我が国で生産される温州みかんの腐敗のほとんどは表面に付着した緑かび(Penicillium digitatum)および青かび(Penicillium italicum)によってひきおこされる。これらのかびは放射線照射によって容易に殺菌することができると考えられる。しかし、我が国の温州みかんは欧米諸国の柑橘類に較べ放射線感受性が高いので、貫通力の強いガンマー線では 50krad 以上の照射で果肉に異臭が発生し、食用としての価値が低下する。そこで、本研究では貫通力の弱い電子線を用いて温州みかんの表面殺菌を行い、食味および成分に変化を与えないで貯蔵性を高める方法について検討した。
照射までの前培養日数が0日、1日および4日の緑かび胞子に1MeVの電子線を 0〜250krad 照射し、それぞれの場合における殺菌効果を調べた。
前培養日数0日のものは、胞子を付着させたろ紙をポリエチレン袋に入れて照射したもので、照射後は胞子をポテト・デキストロース寒天培地に移して培養した。前培養日数1日および4日のものは、上記と同じポテト・デキストロース寒天培地で胞子を1日間または4日間培養した後、照射したもので、照射はシャーレの蓋を取って行い、照射後は胞子を新しい同じ組成の培地に移して培養した。培養温度はいずれの場合も25℃とした。
昭和43年12月農林省園芸試験場(現農林水産省果樹試験場)興津支場で収穫したS級温州みかんを試料とした。
収穫後5℃に1週間貯蔵した試料に緑かびを接種し、5℃に1〜7日間貯蔵した後、1MeVの電子線を0〜250krad照射し、照射後5〜10℃に40日間貯蔵して殺菌効果を調べた。菌の接種は、4〜5本の針束の先に胞子をつけ、この針束で表皮に傷をつけながら植え付けることにより行った。
また、殺菌効果に及ぼす電子線エネルギーの影響を調べるため、収穫後5℃に1週間貯蔵した試料に上記と同じ方法で胞子を接種し、0.5MeVおよび1MeVの電子線を100〜800krad照射した後、5℃に20日間貯蔵して比較した。
さらに、果皮の褐変に及ぼす電子線照射の影響を調べるため、収穫後5℃に1週間貯蔵したのち照射した試料、収穫後5〜7℃、RH75〜80%で3週間予措(貯蔵用みかんにおいて慣行的に行われる予備的乾燥)したのち照射した試料、収穫後予措しないで5℃に2カ月間貯蔵したのち照射した試料、および予措期間も含めて収穫後5℃に2カ月間貯蔵したのち照射した試料をそれぞれ調製し、比較した。電子線のエネルギーは1MeV、線量は0〜500kradとした。
いずれの場合も、電子線照射は食糧研究所(現食品総合研究所)のバンデグラフ型電子加速器(日立製、最大1.5MeV、150μA)により行なった。1試験区当たりの試料数は、7〜10個または15〜20個である。貯蔵中のRHは、予措期間を除き総て85〜90%とした。
菌を接種せずに電子線照射した試料の一部について、照射後の貯蔵中における重量、果肉%、果汁%、可溶性固形物%、クエン酸%および甘味比を測定した。クエン酸は滴定酸度で除した値で示した。
また、照射による果皮の褐変を調べるために調製した試料の一部を用いて、15〜18人のパネルにより、外観および食味の官能検査を行い、結果を9点法で示した。
第1表は照射までの前培養日数0日、1日および4日の緑かび胞子に電子線を照射した結果である。
照射後の培養開始時における菌数が一定していないので、菌の発育と前培養日数との関係は明らかでないが、線量による影響は明確であり、200〜250kradの照射で菌の発育は抑制されることがわかった。
照射後の 培養日数 |
前培養の 日数 |
菌 の 発 育 状 況 |
|||||
線 量 (krad) |
|||||||
0 |
50 |
100 |
150 |
200 |
250 |
||
2 |
