品質に変化を与えずに温州ミカンを放射線殺菌するのに必要な照射条件を決定するために、1部γ線照射と比較しながら、電子線エネルギーやビーム電流の効果、および照射前後の加熱処理の影響等について検討した。
試料としては昭和46年12月15〜20日に農林省果樹試験場興津支場で採取した温州ミカン(杉山系)を使用した。試料は収穫後、予措をしたのち、2月4日まで5℃、85%RHで貯蔵したものを入手し、褐変や傷がない良好なものだけを選別して供試した。照射した試料はプラスチック製の籠に一列に並べて、3℃、95%RHで貯蔵し、3ヶ月間にわたり褐変やカビの発生を調べた。また3ヶ月間貯蔵した後の試料の一部は、さらに16〜25℃の室温で貯蔵した。
電子加速器は日本原子力研究所高崎研究所のGE製共振変圧器型加速器を使用した。本加速器の加速電圧は2.0MVpで一定であるため、電子線エネルギーを変える目的でスキャンナーとコンベアの間に厚さの異なるアルミニウム板を設置した。アルミニウム板の厚さは、1.2、2.0、2.4、3.0mmである。試料の照射は、照射皿から試料への電子線の後方散乱を少なくするために、照射皿の上にさらに厚さ5mmのポリエチレン板を載せ、その上に試料を置いて反転することにより両面から同線量を照射した。線量計としてはセルローストリアセテート(CTA)フィルムを使用し、表面線量200krad照射した。
照射前まで10℃で貯蔵した試料を27℃の室温に、1時間半放置して品温が15℃になったのち、55℃水浴中で5分間の加熱処理を行なった。加熱処理後直ちに流水中で30分間冷却し、水切りをしてから照射した。照射後加熱処理する場合には、電子線で照射した10分後に55℃、5分間の加熱処理を行ない、冷却、水切りをしてから3℃に貯蔵した。
ミカンの腐敗の原因となる緑カビや青カビの殺菌には150〜200krad照射する必要がある。そこで、0.2〜1.5MeVの各エネルギーの電子線で表面線量200krad照射し、3℃で3ヶ月間貯蔵した場合の褐変発生率を調べた。0.2MeVで照射した場合には非照射とほとんど変わらず、照射することによって褐変発生が増加することはなかった。しかし、0.5MeV以上では電子線エネルギーが高くなるにつれて、褐変発生率は増加し、1.5MeVでは3ヶ月貯蔵後に30%となった。γ線で200krad照射した試料では0.9MeVの電子線とほぼ同じ褐変発生率を示すが、1.5MeVの場合よりも明らかに褐変発生率は小さかった。この結果は、0.2MeVのようにエネルギーが低い場合には照射の影響が現れないが、0.5MeV以上では電子線のエネルギーと褐変発生との間に明らかな相関があることを示している(表1)。
エ ネ ル ギ ー (MeV) |
試料数 |
褐 変 度 (%) |
|||
貯蔵期間 (月) |
|||||
0.5 |
1.0 |
2.0 |
3.0 |
||
非 照 射 0.2 0.5 0.9 1.5 Co−60,γ−ray |
90 100 40 40 40 40 |
3 3 0 8 10 8 |
6 5 8 10 18 10 |
9 10 13 20 30 20 |
11 10 15 20 30 25 |
試料は表面線量200krad照射後、3℃に貯蔵された。 |
各エネルギーの電子線で表面200krad照射し、3℃で3ヶ月間貯蔵したときのカビ発生率を測定した。非照射では貯蔵半月後からカビの発生がみられ、3ヶ月後には16%に達した。0.2MeVでは2ヶ月間全くカビの発生はみられず、3ヶ月後でも非照射よりカビの発生は少なかった。また0.5MeVでは3ヶ月貯蔵しても40個中1個の腐敗果が検出されただけで、カビ抑制効果は大きかったが、0.9MeVや1.5MeVでは0.5MeVよりもカビの発生率は大きくなった(表2)。3℃、3ヶ月間貯蔵した試料の中から健全果だけを選び、室温で7日間の貯蔵試験を行なった。表3に示すように、0.5MeVでは7日後に褐変果と腐敗果が各5%検出されたにすぎないが、0.2MeVでは60%、0.9MeVで40%、1.5MeVでは55%がカビによって腐敗した。非照射での腐敗果の内、10%は緑カビによる腐敗であり、0.2MeVの場合にも3%は緑カビによって腐敗した。しかし、0.5MeV以上のエネルギーで照射した場合には、青カビも緑カビも検出されず、暗緑色や黒色のカビが発生してきた。
[表2 カビ抑制に対する電子線エネルギーの影響]
[表3 低温貯蔵(3℃、3ヶ月)後に室温(16〜25℃)で貯蔵された時の褐変およびカビ発生率]
エ ネ ル ギ ー (MeV) |
試料数 |
腐 敗 果 (%) |
|||
貯蔵期間 (月) |
|||||
0.5 |
1.0 |
2.0 |
3.0 |
||
非 照 射 0.2 0.5 0.9 1.5 |
90 100 40 40 40 |
1 0 0 0 0 |
1 0 0 0 0 |
3 0 3 0 3 |
16 10 3 8 25 |
低温貯蔵(3℃、3ヶ月)後に室温(16〜25℃)で貯蔵された時の褐変およ びカビ発生率 |
エ ネ ル ギ ー (MeV) |
試料数 |
褐変度 と 腐敗果 (%) |
|||
貯蔵期間 (日) |
|||||
3 |
7 |
||||
褐 変 |
腐 敗 |
褐 変 |
腐 敗 |
||
非 照 射 0.2 0.5 0.9 1.5 |
