoD区では3週目までは可食の範囲にあり、この時の菌数は3.0×10・E(6)程度にとどまった。FF併用区は1〜2週までの菌数の減少がみられたが、これはオヒョウの場合と同様で、FFの殺菌作用によるものと考えれらる。3週目以降に菌数の増加がみられたが、10・E(4)〜10・E(5)程度にとまった。CTC併用区は1週目には菌数が減少し、以後漸増した。この場合もFFと同様10・E(4)程度の菌数にとどまった。これに対しTL併用区はほとんどI,NoD区と同様の菌数の増加を示した。
(3)NH3−Nの変化:オヒョウについては(Fig.3),NoI,NoD区では3週目に急増し57mg%に達し、2週目が保蔵の限界であった点は官能検査と一致する。NoI,FF区は3週目に30mg%に増加し、官能的には腐敗と判定された。
しかしそれ以降の増加はNoI,NoDにくらべてかなりおくれた。CTC処理区は3週目から増加しはじめ、5週目から急増した。TL処理区はNoI,NoDに近いNH3−N増加のパターンを示した。照射区では3週目まではすべての処理区のNH3−Nは低く、4週目から漸増した。しかしその増加の程度は非照射区のそれとは著しく様相が違っている。FF併用区でみると、4週まではNH3−Nの増加はみられず5週目から急増した。CTC併用区は5週まではほとんど増加しなかったが、6週目には急増した。TL併用区では2週目までは変化せず、3週目には26mg%で可食の限界、4週目には30mg%で可食の限界、4週目には30mg%で官能的には腐敗初期と判定され、全般的にI,NoD区と似た傾向を示した。
メバチマグロでは(Fig.4.)、本実験に供したメバチ肉は始めからNH3−Nの含量がかなり高く、30mg%を越えていたが、生菌数は少なく官能的にも正常と判定されたものである。
NoI,NoD区では2週目からNH3−Nの増加が始まり45mg%で可食の限界であった。3週目も同じ値を示したが、明らかに腐敗臭が感じられた。非照射FF処理区のNH3−Nは3週目から漸増したが、NoI,NoDにくらべNH3−Nの増加はかなり遅れた。CTC処理区もFFと同様の傾向を示し、TL処理区はNoI,NoD区と同様の傾向を示した。照射区では5週目からやや増加し、薬剤併用区は共通して6週目までNH3−Nの増加はみられなかった。
(4)TMA−Nの変化:オヒョウ(Fig.5)では、NoI,NoD区は3週目に急増し、4週目以降はプラトーを示し、非照射薬剤処理区はFFの場合6週目でも全然増加が抑制され、CTCでは3週目からやゝ増加し6週目急増した。TL処理区ではNoI,NoDと同様の増加を示した。照射区ではNoDが6週目に急増したがFF・CTC併用区はTMA−Nの増加はまったく認められなかった。TL併用区ではI NoDと同様な増加の経過をたどった。
メバチマグロ(Fig.6)についてみると、いずれの場合でも、変化はみられなかった。
(5)pH値の変化:オヒョウ(Fig.7)についてみると、NoI,NoD区では3週目から急上昇し7以上の値となり、非照射のFFおよびCTC処理区はpHの上昇がやゝ遅れ、官能検査で初期腐敗と判定された3週目でもNoDにくらべかなり低かった。TL処理区はNoI,NoDと同様の変化を示した。照射区ではNoDでは腐敗の段階に入った4週目以降でpHは急上昇した。FFおよびCTC併用区では明らかにpH値の上昇が抑制された。TL併用区はI,NoDと同様の変化を示した。
メバチマグロ(Fig.8)についてみると、NoI,NoD区は3週目に初期腐敗となり、このときのpHは6.25で、FF処理区はそのときpHは6.1、CTC処理区は4週目で6.32でいずれも異なる腐敗様相を示した。TL処理区はほゞNoI,NoDと同様のpHの上昇を示した。照射区でNoDの場合も薬剤併用区でも共通してpHの変化がほとんど起きなかった。
Sensory examination scores for halibut samples during storage at 0℃ |
Treatment |