0 1 4 |
+3 ± +3 |
+1 − +2 |
± − +1 |
− − − |
− − − |
− − − |
3 |
0 1 4 |
+4 +3 +4 |
+3 +2 +3 |
+2 +2 +1 |
± ± ± |
− − − |
− − − |
5 |
0 1 4 |
+5 +5 +5 |
+4 +4 +5 |
+4 +3 +4 |
+3 +2 +2 |
± +1 ± |
− − − |
培地:ポテト・デキストロース寒天 培養温度:25℃ 照射:1 MeV電子線 +1:わずかにコロニーが認められる +5:シャーレ全体に菌が繁殖 |
第2表は、温州みかんに緑かびを接種して電子線照射し、照射後5〜10℃に40日間貯蔵して腐敗果を調べた結果である。貯蔵中、肉眼的にわずかでもかびの発生が見られたものは、総て腐敗果として数えた。
菌の接種後3日目までに照射したものでは、200〜250kradの照射で腐敗を抑制することができた。しかし、接種後5日目および7日目に照射したものでは、腐敗を完全に抑制することはできなかった。これは、菌の接種後、照射までの間に、菌が果皮の内部まで侵入し、電子線が到達できなくなったためであると考えられる。
緑かび(Penicillium digitatum)を 接種して電子線照射した温州みかんの腐敗 |
接種後照 射までの 日数 |
腐敗果数/試料数 |
|||||
線 量 (krad) |
||||||
0 |
50 |
100 |
150 |
200 |
250 |
|
1 |
7/7 |
7/8 |
4/7 |
2/7 |
0/7 |
0/7 |
3 |
8/8 |
6/7 |
6/7 |
2/7 |
0/7 |
0/7 |
5 |
7/7 |
8/8 |
7/7 |
4/8 |
1/8 |
1/8 |
7 |
7/7 |
8/8 |
8/8 |
6/8 |
5/8 |
3/8 |
菌の接種:収穫後5℃、1週間貯蔵後 照 射:菌接種後5℃、1〜7日間貯蔵後、1MeV電子線 照射後の貯蔵:5〜10℃、40日間 |
第3表は、電子線エネルギーの強さが0.5MeVと1MeVの場合とで殺菌効果に差があるかどうか調べた結果である。
エネルギーの強さによる差は明らかにならなかったが、いずれの場合も腐敗は線量100krad以上で抑制された。ただし、線量200krad以上では外観および香りに劣化が認められた。
電子線エネルギー の強さ (MeV) |
線 量 (krad) |
腐敗果数 |
外 観 |
1 |
0 100 200 400 |
20 0 0 0 |
腐敗 正常 果皮軟化、わずかな異臭 果皮軟化、異臭、油胞陥没 |
0.5 |
100 200 400 800 |
0 0 0 0 |
正常 わずかな異臭 果皮軟化、異臭、油胞陥没 果皮軟化、強い異臭 |
菌の接種:収穫後5℃、1週間貯蔵後 照 射:菌接種の翌日 照射後の貯蔵:5℃、20日間 試料数:各区20個 |
第4表は、果皮の褐変に及ぼす照射時期、予措、貯蔵期間および線量等の影響を調べた結果である。
収穫後5℃に1週間貯蔵したのち照射した試料、および収穫後3週間予措したのち照射した試料では、照射後常温に貯蔵した場合、線量の増加および貯蔵日数の増加に伴って褐変が増大した。また、収穫後5℃に2カ月間貯蔵したのち照射した試料では、照射後常温に貯蔵した場合、褐変がかなり発生した。これに対し、収穫後2カ月目に照射し、引き続き5℃に貯蔵した場合は、予措の有無にかかわらず、その後40日または60日経過しても殆ど褐変は認められなかった。この結果から、電子線照射による果皮の褐変は照射後の低温貯蔵によって発生を抑制できると考えられた。
照 射 時 期 |
試料数 |
照射後の 貯蔵温度 |
照射後の 日数 |
腐 敗 果 数 |
|||||||