40 40 20 20 20 |
3 3 0 0 5 |
20 35 0 20 25 |
5 13 5 5 15 |
48(10)* 60( 3) 5( 0) 40( 0) 55( 0) |
* カッコ内は緑カビで腐敗した果実 |
電子線照射において、線量率が褐変発生やカビ抑制効果に影響するかどうか検討するため、加速器のビーム電流を0.1〜1.0mAまで変化させることによって、線量率を変化させた。表4に示すように、褐変発生に関しては、電流を10倍変化させると電流の大きい方が幾分褐変が少なくなる傾向を示すが、大きな変化はみられなかった。しかし、カビの発生については、電流の大きい方がカビの発生が抑制される傾向を示した。
ビーム電流(mA) |
試料数 |
褐変度 と 腐敗果 (%) |
||||
貯蔵期間 (月) |
||||||
0.5 |
1.0 |
2.0 |
3.0 |
|||
褐変 |
0.1 0.5 1.0 |
40 40 40 |
8 5 0 |
10 13 8 |
15 15 13 |
18 15 15 |
腐敗 |
0.1 0.5 1.0 |
40 40 40 |
0 0 0 |
0 0 0 |
3 3 3 |
10 5 3 |
試料は0.5MeVの電子線で表面線量200krad照射された |
青カビや緑カビの放射線殺菌効果は加熱処理を併用することによって大きくなることが知られていたので、照射前後の加熱処理が貯蔵中の褐変発生やカビ抑制に及ぼす影響について検討した。非照射試料においても、照射前に加熱処理すると褐変の発生は増加し、照射した場合には線量の増大につれてさらに褐変発生率は大きくなった。また、照射後、加熱処理を行なっても、照射前処理をした場合とほとんど褐変発生率は変わらなかった(表5)。一方、カビの発生についても、加熱処理によるカビ抑制効果はみられず、逆に加熱処理することによってカビの発生は増加した。照射前加熱した試料についてみると、線量の増加につれてカビ発生率は低下し、照射による殺菌効果は認められるものの、加熱処理しない試料よりもカビの発生率は大きかった。また、照射後処理しても、照射前処理したものと変わらなかった。このように電子線照射による温州ミカンの表面殺菌に対しては、加熱による相乗効果は認められず、逆に加熱処理はミカンの貯蔵中における品質を低下させた。
線 量 (krad) |
試料数 |
褐 変 度 (%) |
|||
貯蔵期間 (月) |
|||||
0.5 |
1.0 |
2.0 |
3.0 |
||
非 加 熱 0 200 前 加 熱 0 50 200 後 加 熱 200 |
90 40 40 40 40 40 |
3 0 3 8 5 5 |
6 8 15 20 20 28 |
9 13 23 33 40 43 |
11 15 23 33 40 43 |
線 量 (krad) |
試料数 |
腐 敗 度 (%) |
|||
貯蔵期間 (月) |
|||||
0.5 |
1.0 |
2.0 |
3.0 |
||
非 加 熱 0 200 前 加 熱 0 50 200 後 加 熱 200 |
90 40 40 40 40 40 |
1 0 0 0 0 0 |
1 0 0 0 0 0 |
3 3 10 5 5 5 |
16 3 50 33 20 23 |
試料は55℃水浴中で5分加熱後、流水で冷やし、 水を切ったのち、3℃で貯蔵された |
ミカン果皮の褐変化と電子線エネルギーとの間に相関がみられ、果皮の褐変化が果皮部だけに吸収される線量の大きさに依存しており、ミカン全体に吸収される線量に依存しないことが明らかとなった。従って褐変化を抑制するためには電子線のエネルギーが低い方が望ましく、事実0.2MeVの場合には非照射試料と変わらない。
しかし、カビ抑制効果についてみると、0.2MeVよりも0.5MeVの方が有効である。0.2MeVでは電子線の飛程が小さく、果皮表面から約0.4mmの深さまでが照射されるにすぎないが、0.5MeVではほぼ果皮全体に電子線が吸収されていることになり、表面より0.4mm以上深い部分に存在するカビに対しても有効である。一方、0.9MeVや1.5MeVで照射した場合には、0.5MeVよりも逆にカビの発生が増加した。このような高エネルギーでカビの発生が増加した原因は、果皮部の吸収線量が増大したため果皮での組織変化が大きくなり、カビ寄生に対する抵抗力が低下した結果、生き残ったカビや二次的に汚染したカビの生育が起こりやすくなったためと考えられる。加熱処理が品質の低下を起こしたのも、温州ミカンの果皮が加温処理に対して感受性が高く、組織変化が起こったためであろう。 ビーム電流を変化させて線量率を変えても褐変発生率にはほとんど影響がみられないが、カビ抑制効果ではビーム電流が大きいほど高くなる傾向が認められた。
以上のような効果を総合的に判断すれば、温州ミカンの照射に適した電子線エネルギーは、褐変化やカビ抑制効果、果皮組織変化等の面から0.5MeVが最適であり、高いビーム電流を用いて表面線量200krad照射することが望ましい。この照射条件下では、青カビや緑カビは殺菌され、果皮の褐変化などの品質低下もかなり抑制される。また、3℃前後の低温貯蔵と組み合わせれば3ヶ月以上の長期貯蔵が可能がある。
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