Storing period,week |
0 1 2 3 4 5 6 |
|
NO I,NO D 〃 FF 〃 CTC 〃 TL |
5 5 3 1 1 1 1 5 5 4 1 1 1 1 5 5 4 2 2 1 1 5 5 4 1 1 1 1 |
I, NO D 〃 FF 〃 CTC 〃 TL |
5 5 5 4 1 1 1 5 5 5 4 3 2 1 5 5 5 4 3 3 1 5 5 5 4 2 2 1 |
Score index: 5・・・・・・・Good 4・・・・・・・Reasonably good 3・・・・・・・Fair 2・・・・・・・Poor(unacceptable) 1・・・・・・・Very poor(unacceptable) |
Sensory examination scores for big−eyed tuna samples during storage at 0℃ |
Treatment |
Storing period,week |
0 1 2 3 4 5 6 |
|
NO I,NO D 〃 FF 〃 CTC 〃 TL |
5 4 3 1 1 1 1 5 5 3 2 1 1 1 5 5 4 3 1 1 1 5 5 3 1 1 1 1 |
I, NO D 〃 FF 〃 CTC 〃 TL |
5 5 5 3* 1* 1* 1* 5 5 5 3* 1* 1* 1* 5 5 5 3* 1* 1* 1* 5 5 5 3* 1* 1* 1* |
Score indexes are the same as those in Table 1 *Green discoloration occurred. |
鮮魚を放射線照射処理すると、しばしば変色や照射臭いといわれる異臭が発生するので、その処理線量は0.1〜0.2Mrad以下に限定される。しかしこのような低線量照射ではたとえ魚肉を低温に保存しても鮮度保持期間の延長効果はそれほど大きく期待するわけにはいかない。したがって他の手段の併用も考慮する必要があると考え、食品防腐剤の併用効果について検討した。
照射とCTCあるいはOTCとの併用効果については、肉についてのNivenら〔9〕の実験、数種の生魚肉、加熱カニおよび小エビについてのLerkeら〔4〕の実験、Awadら〔5〕の生の小エビについての実験報告があり、いずれもかなりの保存期間の延長効果がみられている。一方これらの抗生物質の照射に対する安定性については、肉中におけるテトラサイクリンについてCainら〔6〕は0.18〜0.72Mradの照射でもかなりの力価が残存することを報告している。われわれもすでにFF、CTCおよびTLの照射による失活とこれに関与する諸種因子について検討した〔3〕が、0.1Mradの照射で、FFはメバチ肉中で28%、オヒョウでは44%、CTCはメバチ肉中で55%、オヒョウで86%、TLはメバチ肉中で75%、オヒョウ肉中で82%残存することがわかった。FFおよびCTCはかなり広域の抗菌スペクトルをもっていて、鮮魚介類の鮮度保持効果について多くの報告がある。TLはグラム陽性菌に強い抗菌力を有するが、魚介類の腐敗細菌として重要なPseudomonasやAchromobacterには無効であるため、鮮魚の防腐効果はまったく期待できないが、低線量照射によってかなり菌数が変化し、一般に照射に抵抗性の強いといわれる球菌その他のグラム陽性菌が生残すると考えられたのでTLの併用についても検討したわけである。オヒョウ肉の場合、照射と薬剤を併用すれば鮮度保持期間がかなり延長されるが、なかでもCTCがもっとも鮮度保持効果が大きかった。FFがこれにつぎ、TLはほとんど併用効果がみられなかった。そしてFFまたはCTCを併用したものでは可食の限界における生菌数が照射のみの対照にくらべ著しく低いことが目立った。非照射群でFFまたはCTC処理区では細菌数の増加は無薬剤区とほとんど変らなかった点からみて、照射区で細菌数が著しく減少したのは、照射と薬剤併用によりさらに強く殺菌効果があらわれたのかもしれない。