線 量 (krad) |
|||||||||||
0 |
50 |
100 |
150 |
200 |
250 |
300 |
500 |
||||
収穫後5℃、1週間 貯蔵後 収穫後3週間予措後 |
15 15 |
常温 常温 |
15 21 15 21 |
0 0 0 0 |
1 3 1 3 |
2 4 2 3 |
6 8 3 4 |
8 9 4 6 |
9 15 6 12 |
|
|
収穫後5℃、2カ月間 貯蔵後 収穫後予措を含め 5℃、2カ月間貯蔵後 |
20 20 20 |
5℃ 5℃ 常温 |
60 40 30 40 |
0 0 4 4 |
|
0 0 11 16 |
1 0 5 11 |
0 0 7 9 |
|
0 0 11 16 |
0 0 19 20 |
照射:1MeV電子線 予措:5〜7℃、RH 75〜80%、3週間 |
第5表は、収穫後5℃に2カ月間貯蔵したのち照射し、照射後さらに1カ月間5℃に貯蔵した試料の成分分析値を示したものである。いずれの項目についても顕著な差は認められなかった。
また、第6表に、収穫後5℃に2カ月間貯蔵したのち照射し、以後5℃に2カ月間貯蔵した試料の官能検査結果を示した。
予措したものは150kradまで、また、予措しないものは500kradまで照射したほうが、総合的に良いという結果が得られた。
線 量 (krad) |
1個当たり 重量(g) |
果 肉 (%) |
果 汁 (%) |
可溶性固形物 (%) |
クエン酸 (%) |
甘味比 |
0 |
63.7 |
70 |
73 |
12.4 |
0.86 |
14.4 |
50 |
65.0 |
70 |
76 |
12.2 |
0.83 |
14.7 |
100 |
60.7 |
71 |
75 |
12.3 |
0.85 |
14.5 |
150 |
60.9 |
70 |
78 |
12.6 |
0.88 |
14.3 |
200 |
63.5 |
71 |
74 |
12.7 |
0.85 |
14.9 |
250 |
63.3 |
71 |
75 |
12.7 |
0.94 |
12.9 |
試料数:7〜10個 照 射:収穫後5℃、2カ月間貯蔵後、1MeV電子線 分 析:照射後5℃、1カ月間貯蔵後、 甘味比:屈折糖度計示度/滴定酸度 |
区 分 |
評 点 (9点法) |
|||||
線 量 (krad) |
||||||
0 |
100 |
150 |
200 |
300 |
500 |
|
予措有 予措無 |
4.8 4.4 |
5.8 5.5 |
5.4 5.9 |
4.4 5.7 |
4.4 5.4 |
5.2 |
照 射:収穫後5度、2カ月間貯蔵後、1MeV電子線 検 査:照射後5度、2カ月間貯蔵後 パネル:15〜18人 |
1)温州みかん表皮の緑かび胞子は200〜250kradの電子線照射でほぼ殺菌された。
2)電子線エネルギーの強さ0.5MeVと1MeVとの間に殺菌効果の差は認められなかった。
3)電子線照射による果皮の褐変は線量の増加に伴って増大したが、照射後の低温貯蔵によって発生を抑制することができた。
4)収穫後、予措しないで5℃に貯蔵し、貯蔵2カ月目に照射したものは、非照射のものに較べ、官能評価が高かった。
昭和50年12月農林水産省果樹試験場興津支場で収穫したS級およびL級の温州みかんを試料とした。
この試料を、予措しないで5℃に2カ月間貯蔵した後、薄いポリエチレン袋に20個ずつ分けて入れ、食品総合研究所の電子加速器により、1MeVの電子線を袋の両面から150kradずつ照射した。
照射後、試料をポリエチレン袋から取り出して大きさ42×58×42(H)cmのプラスチック製無菌貯蔵箱に入れ、この貯蔵箱、合計15箱を3℃貯蔵区および8℃貯蔵区に分けて貯蔵し、貯蔵中における腐敗の程度を比較した。
