γ線照射による魚貝肉の褐変は、主に油焼けによることが明らかである。しかし寡脂魚や脱脂スルメでも褐変することから油焼け以外の褐変生成因子の存在が示唆されている〔1〕。一方、海産無脊椎動物には、特有なエキス成分であるホマリン(N−メチルピコリン酸)が存在している。〔2〕
そこでこゝでは、ホマリンが褐変因子として関係あるか否か明らかにするため、スルメイカの照射による褐変とホマリンの消長、さらに糖アミノ反応のモデル系褐変に対するホマリンの影響について検討した。
なお、褐変以外の変色として、水産ねり製品の一部に低線量照射で褪色(漂白)がみられたのでそれについても検討を加えた。
試料はスルメイカ(外套部の生肉あるいは凍結乾燥肉)、カマボコ(板付あるいは袋詰)の市販品を用い、適当な大きさに切断してポリエチレン袋に脱気包装してから、低温下でCo−60によるγ線照射を行なった。また、褐変のモデル実験では、グルコース・グリシン溶液(0.5M)にホマリンを5mM添加し、80℃で4時間加熱したのち、一部はアンプルに封入して、15℃でγ線照射を行なった。
試料の褐変度は、肉眼的観察のほかに肉では520mμの反射率、溶液では420mμの吸収を測定して求めた。ホマリンの消長については、肉に熱水抽出液を、またモデル系褐変の反応液ではそのまゝを1NH2SO4溶液にしてポーラログラフ法によってホマリンの拡散電流値(id)を測定し、非照射のそれとの相対比からホマリン残存率を求めた。
一方、カマボコの変色の観察は、照射後60分蒸煮したものについても比較検討した。
含油量が少なく、白身のものとしてスルメイカを試料に選んだ。第1表に示すように、肉表面に反射率は照射とともに減少し、肉眼的にも黄変が認められた。同時にホマリンの含量も漸減し、3MRで約28%が分解された。
一方、凍結乾燥肉のホマリン変化量は生肉ほど顕著でないが明らかに褐変が認められた。さらに、これをエタノールで前処理してから照射するとホマリンの著しい分解を伴なって黄変が認められた。
これらのことから、スルメイカの照射による褐変とホマリン分解との関連性が予想される。
Browning of flesh and decrease of homarine in irradiated squid |
Dose(MR) |
Reflectance(%) at 520 mμ |
Retention(%) of homarine |
Unirrad. control 0.6 3.0 |
36.5 34.0 32.8 |
100 83.0 72.4 |
照射による褐変は、一般にmaillard反応を伴なうことから〔3〕、糖アミノ反応のモデル系褐変に対するホマリンの影響を検討した。第1図からわかるように加熱による褐変は、ホマリンの添加によりホマリンの熱分解を伴なわないで促進されたが、照射による褐変は、ホマリンの照射分解を伴なって加熱の場合より著しく促進された。また、加熱で生じた褐変物質は、照射によって一部分解されるような傾向を見出した。
次に、予め照射しておいたホマリン溶液をグルコース・グリシン溶液に加えて色々の条件でインキュペートしてみると37℃あるいは80℃の加熱によって褐変は著しく促進されるのに照射の場合と同じ温度(15℃)では褐変化は殆んど促進されなかった。その際単独で予め照射されたホマリン溶液は、3.4MRおよび6.0MR照射により、それぞれ24%および42%のホマリンが分解され、かつ黄色変化が認められた。
以上の結果から、ホマリン添加による照射褐変の促進は、ホマリンの照射分解による黄変化が原因で惹起されるものであろうと推察される。
さらに、照射によるホマリン単独溶液の黄変がホマリン特有のものであるか否かを明らかにするため、ホマリン以外のピリジン化合物を照射したところ、第3表にみられるように、いずれも同様に黄変し、とくにピコリン酸、キノリン酸、ホマリンの着色度が大きかった。そしてピリジンの特異臭が照射によって可成り弱くなることや、他のピリジン化合物を照射しても無臭であることから、これら化合物の分解着色はピリジン核の側鎖の切断によるものでなく、ピリジン環の開裂によるものであることが類推される。
Effect of pre−irradiation of homarine on browning of glucose−glycine solution* under various incubations |
Incubation Temp. Time ℃ hr. |
E420mμ ** |
||
Unirradiated homarine added |
Pre−irradiated added 3.4 MR |
homarine 6.0 MR |
|
15 24 37 24 80 4 |
2 7 50 |
10 48 205 |
12 63 307 |
* Same as those shown in Fig.1 **(C.D.after incubation−O.D. before incubation)×10・E(3) |
Yellowish discoloration of homarine and other pyridine compounds in irradiated aqueous solutions |
Pyridine compounds (5mM) |
Absorbance at 420 mμ |
||
Unirrad. |
0.8 MR |
3.0 MR |
|
Homarine Picolinic acid Trigonelline Nicotinic acid Quinolinic acid Pyridine |
0.002 0.002 0 0 0.005 0.002 |
0.057 0.059 0.032 0.041 0.055 0.030 |
0.237 0.285 0.162 0.190 0.269 0.154 |
第4表に示すように、一部のカマボコでは0.4MR照射で非照射のものより肉色が白くなり、一種の漂白と思われる褪色現象が観察された。しかしこれを蒸煮すると褐変し、その度合は対照と殆んど差異がなかった。
一方、1.5MR照射ではいずれも褐変が生じ、蒸煮により著しく褐変が進行した。
このように、実用化適性線量でカマボコの保蔵効果を挙げるとともに色調の改良が可能ならば実用上有意義と考えられる。試みに、氷結ミクロトームでカマボコの切片(厚さ1mm)を調製し、自記分光光度計で吸収スペクトルを測定したところ、410mμ附近に僅かな吸収がみられ、照射による差異が認められたが漂白の機構を明らかにすることはできなかった。これについては、第1図からも予測されるようにカマボコの製造工程中に生じた褐変物質が照射によって分解褪色される可能性も考えられ、今後に残された研究課題である。
** Kinds of Kamaboko |
Places of production |
Irradiated |
Steamed after irrad |
||||
Control |
0.4MR |
1.5MR |
Control |
0.4MR |
1.5MR |
||
A A B C C C |
Kanagawa Fukushima Fukushima Hokkaido Tokyo Shizuoka |
− ± ± ± − ± |
− ± − − − ± |
± + ± + + + |
++ + + + + ++ |
++ + ± + + ++ |
+++ ++ + ++ +++ +++ |
* − ; bleached,±; browned slightly,+; browned,++,+++; browned remarkably ** A; steamed on wooden plate,B; broiled on wooden plate, C; steamed in casing |
〔1〕Yamada,K and Amano,K :Bull.
Tokai.Reg Fish.Res.Lab.,No27,
47(1960)
〔2〕福島 清 : 日本水産学会誌,28,909(1962)
〔3〕豊水正道,富安行雄:食衛誌,4,1(1963)
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