魚類を抗生物質処理すると腐敗の様相が著しく変化することについては報告〔10〕があるが、防腐剤単独処理区でもこのことがみられた。これは生菌数ではほとんど差がなくてもNH3−N,TMA−NおよびpHにおいて著しい差がみられたことによってもわかる。一方照射のみでも著しい菌叢の変化がみられることが知られている〔11〕〔12〕〔13〕したがって照射と防腐剤併用処理においても生残菌叢のちがいによる腐敗様式の変化が起るものは当然であろう。
メバチマグロでは、照射直後にはまったく変色はみられなかったが、3週目位から変化が始まり、4週目以降は緑変が顕著に現われたので、一応可食限界を越えたものと判定した。照射のみの区(I,NoD)とTL併用区では3週目においてNH3−N,TMA−Nはまったく増加しなかったが、生菌数はともに10・E(5)のオーダーに上昇した。つまり照射によってかなりの菌数の変化がみられるとともに、TLにはほとんど併用効果がないことを示すものである。これに対しFFおよびCTC併用区は同じ3週目において、I,NoDにくらべ菌数の増加は明らかに抑制された。
以上のことからわかるように、低線量の0.1Mradの照射でも防腐剤を併用することによって、保鮮期間の延長はできることが明らかになった。ただその種の処理における効果判定について一番問題なのはその指標は何によるかということである。これは照射と防腐剤の併用によって生残菌叢が変化し、その結果腐敗様式が著しく変わるものと考えられる。すでに天野・山田〔14〕が照射魚肉について指摘したと同様に、照射と薬剤の併用処理魚肉についても、従来から鮮魚の化学的鮮度判定の指標として用いられてきたNH3−N,TMA−N,pHなどは適用できない。それ故に照射処理や薬剤併用処理を実用化するためには、このような場合に使用できる鮮度判定法の十分な検討が必要である。
食品防腐剤で処理した魚肉の低線量照射による保鮮効果および腐敗様式について検討した。
1.オヒョウおよびメバチマグロを供試魚として5〜10ppmのFF,CTC,およびTLで処理し、0.1Mradの照射を行なったところ、薬剤単独使用で約1週間の保鮮効果しか得られないが、照射の併用によりさらに2〜3週間の保鮮期間の延長効果がみられた。
2.貯蔵中における腐敗様式をNH3−N,TMA−N,pH生菌数の消長によって検討したところ、かなり変化することがわかった。
〔1〕小嶋秩夫,河端俊治,興津知明:昭和41年度日本水産学会年会にて
講演(1966)
〔2〕小嶋秩夫,河端俊治,興津知明:昭和41年度日本水産学会大会にて
講演(1966)
〔3〕Kawabata,T.et.al:J.Food.Sci.,
33,110(1968)
〔4〕Lerke,P.A.,Farber,L.,Huber,W.
:Food Technol.15,145(1961)
〔5〕Awad,A.A.,Shinhuber,
R.O,Anderson,A.W.:Food Technol.
,19,864(1965)
〔6〕Cain,R.F.,Anderson,
A.W,Malaspina,A.S.
:Food Technol.,12,582(1955)
〔7〕河端俊治:水産研究所鮮度保持研究班連絡情報,第8号(1955)
〔8〕橋本芳郎,岡市:日水誌23,267(1957)
〔9〕Niven,Jr.,C.F.,Chesbro,W.R.
:Antibiotics Aπn ..,1956/57,
855(1956)
〔10〕Kawabata,T.,et al:日水誌,26,300
(1960)
〔11〕Masurovsky,E.B.,Voss,J.S.,
Goldblith,S.A.:Appl.Microbiol.
,11,229(1963)
〔12〕Maclean,D.P.,Welander,C.
:Food Technol.,14,251(1960)
〔13〕横関源延,山田金次郎,天野慶之:昭和37年度日本水産学会年会
にて講演(1962)
〔14〕天野慶之,山田金次郎:私信
|