各貯蔵箱には金網製の棚が3段あり、1段に40個、計120個の試料が入るようになっている。貯蔵中は、箱の底に飽和食塩水を入れ、湿度が80%以上に保たれるようにした。また、1日2回、15分間ずつ、1分間20リットルの流速で無菌空気を通気するとともに、箱の中に備えたファンを回し、箱の中が換気されるようにした。
照射後16日、23日、44日および59日目に、腐敗果を除いた健全果について、味、異味、香り、異臭の官能検査を9点法により行った。パネル数は24人である。
第7表は、照射後16日、23日、44日および59日目における腐敗果率を示したものである。表中のF印は果皮の全体が腐敗したもの、H印は半分程度腐敗したもの、S印はわずかに腐敗したものをそれぞれ示す。
3℃貯蔵区では、照射後59日まで照射・非照射間に明らかな差があり、照射と低温貯蔵の併用が腐敗抑制に有効であることが認められた。これに対し、8℃貯蔵区、照射後23日以降、照射・非照射間に差がなくなり、照射後の貯蔵温度として8℃は高すぎることがわかった。
なお、3℃貯蔵区、8℃貯蔵区のいずれにおいても、貯蔵中における果皮の褐変発生は認められなかった。
照射後の 貯蔵温度 |
線 量 (krad) |
腐 敗 果 率 (%) |
|||||||||||
照 射 後 貯 蔵 日 数 (日) |
|||||||||||||
16 |
23 |
44 |
59 |
||||||||||
F |
H |
S (計) |
F |
H |
S(計) |
F |
H |
S(計) |
F |
H |
S(計) |
||
3℃ |
0 150 |
0 0 |
3 3 |
10(13) 5( 8) |
0 0 |
12 9 |
13(25) 1(10) |
14 6 |
20 11 |
17(51) 10(27) |
24 8 |
21 11 |
14(59) 11(30) |
8℃ |
0 150 |
1 2 |
21 13 |
5(27) 3(18) |
21 13 |
10 13 |
3(34) 6(32) |
38 37 |
14 18 |
12(64) 3(58) |
− 46 |
− 11 |
−(−) 8(65) |
照 射:収穫後5℃、2カ月間貯蔵後、1MeV電子線 試料数:各区 120個 F: 果皮の全体が腐敗 H: 果皮の半分程度が腐敗 S: 果皮がわずかに腐敗 |
第1図に照射後の貯蔵中における味、異味、香りおよび異臭の官能検査結果を示した。
味、香りの項目では、「0」は普通、「−1」は味または香りがわずかに弱いことを示す。また、異味、異臭の項目では、「0」は異味または異臭無し、「−1」は異味または異臭わずかに有りを示す。
3℃貯蔵区、8℃貯蔵区とも、いずれの項目についても、照射・非照射間に有意差は認められなかった。また、3℃貯蔵区では、貯蔵中各項目とも、官能的評価が変わらないかまたは多少良くなるのに対し、8℃貯蔵区では、貯蔵期間が長くなると、各項目とも評価が明らかに下がった。官能検査の結果からも8℃貯蔵に較べ、3℃貯蔵のほうが良いといえる。
1)電子線照射(150krad)とその後における低温貯蔵(3℃)の併用は、貯蔵中の腐敗抑制に有効であった。
2)照射と非照射の間に食味の差はなかった。
3)照射後低温貯蔵(3℃)した場合、貯蔵中、食味に大きな変化はなかった。
収穫後予措しないで5℃に2カ月間貯蔵した温州みかんに電子線を150〜200krad照射し、以後3〜5℃に貯蔵することにより、少なくとも照射後40日以上、貯蔵中の腐敗を抑制し、外観および食味に影響を与えることなく、良好な状態で貯蔵することができる。
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